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七宝の柱(しっぽうのはしら)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:35:27  点击:  切换到繁體中文


 私の一礼に答えて、
「ごゆるり、ご覧なさい。」
 二、三の散佚さんいつはあろうが、言うまでもなく、堂の内壁ないへきにめぐらしたやつの棚に満ちて、二代基衡もとひらのこの一切経いっさいきょう、一代清衡きよひら金銀泥一行きんぎんでいいちぎょうまぜがきの一切経、ならび判官贔屓ほうがんびいきの第一人者、三代秀衡ひでひら老雄の奉納した、黄紙宋板おうしそうばんの一切経が、みな黒燿こくようの珠玉の如くうるしに満ちている。――一切経の全部量は、七駄片馬しちだかたうまと称うるのである。
「――拝見をいたしました。」
「はい。」
 と腰衣こしごろもの素足で立って、すっと、経堂を出て、朴歯ほおば高足駄たかあしだで、巻袖まきそでで、寒くほっそりと草をく。清らかな僧であった。
「弁天堂を案内しますで。」
 と車夫わかいしゅが言った。
 向うを、墨染すみぞめで一人若僧にゃくそうの姿が、さびしく、しかも何となくとうとく、正に、まさしく彼処かしこにおわする……天女の御前おんまえへ、われらを導く、つつましく、謙譲なる、一個のお取次のように見えた。
 かくてこそ法師たるもののかいはあろう。
 世に、緋、紫、金襴きんらん緞子どんすよそおうて、伽藍がらんに処すること、高家諸侯こうけだいみょうの如く、あるいは仏菩薩ぶつぼさつの玄関番として、衆俗しゅうぞくを、受附で威張いばって追払おっぱらうようなのが少くない。
 そんなのは、僧侶なんど、われらと、仏神の中を妨ぐる、しゅうとだ、小姑こじゅうとだ、受附だ、三太夫だ、邪魔ものである。
 衆生しゅじょうは、きゃつばらを追払おいはらって、仏にも、祖師にも、天女にも、直接じかにお目にかかって話すがいい。
 時に、経堂を出た今は、真昼ながら、月光に[#ルビの「よ」は底本ではは「え」]い、かつらに巻かれた心地がして、乱れたままの道芝みちしばを行くのが、青く清明なるまるい床を通るようであった。
 きざはしの下に立って、仰ぐと、典雅温優てんがおんゆうなる弁財天べんざいてん金字きんじふちして、牡丹花ぼたんかがくがかかる。……いかにや、年ふる雨露あめつゆに、彩色さいしきのかすかになったのが、木地きじ胡粉ごふんを、かえってゆかしくあらわして、萌黄もえぎ群青ぐんじょうの影を添え、葉をかさねて、白緑碧藍はくりょくへきらんの花をいだく。さながら瑠璃るりの牡丹である。
 ふと、高縁たかえん雨落あまおちに、同じ花が二、三輪咲いているように見えた。
 扉がギイ、キリキリと……僧の姿は、うらに隠れつつ、見えずに開く。
 ぽかんと立ったのがきまりが悪い。
 ああ、もう彼処あすこから透見すきみをなすった。
 とそう思うほど、真白ましろき面影、天女の姿は、すぐ其処そこに見えさせ給う。
 私は恥じて俯向うつむいた。
「そのままでおよろしい。」
 壇は、下駄げたのままでとの僧が言うのである。
 なかなか。
 足袋たびの、そんなに汚れていないのが、まだしもであった。
 蜀紅しょくこうにしきと言う、天蓋てんがいも広くかかって、真黒まくろ御髪みぐし宝釵ほうさいの玉一つをもさえぎらない、御面影おんおもかげたえなること、御目おんまなざしの美しさ、……申さんは恐多おそれおおい。ただ、西のかたはるかに、山城国やましろのくに浄瑠璃寺じょうるりでら吉祥天きっしょうてんのお写真に似させ給う。白理はくり優婉ゆうえん明麗めいれいなる、お十八、九ばかりの、ほぼひとだけの坐像である。
 ト手をついて対したが、見上ぐる瞳に、御頬おんほおのあたり、かすかに、いまにも莞爾かんじと遊ばしそうで、まざまざとは拝めない。
 私は、端坐して、いにしえの、通夜つやと言う事の意味をたしかに知った。
 このままに二時ふたときいたら、微妙な、御声おこえが、あの、お口許くちもと微笑ほほえみから。――
 さて壇を退しりぞきざまに、僧のとざす扉につれて、かしこくもおんなごりさえおしまれまいらすようで、涙ぐましくまたがくを仰いだ。御堂そのまま、私は碧瑠璃へきるり牡丹花ぼたんかうちに入って、また牡丹花の裡から出たようであった。
 花の影が、おおきちょうのように草にした。
 月ある、あきらかなる時、花のおぼろなるゆうべ、天女が、この縁側えんがわに、ちょっと端居はしいの腰を掛けていたまうと、経蔵から、侍士じし童子どうじ払子ほっす錫杖しゃくじょうを左右に、赤い獅子にして、文珠師利もんじゅしりが、悠然と、草をのりながら、
「今晩は――姫君、いかが。」
 などと、お話がありそうである。
 と、ふもとの牛が白象びゃくぞうにかわって、普賢菩薩ふげんぼさつが、あの山吹のあたりを御散歩。
 まったく、一山いっさんの仏たち、おおき石地蔵いしじぞうすごいように活きていらるる。
 下向げこうの時、あらためて、見霽みはらし四阿あずまやに立った。
 伊勢、亀井かめい片岡かたおか鷲尾わしのお、四天王の松は、畑中はたなかあぜ四処よところに、雲をよろい、※(「瑤のつくり+系」、第3水準1-90-20)ゆるぎいとの風を浴びつつ、あるものは粛々しゅくしゅくとして衣河ころもがわに枝をそびやかし、あるものは恋々れんれんとして、高館たかだちこずえを伏せたのが、彫像の如くにながめらるる。
 その高館たかだちあとをばしずかにめぐって、北上川の水は、はるばる、瀬もなく、音もなく、雲のはてさえ見えず、ただ(はるばる)と言うように流るるのである。
 
