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草迷宮(くさめいきゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:07:19  点击:  切换到繁體中文


 やっと一人、これは、県の学校の校長さんの処へ縁づいているという。まずし、と早速訪ねて参りましたが、町はずれの侍町、小流こながれがあって板塀続きの、邸ごとに、むかし植えた紅梅が沢山あります。まだその古樹ふるきがちらほら残って、真盛まっさかりの、朧月夜おぼろづきよの事でした。
 今貴僧あなたがここへいらっしゃる玄関前で、紫雲英げんげの草をくぐる兎を見たとおっしゃいました、」
「いや、肝心のお話のうちへ、お交ぜ下すっては困ります。そうは見えましたものの、まさかかような処へ。あるいはその……猫であったかも知れません。」
背後うしろが直ぐ山ですから、ちょいちょい見えますそうです、兎でしょう。
 が、似た事のありますものです――その時は小狗こいぬでした。鈴がついておりましたっけ。白垢むく真白まっしろなのが、ころころと仰向あおむけに手をじゃれながら足許あしもとを転がってきます。夢のようにそのあとへついて、やがて門札を見ると指した家で。
 まさか奥様おくさんに、とも言えませんから、主人に逢って、――意中を話しますと――
夜中やちゅう何事です。人を馬鹿にした。奥は病気だからお目にはかかれません。)
 と云っていやな顔をしました。夫人が評判の美人だけに、校長さんは大した嫉妬深いという事で。」

       三十

「叔母がつくづく意見をしました。(はじめから彼家あすこくと聞いたらるのじゃなかった――黙っておいでだから何にも知らずに悪い事をしたよ。さきじゃ幼馴染おさななじみだと思います、手毬唄を聞くなぞ、となおよくない、そんな事が世間へ通るかい、)とこうです。
 母親の友達を尋ねるに、色気の嫌疑はおかしい、と聞いて見ると、なあに、女のはませています、それにあか手絡てがらで、美しい髪なぞ結って、かたちづくっているからい姉さんだ、と幼心おさなごころに思ったのが、二つ違い、一つ上、亡くなったのが二つ上で、その奥さんは一ツ上のだそうで、行方の知れないのは、分らないそうでした。
 事が面倒になりましてね、その夫人の親里から、叔母の家へ使つかいが来て、娘御は何も唄なんか御存じないそうで、ええ、世間体がございますから以来は、と苦り切って帰りました。
 勿論病気でも何でもなかったそうです。
 一月ばかりって、細かに、いろいろと手毬唄、子守唄、わらべ唄なんぞ、百幾つというもの、綺麗に美しく、細々こまごまとかいた、文が来ました。
 しまいへ、べにで、

――嫁入りの果敢はかなさを唄いしが唄の中にも沢山におわしまし候――

 と、だけ記してありました。……
 唯今ただいまも大切にして持ってはいますが、勿論、その中に、私の望みの、母の声のはありません。
 さあ、もう一人……行方の知れない方ですが……
 またこれが貴僧あなた、家を越したとか、遠国へ行ったとかいうのなら、いくらか手懸りもあるし、何の不思議もないのですが、俗に申します、神がくしに逢ったんで、叔母はじめ固くそう信じております。
 名は菖蒲あやめと言いました。
 一体その娘の家は、母娘おやこ二人、どっちの乳母か、ばあさんが一人、と母子おやこだけのしもた屋で、しかし立派な住居すまいでした。その母親おふくろというのは、私は小児こども心に、ただ歯を染めていたのと、鼻筋の通った、こう面長な、そして帯の結目むすびめを長く、下襲したがさねか、蹴出けだしか、つまをぞろりと着崩して、日の暮方には、時々薄暗いかどに立って、町から見えます、山の方をながめては悄然しょんぼりたたずんでいたのだけかすかに覚えているんですが、人のめかけだとも云うし、本妻だとも云う、どこかの藩候の落胤おとしだねだとも云って、ちっとも素性が分りません。
 娘は、別にかわったこともありませんが、容色きりょうは三人のうちで一番かった――そう思うと、今でも目前めさきに見えますが。
 その娘です、余所よそへは遊びに来ましたけれど、誰も友達を、自分の内へ連れて行った事はありませんでした。
 寄合って、遊事あそびごとを。これからおもしろくなろうという時、不意におっかさんがお呼びだ、とその媼さんが出て来て引張ひっぱって帰ることが度々で、急に居なくなる、跡の寂しさと云ったらありません。――せんの内は、自分でもいやいや引立ひったてられるようにして帰り帰りしたものですが、一ツは人のとこへ自分は来て、我がうちへ誰も呼ばない、という遠慮か、妙な時ふと立っちゃ、ひとりで帰ってしまうことがいくらもあったんです。
 ですから何だかその娘ばかりは、思うように遊べない、勝手に誘われない、自由にはならない処から、遠いが花の香とか云います。余計に私なんざなつかしくって、(あやちゃんお遊びな)が言えないから、合図の石をかちかち叩いては、その家の前を通ったもんでした。
 それが一晩あるばん、真夜中に、十畳の座敷を閉め切ったままで、どこかへ姿をかくしたそうで。
 うし年の事だから、と私が唄を聞きたさに、尋ねた時分……今から何年前だろう、と叔母が指を折りましたっけ……多年しばらくになりますが。」

