第十一
(鳥なの、母様)とさういつて其時私が聴いた。
此にも母様は少し口籠つておいでゝあつたが、
(鳥ぢやないよ、翼の生へた美しい姉さんだよ)
何うしても分らんかつた。うるさくいつたらしまひにやお前には分らない、とさうおいひであつた、また推返して聴いたら、やつぱり、
(翼の生へたうつくしい姉さんだつてば)
それで仕方がないからきくのはよして、見やうと思つた、其うつくしい翼のはへたもの見たくなつて、何処に居ます/\ツて、せつツいても知らないと、さういつてばかりおいでゝあつたが、毎日/\あまりしつこかつたもんだから、とう/\余儀なさゝうなお顔色で、
(鳥屋の前にでもいつて見て来るが可)
そんならわけはない。
小屋を出て二町ばかり行くと直坂があつて、坂の下口に一軒鳥屋があるので、樹蔭も何にもない、お天気のいゝ時あかるい/\小さな店で、町家の軒ならびにあつた。鸚鵡なんざ、くるツとした露のたりさうな、小[#「ちい」はママ]さな眼で、あれで瞳が動きますね。毎日々々行つちやあ立つて居たので、しまひにやあ見知顔で私の顔を見て頷くやうでしたつけ、でもそれぢやあない。
駒はね、丈の高い、籠ん中を下から上へ飛んで、すがつて、ひよいと逆に腹を見せて熟柿の落こちるやうにぽたりとおりて餌をつゝいて、私をばかまひつけない、ちつとも気に懸けてくれやうとはしないであつた、それでもない。皆違つとる。翼の生へたうつくしい姉さんは居ないのッて、一所に立つた人をつかまへちやあ、聞いたけれど、笑ふものやら、嘲けるものやら、聞かないふりをするものやら、つまらないとけなすものやら、馬鹿だといふものやら、番小屋の媽々に似て此奴も何うかして居らあ、といふものやら、皆獣だ。
(翼の生へたうつくしい姉さんは居ないの)ツて聞いた時、莞爾笑つて両方から左右の手でおうやうに私の天窓を撫でゝ行つた、それは一様に緋羅紗のづぼんを穿いた二人の騎兵で――聞いた時――莞爾笑つて、両方から左右の手で、おうやうに私の天窓をなでゝ、そして手を引あつて黙つて坂をのぼつて行つた、長靴の音がぼつくりして、銀の剣の長いのがまつすぐに二ツならんで輝いて見えた。そればかりで、あとは皆馬鹿にした。
五日ばかり学校から帰つちやあ其足で鳥屋の店へ行つてじつと立つて奥の方の暗い棚ん中で、コト/\と音をさして居る其鳥まで見覚えたけれど、翼の生へた姉さんは居ないのでぼんやりして、ぼツとして、ほんとうに少し馬鹿になつたやうな気がしい/\、日が暮れると帰り帰りした。で、とても鳥屋には居ないものとあきらめたが、何うしても見たくツてならないので、また母様にねだつて聞いた。何処に居るの、翼の生へたうつくしい人は何処に居るのツて。何とおいひでも肯分けないものだから母様が、
(それでは林へでも、裏の田畝へでも行つて見ておいで。何故ツて天上に遊んで居るんだから籠の中に居ないのかも知れないよ)
それから私、あの、梅林のある処に参りました。
あの桜山と、桃谷と、菖蒲の池とある処で。
しかし其は唯青葉ばかりで菖蒲の短いのがむらがつてゝ、水の色の黒い時分、此処へも二日、三日続けて行きましたつけ、小鳥は見つからなかつた。烏が沢山居た。あれが、かあ/\鳴いて一しきりして静まると其姿の見えなくなるのは、大方其翼で、日の光をかくしてしまふのでしやう、大きな翼だ、まことに大い翼だ、けれどもそれではない。
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