您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 泉 鏡花 >> 正文

黒百合(くろゆり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:13:48  点击:  切换到繁體中文



       三十七

「晩方で薄暗かったし、鼻と鼻とつかっても誰だか分らねえような群衆だから難かしいこたあねえ。一番驚かしてやろうと思って、おめえ真直まっすぐに出た。いきなり突立つったって、その仏像をとばりの中から引出したんだから乱暴なこたあ乱暴よ。ばあやゆっくり拝みねえッて、つかみかかった坊主を一人引捻ひんねじってめらせたのに、片膝を着いて、差つけて見せてやった。どうしてたまったもんじゃあねえ。戦争の最中に支那ちゃん小児こどもを殺したってあんなさわぎをしやあしまい。たちまち五六人血眼になって武者振つくと、仏敵だ、殺せと言って、固めている消防夫しごとしどもまで鳶口とびぐちを振ってけ着けやがった。」
 光景の陰惨なのに気を打たれて、姿も悄然しょうぜんとして淋しげに、心細く見えた女賊は、滝太郎が勇しい既往の物語にやや色を直して、蒼白あおじろい顔の片頬かたほえみたたえていたが、思わず声を放って、
「危いねえ!」
「そんなこたあ心得てら。やい、おいらが手にゃあ仏様持ってるぜ、手を懸けられるなら懸けてみろッて、おおきな声でわめきつけた。」
「うむ、うむ、」とばかりお兼は嬉しそうにうなずいて聞くのである。
「おいらが手で持ってさいその位騒ぐ奴等だ、それをお前こっちへ掴んでるからうっかり手出てだしゃならねえやな。堂の中は人間の黒山が崩れるばかり、潮がいたようになってごッた返す中を、仏様を振廻しちゃあ後へ後へと退さがって、位牌堂いはいどうへ飛込んで、そこからお前壁の隅ン処を突き破って、墓原へ出て田圃たんぼへ逃げたぜ。その替り取れようとも思わねえ大変なものをやッつけた。今でもお前、これを盗まれたとってどの位探してるか知れねえよ。富山のうちが五六百焼けたってあんなじゃあるめえと思う位、可い心持じゃあねえか。姉や、それだがね、おらあこんなことを遣ってからはじめてだ、実はこわかった、殺されるだろうと思ったよ。へん、おいらアのせいじゃないぜ、大丈夫知れッこなしだ、占めたもんだい、この分じゃあ今に見ねえ、また大仕事をやらかしてやらあな。」
 血もほとばしらんばかりさかんだった滝太郎のおもてを、つくづく見て、またその罪の数を※(「目+句」、第4水準2-81-91)みまわして、お兼はほっという息をいた。
 歎息ためいきして、力なげにほとんどよろめいたかと見えて、うしろざまに壁のごとき山腹の土にもたれかかり、
「滝さん、まあ、こうやって、どうするつもりだねえ。いいえ、知ってるさ。私だって、そうだったが、殊にお前さん銭金ぜにかねに不自由はなし、売ってどうしようというんじゃあない、こりゃやまいなんだ。どうしてもめられやしないんだろうね。」
 言うことは白魚のお兼である。滝太郎は可怪あやしい目をして、
「誰がお前、これを止しちゃッて何がつまるもんか。おらあ時とするとむしろを敷いて、夜一夜よッぴてこの中で寝て帰ることがある位だ。見ねえ、おい、可い心持じゃあねえか、人にも見せてやりたくッてしようがねえんだけれど、下らない奴にかぎつけられた日にゃ打破ぶちこわしだから、ああ、浅草で別れた姉やぐらいなのがあったらと、しょッちゅう思っていねえこたあなかったよ。おいら一人も友達はこせえねえんだ、総曲輪でお前に、滝やッて言われた時にゃあ、どんなに喜んだと思うんだ、よく見てめてくんねえな。」
 ずッと寄ると袖を開いて、姉御は何と思ったか、滝太郎のうなじを抱いて、仰向あおむきの顔を、
「どれ、」
 ともしは捧げられた、二人はつくづくと目を見合せたのであった。お兼はきっと打守って、
「滝さん、お前さんは自分の目がどんなに立派なものだか知ってるかね。」