       三十一

「故郷では、未婚の女が、丑年の丑の日に、きものを清め、身を清め……」
 つばをのんで聞いた客僧が、
「成程、」
 と腕組みして、
「精進潔斎。」
「そんな大した、」
 と言消したが、また打頷うちうなず
「どうせ娘の子のする事です。そうまでもきますまいが、髪を洗って、湯に入って、そしてその洗髪あらいがみ櫛巻くしまきに結んで、こうがいなしに、べにばかり薄くつけるのだそうです。
 それから、十畳敷を閉込しめこんで、床の間をうしろに、どこか、壁へ向いて、そこへおんなの魂を据える、鏡です。
 丑童子うしどうじまだら御神おんかみ、と、一心に念じて、傍目わきめらないで、みつめていると、その丑の年丑の月丑の日の……丑時うしどきになると、その鏡に、……前世から定まった縁の人の姿が見える、という伝説があります。
 娘は、誰も勝手を知らない、その家で、その丑待うしまちひとりでして、何かに誘われてふらふらと出たんですって。……それっきりになっているんですもの。
 手のつけようがありますまい。
 いよいよとなると、なお聞きたい、それさえ聞いたら、亡くなった母親の顔も見えよう、とあせり出して、山寺にありました、母の墓をゆすぶって、しるしの松に耳をあてて聞きました、松風の声ばかり。
 その山寺の森をくぐって、里に落ちます清水の、ふもとに玉散る石をんで、この歯音せよ、この舌歌へ、と念じても、おののくばかりで声が出ない。
 うわの空で居たせいか、一日、山みち怪我けがをして、足をくじいて寝ることになりました。ざっとこれがために、半月悩んで、ようよう杖を突いて散歩が出来るようになりますと、かごを出た鳥のように、町を、山の方へ、ひょいひょいとつえで飛んで、いや不恰好ぶかっこうな蛙です――両側は家続きで、ちょうど大崩壊おおくずれの、あの街道を見るように、なぞえに前途ゆくてへ高くなる――突当りが撞木形しゅもくがたになって、そこがまた通街とおりなんです。私が貴僧あなた、自分の町をやがてその九分ぐらいな処まで参った時に、向うの縦通りを、向って左の方から来て、こちらへ曲りそうにしたが、白地の浴衣を着てそこに立った私の姿を見ると、フト立停たちどまった美人があります。
 扮装みなりなぞは気がつかず、洋傘かさは持っていたようでしたっけ、それをしていたか、畳んだのをいていたか、判然はっきりしないが、ああ似たような、と思ったのは、その行方が分らんという一人。
 トむこうでも莞爾にっこりしました……
 そこへ笠を深くかぶった、草鞋穿わらじばきの、猟人体かりゅうどてい大漢おおおとこが、鉄砲てっぽう銃先つつさき浅葱あさぎの小旗を結えつけたのを肩にして、鉄の鎖をずらりといたのに、大熊を一頭、のさのさと曳いて出ました。
 山を上に見て、正的まともに町と町がくっついた三辻みつつじの、その附根つけねの処を、横に切って、左角の土蔵の前から、右の角が、菓子屋の、その葦簀よしず張出はりだしまで、わずか二間ばかりのあいを通ったんですから、のさりとくのも、ほんのしばらく。
 熊のせなかが、たたずんだ婦人おんなのあたりへ、黒雲のようにかかると、それにつれて、一所に横向きになって歩行あるき出しました。あとへぞろぞろ大勢小児こどもが……国では珍らしいけものだからでしょう。
 右の方へかくれたから、角へ出て見ようと、急足いそぎあしに出よう、とすると、れないびっこですから、腕へ台についた杖を忘れて、つまずいて、のめったので、生爪なまづめをはがしたのです。
 しばらく立てませんでした。
 かれこれして、出て見ると、もうどこへ行ったか影も形もない。
 その後、旅行をして諸国を歩行あるくのに、越前のの芽峠のふもとで見かけた、炭を背負しょった女だの、碓氷うすいを越す時汽車の窓からちらりと見ました、隧道トンネルを出て、と隧道を入る間の茶店に、うしろ向きのむすめだの、みやこでは矢のように行過ぎる馬車の中などに、それか、と思うのは幾たびも見かけたんですが……その熊の時のほど、印象のよく明瞭に今まで残ってるのは無いのです。
 内へ帰って、

