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外科室(げかしつ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:19:40  点击:  切换到繁體中文

底本: 高野聖
出版社: 角川文庫、角川書店
初版発行日: 1971(昭和46)年4月20日改版初版
校正に使用: 1979(昭和54)年11月30日改版第14刷

 

    上

 実は好奇心のゆえに、しかれども予は予が画師えしたるを利器として、ともかくも口実を設けつつ、予と兄弟もただならざる医学士高峰をしいて、それの日東京府下のある病院において、かれとうを下すべき、貴船きふね伯爵夫人の手術をば予をして見せしむることを余儀なくしたり。
 その日午前九時過ぐるころ家をでて病院に腕車わんしゃを飛ばしつ。直ちに外科室のかたおもむくとき、むこうより戸を排してすらすらと出で来たれる華族の小間使とも見ゆる容目みめよき婦人おんな二、三人と、廊下の半ばに行き違えり。
 見れば渠らの間には、被布着たる一個いっこ七、八歳の娘を擁しつ、見送るほどに見えずなれり。これのみならず玄関より外科室、外科室より二階なる病室に通うあいだの長き廊下には、フロックコート着たる紳士、制服着けたる武官、あるいは羽織はかま扮装いでたちの人物、その他、貴婦人令嬢等いずれもただならず気高きが、あなたに行き違い、こなたに落ち合い、あるいは歩し、あるいは停し、往復あたかも織るがごとし。予は今門前において見たる数台すだいの馬車に思い合わせて、ひそかに心にうなずけり。渠らのある者は沈痛に、ある者は憂慮きづかわしげに、はたある者はあわただしげに、いずれも顔色穏やかならで、せわしげなる小刻みのくつの音、草履ぞうりの響き、一種寂寞せきばくたる病院の高き天井と、広き建具と、長き廊下との間にて、異様の跫音きょうおんを響かしつつ、うたた陰惨の趣をなせり。
 予はしばらくして外科室に入りぬ。
 ときに予と相目して、脣辺しんぺんに微笑を浮かべたる医学士は、両手を組みてややあおむけに椅子いすれり。今にはじめぬことながら、ほとんどわが国の上流社会全体の喜憂に関すべき、この大いなる責任をになえる身の、あたかも晩餐ばんさんむしろに望みたるごとく、平然としてひややかなること、おそらく渠のごときはまれなるべし。助手三人と、立ち会いの医博士一人と、別に赤十字の看護婦五名あり。看護婦その者にして、胸に勲章帯びたるも見受けたるが、あるやんごとなきあたりより特に下したまえるもありぞと思わる。他に女性にょしょうとてはあらざりし。なにがし公と、なにがし侯と、なにがし伯と、みな立ち会いの親族なり。しかして一種形容すべからざる面色おももちにて、愁然として立ちたるこそ、病者の夫の伯爵なれ。
 室内のこの人々にみまもられ、室外のあのかたがたに憂慮きづかわれて、ちりをも数うべく、明るくして、しかもなんとなくすさまじく侵すべからざるごとき観あるところの外科室の中央に据えられたる、手術台なる伯爵夫人は、純潔なる白衣びゃくえまといて、死骸しがいのごとく横たわれる、顔の色あくまで白く、鼻高く、おとがい細りて手足は綾羅りょうらにだも堪えざるべし。くちびるの色少しくせたるに、玉のごとき前歯かすかに見え、は固く閉ざしたるが、まゆは思いなしかひそみて見られつ。わずかにつかねたる頭髪は、ふさふさとまくらに乱れて、台の上にこぼれたり。
 そのかよわげに、かつ気高く、清く、とうとく、うるわしき病者のおもかげを一目見るより、予は慄然りつぜんとして寒さを感じぬ。
 医学士はと、ふと見れば、渠は露ほどの感情をも動かしおらざるもののごとく、虚心に平然たるさまあらわれて、椅子にすわりたるは室内にただ渠のみなり。そのいたく落ち着きたる、これを頼もしとわば謂え、伯爵夫人のしかき容体を見たる予が眼よりはむしろ心憎きばかりなりしなり。
 おりからしとやかに戸を排して、静かにここに入り来たれるは、先刻さきに廊下にて行き逢いたりし三人の腰元の中に、ひときわ目立ちし婦人おんななり。
 そと貴船伯に打ち向かいて、沈みたる音調もて、
御前ごぜん姫様ひいさまはようようお泣きみあそばして、別室におとなしゅういらっしゃいます」
 伯はものいわでうなずけり。
 看護婦はわが医学士の前に進みて、
「それでは、あなた」
「よろしい」
 と一言答えたる医学士の声は、このとき少しく震いを帯びてぞ予が耳には達したる。その顔色はいかにしけん、にわかに少しく変わりたり。
 さてはいかなる医学士も、驚破すわという場合に望みては、さすがに懸念のなからんやと、予は同情をひょうしたりき。
 看護婦は医学士の旨を領してのち、かの腰元に立ち向かいて、
「もう、なんですから、あのことを、ちょっと、あなたから」
 腰元はその意を得て、手術台にり寄りつ、優にひざのあたりまで両手を下げて、しとやかに立礼し、
夫人おくさま、ただいま、お薬を差し上げます。どうぞそれを、お聞きあそばして、いろはでも、数字でも、おかぞえあそばしますように」
 伯爵夫人は答なし。
 腰元は恐る恐る繰り返して、
「お聞き済みでございましょうか」
「ああ」とばかり答えたまう。
 念を推して、
「それではよろしゅうございますね」
「何かい、痲酔剤ねむりぐすりをかい」
「はい、手術の済みますまで、ちょっとの間でございますが、御寝げしなりませんと、いけませんそうです」
 夫人は黙して考えたるが、