       三十八

「お前さんの母様おっかさんなくなんなすった時も、お前にゃあ何でもしたいことが出来るからってとお言いだったと聞いちゃあいたがね、まあ、随分思切ったこったね。何かい、ここで寝ることがあるのかい。」
「ああ、あの荒物屋のばばっていうのが、それが、何よ、その清全寺で仏像の時の媼なんだから、おいらにゃあ自由が利くんだ。やしきからじゃあ面倒だからね、荒物屋を足溜あしだまりにしちゃあ働きに出るのよ。それでも何やや出入に面倒だったり、一品ひとしな々々ひねくっちゃあ離れられなくって、面白い時はこの穴ン中で寝て行かあ。寝てるとね、盗んで来たここに在る奴等が、自分がられた時の様子を、その道筋から、機会きっかけから、各々めいめいに話をするようで、たのしみッたらないんだぜ。」
「それでまあよくお前さん体が何ともないね。浅草に餓鬼大将をやっておいでの時とは違って、品もよくおなりだし、丸顔も長くなってさ、争われない、どう見ても若殿様だ。立派なもんだ。どうして、お前さんのその不思議な左の目の瞳子どうし見覚みおぼえがなかった日にゃあ、名告なのられたって本当に出来るもんじゃあない、その替り、こら、こんなに、」
 と手を取って、お兼はてのひらに据えてみまもりながら、
「節もなくなって細うなったし、体も弱々しくって、夜露に打たれても毒そうではないか。」
「不景気なことを言ってらあ。麦畠むぎばたけの中へひっくりかえって、青天井で寝た処で、天窓あたまが一つ重くなるようなんじゃあないよ、鍛えてあらあな。」と昂然こうぜんたり。
「そうかい、体はそれで可いとした処で、お前さんのような御身分じゃあ、じょうを下ろした御門もあろうし、お次にはお茶坊主、宿直とのいの武士というのが控えてる位なもんじゃあないか。よくこうやって夜一夜よッぴて出歩かれるねえ。」
「何、そりゃおいら整然ちゃんうまくやってるから、大概内の奴あ、今時分は御寝ぎょしなっていらっしゃると思ってるんだ。何から何まで邸の事をすっかり取締ってるなあ、守山てって、おいらを連れて来た爺さんだがね、難かしい顔をしてる割にゃあ解ってて、我儘わがままをさしてくれらあね。」
「成程ね、華族様の内をすっかりあずかって、何のこたあない乞食からお前さんを拾上げたほどの人だから、そりゃお前さんを扱うこたあ、よく知っているんだろう。」
「ああ、ただもう家名をきずつけないようにって、耳うるさく言って聞かせるのよ。堅い奴だが、おいら嫌いじゃあねえ。」
「ふむ、それでお前さん、盗賊どろぼうをすりゃ世話は無いじゃあないか。」と言って、心ありげに淋しいえみを含んだのである。
「おいら何もこれを盗って、儲けようというんじゃあなし、ただ遊んでたのしむんだあな。犬猫を殺すのも狩をするのも同一おんなじこッた。何、知れりゃ華族だ、無断に品物を取って来た、代価は幾干いくらだ、すきな程払ってやるまでの事じゃあねえか。」
「あんな気だから納まらないよ。ほんとに私もあの時分に心得違いをしていたから、見処のあるお前さん、立派な悪党に仕立ててみようと、そう思ったんだがね。滝さんお聞き、蛇がその累々つぶつぶしたうろこを立てるのを見ると気味が悪いだろう、何さ、こわくはないまでも、可い心持はしないもんだ。蟻でも蠅でも、あれがお前、万と千とかたまっていてみな、いやなもんだ。松の皮でもこうかさなり重りしてうずだかいのを見るとね、あんまり難有ありがたいもんじゃあない、景色の可い樹立こだちでも、あんまり茂ると物凄ものすごいさ。私ゃもうとうにからそこへ気が着いて厭になって、今じゃ堅気になっているよ。ね、お前さん、厭な姿は、蛇が自分でも可い心持じゃあなかろうではないか。蚊でものみでも食ったのが、ぶつぶつ一面に並んでみな、自分の体でも打棄うっちゃりたいやな。私ゃこうやってお前さんがここに盗んだものを並べてあるのを見ると、一々動くようで蛇の鱗だと思って、悚然ぞっとした。」