(美しき君の姿は、
 熊に取られた。
 町の角で、町の角で――
 跛ひきひき追えど及ばぬ。)

 もしや手毬唄の中に、こういうのは無かったでしょうか、と叔母にその話をすると、真日中まびなかにそんなものをて、そんなことを云う貴下あなたは、身体からだが弱いのです。当分外へは出てはなりません、と外出禁制きんぜい
 以前は、その形で、正真正銘の熊の、と海を渡って売りに来たものがあるそうだけれど、今時はついぞ見懸けぬ、と後での話。……」

       三十二

「日がってから、叔母が私の枕許まくらもとで、さまでに思詰めたものなら、保養かたがた、思う処へ旅行して、その唄を誰かに聞け。
(妹の声は私も聞きたい。)
 と、手函てばこ金子かねを授けました。今もって叔母が貢いでくれるんです。
 国を出て、足かけ五年!
 津々浦々、都、村、里、どこを聞いても、あこがれる唄はない。似たのはあっても、その後か、そのさきか、中途か、あるいはその空間か、どこかに望みの声がありそうだな……と思うばかり。また小児こどもたちも、手毬が下手になったので、しまいまで突き得ないから、自然長いのは半分ほどで消えています。

 とても尋常ではいかん、と思って、もうただ、その一人行方の知れない、おさなともだちばかり、矢もたてたまらず逢いたくなって来たんですが、魔にとられたと言うんですもの。高峰たかねへかかる雲を見ては、つたをたよりにすがりたし、うみを渡る霧を見ては、落葉に乗っても、追いつきたい。巌穴いわあなの底も極めたければ、滝の裏ものぞきたし、何か前世の因縁で、めぐり逢う事もあろうか、と奥山の庚申塚こうしんづかに一人立って、二十六夜の月の出を待った事さえあるんです。
 トこの間――名も嬉しい常夏とこなつの咲いた霞川と云う秋谷の小川で、綺麗な手毬を拾いました。
 宰八に聞いた、あの、嘉吉とか云う男に、緑色の珠を与えて、月明つきあかりの村雨の中を山路へかかって、

(ここはどこの細道じゃ、
       細道じゃ。
 天神様の細道じゃ、
       細道じゃ。)

