泉鏡花集成9 |
ちくま文庫、筑摩書房 |
1996(平成8)年6月24日 |
1996(平成8)年6月24日第1刷 |
1996(平成8)年6月24日第1刷 |
一
白鷺明神の祠へ――一緑の森をその峰に仰いで、小県銑吉がいざ詣でようとすると、案内に立ちそうな村の爺さんが少なからず難色を顕わした。
この爺さんは、
「――おらが口で、更めていうではねえがなす、内の媼は、へい一通りならねえ巫女でがすで。」……
若い時は、渡り仲間の、のらもので、猟夫を片手間に、小賭博なども遣るらしいが、そんな事より、古女房が巫女というので、聞くものに一種の威力があったのはいうまでもない。
またその媼巫女の、巫術の修煉の一通りのものでない事は、読者にも、間もなく知れよう。
一体、孫八が名だそうだ、この爺さんは、つい今しがた、この奥州、関屋の在、旧――街道わきの古寺、西明寺の、見る影もなく荒涼んだ乱塔場で偶然知己になったので。それから――無住ではない、住職の和尚は、斎稼ぎに出て留守だった――その寺へ伴われ、庫裡から、ここに准胝観世音の御堂に詣でた。
いま、その御廚子の前に、わずかに二三畳の破畳の上に居るのである。
さながら野晒の肋骨を組合わせたように、曝れ古びた、正面の閉した格子を透いて、向う峰の明神の森は小さな堂の屋根を包んで、街道を中に、石段は高いが、あたかも、ついそこに掛けた、一面墨絵の額、いや、ざっと彩った絵馬のごとく望まるる。
明神は女体におわす――爺さんがいうのであるが――それへ、詣ずるのは、石段の上の拝殿までだが、そこへ行くだけでさえ、清浄と斎戒がなければならぬ。奥の大巌の中腹に、祠が立って、恭しく斎き祭った神像は、大深秘で、軽々しく拝まれない――だから、参った処で、その効はあるまい……と行くのを留めたそうな口吻であった。
「ごく内々の事でがすがなす、明神様のお姿というのはなす。」
時に、勿体ないが、大破落壁した、この御堂の壇に、観音の緑髪、朱唇、白衣、白木彫の、み姿の、片扉金具の抜けて、自から開いた廚子から拝されて、誰が捧げたか、花瓶の雪の卯の花が、そのまま、御袖、裳に紛いつつ、銑吉が参らせた蝋燭の灯に、格天井を漏る昼の月影のごとく、ちらちらと薄青く、また金色の影がさす。
「なす、この観音様に、よう似てござらっしゃる、との事でなす。」……
ただこの観世音の麗相を、やや細面にして、玉の皓きがごとく、そして御髪が黒く、やっぱり唇は一点の紅である。
その明神は、白鷺の月冠をめしている。白衣で、袴は、白とも、緋ともいうが、夜の花の朧と思え。……
どの道、巌の奥殿の扉を開くわけには行かないのだから、偏に観世音を念じて、彼処の面影を偲べばよかろう。
爺さんは、とかく、手に取れそうな、峰の堂――絵馬の裡へ、銑吉を上らせまいとするのである。
第一可恐いのは、明神の拝殿の蔀うち、すぐの承塵に、いつの昔に奉納したのか薙刀が一振かかっている。勿論誰も手を触れず、いつ研いだ事もないのに、切味の鋭さは、月の影に翔込む梟、小春日になく山鳩は構いない。いたずらものの野鼠は真二つになって落ち、ぬたくる蛇は寸断になって蠢くほどで、虫、獣も、今は恐れて、床、天井を損わない。
人間なりとて、心柄によっては無事では済まない。かねて禁断であるものを、色に盲いて血気な徒が、分別を取はずし、夜中、御堂へ、村の娘を連込んだものがあった。隔ての帳も、簾もないのに――
