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黒百合(くろゆり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:13:48  点击:  切换到繁體中文



       十一

「訳のないこと、子供しゅでも誰でも出来る。ちょいと水をつけておいて、柔かにぐいぐいとこうりさえすりゃ、あい、たか化してはととなり、からかさ変わって助六となり、田鼠でんそ化してうずらとなり、真鍮変じて銀となるッ。」
雀入海中為蛤すずめかいちゅうにいってはまぐりとなるか。」と、立合のうちから声を懸けるものがあった。
 婦人おんなはその声のぬしを見透そうとするごとく、人顔をじろりと見廻わし、黙って莞爾にっこりして、また陳立のべたてる。
「さあさあ召して下さい、召して下さいよ。御当地は薬が名物、津々浦々までも効能が行渡るんでございますがね、こればかりは看板を掛けちゃ売らないのですよ。一家秘法の銀流ぎんながし、はい、やい、お立合のお方は御遠慮なく、お持合せ[#「お持合せ」は底本では「お待合せ」]のお煙管なり、おかんざしなり、これへ出しておためしなさいまし、目の前で銀にしておなぐさみに見せましょう、御遠慮には及びません。」
 といってちょいと句切り、煙管を手にして、たばこひねりながら、動静を伺って、
「さあさあ、誰方どなたでもどうでござんす。」
 若い同士耳打をするのがあり、尻をつついて促すのがあり、中には耳を引張ひっぱるのがある。止せ、と退しさる、遣着やッつけろ、と出る、ざまあ見ろ、と笑うやら、痛え、といって身悶みもだえするやら、一斉に皆うようよ。有触れた銀流し、汚い親仁おやじなら何事もあるまい、いずれ器量が操る木偶でくであろう。
ねえや。」
 この時、人の背後うしろから呼んだ、しかしこれは、前に黄な声を発して雀海中にってを云々うんぬんしたごとき厭味いやみなものではない。すずしい活溌なものであった。
 婦人おんなきっ其方そなたを見る、トまた悪怯わるびれず呼懸けて、
「姉や、姉や。」
「何でございますか、は、わたくし、」
「指環でも出来るかい。」
「ええ、出来ますとも、何でもお出しなさいましよ。」
「そう、」と極めてその意を得たという調子で、いそいそずッと出て、店前みせさきつちへ伝法にかがんだのは、滝太郎である。遊好あそびずきの若様は時間に関らず、横町で糸を切って、勇美子の頭飾かみかざりをどうして取ったか、人知れずたなそこもてあそんだ上に、またここへ来てその姿をあらわした。
 滝太郎は、さすがに玉のような美しい手を握って、猶予ためらわず、売物の銀流のの包、お験しの真鍮板、水入、絹の切などを並べた女の膝の前に真直まっすぐに出した。指環のきらりとするのを差向けて、
「こいつを一つってくんねえな。」
 立合の手合はもとより、世擦れて、人馴れて、この榎の下を物ともせぬ、弁舌のさわやかな、見るから下っ腹に毛のない姉御あねごも驚いて目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはった。その容貌ようぼう、その風采ふうさい、指環は紛うべくもない純金であるのに、銀流しを懸けろと言うから。
「これですかい。」
「ちょいと遣っておくんな。」
「結構じゃありませんかね。」
「おあしがなくっちゃあ不可いけねえか、ここにゃ持っていねえんだが、かったらつけてくんねえ。後で持たして寄越よこすぜ。」
 と真顔でいう、言葉つき、顔形、目のうちをじっと見ながら、
「そんなけちじゃアありませんや。おのぞみなら、どれ、附けて上げましょう。」と婦人おんなは切の端に銀流をまぶして、滝太郎の手をそっと取った。
「ようよう、」とまたうしろの方で、雀海中に入った時のごとき、奇なる音声を発する者あり。

