泉鏡花集成7 |
ちくま文庫、筑摩書房 |
1995(平成7)年12月4日 |
1995(平成7)年12月4日第1刷 |
鏡花全集 第二十二巻 |
岩波書店 |
1940(昭和15)年11月20日 |
一
婦人は、座の傍に人気のまるでない時、ひとりでは按摩を取らないが可いと、昔気質の誰でもそう云う。上はそうまでもない。あの下の事を言うのである。閨では別段に注意を要するだろう。以前は影絵、うつし絵などでは、巫山戯たその光景を見せたそうで。――御新姐さん、……奥さま。……さ、お横に、とこれから腰を揉むのだが、横にもすれば、俯向にもする、一つくるりと返して、ふわりと柔くまた横にもしよう。水々しい魚は、真綿、羽二重の俎に寝て、術者はまな箸を持たない料理人である。衣を透して、肉を揉み、筋を萎すのであるから恍惚と身うちが溶ける。ついたしなみも粗末になって、下じめも解けかかれば、帯も緩くなる。きちんとしていてさえざっとこの趣。……遊山旅籠、温泉宿などで寝衣、浴衣に、扱帯、伊達巻一つの時の様子は、ほぼ……お互に、しなくっても可いが想像が出来る。膚を左右に揉む拍子に、いわゆる青練も溢れようし、緋縮緬も友染も敷いて落ちよう。按摩をされる方は、対手を盲にしている。そこに姿の油断がある。足くびの時なぞは、一応は職業行儀に心得て、太脛から曲げて引上げるのに、すんなりと衣服の褄を巻いて包むが、療治をするうちには双方の気のたるみから、踵を摺下って褄が波のようにはらりと落ちると、包ましい膝のあたりから、白い踵が、空にふらふらとなり、しなしなとして、按摩の手の裡に糸の乱るるがごとく縺れて、艶に媚かしい上掻、下掻、ただ卍巴に降る雪の中を倒に歩行く風情になる。バッタリ真暗になって、……影絵は消えたものだそうである。
――聞くにつけても、たしなむべきであろうと思う。――
が、これから話す、わが下町娘のお桂ちゃん――いまは嫁して、河崎夫人であるのに、この行為、この状があったと言うのでは決してない。
問題に触れるのは、お桂ちゃんの母親で、もう一昨年頃故人の数に入ったが、照降町の背負商いから、やがて宗右衛門町の角地面に問屋となるまで、その大島屋の身代八分は、その人の働きだったと言う。体量も二十一貫ずッしりとした太腹で、女長兵衛と称えられた。――末娘で可愛いお桂ちゃんに、小遣の出振りが面白い……小買ものや、芝居へ出かけに、お母さんが店頭に、多人数立働く小僧中僧若衆たちに、気は配っても見ないふりで、くくり頤の福々しいのに、円々とした両肱の頬杖で、薄眠りをしている、一段高い帳場の前へ、わざと澄ました顔して、(お母さん、少しばかり。)黙って金箱から、ずらりと掴出して渡すのが、掌が大きく、慈愛が余るから、……痩ぎすで華奢なお桂ちゃんの片手では受切れない、両の掌に積んで、銀貨の小粒なのは指からざらざらと溢れたと言う。……亡きあとでも、その常用だった粗末な手ぶんこの中に、なおざりにちょっと半紙に包んで、(桂坊へ、)といけぞんざいに書いたものを開けると、水晶の浄土珠数一聯、とって十九のまだ嫁入前の娘に、と傍で思ったのは大違い、粒の揃った百幾顆の、皆真珠であった。
姉娘に養子が出来て、養子の魂を見取ってからは、いきぬきに、時々伊豆の湯治に出掛けた。――この温泉旅館の井菊屋と云うのが定宿[#ルビの「じょうやど」は底本では「じやうやど」]で、十幾年来、馴染も深く、ほとんど親類づき合いになっている。その都度秘蔵娘のお桂さんの結綿島田に、緋鹿子、匹田、絞の切、色の白い細面、目に張のある、眉の優しい、純下町風俗のを、山が育てた白百合の精のように、袖に包んでいたのは言うまでもない。……
「……その大島屋の先の大きいおかみさんが、ごふびんに思召しましてな。……はい、ええ、右の小僧按摩を――小一と申したでござりますが、本名で、まだ市名でも、斎号でもござりません、……見た処が余り小こいので、お客様方には十六と申す事に、師匠も言いきけてはありますし、当人も、左様に人様には申しておりましたが、この川の下流の釜ヶ淵――いえ、もし、渡月橋で見えます白糸の滝の下の……あれではござりません。もっとずッと下流になります。――その釜ヶ淵へ身を投げました時、――小一は二十で、従って色気があったでござりますよ。」