――それが、何と、明い月夜よ。明神様もけなりがッつろと、二十三夜の月待の夜話に、森へ下弦の月がかかるのを見て饒舌った。不埒を働いてから十五年。四十を越えて、それまでは内々恐れて、黙っていたのだが、――祟るものか、この通り、と鼻をさして、何の罰が当るかい。――舌も引かぬに、天井から、青い光がさし、その百姓屋の壁を抜いて、散りかかる柳の刃がキラリと座のものの目に輝いた時、色男の顔から血しぶきが立って、そぎ落された低い鼻が、守宮のように、畳でピチピチと刎ねた事さえある。
いま現に、町や村で、ふなあ、ふなあ、と鼻くたで、因果と、鮒鰌を売っている、老ぼれがそれである。
村若衆の堂の出合は、ありそうな事だけれど、こんな話はどこかに類がないでもなかろう。
しかし、なお押重ねて、爺さんが言った、……次の事実は、少からず銑吉を驚かして、胸さきをヒヤリとさせた。
余り里近なせいであろう。近頃では場所が移った。が、以前は、あの明神の森が、すぐ、いつも雪の降ったような白鷺の巣であった。近く大正の末である。一夜に二件、人間二人、もの凄い異状が起った。
その一人は、近国の門閥家で、地方的に名望権威があって、我が儘の出来る旦那方。人に、鳥博士と称えられる、聞こえた鳥類の研究家で。家には、鳥屋というより、小さな博物館ぐらいの標本を備えもし、飼ってもいる。近県近郷の学校の教師、無論学生たち、志あるものは、都会、遠国からも見学に来り訪うこと、須賀川の牡丹の観賞に相斉しい。で、いずれの方面からも許されて、その旦那の紳士ばかりは、猟期、禁制の、時と、場所を問わず、学問のためとして、任意に、得意の猟銃の打金をカチンと打ち、生きた的に向って、ピタリと照準する事が出来る。
時に、その年は、獲ものでなしに、巣の白鷺の産卵と、生育状態の実験を思立たれたという。……雛ッ子はどんなだろう。鶏や、雀と違って、ただ聞いても、鴛鴦だの、白鷺のあかんぼには、博物にほとんど無関心な銑吉も、聞きつつ、早くまず耳を傾けた。
在所には、旦那方の泊るような旅館がない。片原の町へ宿を取って、鳥博士は、夏から秋へかけて、その時々。足繁くなると、ほとんど毎日のように、明神の森へ通ったが、思う壺の巣が見出せない。
――村に猟夫が居る。猟夫といっても、南部の猪や、信州の熊に対するような、本職の、またぎ、おやじの雄ではない。のらくらものの隙稼ぎに鑑札だけは受けているのが、いよいよ獲ものに困ずると、極めて内証に、森の白鷺を盗み撃する。人目を憚るのだから、忍びに忍んで潜入するのだが、いや、どうも、我折れた根気のいい事は、朝早くでも、晩方でも、日が暮れたりといえどもで、夏の末のある夜などは、ままよ宿鳥なりと、占めようと、右の猟夫が夜中真暗な森をううちに、青白い光りものが、目一つの山の神のように動いて来るのに出撞した。けだし光は旦那方の持つ懐中電燈であった。が、その時の鳥旦那の装は、杉の葉を、頭や、腰のまわりに結びつけた、面まで青い、森の悪魔のように見えて、猟夫を息を引いて驚倒せしめた。旦那の智恵によると、鳥に近づくには、季節によって、樹木と同化するのと、また鳥とほぼ服装の彩を同じゅうするのが妙術だという。
それだから一夜に事の起った時は、冬で雪が降っていたために、鳥博士は、帽子も、服も、靴まで真白にしていた、と話すのであった。
(……?……)