       十二

いぜ、可いぜ、沢山だ、」と滝太郎はやや有って手を引こうとする、ト指のさきを握ったのを放さないで、銀流のきれ摺着すりつけながら、
「よくして上げましょう、もう少しですから。」
「沢山だよ。」
「いいえ、これだけじゃあ綺麗にはなりません。」と婦人おんなは急にめそうにもない。
「さあ、大変。」
「おしずかに、お静に。」
「構わず、ぐっと握るべしさ、」
「しっかり頼むぜ。」
 などと立合はわやわやいうのを、すましたもので、
口切くちきりあきないでございます、本磨ほんみがきにして、成程これならばという処を見せましょう、これから艶布巾つやぶきんをかけて、仕上げますから。」
「止せ。」
 滝太郎の声はやや激して、振放そうとして力を入れる。押えて動かさず、
「ま、もうちっと辛抱をなさいましな、これから裏の方を磨きましょうね。」
 婦人おんなはこういいつつ、ちらちらと目をつけて、指環の形、顔、服装みなり天窓あたまから爪先つまさきまで、きっと見てはさりげなく装うのを、滝太郎は独り見て取って、何かはばかる処あるらしく、一度は一度、婦人おんなが黒い目でにらむ数のかさなるに従うて、次第に暗々おのれを襲うものがきたり、ちかづいて迫るように覚えて、今はほとんど耐難たえがたくなったと見え、知らず知らず左の手が、片手その婦人おんなに持たれた腕にかかって、力を添えて放そうとする。肩はそびえ、顔には薄く血を染めて、滝太郎は眉をひそめた。
「可いッてんだい。」
「お待ち!」とばかりで婦人おんなも商売を忘れて、別に心あって存するごとく、瞳を据えておもてを合せた。
 ちょうどその時、四五十歩を隔てた、夜店の賑かな中を、背後うしろの方で、一声高く、馬のいななくのが、往来の跫音あしおとを圧して近々と響いた。
 と思うと、滝太郎は、うむ、といって、振向いたが、吃驚びっくりしたように、
「義作だ、おう、ここに居るぜ。」
「ちょいと、」
「ええ、」
「あれ、」といって振返された手を押えた。指の間にはくれない一滴、見る見る長くなって、手首へ掛けて糸を引いて血が流れた。
ねえさん、」
「どうなすった。」
 押魂消おッたまげた立合は、もう他人ではなくなって、驚いて声を懸ける。滝太郎はもう影も見えない。
 婦人おんなは顔の色も変えないで、きれで、血を押えながら、ねえさんかぶりのまま真仰向まあおのけに榎を仰いだ。晴れた空もこずえのあたりは尋常ただならず、木精こだま気勢けはい暗々として中空をめて、星の色も物凄ものすごい。
「おや、おや、おかしいねえ、変だよ、奇体なことがあるものだよ。露か知らん、上の枝からしずくが落ちたそうで、指がひやりとしたと思ったら、まあ。」
「へい、引掻ひっかいたんじゃありませんか。」
「今のが切ったんじゃないんですかい。」
「指環で切れるものかね、御常談を、引掻いたって、血が流れるものですか。」
「さればさ。」
いやだ、私は、」と薄気味の悪そうな、しょげた様子で、婦人おんなは人の目に立つばかり身顫みぶるいをして黙った。榎の下せきとして声なし、いずれも顔を見合せたのである。

       十三

「何だね、これは。」
しっ、」と押えながら、島野紳士のセル地の洋服のひじを取って、――奥を明け広げた夏座敷の灯が漏れて、軒端のきばには何の虫か一個ひとつうなりを立ててはたと打着ぶつかってはまた羽音を響かす、蚊が居ないという裏町、俗にお園小路ととなえる、遊廓桜木町の居まわりに在り、夜更けて門涼かどすずみの団扇が招くと、黒板塀の陰から頬被ほおかぶりのぬっと出ようというすごい寸法の処柄、宵の口はかえって寂寞ひっそりしている。――一軒の格子戸を背後うしろ退すさった。
 これは雀部ささべ多磨太といって、警部長なにがし氏の令息で、島野とは心合こころあいの朋友である。
 箱を差したように両人気はしっくり合ってるけれども、その為人ひととなりは大いに違って、島野は、すべて、コスメチック、香水、巻莨シガレット洋杖ステッキ護謨靴ゴムぐつという才子肌。多磨太は白薩摩しろさつまのやや汚れたるを裾短すそみじかに着て、紺染の兵児帯へこおびを前下りの堅結かたむすび、両方腕捲うでまくりをした上に、もすそ撮上つまみあげた豪傑造り。五分刈にして芋のようにころころと肥えた様子は、西郷の銅像にて、そしてなりの低い、年紀としは二十三。まだ尋常中学を卒業しないが、試験なんぞをあえて意とするようなけちなのではない。
 島野を引張ひっぱり着けて、自分もその意気な格子戸をうしろに五六歩。
「見たか。」
 島野はやせぎすで体も細く、釣棹つりざおという姿で洋杖ステッキを振った。
「見た、何さ、ありゃ。門札のわきへ、白で丸い輪を書いたのは。」
「井戸でない。」
「へえ。」
「飲用水の印ではない、何じゃ、あれじゃ。その、色事の看板目印というやつじゃ。まだ方々にあるわい。試みに四五軒見しょう、一所に来う、歩きながら話そうで。まずの、」
 才子と豪傑は、鼠のセル地と白薩摩で小路の黄昏たそがれの色にまじり、くっ着いて、並んで歩く。
 ここに注意すべきは多磨太が穿物はきものである。いかに辺幅を修せずといって、いやしくも警部長の令息で、知事の君の縁者、勇美子には再従兄またいとこに当る、紳士島野氏の道伴みちづれで、護謨靴と歩を揃えながら、何たる事! 藁草履わらぞうりの擦切れたので、ほこりをはたはた。
 歩きながら袂を探って、手帳と、袂草たもとくそと一所くたにつかみ出した。
「これ見い、」
 紳士は軽く目を注いで、
「白墨かい。」
「はははは、白墨じゃが、何と、」
「それで、」と言懸けて、衣兜かくしうずだかく、挟んでおく、手巾ハンケチの白いので口のあたりをちょいといた。
「うむ、おりゃ、近頃博愛主義になってな、同好の士にはみんな見せてやる事にした。あえてこのなぐさみ独擅どくせんにせんのじゃで、いたる処俺が例の観察をして突留めた奴のうちには、必ず、門札の下へ、これで、ちょいとな。」
「ふん、はてね。」
「貴様今見たか、あれじゃ、あの形じゃ。目立たぬように丸い輪を付けておくことにしたんじゃ。」
「御趣向だね。」
「どうだ、今のうちには限らずな、どこでもいぞ、あの印の付いた家を随時うかがって見い。殊に夜な、きっと男と女とで、何かしら、演劇しばいにするようなことを遣っとるわ。」