「二十にならなくったって、色気の方は大丈夫あるよ。――私が手本だ。」
と言って、肩を揉ませながら、快活に笑ったのは、川崎欣七郎、お桂ちゃんの夫で、高等商業出の秀才で、銀行員のいい処、年は四十だが若々しい、年齢にちと相違はあるが、この縁組に申分はない。次の室つき井菊屋の奥、香都良川添の十畳に、もう床は並べて、膝まで沈むばかりの羽根毛蒲団に、ふっくりと、たんぜんで寛いだ。……
寝床を辷って、窓下の紫檀の机に、うしろ向きで、紺地に茶の縞お召の袷羽織を、撫肩にぞろりと掛けて、道中の髪を解放し、あすあたりは髪結が来ようという櫛巻が、房りしながら、清らかな耳許に簪の珊瑚が薄色に透通る。……男を知って二十四の、きじの雪が一層あくが抜けて色が白い。眉が意気で、口許に情が籠って、きりりとしながら、ちょっとお転婆に片褄の緋の紋縮緬の崩れた媚かしさは、田舎源氏の――名も通う――桂樹という風がある。
お桂夫人は知らぬ顔して、間違って、愛読する……泉の作で「山吹」と云う、まがいものの戯曲を、軽い頬杖で読んでいた。
「御意で、へ、へ、へ、」
と唯今の御前のおおせに、恐入った体して、肩からずり下って、背中でお叩頭をして、ポンと浮上ったように顔を擡げて、鼻をひこひこと行った。この謙斎坊さんは、座敷は暖かだし、精を張って、つかまったから、十月の末だと云うのに、むき身絞の襦袢、大肌脱になっていて、綿八丈の襟の左右へ開けた毛だらけの胸の下から、紐のついた大蝦蟇口を溢出させて、揉んでいる。
「で、旦那、身投げがござりましてから、その釜ヶ淵……これはただ底が深いというだけの事でありましょうで、以来そこを、提灯ヶ淵――これは死にます時に、小一が冥途を照しますつもりか、持っておりましたので、それに、夕顔ヶ淵……またこれは、その小按摩に様子が似ました処から。」
「いや、それは大したものだな。」
くわっ、とただ口を開けて、横向きに、声は出さずに按摩が笑って、
「ところが、もし、顔が黄色膨れの頭でっかち、えらい出額で。」
「それじゃあ、夕顔の方で迷惑だろう。」
「御意で。」
とまた一つ、ずり下りざまに叩頭をして、
「でござりますから瓢箪淵とでもいたした方が可かろうかとも申します。小一の顔色が青瓢箪を俯向けにして、底を一つ叩いたような塩梅と、わしども家内なども申しますので、はい、背が低くって小児同然、それで、時々相修業に肩につかまらせた事もござりますが、手足は大人なみに出来ております。大な日和下駄の傾いだのを引摺って、――まだ内弟子の小僧ゆえ、身分ではござりませんから羽織も着ませず……唯今頃はな、つんつるてんの、裾のまき上った手織縞か何かで陰気な顔を、がっくりがっくりと、振り振り、(ぴい、ぷう。)と笛を吹いて、杖を突張って流して歩行きますと、御存じのお客様は、あの小按摩の通る時は、どうやら毛の薄い頭の上を、不具の烏が一羽、お寺の山から出て附いて行くと申されましたもので。――心掛の可い、勉強家で、まあ、この湯治場は、お庇様とお出入さきで稼ぎがつきます。流さずともでござりますが、何も修業と申して、朝も早くから、その、(ぴい、ぷう。)と、橋を渡りましたり、路地を抜けましたり。……それが死にましてからはな、川向うの芸妓屋道に、どんな三味線が聞えましても、お客様がたは、按摩の笛というものをお聞きになりますまいでござります。何のまた聞えずともではござりますがな。――へい、いえ、いえそのままでお宜しゅう……はい。
そうした貴方様、勉強家でござりました癖に、さて、これが療治に掛りますと、希代にのべつ、坐睡をするでござります。古来、姑の目ざといのと、按摩の坐睡は、遠島ものだといたしたくらいなもので。」
とぱちぱちぱちと指を弾いて、