「この奥に義経公よしつねこう。」
 車夫くるまやの言葉に、私は一度くるまを下りた。
 帰途は――今度は高館を左に仰いで、津軽青森まで、遠く続くという、まばらに寂しい松並木の、旧街道を通ったのである。
 松並木の心細さ。
 途中で、都らしい女に逢ったら、私はもう一度車を飛下とびおりて、手もせなもかしたであろう。――判官ほうがんにあこがるる、しずかの霊を、幻に感じた。
「あれは、さけかい。」
 すれ違って一人、溌剌はつらつ[#「剌」は底本では「刺」]たる大魚おおうおげて駈通かけとおったものがある。
ますだ、――北上川で取れるでがすよ。」
 ああ、あの川を、はるばると――私は、はじめて一条ひとすじ長く細く水の糸をいて、うおとともに動くさまを目に宿したのである。
「あれは、はあ、駅長様のとこくだかな。昨日きのう一尾いっぴきあがりました。その鱒は停車場ていしゃば前の小河屋おがわやで買ったでがすよ。」
「料理屋かね。」
旅籠屋はたごやだ。新築でがしてな、まんずこの辺では彼店あすこだね。まだ、旦那、昨日はその上に、はいこい一尾いっぴき買入れたでなあ。」
其処そこへ、つけておくれ、昼食ちゅうじきに……」
 ――この旅籠屋は深切しんせつであった。
「鱒がありますね。」
 と心得たもので、
照焼てりやきにして下さい。それから酒は罎詰びんづめのがあったらもらいたい、なりたけいいのを。」
 束髪そくはつった、丸ぽちゃなのが、
「はいはい。」
 と柔順すなおだっけ。
 小用こようをたして帰ると、もの陰から、目をまるくして、一大事そうに、
「あの、旦那様。」
「何だい。」
「照焼にせいという、おあつらえですがなあ。」
「ああ。」
川鱒かわますは、塩をつけて焼いた方がおいしいで、そうしては不可いけないですかな。」
「ああ、結構だよ。」
 やがて、膳に、その塩焼と、別に誂えた玉子焼、青菜のひたし。椀がついて、蓋を取ると鯉汁こいこくである。ああ、昨日のだ。これはしかし、活きたのをりょうられると困ると思って、わざと註文はしなかったものである。
 口をこぼれそうに、なみなみと二合のお銚子ちょうし
 いい心持こころもちところへ、またお銚子が出た。
 喜多八きたはちの懐中、これにきたなくもうしろを見せて、
「こいつは余計だっけ。」
「でも、あの、四合罎しごうびん一本、よそから取って上げましたので、なあ。」
 私は膝をって、感謝した。
「よし、よし、有難ありがとう。」
 こうのものがついて、御飯をわざわざいてくれた。
 これで、勘定が――道中記には肝心な処だ――二円八十銭……二人ににん分です。
「帳場の、おかみさんに礼を言って下さい。」
 やがて停車場ステエションへ出ながらると、旅店はたごやの裏がすぐ水田みずたで、となりとの地境じざかい行抜ゆきぬけの処に、花壇があって、牡丹が咲いた。竹の垣もわないが、遊んでいた小児こどもたちも、いたずらはしないと見える。
 ほかにも、商屋あきないやに、茶店に、一軒ずつ、庭あり、背戸せどあれば牡丹がある。往来ゆききの途中も、皆そうであった。かつ溝川みぞがわにも、井戸端にも、傾いた軒、崩れた壁の小家こいえにさえ、大抵たいてい皆、菖蒲あやめ杜若かきつばたを植えていた。
 弁財天の御心みこころが、おのずから土地にあらわれるのであろう。
 たちまち、風暗く、柳がなびいた。
 停車場ステエションへ入った時は、皆待合室にいすくまったほどである。風は雪を散らしそうに寒くなった。一千年のいにしえの古戦場の威力である。天には雲と雲と戦った。





底本:「鏡花短篇集」岩波文庫、岩波書店
   1987(昭和62)年9月16日第1刷発行
   2001(平成13)年2月5日第21刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十七巻」岩波書店
   1942(昭和17)年10月初版発行
初出:「人間」
   1921(大正10)年7月号
入力:門田裕志
校正:米田進、鈴木厚司
2003年3月31日作成
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