       十四

 多磨太は言懸けて北叟笑ほくそえみ、
「貴様も覚えておいてちと慰みにのぞいて見い。犬川でぶらぶら散歩して歩いても何の興味もないで、わしがあの印を付けておく内は不残のこらず趣味があるわい。姦通かな、親々の目を盗んで密会するかな、さもなけりゃ生命いのちがけでれたとか、惚れられたとかいう奴等、そして男の方は私等わしら構わんが、女どもはいずれも国色じゃで、先生難有ありがたいじゃろ。」
 ぎろりとした眼で島野を見ると、紳士は苦笑して、
「変ったおなぐさみだね、よくそして見付けますなあ。」
「ははあ、なんぞ必ずしも多く労するを用いん。国民皆堕落だらく、優柔淫奔いんぽんになっとるから、夜分なあ、暗い中へ足を突込つッこんで見い。あっちからも、こっちからも、ばさばさと遁出にげだすわ、二疋ずつの、まるでもって※(「虫+奚」、第3水準1-91-59)※(「虫+斥」、第3水準1-91-53)ばった蟷螂かまきりが草の中から飛ぶようじゃ。其奴そいつの、目星い処を選取えりとって、縦横に跡をけるわい。ここぞという極めが着いた処で、印を付けておくんじゃ。わしも初手の内は二軒三軒と心覚えにしておいたが、じゃの道はへびじゃ、段々その術に長ずるに従うて、つるを手繰るように、そら、ぞろぞろ見付かるで。ああ遣って印をして、それを目的めあてにまた、同好の士な、手下どもを遣わす、巡査、探偵などという奴が、その喜ぶこと一通ひととおりでないぞ。中には夜行をするのに、あの印ばかりねらいおる奴がある。ぐッすり寐込ねこんででもいようもんなら、盗賊どろぼう遁込にげこんだようじゃから、なぞというて、叩き起して周章あわてさせる。」
ひどいことを!」
 島野は今更のように多磨太の豪傑づらみまもった。
其等そいらはほんの前芸じゃわい。一体何じゃぞ、手下どもにも言って聞かせるが、野郎と女と両方夢中になっとる時は常識を欠いて社会の事を顧みぬじゃから、脱落ぬかりがあってな、知らず知らず罪を犯しおるじゃ。わしはな、ただ秘密ということばかりでも一種立派な罪悪と断ずるで、勿論市役所へ届けた夫婦には関係せぬ。人の目を忍ぶほどの中の奴なら、何か後暗いことをしおるに相違ないでの。仔細しさいに観察すると、こいつ禁錮きんこするほどのことはのうても、説諭位はして差支えないことを遣っとるから、つかみ出して警察であばかすわい。」
「大変だね。」
「発くとの、それ親に知れるか、亭主に知れるか、近所へ聞える。何でも花火をくようなもので、その途端に光輝天に燦爛さんらんするじゃ。すでにこないだも東の紙屋の若い奴が、桜木町である女と出来合って、意気事をめるちゅうから、しゃくに障ってな、いろいろしらべたが何事もないで、為方しかたがない、内に居る母親おふくろが寺まいりをするのに木綿を着せて、うぬ傾城買じょろうかいをするのに絹をまとうのは何たることじゃ、というかどをもって、説諭をくらわした。」
「それで何かね、警察へ呼出しかね。」
「ははあ、幾ら俺が手下を廻すとって、まさかそれほどの事では交番へも引張ひっぱり出せないで、一名制服を着けて、洋刀サアベルびた奴を従えて店前みせさきわめき込んだ。」
「おやおや、」
「何、喧嘩をするようにして言って聞かせても、母親おふくろは昔気質かたぎで、有るものを着んのじゃッて。そんなことを構うもんか、こっちはそのせいで藁草履わらぞうり穿いて歩いてる位じゃもの。」
 さなり、多磨太君の藁草履は、人の跡をけるのに跫音あしおとを立てぬ用意である。

