您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 泉 鏡花 >> 正文

怨霊借用(おんりょうしゃくよう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:21:38  点击:  切换到繁體中文


       五

 土地の風説に残り、ふとして、浴客の耳に伝うる処は……これだけであろうと思う。
 しかし、少し余談がある。とにかく、お桂さんたちは、来た時のように、一所に二人では帰らなかった。――

 風に乗って、飛んで、宙へ消えた幽霊のあと始末は、半助が赤鬼の形相のままで、蝙蝠バットを吹かしながら、射的店へ話をつけた。此奴こいつふんどしにするため、野良猫の三毛を退治たいじて、二月越ふたつきごし内証ないしょで、ものおきで皮をしたそうである。
 笑話の翌朝は、引続き快晴した。近山裏の谷間には、初茸はつたけの残り、からびた占地茸しめじもまだあるだろう、山へ行く浴客も少くなかった。
 お桂さんたちも、そぞろ歩行あるきした。掛稲かけいねに嫁菜の花、大根畑に霜の濡色も暖い。
 畑中の坂の中途から、巨刹おおでらの峰におわす大観音に詣でる広い道が、松の中をのぼりになる山懐やまふところを高くうねって、枯草葉のこみちが細く分れて、立札の道しるべ。歓喜天御堂、とゆびさして、……福徳を授け給う……と記してある。
「福徳って、お金ばかりじゃありませんわ。」
 欣七郎は朝飯あさはん前の道がものういと言うのに、ちょいと軽い小競合こぜりあいがあったあとで、参詣おまいりの間を一人待つ事になった。
「ここを、……わきへっては可厭いやですよ……一人ですから。」
 お桂さんはいきおいよく乾いた草を分けてじ上った。欣七郎の目に、その姿が雑樹ぞうきに隠れた時、夫人の前には再びやや急な石段があらわれた。軽くあえいで、それを上ると、小高い皿地の中窪みに、垣も、折戸もない、破屋あばらやが一軒あった。
 出た、山のに松が一樹。幹のやさしい、そこの見晴しで、ちょっと下に待つ人を見ようと思ったが、上って来た方は、紅甍こうぼう[#ルビの「こうぼう」は底本では「こうばう」]粉壁ふんぺきと、そればかりで夫は見えない。あと三方はまばらな農家を一面の畑の中に、弘法大師[#「弘法大師」は底本では「引法大師」]奥の院、四十七町いろは道が見えて、向うの山の根を香都良川が光って流れる。わきへ引込んだ、あの、辻堂の小さく見える処まで、昨日、ひるごろ夫婦ふたり歩行あるいた、――かえってそこに、欣七郎の中折帽が眺められるようである。

 ああ、今朝もそのままな、野道を挟んだ、飾竹に祭提灯の、稲田ずれに、さらさらちらちらと風に揺れる処で、欣七郎が巻煙草まきたばこを出すと、燐寸マッチを忘れた。……道の奥の方から、帽子もかぶらないで、土地のものらしい。霜げた若い男が、蝋燭ろうそくを一束買ったらしく、手にして来たので、湯治場の心安さ、遊山ゆさん気分で声を掛けた。
「ちょいと、燐寸はありませんか。」
 ぼんやり立停たちどまって、二人をじって、
「はい、わしどものたもとには、あっても人魂ひとだまでしてな。」
 すたすたと分れたのが、小上このぼりの、あぜを横に切れて入った。
「坊主らしいな。……提灯の蝋燭を配るのかと思ったが。」
 俗ではあったが、うしろつきに、欣七郎がそう云った。
 そう言った笑顔に。――自分が引添うているようで、現在いま、朝湯の前でも乳のほてり、胸のときめきを幹でおさえて、手を遠見にかざすと、出端でばなのあしもとあやうさに、片手をその松の枝にすがった、浮腰を、朝風が美しく吹靡ふきなびかした。
 しさってつまを合せた、夫に対する、若き夫人の優しい身だしなみである。
 まさか、この破屋に、――いや、この松と、それよりこずえの少し高い、ついの松が、破屋の横にややまた上坂のぼりざかの上にあって、根は分れつつ、枝は連理につらなった、濃いみどり色越いろごしに、額を捧げて御堂がある。
 夫人は衣紋えもんを直しつつ近着いた。
 近づくと、
「あッ、」
 思わず、忍音しのびねを立てた――見透みすかす六尺ばかりの枝に、さかさまに裾を巻いて、毛をおどろに落ちかかったのは、虚空に消えた幽霊である。と見ると顔が動いた、袖へ毛だらけの脚が生え、脇腹の裂目に獣の尾の動くのを、狐とも思わず、気はたしかに、しかと犬と見た。が、人の香を慕ったか、そばえて幽霊をみちらし、まつわり振った、そのままで、裾をいて、ずるずると寄って来るのに、はらはらと、あわただしくきびすを返すと、坂を落ち下りるほどのさえなく、帯腰へ附着くッついて、ぶるりと触るは、髪か、顔か。
 花の吹雪に散るごとく、裾も袖も輪に廻って、夫人は朽ち腐れた破屋の縁へ飛縋とびすがった。
「誰か、誰方どなたか、誰方か。」
「うう、うう。」
 と寝惚声ねぼけごえして、破障子やぶれしょうじ[#ルビの「しょうじ」は底本では「しやうじ」]を開けたのは、頭も、顔も、そのままの小一按摩の怨念であった。
「あれえ。」
 声は死んで、夫人は倒れた。
 この声が聞えるのには間遠まどおであった。最愛最惜の夫人の、消息の遅さを案じて、急心せきごころに草をじた欣七郎は、歓喜天の御堂より先に、たとえば孤屋ひとつや縁外えんそとの欠けた手水鉢ちょうずばちに、ぐったりとあごをつけて、朽木の台にひざまずいて縋った、青ざめた幽霊を見た。
 横ざまに、ステッキで、たたき払った。が、人気勢ひとげはいのする破障子やれしょうじを、及腰およびごし差覗さしのぞくと、目よりも先に鼻をった、このふきぬけの戸障子にも似ず、したたかな酒の香である。
 酒ぎらいな紳士は眉をひそめて、手巾ハンケチで鼻をおおいながら、そっと再びのぞくとひとしく、色が変って真蒼まっさおになった。
 竹の皮散り、貧乏徳利のころがった中に、小一按摩は、夫人にかじりついていたのである。
 読む方は、筆者が最初に言ったある場合を、ごく内端うちわに想像さるるがい。

 小一に仮装したのは、この山のふもとに、井菊屋の畠の畑つくりの老僕と日頃懇意な、一人棲ひとりずみの堂守であった。

大正十四(一九二五)年三月




 



底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十二巻」岩波書店
   1940(昭和15)年11月20日第1刷発行
※疑問点の確認にあたっては、底本の親本を参照しました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:今井忠夫
2003年8月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5]  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告