 と童謡を口吟くちずさんで通ったと云うだけで、早やその声が聞こえるようで、」
 僧は魅入られたごとくに見えたが、溜息ためいきほっき、
「まずおめでたい、ではその唄が知れましたか。」
「どうして唄は知れませんが、声だけは、どうやらその人……いいえ、……そのものであるらしい。この手毬をもてあそぶのは、たしかにその婦人おんなであろう。その婦人は何となく、この空邸あきやしきに姿が見えるように思われます。……むしろ私はそう信じています。
 爺さんに強請ねだって、ここを一借りましたが、借りた日にはもう其の手毬を取返され――私は取返されたと思うんですね――美しく気高い、その婦人おんなの心では、私のようなものに拾わせるのではなかったでしょう。
 あるいはこれを、小川のすその秋谷明神へ届けるのであったかも分らない。そうすると、名所だ、と云う、浦の、あの、子産石をこぼれる石は、以来手毬の糸が染まって、五彩燦爛さんらんとしてほとばしる。この色が、紫に、緑に、紺青こんじょうに、藍碧らんぺきに波を射て、太平洋へ月夜のにじを敷いたのであろうも計られません、」
 とまた恍惚うっとりとなったが、うなじを垂れて、
「そのたたり、その罪です。このすべての怪異は。――自分のよくのために、自分の恋のために、途中でその手毬を拾った罰だろう、と思う、思うんです。
 祟らば祟れ!飽くまでも初一念を貫いて、その唄を聞かねば置かない。
 心のまよいか知れませんが。のあたり見ます、怪しさも、すごさも、もしや、それが望みの唄を、何人なんぴとかが暗示するのであろうも知れん、と思って、こうその口ずさんで見るんです――行燈あんどうが宙へ浮きましょう。

(美しき君の姿は、
 萌黄もえぎの蚊帳を、
 蚊帳のまわりを、姿はなしに、
 通る行燈あんどおもかげや。)……

 勿論、こんなのではありません。または、

(美しき君のいおりは、[#底本では冒頭に「(」なし]
 前の畑に影さして、
 棟の草も露に濡れつつ、
 月のかつら茅屋かややにかかる。)……

 ちっとも似てはおらんのです。屋根で鵝鳥がちょうが鳴く時は、波にさらわれるのであろうと思い、板戸に馬の影がさせば、修羅道にちるか、と驚きながらも、

(屋根で鵝鳥の鳴き叫ぶ、
 板戸にこまの影がさす。)

 と、うつつにも、絶えず耳に聞きますけれど、それだと心はうなずきません。
 いかなる事も堪忍んで、どうぞその唄を聞きたい、とこうして参籠をしているんですが、たたりならばよし罪はいとわん、」
 と激しく言いつつ、心づいて、悄然しょうぜんとして僧を見た。
「ただその、手毬を取返したのは、唄は教えない、という宣告じゃあなかろうか、とそう思うとなさけない。
 ああ、お話が八岐やちまたになって、手毬は……そうです。天井から猫が落ちます以前、私が縁側へ一人で坐っています処へ、あの白粉おしろいの花の蔭から、芋※ずいき[#「くさかんむり/更」、221-3]の葉を顔に当てた小児こどもが三人、ちょろちょろと出て来て、不思議そうに私を見ながら、犬ころがなつくようにそばへ寄ると、縁側から覗込のぞきこんで、手毬を見つけて、三人でうなずき合って、
(それをおくれ。)と言います。
(お前たちのか。)
 と聞くと、かぶりるから、
(じゃ、小父おじさんのだ。)と言うと、男が毬を、という調子に、
(わはは)と笑って、それなりに、ちらちらとどこかへ取って行ったんでした。」――

