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小春の狐(こはるのきつね)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:29:56  点击:  切换到繁體中文

 

薬師山から湯宿を見れば、ししが髪て身をやつす。

 いや……と言ったばかりで、ほかに見当は付かない。……私はその時は前夜着いた電車の停車場の方へ遁足にげあしに急いだっけが――笑うものは笑え。――そよぐ風よりも、湖のあおい水が、蘆の葉ごしにすらすらと渡って、おろした荷の、その小魚にも、蕈にもさっとかかる、霜こしの黄茸きたけの風情が忘れられない。皆とは言わぬが、再びこの温泉に遊んだのも、半ばこの蕈に興じたのであった。
 ――ほぼ心得た名だけれど、したしいものに近づくとて、あらためて、いま聞いたのである。

「この蕈は何と言います。」
 何が何でも、一方は人の内室である、他は淑女たるに間違いない。――その真中まんなかへ顔を入れたのは、考えると無作法千万で、都会だと、これ交番で叱られる。
「霜こしやがね。」と買手の古女房が言った。
綺麗きれいだね。」
 と思わず言った。近優ちかまさりする若い女の容色きりょうに打たれて、私は知らず目をそらした。
「こちらは、」
 と、片隅に三つばかり。この方は笠を上にした茶褐色で、霜こしの黄なるに対して、女郎花おみなえしの根にこぼれた、いばらの枯葉のようなのを、――ここに二人たった渠等かれら女たちに、フト思いくらべながら指すと、
「かっぱ。」
 と語音の調子もある……口から吹飛ばすように、ぶっきらぼうに古女房が答えた。
「ああ、かっぱ。」
「ほほほ。」
 かっぱとかっぱが顱合はちあわせをしたから、若い女は、うすよごれたがあねさんかぶり、茶摘、桑摘む絵の風情の、手拭の口にえみをこぼして、
「あの、川にります可恐こわいのではありませんの、雨の降る時にな、これから着ますな、あの色に似ておりますから。」
「そんで幾干いくらやな。」
 古女房は委細構わず、笊の縁に指を掛けた。
「そうですな、これでな、十銭下さいまし。」
「どえらい事や。」
 と、しょぼしょぼした目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはった。にらむように顔をながめながら、
「高いがな高いがな――三銭や、えっと気張って。……三銭が相当や。」
「まあ、」
「三銭にさっせえよ。――おめえもな、青草ものの商売や。お客から祝儀とか貰うようにはかんぞな。」
「でも、」
 ときのこが映す影はないのに、女のまぶたはほんのりする。
 安値やすいものだ。……私は、その言い値に買おうと思って、声を掛けようとしたが、すきがない。女が手を離すのと、笊を引手繰ひったくるのと一所で、古女房はすたすたと土間へ入ってく。
 私は腕組をしてそこを離れた。
 以前、私たちが、草鞋わらじに手鎌、腰兵粮こしびょうろうというものものしい結束で、朝くらいうちから出掛けて、山々谷々を狩っても、見た数ほどの蕈を狩り得たためしは余りない。
 たった三銭――気の毒らしい。
「御免なして。」 
 と背後うしろから、跫音あしおとを立てずしずかに来て、早や一方は窪地の蘆の、片路かたみちの山の根を摺違すれちがい、慎ましやかに前へ通る、すりきれ草履にかかとの霜。
「ああ、姉さん。」
 私はうっかりと声を掛けた。

       三

「――旦那さん、その虫は構うた事にはかないませんわ。――うるそうてな……」
 ものいいもやや打解けて、おくれ毛をでながら、
「ほっといてお通りなさいますと、ひとりでに離れます。」
「随分居るね、……これは何と言う虫なんだね。」
「東京にはりませんの。」
「いや、雨上りの日当りには、鉢前などに出はするがね。こんなに居やしないようだ。よくも気をつけはしないけれど、……(しょうじょう)よりもっと小さくってけむのようだね。……またここにも一団ひとかたまりになっている。何と言う虫だろう。」
「太郎虫と言いますか、米搗虫こめつきむしと言うんですか、どっちかでございましょう。小さなが、この虫を見ますとな、旦那さん……」
 と、ことばが途絶えた。
「小さな児が、この虫を見ると?……」
「あの……」
「どうするんです。」
「唄をうとうてはやしますの。」
「何と言って……その唄は?」
きまりが悪うございますわ。……(太郎は米搗き、次郎は夕な、夕な。)……薄暮合うすくれあいには、よけい沢山たんと飛びますの。」
 ……思出した。故郷の町は寂しく、時雨の晴間に、私たちもやっぱり唄った。
「仲よくしましょう、さからわないで。」
 私はちょっかいを出すように、おもてを払い、耳を払い、頭を払い、袖を払った。茶番の最明寺さいみょうじどののような形を、あらためてしずか歩行あるいた。――真一文字の日あたりで、暖かさ過ぎるので、脱いだ外套がいとうは、その女が持ってくれた。――歩行あるきながら、
「……私は虫と同じ名だから。」
 しかし、これは、虫にくらべて謙遜した意味ではない。実は太郎を、浦島の子になぞらえて、ひそかに思い上った沙汰さたなのであった。

