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高野聖(こうやひじり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:25:57  点击:  切换到繁體中文



     二

 岐阜ぎふではまだ蒼空あおぞらが見えたけれども、後は名にし負う北国空、米原まいばら長浜ながはま薄曇うすぐもりかすかに日がして、寒さが身に染みると思ったが、やなでは雨、汽車の窓が暗くなるに従うて、白いものがちらちらまじって来た。
(雪ですよ。)
(さようじゃな。)といったばかりで別に気に留めず、あおいで空を見ようともしない、この時に限らず、しずたけが、といって、古戦場を指した時も、琵琶湖びわこの風景を語った時も、旅僧はただ頷いたばかりである。
 敦賀で悚毛おぞけの立つほどわずらわしいのは宿引やどひき悪弊あくへいで、その日も期したるごとく、汽車をおりると停車場ステイションの出口から町端まちはなへかけて招きの提灯ちょうちん印傘しるしがさつつみを築き、潜抜くぐりぬけるすきもあらなく旅人を取囲んで、かまびすしくおの家号やごう呼立よびたてる、中にもはげしいのは、素早すばやく手荷物を引手繰ひったくって、へい難有ありがとさまで、をくらわす、頭痛持は血が上るほどこらえ切れないのが、例の下を向いて悠々ゆうゆう小取廻ことりまわしに通抜とおりぬける旅僧は、たれも袖をかなかったから、幸いその後にいて町へ入って、ほっという息をいた。
 雪は小止おやみなく、今は雨も交らず乾いた軽いのがさらさらとおもてを打ち、よいながらかどとざした敦賀のとおりはひっそりして一条二条縦横たてよこに、つじの角は広々と、白く積った中を、道のほど八町ばかりで、とある軒下のきした辿たどり着いたのが名指なざしの香取屋。
 とこにも座敷ざしきにもかざりといっては無いが、柱立はしらだちの見事な、たたみかたい、の大いなる、自在鍵じざいかぎこいうろこ黄金造こがねづくりであるかと思わるるつやを持った、ばらしいへッついを二ツならべて一斗飯いっとめしけそうな目覚めざましいかまかかった古家ふるいえで。
 亭主は法然天窓ほうねんあたま、木綿の筒袖つつそでの中へ両手の先をすくまして、火鉢ひばちの前でも手を出さぬ、ぬうとした親仁おやじ女房にょうぼうの方は愛嬌あいきょうのある、ちょっと世辞のいいばあさん、くだんの人参と干瓢の話を旅僧が打出すと、にこにこ笑いながら、縮緬雑魚ちりめんざこと、かれい干物ひものと、とろろ昆布こんぶ味噌汁みそしるとでぜんを出した、物の言振いいぶり取成とりなしなんど、いかにも、上人しょうにんとは別懇べっこんの間と見えて、つれの私の居心いごころのいいといったらない。
 やがて二階に寝床ねどここしらえてくれた、天井てんじょうは低いが、うつばりは丸太で二抱ふたかかえもあろう、屋のむねからななめわたって座敷のはてひさしの処では天窓あたまつかえそうになっている、巌乗がんじょう屋造やづくり、これなら裏の山から雪崩なだれが来てもびくともせぬ。
 特に炬燵こたつが出来ていたから私はそのままうれしく入った。寝床はもう一組おなじ炬燵にいてあったが、旅僧はこれにはきたらず、横に枕を並べて、火の気のない臥床ねどこに寝た。
 寝る時、上人は帯を解かぬ、もちろん衣服もがぬ、着たまままるくなって俯向形うつむきなりに腰からすっぽりと入って、かた夜具やぐそでけると手をいてかしこまった、その様子ようすは我々と反対で、顔に枕をするのである。
 ほどなく寂然ひっそりとしてに就きそうだから、汽車の中でもくれぐれいったのはここのこと、私は夜が更けるまで寐ることが出来ない、あわれと思ってもうしばらくつきあって、そして諸国を行脚なすった内のおもしろいはなしをといって打解うちとけておさならしくねだった。
 すると上人は頷いて、わしは中年から仰向けに枕に就かぬのがくせで、寝るにもこのままではあるけれども目はまだなかなか冴えている、急に寐就かれないのはお前様とおんなじであろう。出家しゅっけのいうことでも、おしえだの、いましめだの、説法とばかりは限らぬ、若いの、聞かっしゃい、と言って語り出した。後で聞くと宗門名誉しゅうもんめいよの説教師で、六明寺りくみんじ宗朝しゅうちょうという大和尚だいおしょうであったそうな。

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