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義血侠血(ぎけつきょうけつ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:50:09  点击:  切换到繁體中文



       二

 金沢なる浅野川のかわらは、宵々ごとに納涼の人出のために熱了せられぬ。この節を機として、諸国より入り込みたる野師らは、磧も狭しと見世物小屋を掛けつらねて、猿芝居さるしばい、娘軽業かるわざ山雀やまがらの芸当、剣の刃渡り、き人形、名所ののぞ機関からくり、電気手品、盲人相撲めくらずもう、評判の大蛇だいじゃ天狗てんぐ骸骨がいこつ、手なし娘、子供の玉乗りなどいちいち数うるにいとまあらず。
 なかんずく大評判、大当たりは、滝の白糸が水芸みずげいなり。太夫たゆう滝の白糸は妙齢一八、九の別品にて、その技芸は容色と相称あいかないて、市中の人気山のごとし。されば他はみな晩景の開場なるにかかわらず、これのみひとり昼夜二回の興行ともに、その大入りは永当えいとうたり。
 時まさに午後一時、撃柝げきたく一声、囃子はやしは鳴りをしずむるとき、口上はかれがいわゆる不弁舌なる弁をふるいて前口上をわれば、たちまち起こる緩絃かんげん朗笛のせつみて、静々歩み出でたるは、当座の太夫元滝の白糸、高島田に奴元結やっこもとゆい掛けて、脂粉こまやかに桃花のびをよそおい、朱鷺とき縮緬ちりめん単衣ひとえに、銀糸のなみ刺繍ぬいある水色※(「ころもへん+上」、第4水準2-88-9)※(「ころもへん+下」、第4水準2-88-10)かみしもを着けたり。渠はしとやかに舞台よき所に進みて、一礼を施せば、待ち構えたりし見物は声々にわめきぬ。
「いよう、待ってました大明神だいみょうじん様!」
「あでやかあでやか」
「ようよう金沢あらし!」
「ここな命取り!」
 喝采やんやの声のうちに渠はしずかにおもてもたげて、情を含みて浅笑せり。口上は扇をげて一咳いちがいし、
「東西! お目通りに控えさせましたるは、当座の太夫元滝の白糸にござりまする。お目見え相済みますれば、さっそくながら本芸に取り掛からせまする。最初腕調こてしらべとして御覧に入れまするは、露にちょうの狂いをかたどりまして、(花野のあけぼの)。ありゃ来た、よいよいよいさて」
 さて太夫はなみなみ水を盛りたるコップを左手ゆんでりて、右手めてには黄白こうはく二面の扇子を開き、やと声けて交互いれちがいに投げ上ぐれば、露を争う蝶一双ひとつ、縦横上下にいつ、逐われつ、しずくこぼさず翼もやすめず、太夫の手にもとどまらで、空にあや織る練磨れんまの手術、今じゃ今じゃと、木戸番は濁声だみごえ高くよばわりつつ、外面おもての幕を引きげたるとき、演芸中の太夫はふとかたに眼をりたりしに、何にか心を奪われけん、はたとコップを取り落とせり。
 口上は狼狽ろうばいして走り寄りぬ。見物はその為損しそんじをどっとはやしぬ。太夫は受けめたる扇を手にしたるまま、そのひとみをなお外の方に凝らしつつ、つかつかと土間に下りたり。
 口上はいよいよ狼狽して、ん方を知らざりき。見物はあきれ果てて息をおさめ、満場ひとしくこうべめぐらして太夫の挙動ふるまいを打ちまもれり。
 白糸は群れいる客を推しけ、き排け、
「御免あそばせ、ちょいと御免あそばせ」
 あわただしく木戸口に走り出で、うなじを延べて目送せり。その視線中に御者体の壮佼わかものあり。
 何事や起こりたると、見物は白糸のあとより、どろどろと乱れ出ずる喧擾ひしめきに、くだんの男は振り返りぬ。白糸ははじめてそのおもてを見るを得たり。渠は色白く瀟洒いなせなりき。
「おや、違ってた!」
 かく独語ひとりごちて、太夫はすごすご木戸を入りぬ。

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