 湖をはるかに、一廓ひとくるわ、彩色した竜のうろこのごとき、湯宿々々の、壁、柱、いらかを中に隔てて、いまは鉄鎚てっついの音、謡の声も聞えないが、出崎のはたに、ぽッつりと、烏帽子えぼしの転がった形になって、あの船も、船大工も見える。木納屋の苫屋とまやは、さながらその素袍すおうの袖である。
 ――今しがた、この女が、細道をすれ違った時、きのこに敷いた葉を残したざるを片手に、く姿に、ふとその手鍋てなべ提げた下界の天女のおもかげを認めたのである。そぞろに声掛けて、「あの、きのこを、……三銭に売ったのか。」とはじめ聞いた。えんぶだごんの価値あたいでも説く事か、天女に対して、三銭也を口にする。……さもしいようだが、対手あいてが私だから仕方がない。「ええ、」と言うのに押被おっかぶせて、「馬鹿々々しく安いではないか。」と義憤を起すと、せめて言いねの半分には買ってもらいたかったのだけれど、「旦那さんが見てであったしな。……」と何か、私に対して、値の押問答をするのがきまりが悪くもあったらしい口振くちぶりで。……「失礼だが、世帯のたしになりますか。」ときくと、そのつもりではあったけれど、まるで足りない。煩っていなさる母さんの本復を祈って願掛けする、「お稲荷様いなりさまのお賽銭さいせんに。」と、少しあれたが、しなやかな白い指を、縞目しまめの崩れた昼夜帯へ挟んだのに、さみしい財布がうこん色に、撥袋ばちぶくろとも見えずはさまって、腰帯ばかりがべにであった。「姉さんの言い値ほどは、お手間を上げます。あの松原は松露があると、宿で聞いて、……客はたて込む、女中は忙しいし、……一人で出て来たが覚束おぼつかない。ついでに、いまの(霜こし)のありそうな処へ案内して、一つでも二つでも取らして下さい、……私は茸狩たけがりが大好き。――」と言って、言ううちに我ながら思入って、感激した。
 はかない恋の思出がある。

 もうとくに、余所よそれっきとした奥方だが、その私より年上の娘さんの頃、秋の山遊びをかねた茸狩に連立った。男、女たちも大勢だった。茸狩に綺羅きらは要らないが、山深く分入るのではない。重箱を持参で茣蓙ござ毛氈もうせんを敷くのだから、いずれも身ぎれいに装った。中に、襟垢えりあかのついた見すぼらしい、母のないの手を、娘さん――そのひとは、いとわしげもなく、親しくいて坂を上ったのである。きぬの香に包まれて、藤紫の雲のうちに、何も見えぬ。冷いが、時めくばかり、優しさが頬に触れる袖の上に、月影のような青地の帯の輝くのを見つつ、心も空に山路を辿たどった。やがて皆、谷々、峰々に散ってきのこを求めた。かよわいその人の、一人、毛氈に端坐して、城の見ゆる町をはるかに、開いた丘に、少しのぼせて、羽織を脱いで、蒔絵まきえの重に片袖を掛けて、ほっとやすらったのを見て、少年は谷に下りた。が、何をかくそう。その人のいま居る背後うしろに、一本ひともとの松は、我がなき母の塚であった。
 向った丘に、もみじの中に、昼の月、虚空に澄んで、月天がってん御堂みどうがあった。――幼い私は、人界のきのこを忘れて、草がくれに、ひとえに世にも美しい人の姿を仰いでいた。
 弁当にあつまった。吸筒すいづつの酒も開かれた。「関ちゃん――関ちゃん――」私の名を、――誰も呼ぶもののないのに、その人が優しく呼んだ。刺すよと知りつつも、ひッつかんで声をこらえた、いばらの枝に胸のうずくばかりなのをなお忍んだ――これをほかにしては、もうきこえまい……母の呼ぶと思う、なつかしい声を、いま一度、もう一度、くりかえして聞きたかったからであった。「打棄うっちゃっておけ、もう、食いに出て来る。」私はそばの男たちの、しか言うのさえ聞える近まにかくれたのである。草をんだ。草には露、目には涙、すがる土にもしとしとと、もみじを映す糸のようなくれないの清水が流れた。「関ちゃん――関ちゃんや――」澄みとおった空もややかげる。……もの案じに声も曇るよ、と思うと、その人は、たけだちよく、高尚に、すらりと立った。――この時、日月じつげつを外にして、その丘に、気高く立ったのは、その人ただ一人であった。草に縋って泣いた虫が、いまはたまらず蟋蟀こおろぎのように飛出すと、するすると絹の音、さっ留南奇とめきの香で、ものしずかなる人なれば、せき心にも乱れずに、と白足袋でかもすべって肩を抱いて、「まあ、かった、怪我をなさりはしないかと姉さんは心配しました。」少年はあつい涙を知った。

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