       三十三

「何、わしがうわさしていさっせえた処だって……はあ、お前様めえさま二人でかね。」
 どッこいしょ、と立ったまま、広縁が高いから、背負しょって来た風呂敷包は、腰ぎりにちょうど乗る。
「だら、いけんども、」
 と結目むすびめ解下ときおろして、
「天井裏でうわさべいされちゃたまんねえだ。」
 と声をひそめたが、宰八は直ぐ高調子、
「いんね、わし一人じゃござりましねえ。喜十郎様がとこの仁右衛門の苦虫にがむしと、学校の先生ちゅが、同士にはい、門前もんまえまで来っけえがの。
 あの、樹の下の、暗え中へ頭突込つッこんだと思わっせえまし、お前様、苦虫の親仁おやじ年効としがいもねえ、新造子しんぞっこが抱着かれたように、キャアと云うだ。」
「どうしたんです。」
「何かまた、」
 と、僧も夜具包の上から伸上って顔を出した。
 宰八紅顱巻あかはちまきをかなぐって、
「こりゃ、はい、御坊様御免なせえまし。御本家からもよろしくでござりやす。いずれ喜十郎様お目にかかりますだが、まずゆっくりと休まっしゃりましとよ。
 わしこういうぞんざいもんだで、お辞儀の仕様もねえ。婆様がよッくハイ御挨拶しろと云うてね、お前様うまがらしっけえ、団子をことづけて寄越よこしやした。茶受ちゃうけにさっしゃりやし。あとで私が蚊いぶしを才覚しながら、ぶつぶつ渋茶を煮立てますべい。
 それよりか、お前様、腹アすかっしゃったろうと思うで、御本家からまた重詰めにして寄越さしった、そいつをぶら下げながら苦虫が、右のお前様、キャアでけつかる。
 門外の草原を、まるで川の瀬さ渡るように、三人がふらふらよちよち、モノ小半時かかったが、芸もねえ、えら遅くなって済まんしねえ。」
「何とも御苦労、」
 と僧は慇懃いんぎんつむりをさげる。
「その人たちは、どうしたのかね。」
 と明が尋ねた。
「はい、それさ、そのキャアだから、お前様、どうした仁右衛門と、云うと、苦虫が、つらさ渋くして、(ああ、いやなものを見た。おらが鼻のさきを、ひいらひいら、あの生白なまちらけた芋の葉の長面ながづらが、ニタニタ笑えながら横に飛んだ。精霊棚の瓢箪ひょうたんが、ひとりでにぽたりと落ちても、御先祖のいましめとは思わねえで、酒もめねえおらだけんど、それにゃつるが枯れたちゅう道理がある。風もねえに芋の葉が宙を歩行あるくわけはねえ。ああ、厭だ、総毛立つ、内へ帰って夜具をかぶって、ずッしり汗でも取らねえでは、煩いそうに頭も重い。)
 とすくむだね。
 いつも小児こどもが駆出したろう、とそう言うと、なお悪い。あの声を聞くとたまらねえ。あれ、あれ、石を鳴らすのが、谷戸やとに響く。時刻も七ツじゃ、とあおくなって、風呂敷包打置ぶちおいて、ひょろひょろ帰るだ。
 先生様、ではお前様、その重箱を提げてくれさっせえ、とわしが頼むとね。
(厭だ、)と云っけい。
(はてね、なぜでがす。)
 ここさ、お客様のめえだけんど、気にかけて下せえますなよ。
(軍歌でもやるならまだの事、子守や手毬唄なんかひねくる様なやつの、弁当持って堪るものか。)
 とくでねえか。
 奴は朋友ともだちに聞いた、と云うだが、いずれ怪物ばけもの退治に来た連中からだんべい。
 お客様何でがすか、お前様、子守唄こさえさっしゃるかね。袋戸棚の障子へ、書いたものっとかっしゃるのは、もの、それかね。」
 明は恥じたる色があった。
「こしらえるのじゃない、聞いたのを書き留めて置くんです。数があって忘れるから、」
「はあ、わしはまた、こんな恐怖おっかねとこに落着いていさっしゃるお前様だ。
 怨敵おんてき退散の貼御符はりごふうかと思ったが。
 何か、ハイ、わけはわかンねえがね、悪く言ったのがグッとしゃくさわったで、
(ならうがす、客人のものは持ってもれえますめえ、が、お前様、学校の先生様だ。し、私あハイ、何も教えちゃもらわねえだで、師匠じゃねえ、同士に歩行あるくだら朋達ともだちだっぺい。蟹の宰八が手ンぼうの助力さっせえ。)
 とめつけたさ。
 帽子の下で目を据えたよ。
(貴様のような友達は持たん、失敬な。)と云って引返したわ。何かかこつけ、根は臆病でげただよ。見さっせえ、韋駄天いだてんのように木の下を駆出し、川べりの遠くへ行く仁右衛門親仁を、
(おおい、おおい、)
 と茶番の定九郎さだくろうめやあがる。」

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