「わしども覚えがござります。修業中小僧のうちは、またその睡い事が、大蛇を枕でござりますて。けれども小一のははげしいので……お客様の肩へつかまりますと、――すぐに、そのこくりこくり。……まず、そのために生命を果しましたような次第でござりますが。」
「何かい、歩きながら、川へ落こちでもしたのかい。」
「いえ、それは、身投で。」
「ああ、そうだ、――こっちが坐睡をしやしないか。じゃ、客から叱言が出て、親方……その師匠にでも叱られたためなんだな。」
「……不断の事で……師匠も更めて叱言を云うがものはござりません。それに、晩も夜中も、坐睡ってばかりいると申すでもござりませんでな。」
「そりゃそうだろう――朝から坐睡っているんでは、半分死んでいるのも同じだ。」
と欣七郎は笑って言った。
「春秋の潮時でもござりましょうか。――大島屋の大きいお上が、半月と、一月、ずッと御逗留の事も毎度ありましたが、その御逗留中というと、小一の、持病の坐睡がまた激しく起ります。」
「ふ――」
と云って、欣七郎はお桂ちゃんの雪の頸許に、擽ったそうな目を遣った。が、夫人は振向きもしなかった。
「ために、主な出入場の、御当家では、方々のお客さんから、叱言が出ます。かれこれ、大島屋さんのお耳にも入りますな、おかみさんが、可哀相な盲小僧だ。……それ、十六七とばかり御承知で……肥満って身体が大いから、小按摩一人肩の上で寝た処で、蟷螂が留まったほどにも思わない。冥利として、ただで、お銭は遣れないから、肩で船を漕いでいなと、毎晩のように、お慈悲で療治をおさせになりました。……ところが旦那。」
と暗い方へ、黒い口を開けて、一息して、
「どうも意固地な……いえ、不思議なもので、その時だけは小按摩が決して坐睡をいたさないでござります。」
「その、おかみさんには電気でもあったのかな。」
「へ、へ、飛んでもない。おかみさんのお傍には、いつも、それはそれは綺麗な、お美しいお嬢さんが、大好きな、小説本を読んでいるのでござります。」
「娘ッ子が読むんじゃあ、どうせ碌な小説じゃあるまいし、碌な娘ではないのだろう。」
「勿体ない。――香都良川には月がある、天城山には雪が降る、井菊の霞に花が咲く、と土地ではやしましたほどのお嬢さんでござりますよ。」
「按摩さん、按摩さん。」
と欣七郎が声を刻んだ。
「は、」
「きみも土地じゃ古顔だと云うが。じゃあ、その座敷へも呼ばれただろうし、療治もしただろうと思うが、どうだね。」
「は、それが、つい、おうわさばかり伺いまして、お療治はいたしません、と申すが、此屋様なり、そのお座敷は、手前同業の正斎と申す……河豚のようではござりますが、腹に一向の毒のない男が持分に承っておりましたので、この正斎が、右の小一の師匠なのでござりまして。」
「成程、しかし狭い土地だ。そんなに逗留をしているうちには、きみなんか、その娘ッ子なり、おかみさんを、途中で見掛けた――いや、これは失礼した、見えなかったね。」
「旦那、口幅っとうはござりますが、目で見ますより聞く方が確でござります。それに、それお通りだなどと、途中で皆がひそひそ遣ります処へ出会いますと、芬とな、何とも申されません匂が。……温泉から上りまして、梅の花をその……嗅ぎますようで、はい。」
座には今、その白梅よりやや淡青い、春の李の薫がしたろう。
うっかり、ぷんと嗅いで、
「不躾け。」
と思わずしゃべった。
「その香の好さと申したら、通りすがりの私どもさえ、寐しなに衣ものを着換えましてからも、身うちが、ほんのりと爽いで、一晩、極楽天上の夢を見たでござりますで。一つ部屋で、お傍にでも居ましたら、もう、それだけで、生命も惜しゅうはござりますまい。まして、人間のしいなでも、そこは血気の若い奴でござります。死ぬのは本望でござりましたろうが、もし、それや、これやで、釜ヶ淵へ押ぱまったでござりますよ。」
お桂のちょっと振返った目と合って、欣七郎は肩越に按摩を見た。
「じゃあ、なにかその娘さんに、かかり合いでもあったのかね。」
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