ところで、鳥博士も、猟夫も、相互の仕事が、両方とも邪魔にはなるが、幾度も顔を合わせるから、逢えば自然と口を利く。「ここのおつかい姫は、何だな、馬鹿に恥かしがり屋で居るんだな。なかなか産む処を見せないが。」「旦那、とんでもねえ罰が当る。」「撃つやつとどうかな。」段々秋が深くなると、「これまでのは渡りものの、やす女だ、侍女も上等のになると、段々勿体をつけて奥の方へ引込むな。」従って森の奥になる。「今度見つけた巣は一番上等だ。鷺の中でも貴婦人となると、産は雪の中らしい。人目を忍ぶんだな。産屋も奥御殿という処だ。」「やれ、罰が当るてば。旦那。」「撃つやつとどうかな。」――雪の中に産育する、そんな鷺があるかどうかは知らない。爺さんの話のまま――猟夫がこの爺さんである事は言うまでもなかろうと思う。さて猟夫が、雪の降頻る中を、朝の間に森へ行くと、幹と根と一面の白い上に、既に縦横に靴で踏込んだあとがあった。――畜生、こんなに疾くから旦那が来ている。博士の、静粛な白銀の林の中なる白鷺の貴婦人の臨月の観察に、ズトン! は大禁物であるから、睨まれては事こわしだ。一旦破寺――西明寺はその一頃は無住であった――その庫裡に引取って、炉に焚火をして、弁当を使ったあとで、出直して、降積った雪の森に襲い入ると、段々に奥深く、やがて向うに青い水が顕われた、土地で、大沼というのである。
今はよく晴れて、沼を囲んだ、樹の袖、樹の裾が、大なる紺青の姿見を抱いて、化粧するようにも見え、立囲った幾千の白い上が、瑠璃の皎殿を繞り、碧橋を渡って、風に舞うようにも視められた。
この時、煩悩も、菩提もない。ちょうど汀の銀の蘆を、一むら肩でさらりと分けて、雪に紛う鷺が一羽、人を払う言伝がありそうに、すらりと立って歩む出端を、ああ、ああ、ああ、こんな日に限って、ふと仰がるる、那須嶽連山の嶺に、たちまち一朶の黒雲の湧いたのも気にしないで、折敷にカンと打った。キャッ! と若い女の声。魂ぎる声。
這ったか、飛んだか、辷ったか。猟夫が目くるめいて駆付けると、凍てざまの白雪に、ぽた、ぽた、ぽたと紅が染まって、どこを撃ったか、黒髪の乱れた、うつくしい女が、仰向けに倒れ、もがいた手足をそのままに乱れ敷いていたのである。
いやが上の恐怖と驚駭は、わずかに四五間離れた処に、鳥の旦那が真白なヘルメット帽、警官の白い夏服で、腹這になっている。「お助けだ――旦那、薬はねえか。」と自分が救われたそうに手を合せた。が、鳥旦那は――鷺が若い女になる――そんな魔法は、俺が使ったぞ、というように知らん顔して、遠めがねを、それも白布で巻いたので、熟とどこかの樹を枝を凝視めていて、ものも言わない。
猟夫は最期と覚悟をした。……
そこで、急いで我が屋へ帰って、不断、常住、無益な殺生を、するな、なせそと戒める、古女房の老巫女に、しおしおと、青くなって次第を話して、……その筋へなのって出るのに、すぐに梁へ掛けたそうに褌をしめなおすと、梓の弓を看板に掛けて家業にはしないで、茅屋に隠れてはいるが、うらないも祈祷も、その道の博士だ――と言う。どういうものか、正式に学校から授けない、ものの巧者は、学士を飛越えて博士になる。博士神巫が、亭主が人殺しをして、唇の色まで変って震えているものを、そんな事ぐらいで留めはしない……冬の日の暗い納戸で、糸車をじい……じい……村も浮世も寒さに喘息を病んだように響かせながら、猟夫に真裸になれ、と歯茎を緊めて厳に言った。経帷子にでも着換えるのか、そんな用意はねえすべい。……井戸川で凍死でもさせる気だろう。しかしその言の通りにすると、蓑を着よ、そのようなその羅紗の、毛くさい破帽子などは脱いで、菅笠を被れという。そんで、へい、苧殻か、青竹の杖でもつくか、と聞くと、それは、ついてもつかいでも、のう、もう一度、明神様の森へ走って、旦那が傍に居ようと、居まいと、その若い婦女の死骸を、蓑の下へ、膚づけに負いまして、また早や急いで帰れ、と少し早めに糸車を廻わしている。