       三十九

「野暮は言わない、私だって何も素人じゃあなし、お前さんの病な事も知ってるから、今めかしい意見をするんじゃないが、世の中にゃもッと面白い盗賊どろぼうのしようがありそうなもんじゃないか。時計だの、金だの、お前さんが嬉しがって手柄そうにここに並べて置くものは、こりゃ何だい! 私に言わせるとけちさ、はしたのお鳥目でざら幾干いくらでもあるもんだ。金剛石ダイヤモンドだって、高々人間が大事がってしまっておくもんだよ、よくかたまりだね。金と灰吹はたまるほど汚いというが、その宝を盗んで来るのは、塵芥溜ごみためから食べ荒しをほじくり出す犬と同一おんなじだね、小汚ない。
 そんなことより滝さん、もっと立派な、日本晴にっぽんばれ盗賊どろぼうがありやしないかしら。
 主のふちといえば誰も入ったものはあるまい。昔から人の入らない処なら、中にまたどんな珍らしい不思議なものがあろうも知れない。たとえにもりゅう※(「月+咢」、第3水準1-90-51)あごには神様のような綺麗な珠があるというよ。何そんなものばかりじゃあない、世の中は広いんだ、富山にばかりも神通川も立山もあるじゃあないか。大海の中だの、人のかない島などには、宝にしろ景色にしろ、どんな結構なものがあろうも知れぬ、そして見つかれば大びらに盗んで可いのさ。
 ただそれは難かしい。島へ行くには船もいろうし、山の奥へ入るには野宿だってしなけりゃならない。お前さんはお金子かねが自由だろう、我儘わがままが出来るじゃあないか。気象はそのとおりだし、胆玉きもたまおおきいし、体は鍛えてある、まあ、第一、その目つきが容易じゃあない。火にやかれず、水に溺れずといったような好運があるようだ。すきなことが何でも出来るッて、母様おっかさんが折紙をつけて下すった体だよ、私が見ても違いはないね。
 金目のかかった宝なんざ、人が大切がって惜しむもので、歩るくにも坐るにも腰巾着こしぎんちゃくにつけていようが、じょうを下ろしておこうが、土の中へ埋めてあろうが、私等が手にゃあお茶の子さ。考えて御覧、どんなに厳重にして守ったって、そりゃ人間の猿智慧さるぢえでするこッた、現にお前さん、多勢黒山のような群集の中で、その観音様を一人で引揚げて来たじゃあないか。人の大事にするものを取って来るのは何でもないが、私がいう宝物は、山の霊、水の精、また天道様が大事に遊ばすものもあろう。人は誰もとがめないが、迂濶うかつにお寄越よこしはなさらない、大風で邪魔をするか、水で妨げるか、火で遮るか。恐いけだものに守らしておきもしようし、真暗まっくらな森で包んであろうも知れず、地獄谷とやら、こんな恐い音のする、その立山の底にくしてあるものもあろう。近い処が、お前さんが前刻さっきお話の、その黒百合というものだ、つい石滝とかの山を奥へ入るとあるッていうのに、そら、昔から人が足蹈あしぶみをしない処で、魔処だ。入っちゃあならない、真暗だ、天窓あたまが石のような可恐おそろしい猿が居る、それが主だというじゃあないか。この国中さばいてる知事の嬢さんが欲しくっても、金でも権柄けんぺいずくでもかなわないというだろう。滝さんどうだね、そんなものを取って来ちゃあ。
 一番ひとつ何でもそういったものを、どしどし私たちが頂戴をすることにしようじゃないか。私ばかりでない、まだ同一おんなじ心の者が、方々に隠れている、その苧環おだまきの糸を引張ってさ、縁のあるものへ結びつけて、人間の手で網を張ろうというつもりでね、こうやって方々歩いている。何、私なんざ、ほんの手先の小使だ、幾らも、お前さんの相談相手があるんだから、奮発をしてお前さん、連判状の筆頭につかないか。」
 意気八荒を呑む女賊は、その花のごとき唇からひらめいてのぼる毒炎を吐いた。洞穴ほらあなの中に、滝太郎が手なるともしびの色はややせたと見ると、くだん可恐おそろしひびき音絶とだえるがごとく、どうーどうーどうーと次第に遠ざかって、はたと聞えなくなったようである。

