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化銀杏(ばけいちょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:26:42  点击:  切换到繁體中文



       二

 お貞はハッとせし風情にて、少年の顔をみまもりしが、はれぼったき眼に思いをめ、
「堪忍おしよ、それはもう芳さんが言わないでも、私はこの通り髪も濃くないもんだから、自分でも束ねていたいと思うがね、旦那が不可いけないッて言うから仕様がないのよ。」
「だからやっぱり奥様おくさんじゃあないか。」
 と少年は平気なり。お貞はしおれてうらめしげに、
「だって、ほかもんならいけれど、芳さんにばかりは奥様ッて謂われると、何だか他人がましいので、頼母たのもしくなくなるわ。せめて「お貞さん」とでも謂っておくれだと嬉しいけれど。」
 とためいきして、力なげなるものいいなり。少年は無雑作に、
「じゃあ、お貞さんか。」
 と言懸けて、
「何だか友達のように聞えるねえ。」
「だからやっぱり、ねえさんが可いじゃあないかえ。」
「でも円髷に結ってるもの、銀杏返だとなくなった姉様ねえさんにそっくりだから、姉様だと思うけれど、円髷じゃあ僕は嫌だ。」
 と少年は素気そっけなし。
「じゃあまるであかの他人なの?」
「なにそうでもないけれど。……」
 少年は言淀いいよどみぬ。お貞は襟を掻合かきあわせ、浴衣の上前を引張ひっぱりながら、
「それだから昨日きのうも髪を結わない前に、あんなに芳さんにあやまったものを。邪慳じゃけんじゃあないかね。いいよ、旦那が何といっても、叱られても大事ないよ。私ゃすぐ引毀ひっこわして、結直して見せようわね。」
 お貞は顔の色尋常ただならざりき。少年は少し弱りて、
「それでなくッてさえ、先達こないだのようなさわぎがはじまるものを、そんなことをしようもんなら、それこそだ。僕アまた駈出かけだしてかにゃあならない。」
「ほんとうに、あの時は。ま、どうしようと思ったわ。
 芳さんは駈出してしまって二晩もお帰りでないし、おばあさんはまた大変に御心配遊ばしてどうしたらかろうとおっしゃるし、旦那は旦那でものも言わないで、黙って考え込んでばかりいるしね、私はもう、面目ないやら、恥かしいやら、申訳がないやらで、ぼうッとしてしまったよ。後で聞くと何だっさ、真蒼まっさおになって寝ていたとさ。
 芳さん跫音あしおとが聞えたので、はッと気が着いて駈出したが、それまでどうしていたんだか、まるで夢のようで[#「夢のようで」は底本では「夢のやうで」]、分らなかったよ。」
 少年はしきりにうなずき、
「僕はまたひげがさ、(水上みなかみさん)て呼ぶから、何だと思って二階からのぞくと、姉様ねえさん突伏つっぷして泣いてるし、髯は壇階子だんばしご下口おりぐち突立つったってて、憤然むっとした顔色かおつきで、(直ぐと明けてもらいたい。)と失敬ことを謂うじゃあないか。だから僕は不愉快でたまらないから、それからそのまんまで、うちを出て、どこか可い家があったらと思ったけれど、探す時は無いもんだ。それから友達のところへ泊って、ぎゅうおごってね、トランプをして遊んでいたんだ。僕あ一番強いんだぜ。滅茶々々に負かして悪体をいてやると、大変に怒ってね、とうとう喧嘩けんかをしちまったもんだから、翌晩あくるばんはそこに泊ることも出来ないので、仕方が無いから帰って来たんだ。」
 お貞は聞きつつにらむ真似して、
「憎らしいねえ。人の気も知らないで、お友達とトランプも無いもんだね。気が違やあしないかと、私ゃ自分でそう思った位だのにさ。」
「でも僕あ帰った時、(芳さん!)てって奥から出て来た、あの時の顔にゃ吃驚びっくりしたよ。暮合くれあいではあるし、なくなった姉さんの幽霊かと思った。」
「いやな! 芳さんだ。恐いことね。」
 お貞は身震いして横を向きぬ。少年は微笑ほほえみたり。
「何だ、臆病おくびょうな。昼じゃあないか。」
「でもそんなことをお言いだと、晩に手水ちょうずかれやしないや。」
「そんなに臆病な癖にして、昨夜ゆうべも髯と二人づれで、怪談を聞きに行ったじゃあないか。」
 お貞はまじめに弁解いいわけして、
「はい、ですから切前きりまえに帰りました。切前は茶番だの、落語だの、そりゃどんなにかおもしろいよ。」
「それじゃもう髯の御機嫌は直ったんだね。」

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