       十五

「それからの、山田下の植木屋の娘がある、美人じゃ。貴様知ってるだろう、あれがな、次助というて、近所の鋳物師のせがれと出来た。先月の末、やみの晩でな、例のごとく密行したが、かねて目印の付いてる部じゃで、そっと裏口へ廻ると、木戸が開いていたから、庭へ入った。」
「構わず?」
「なにとがめりゃわしが名乗って聞かせる、雀部といえば一縮ひとちぢみじゃ。貴様もジャムを連れて堂々濶歩かっぽするではないか、親の光は七光じゃよ。こうやって二人並んで歩けばみんなみちけるわい。」
 島野は微笑して黙ってうなずいた。
「はははは、愉快じゃな。勿論、淫魔いんまを駆って風紀を振粛し、且つ国民の遊惰ゆうだを喝破する事業じゃから、父爺おやじも黙諾の形じゃで、手下は自在に動くよ。既にその時もあれじゃ、植木屋の庭へこの藁草履を入れて掻廻かきまわすと、果せるかな、※(「虫+奚」、第3水準1-91-59)※(「虫+斥」、第3水準1-91-53)ばった蟷螂かまきり。」
「まさか、」
「うむ、植木屋の娘と其奴そいつと、貴様、植込の暗い中に何か知らん歎いておるわい。地面の上で密会なんざ、立山と神通川とあって存する富山の体面をけがすじゃから、引摺出ひきずりだした。」
南無三宝なむさんぽう、はははは。」
「挙動が奇怪じゃ、胡乱うろんな奴等、来い! と言うてな、角の交番へ引張ひっぱって行って、ぬかせと、二ツ三ツ横面よこッつらをくらわしてから、親どもを呼出して引渡した。ははは、元来東洋の形勢日に非なるの時に当って、植込の下で密会するなんざ、不埒ふらち至極じゃからな。」
「罪なこッたね、悪い悪戯いたずらだ、」と言懸けて島野は前後を見て、ステッキを突いた、辻の角で歩をとどめたので。
「どこへこうかね。」
 榎のこずえは人の家の物干の上に、ここからも仰いで見らるる。
「総曲輪へ出て素見ひやかそうか。まあ来いあそこの小間物屋の女房にも、ちょいと印が付いておるじゃ。」
「行き届いたもんですな。」
「まだまだこれからじゃわい。」
「さよう、君のは夜が更けてからがおかしいだろうが、私は、そのおそくなるとうちが妙でないから失敬しよう。」
「ははあ、どこぞ行くんかい。」
「ちょいと。」
「そんならけ。だが島野、」と言いながら紳士の顔を、皮の下まで見透かすごとくじろりと見遣って、多磨太はにやり。
 くすぐられるのをこらえるごとく、極めて真面目まじめで、
「何かね、」
「注意せい、貴様の体にも印が着いたぞ。」
「え!」と吃驚びっくりして慌てて見ると、上衣うわぎの裾に白墨で丸いもの。
「どうじゃ。」
「失敬な、」とばかり苦い顔をして、また手巾ハンケチを引出した。島野はそそくさと払い落して、
「止したまえ。」
「ははは、構わん、遣れ。あの花売は未曾有みぞう尤物ゆうぶつじゃ、また貴様が不可いけなければわしが占めよう。」
「大分、御意見とは違いますように存じますが。」
「英雄色を好むさ。」と傲然ごうぜんとして言った。二人が気の合うのはすなわちここで、藁草履と猟犬と用いる手段は異なるけれども、その目的はひとしいのである。
 島野は気遣わしそうに見えて、
「まさか、君、花売が処へは、用いまいね、何を、その白墨を。」
「可いわい、一ツぐらい貴様に譲ろう。油断をするな、那奴あいつまた白墨一抹いちまつに価するんじゃから。」

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