       四十

「もう夜明だ、姉や、分ったい、うむ、早く出よう。そして、おいらもう、この穴へは入るまい。」
 滝太郎は決然として答えた。お兼は嬉しげに手を取って、
「滝さん、それでこそお前さんだ、ああ、富山じゃあい事をした、お庇様かげさま発程栄たちばえがする。」
「おめえ、もうちっとこっちに居てくんねえな。おいら勝手にすきな真似はしてるけれど、友達もなんにもありゃしないやな。本当は心細くッて、一向つまらないんだぜ。」
「気の弱いことをいうもんじゃあない、私はこれから加州へ行って、少し心あたりがあるんだし、あそこへは先へ行って待合わせている者がある。そうしちゃあいられないんだから、また逢おうよ。そしてお前さんの話をして、仲間の者を喜ばせよう。何の、味方にしようと思えば、こっちのものなんざみんな味方さ。不残のこらず敵になったって難かしい事はないのだもの。」
「うむ、そんならそうよ。」とうなずいて身を開いた、滝太郎は今しんとしてひびきんだ洞穴の中に耳を澄したが、見る見る顔の色が動いて、目が光った。
「や、山の上でひぐらしが鳴かあ、ちょッ、あいつが二三度鳴くと、直ぐに起きやあがる。花屋の女は早起だ、半日ここに居てたまるもんかい。」
 ふッとあかしを消すと同時に、再びお兼の手をしっかと取って、
「姉や、大丈夫だ、暗い内に、急いで。さあ、」
 温泉の口なる、花室の露を掻潜かいくぐって、山の裾へ出ると前後あとさきになり、やぶについて曲る時、透かすと、花屋が裏庭に、お雪がまだ色も見え分かぬ、朝まだき、草花の中に、折取るべき一個ひとつかごを抱いて、しょんぼりとして立っていた。髪つややかに姿白く、袖もなえて、露に濡れたような風情。推するにかれは若山の医療のために百金を得まく、一輪の黒百合を欲して、思い悩んでいるのであろう。南天の下に手水鉢ちょうずばちが見えるあたりから、雨戸を三枚ばかり繰った、奥が真四角まッしかくに黒々と見えて、蚊帳の片端の裾が縁側へあふれて出ている。ト見る時、また高らかにひぐらしが鳴いた。
「そらね、あれだから。」
 と苦笑する。滝太郎とささやき合い、かかることにれてしのびの術を得たるごとき両個の人物は、ものおもうお雪が寝起ねおきの目にも留まらず、垣をくぐって外へ出ると、まだ閉切ってある、荒物屋の小店の、くすぶった、破目やれめや節穴の多い板戸の前を抜けて、総井戸の釣瓶つるべがしとしとと落つる短夜のしずくもまだ切果きれはてず、小家がちなる軒に蚊の声のあわただしい湯の谷を出て、総曲輪まで一条ひとすじこみちにかかり、空を包んだ木の下に隠れて見えなくなった。
「それじゃあ滝さん、もう、ここから帰っておくれ、ちょうど人目にもかからないで済んだ。」
 早朝あさまだき町はずれへ来て、お兼は神通川に架した神通橋のたもと立停たちどまったのである。雲のごときは前途ゆくての山、けぶりのようなは、市中まちなかの最高処にあって、ここにも見らるる城址しろあとの森である。名にし負う神通二百八間の橋を、真中まんなか頃から吹断ふきたって、隣国の方へ山道をかけて深々と包んだ朝靄あさもやは、高く揚ってあさひを遮り、低く垂れて水を隠した。色も一様の東雲しののめに、ながれの音はただどうどうと、足許あしもとに沈んで響く。
 お兼は立去りあえずかしらを垂れたが、つと擬宝珠ぎぼうしのついた、一抱ひとかかえに余る古びた橋の欄干に目をつけて、嫣然えんぜんとして、振返って、
「ちょいと滝さん、見せるものがある。ね、この欄干を御覧、種々いろいろな四角いものだの、丸いものだの、削った爪の跡だの、朱だの、墨だので印がつけてあるだろう、どうだい、これを記念かたみに置いて行こうか。」