「いや、よそうよ」とえる声は判然として聞こえたり。一同顔を見合わせぬ。
 腰元は、さとすがごとく、
「それでは夫人おくさま、御療治ができません」
「はあ、できなくってもいいよ」
 腰元は言葉はなくて、顧みて伯爵の色を伺えり。伯爵は前に進み、
「奥、そんな無理を謂ってはいけません。できなくってもいいということがあるものか。わがままを謂ってはなりません」
 侯爵はまたかたわらより口を挟めり。
「あまり、無理をお謂やったら、ひいを連れて来て見せるがいいの。はやくよくならんでどうするものか」
「はい」
「それでは御得心でございますか」
 腰元はその間に周旋せり。夫人は重げなるかぶりりぬ。看護婦の一人は優しき声にて、
「なぜ、そんなにおきらいあそばすの、ちっともいやなもんじゃございませんよ。うとうとあそばすと、すぐ済んでしまいます」
 このとき夫人のまゆは動き、口はゆがみて、瞬間苦痛に堪えざるごとくなりし。半ば目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みひらきて、
「そんなにいるなら仕方がない。私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤ねむりぐすり譫言うわごとうと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもうなおらんでもいい、よしてください」
 聞くがごとくんば、伯爵夫人は、意中の秘密を夢現ゆめうつつの間に人につぶやかんことを恐れて、死をもてこれを守ろうとするなり。良人おっとたる者がこれを聞ける胸中いかん。このことばをしてもし平生にあらしめば必ず一条の紛紜ふんぬんき起こすに相違なきも、病者に対して看護の地位に立てる者はなんらのこともこれを不問に帰せざるべからず。しかもわが口よりして、あからさまに秘密ありて人に聞かしむることを得ずと、断乎だんことして謂い出だせる、夫人の胸中を推すれば。
 伯爵は温乎おんことして、
「わしにも、聞かされぬことなんか。え、奥」
「はい。だれにも聞かすことはなりません」
 夫人は決然たるものありき。
「何も痲酔剤ますいざいいだからって、譫言を謂うという、まったこともなさそうじゃの」
「いいえ、このくらい思っていれば、きっと謂いますに違いありません」
「そんな、また、無理を謂う」
「もう、御免くださいまし」
 投げ棄つるがごとくかく謂いつつ、伯爵夫人は寝返りして、横にそむかんとしたりしが、病める身のままならで、歯を鳴らす音聞こえたり。
 ために顔の色の動かざる者は、ただあの医学士一人あるのみ。渠は先刻さきにいかにしけん、ひとたびその平生をしっせしが、いまやまた自若となりたり。
 侯爵は渋面造りて、
「貴船、こりゃなんでもひいを連れて来て、見せることじゃの、なんぼでものかわいさには折れよう」
 伯爵は頷きて、
「これ、あや
「は」と腰元は振り返る。
「何を、姫を連れて来い」
 夫人はたまらずさえぎりて、
「綾、連れて来んでもいい。なぜ、眠らなけりゃ、療治はできないか」
 看護婦は窮したる微笑えみを含みて、
「お胸を少し切りますので、お動きあそばしちゃあ、危険けんのんでございます」
「なに、わたしゃ、じっとしている。動きゃあしないから、切っておくれ」
 予はそのあまりの無邪気さに、覚えず森寒を禁じ得ざりき。おそらく今日きょうの切開術は、眼を開きてこれを見るものあらじとぞ思えるをや。
 看護婦はまた謂えり。
「それは夫人おくさま、いくらなんでもちっとはお痛みあそばしましょうから、つめをお取りあそばすとは違いますよ」
 夫人はここにおいてぱっちりと眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)ひらけり。気もたしかになりけん、声はりんとして、
とうを取る先生は、高峰様だろうね!」
「はい、外科科長です。いくら高峰様でも痛くなくお切り申すことはできません」
「いいよ、痛かあないよ」
夫人ふじん、あなたの御病気はそんな手軽いのではありません。肉をいで、骨を削るのです。ちっとの間御辛抱なさい」
 臨検の医博士はいまはじめてかく謂えり。これとうてい関雲長にあらざるよりは、堪えうべきことにあらず。しかるに夫人は驚く色なし。
「そのことは存じております。でもちっともかまいません」
「あんまり大病なんで、どうかしおったと思われる」
 と伯爵は愁然たり。侯爵は、かたわらより、
「ともかく、今日はまあ見合わすとしたらどうじゃの。あとでゆっくりと謂い聞かすがよかろう」
 伯爵は一議もなく、衆みなこれに同ずるを見て、かの医博士は遮りぬ。
一時ひとときおくれては、取り返しがなりません。いったい、あなたがたは病を軽蔑けいべつしておらるるかららちあかん。感情をとやかくいうのは姑息こそくです。看護婦ちょっとお押え申せ」
 いとおごそかなる命のもとに五名の看護婦はバラバラと夫人を囲みて、その手と足とを押えんとせり。渠らは服従をもって責任とす。単に、医師の命をだに奉ずればよし、あえて他の感情を顧みることを要せざるなり。
「綾! 来ておくれ。あれ!」
 と夫人は絶え入る呼吸いきにて、腰元を呼びたまえば、あわてて看護婦を遮りて、
「まあ、ちょっと待ってください。夫人おくさま、どうぞ、御堪忍あそばして」と優しき腰元はおろおろ声。

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