いや、もう、肝魂を消して、さきに死骸の傍を離れる時から、那須颪が真黒になって、再び、日の暮方の雪が降出したのが、今度行向う時は、向風の吹雪になった。が、寒さも冷たさも猟夫は覚えぬ。ただ面を打って巴卍に打ち乱れる紛泪の中に、かの薙刀の刃がギラリと光って、鼻耳をそがれはしまいか。幾度立ちすくみになったやら。……
我が手で、鉄砲でうった女の死骸を、雪を掻いて膚におぶった、そ、その心持というものは、紅蓮大紅蓮の土壇とも、八寒地獄の磔柱とも、譬えように口も利けぬ。ただ吹雪に怪飛んで、亡者のごとく、ふらふらと内へ戻ると、媼巫女は、台所の筵敷に居敷り、出刃庖丁をドギドギと研いでいて、納戸の炉に火が燃えて、破鍋のかかったのが、阿鼻とも焦熱とも凄じい。……「さ、さ、帯を解け、しての、死骸を俎の上へ、」というが、石でも銅でもない。台所の俎で。……媼の形相は、絵に描いた安達ヶ原と思うのに、頸には、狼の牙やら、狐の目やら、鼬の足やら、つなぎ合せた長数珠に三重に捲きながらの指図でござった。
……不思議というは、青い腰も血の胸も、死骸はすっくり俎の上へ納って、首だけが土間へがっくりと垂れる。めったに使ったことのない、大俵の炭をぶちまけたように髻が砕けて、黒髪が散りかかる雪に敷いた。媼が伸上り、じろりと視て、「天人のような婦やな、羽衣を剥け、剥け。」と言う。襟も袖も引きる、と白い優しい肩から脇の下まで仰向けに露われ、乳へ膝を折上げて、くくられたように、踵を空へ屈めた姿で、柔にすくんでいる。「さ、その白ッこい、膏ののった双ももを放さっしゃれ。獣は背中に、鳥は腹に肉があるという事いの。腹から割かっしゃるか、それとも背から解くかの、」と何と、ひたわななきに戦く、猟夫の手に庖丁を渡して、「えい、それ。」媼が、女の両脚を餅のように下へ引くとな、腹が、ふわりと動いて胴がしんなりと伸び申したなす。
「観音様の前だ、旦那、許さっせえ。」
御廚子の菩薩は、ちらちらと蝋燭の灯に瞬きたまう。
――茫然として、銑吉は聞いていた――
血は、とろとろと流れた、が、氷ったように、大腸小腸、赤肝、碧胆、五臓は見る見る解き発かれ、続いて、首を切れと云う。その、しなりと俎の下へ伸びた皓々とした咽喉首に、触ると震えそうな細い筋よ、蕨、ぜんまいが、山賤には口相応、といって、猟夫だとて、若い時、宿場女郎の、※[#「参らせ候」のくずし字、65-2]もかしくも見たれど、そんなものがたとえになろうか。……若菜の二葉の青いような脈筋が透いて見えて、庖丁の当てようがござらない。容顔が美麗なで、気後れをするげな、この痴気おやじと、媼はニヤリ、「鼻をそげそげ、思切って。ええ、それでのうては、こな爺い、人殺しの解死人は免れぬぞ、」と告り威す。――命ばかりは欲いと思い、ここで我が鼻も薙刀で引そがりょう、恐ろしさ。古手拭で、我が鼻を、頸窪へ結えたが、美しい女の冷い鼻をつるりと撮み、じょきりと庖丁で刎ねると、ああ、あ痛、焼火箸で掌を貫かれたような、その疼痛に、くらんだ目が、はあ、でんぐり返って気がつけば、鼻のかわりに、細長い鳥の嘴を握っていて、俎の上には、ただ腹を解いた白鷺が一羽。蓑毛も、胸毛も、散りぢりに、血は俎の上と、鷺の首と、おのが掌にたらたらと塗れていた。