       四十一

 折から白髪天窓しらがあたますげ小笠おがさ、腰の曲ったのが、蚊細かぼそい渋茶けた足に草鞋わらじ穿き、豊島茣蓙としまござをくるくると巻いてななめ背負しょい、竹の杖を両手に二本突いて、おとがいを突出して気ばかりさきへ立つ、ばばあの旅客が通った。七十にもなって、跣足はだしで西京の本願寺へもうでるのが、この辺りの信者に多いので、これは飛騨ひだ山中やまなかあたりから出て来たのが、富山に一泊して、朝がけに、これから加州を指してくのである。
 お兼は黙って遣過やりすごして、再び欄干の爪の跡を教えた。
「これはね、みんな仲間の者が、道中の暗号めじるしだよ。中にゃあ今真盛まっさかりな商売人のもあるが、ほらここにこの四角な印をつけてあるのが、私が行ってこれから逢おうという人だ、もと海軍に居た将官たいしょうだね。それからこうあっちに、畝々うねうねしたすじ引張ひっぱってあるだろう、これはね、ここから飛騨の高山の方へ行ったんだよ。今はめていても兇状持きょうじょうもちで随分人相書の廻ってるのがあるから、迂濶うかつな事が出来ないからさ。御覧よ、今本願寺まいりが一人通ったろう。たしかあれは十四五人ばかり一群ひとむれなんだがね、その中でも二三人、体の暗い奴等が紛れ込んで富山から放れるはずだよ。倶利伽羅辺くりからあたりで一所になろう、どれ私もここへ、」
 と言懸けて、お兼は、銀煙管ぎんぎせるを抜くと、逆に取って、欄干の木の目を割って、吸口の輪を横に並べて、三つした。そのまま筒に入れて帯に差し、呆れて見惚みとれている滝太郎を見て、莞爾にこりとして、
「どうだい、こりゃ吃驚びっくりだろう。方々の、ほこらの扉だの、地蔵堂の羽目だの、路傍みちばた傍示杭ぼうじぐいだの、気をつけて御覧な、みんなこの印がつけてあるから。人の知らない、楽書の中にこの位なことがこもってるから、不思議だわね。だから世の中は面白いものだよ。滝さん、お前さんの目つきと、その心なら、ここにある印は不残のこらずお前さんの手下になります、頼もしいじゃあないか。」
「うむ、」といって、重瞳ちょうどう異相の悪少は眠くないその左の目をこすった。
「加州は百万石の城下だからまた面白い事もあろう、素晴しい事が始まったら風の便たよりにお聞きなさいよ。それじゃあ、あの随分ねえ。」
「気をつけて行きねえ。」
「あい、」
「………」
「おさらばだよ。」
 その効々かいがいしい、きりりとして裾短すそみじかに、繻子しゅすの帯を引結んで、低下駄ひくげた穿いた、商売あきないものの銀流を一包にして桐油合羽とうゆがっぱを小さく畳んで掛けて、浅葱あさぎきれ胴中どうなかを結えた風呂敷包を手に提げて、片手に蝙蝠傘こうもりがさを持った後姿。飄然ひょうぜんとして橋を渡り去ったが、やがて中ほどでちょっと振返って、滝太郎を見返って、そのまま片褄かたづまを取って引上げた、白い太脛ふくらはぎが見えると思うと、朝靄あさもやの中に見えなくなった。
 やがて、夜が明け放れた時、お兼は新庄しんじょの山の頂を越えた、その時は、裾をからげ、荷を担ぎ、蝙蝠傘をさして、木賃宿から出たらしい貧しげな旅の客。破毛布やぶれげっとまとったり、頬被ほおかぶりで顔を隠したり、中には汚れた洋服を着たのなどがあった、四五人と道連みちづれになって、笑いさざめき興ずるていで、高岡を指して峠を下りたとのことである。
 お兼が越えた新庄というのは、加州の方へ趣く道で、別にまた市中まちなかの北のはずれから、飛騨へ通ずる一筋の間道がある。すなわち石滝のある処で、旅客は岸づたいくのであるが、ここを流るるのは神通の支流で、幅は十間に足りないけれども、わずかの雨にもたちまち暴溢あふれて、しばしば堤防どてを崩す名代の荒河。橋のつめには向い合って二軒、蔵屋、かぎ屋と名ばかりいかめしい、蛍狩、すずみをあての出茶屋でぢゃやが二軒、十八になる同一年紀おないどしの評判娘が両方に居て、負けじと意気張って競争する、声もうぐいす時鳥ほととぎす
「お休みなさいまし、お懸けなさいまし。」

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10]  ... 下一页  >>  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告