媼が世帯ぶって、口軽に、「大ごなしが済んだあとは、わしが手でぶつぶつと切っておましょ。鷺の料理は知らぬなれど、清汁か、味噌か、焼こうかの。」と榾をほだて、鍋を揺ぶって見せつけて、「人間の娘も、鷺の婦も、いのち惜しさにかわりはないぞの。」といわれた時は、俎につくばい、鳥に屈み、媼に這って、手をついた。断つ、断つ、ふッつりと猟を断つ、慰みの無益の殺生は、断つわいやい。
畠二三枚、つい近い、前畷の夜の雪路を、狸が葬式を真似るように、陰々と火がともれて、人影のざわざわと通り過ぎたのは――真中に戸板を舁いていた。――鳥旦那の、凍えて人事不省なったのを助け出した、行列であった。
町の病院で、二月以上煩ったが、凍傷のために、足の指二本、鼻の尖が少々、とれた、そげた、欠けた、はて何といおう、もげたと言おう、もげた。
どうも解せぬ。さて、合点のゆかない。現におつかい姫を、鉄砲で撃った猟夫は、肝を潰しただけで、無事に助かった。旦那はまず不具だ。巣を見るばかりで、その祟りは、と内証で声をひそめて、老巫女に伺を立てた。されば、明神様の思召しは、鉄砲は避けもされる。また眷属が怪我に打たれまいものではない。――御殿の閨を覗かれ、あまつさえ、帳の奥のその奥の産屋を――おみずからではあるまいが――お煩い……との事である。
要するに、御堂の女神は、鉄砲より、研究がおきらいなのである。――
「――万事、その気でござらっしゃれよ。」
「勿論です――」
が、まだその上にも、銑吉を一人で御堂へ行かせるのは、気づかいらしくもあり、好もしくない様子が見えた。すなわち明神の祠へは、孫八爺さんが一所に行こうという。銑吉とても、ただ怯かしばかりでもなさそうな、秘密と、奇異と、第一、人気のまるでないその祠に、入口に懸った薙刀を思うと、掛釘が錆朽ちていまいものでもなし、控えの綱など断切れていないと限らない。同行はむしろ便宜であったが。
さて、旧街道を――庫裡を一廻り、寺の前から――路を埋めた浅茅を踏んで、横切って、石段下のたらたら坂を昇りかかった時であった。明神の森とは、山波をつづけて、なだらかに前来た片原の町はずれへ続く、それを斜に見上げる、山の端高き青芒、蕨の広葉の茂った中へ、ちらりと出た……さあ、いくつぐらいだろう、女の子の紅い帯が、ふと紅の袴のように見えたのも稀有であった、が、その下ななめに、草堤を、田螺が二つ並んで、日中の畝うつりをしているような人影を見おろすと、
「おん爺いええ。」
と野へ響く、広く透った声で呼んだ。
貝の尖の白髪の田螺が、
「おお。」
「爺ン爺いよう。」
「……爺ン爺い、とこくわ――おおよ。」
「媼ン媼が、なあえ、すぐに帰って、ござれとよう。」
「酒でも餅でもあんめえが、……やあ。」
「知らねえよう。」
「客人と、やい、明神様詣るだと、言うだあよう。」
「何でも帰れ、とよう。媼ン媼が言うだがええ。」
なぜか、その女の子、その声に、いや、その言托をするものに、銑吉さえ一種の威のあるのを感じた。
「そんでは、旦那。」
白髪の田螺は、麦稈帽の田螺に、ぼつりと分れる。
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