十九
「先生が酒を飲もうと飲むまいと、借金が有ろうと無かろうと、大きなお世話だ。遺伝が、肺病が、品行が何だ。当方(こちら)からお給事(みやづかえ)をしようと云うんじゃなし、第一欲しいと仰有(おっしゃ)ったって、差上げるやら、平に御免を被るやら、その辺も分らないのに、人の大切な令嬢を、裸体(はだか)にして検査するような事を聞くのは、無礼じゃないか。
私(わっし)あ第一、河野。世間の宗教家と称(とな)うる奴が、吾々を捕(つかま)えて、罪の児(こ)だの、救ってやるのと、商売柄好(すき)な事を云う。薬屋の広告は構わんが、しらきちょうめんな人間に向って罪の子とは何んだい。本人はともかくも、その親たちに対して怪しからん言種(いいぐさ)だと思ってるんです。
今君が尋問に及んだ、先生の令嬢の身許検(みもとしら)べの条件が、ただの一ケ条でもだ。河野英吉氏の意志から出たのなら、私はもう学者や紳士の交際は御免蒙(こうむ)る。そのかわりだ、半纏着(はんてんぎ)の附合いになって撲倒すよ。はははは、えい、おい、」
と調子が砕けて、
「母様の指揮(さしず)だろう、一々。私はこうして懇意にしているからは、君の性質は知ってるんだ。君は惚れたんだろう。一も二もなく妙ちゃんを見染(みそめ)たんだ。」
「うう、まあ……」と対手(あいて)の血相もあり、もじもじする。
「惚れてよ、可愛い、可憐(いとし)いものなら、なぜ命がけになって貰わない。
結婚をしたあとで、不具(かたわ)になろうが、肺病になろうが、またその肺病がうつって、それがために共々倒れようが、そんな事を構うもんか。
まあ、何は措(お)いて、嫁の内の財産を云々(うんぬん)するなんざ、不埒(ふらち)の到(いたり)だ。万々一、実家(さと)の親が困窮して、都合に依って無心合力(ごうりょく)でもしたとする。可愛い女房の親じゃないか。自分にも親なんだぜ、余裕があったら勿論貢ぐんだ。無ければ断る。が、人情なら三杯食う飯を一杯ずつ分(わけ)るんだ。着物は下着から脱いで遣るのよ。」
と思い入った体で、煙草を持った手の尖(さき)がぶるぶると震えると、対手の河野は一向気にも留めない様子で、ただ上の空で聞いて首(こうべ)だけ垂れていたが、かえって襖(ふすま)の外で、思わずはらはらと落涙したのはお蔦である。
何の話? と声のはげしいのを憂慮(きづか)って、階子段の下でそっと聞くと、縁談でございますよ、とお源の答えに、ええ、旦那の、と湯上りの颯(さっ)と上気した顔の色を変えたが、いいえ、河野様が御自分の、と聞いて、まあ、と呆れたように莞爾(にっこり)して、忍んで段を上って、上り口の次の室(ま)の三畳へ、欄干(てすり)を擦って抜足で、両方へ開けた襖の蔭へ入ったのを、両人(ふたり)には気が付かずに居るのである。
と河野は自分には勢(いきおい)のない、聞くものには張合のない口吻(くちぶり)で、
「だが、母さんが、」
「母様が何だ。母様が娶(もら)うんじゃあるまい、君が女房にするんじゃないか。いつでもその遣方だから、いや、縁談にかかったの、見合をしたの、としばしば聞かされるのが一々勘定はせんけれども、ざっと三十ぐらいあった。その内、君が、自分で断ったのは一ツもあるまい。皆母さんがこう云った。叔父さんが、ああだ、父さんが、それだ、と難癖を附けちゃ破談だ。
君の一家(いっけ)は、およそどのくらいな御門閥(ごもんばつ)かは知らん。河野から縁談を申懸けられる天下の婦人は、いずれも恥辱を蒙るようで、かねて不快に堪えんのだ。
昔の国守大名が絵姿で捜せば知らず、そんな御註文に応ずるのが、ええ、河野、どこにだってあるものか。」
と果は歎息して云うのであった。河野は急に景気づいて、
「何、無いことはありゃしない。そりゃ有るよ。君、僕ン許(とこ)の妹たちは、誰でもその註文に応ずるように仕立ててあるんだ。
揃って容色(きりょう)も好(よし)、また不思議に皆(みんな)別嬪(べっぴん)だ。知ってるだろう。生れたての嬰児(あかんぼ)の時は、随分、おかしな、色の黒いのもあるけれど、母さんが手しおに掛けて、妙齢(としごろ)にするまでには、ともかくも十人並以上になるんだ、ね、そうじゃないか。」
主税は返す言(ことば)もなく、これには否応なく頷(うなず)かされたのである。蓋(けだ)し事実であるから。
一家一門
二十
「それから、財産は先刻(さっき)も謂(い)った通り、一人一人に用意がしてある。病気なり、何なりは、父様も兄も本職だから注意が届くよ。その他は万事母様が預かって躾(しつ)けるんだ。
好嫌(すききらい)は別として、こちらで他に求める条件だけは、ちゃんとこちらにも整えてあるんだから、強(あなが)ち身勝手ばかり謂うんじゃない。
けれども、品行の点は、疑えば疑えると云うだろう。そこはね、性理上も斟酌(しんしゃく)をして、そろそろ色気が、と思う時分には、妹たちが、まだまだ自分で、男をどうのこうのという悪智慧(わるぢえ)の出ない先に、親の鑑定(めがね)で、婿を見附けて授けるんです。
否(いや)も応も有りやしない。衣服(きもの)の柄ほども文句を謂わんさ。謂わない筈(はず)だ、何にも知らないで授けられるんだから。しかし間違いはない、そこは母さんの目が高いもの。」
「すると何かね、婿を選ぶにも、およそその条件が満足に解決されないと不可(いか)んのだね。」
「勿論さ、だから、皆(みんな)円満に遣っとるよ。第一の姉が医学士さね、直(じき)の妹の縁附いているのが、理学士。その次のが工学士。皆(みんな)食いはぐれはないさ。……今また話しのある四番目のも医学士さ、」
「妙に選取(えりど)って揃えたもんだな。」
「うむ、それは父様の主義で、兄弟一家(いっけ)一門を揃えて、天下に一階級を形造ろうというんだ。なるべくは、銘々それぞれの収入も、一番の姉が三百円なら、次が二百五十円、次が二百円、次が百五十円、末が百円といった工合に長幼の等差を整然(きちん)と附けたいというわけだ。
先ず行われている、今の処じゃ。そうしてその子、その孫、と次第にこの社会における地位を向上しようというのが理想なんです。例えば、今の代(よ)が学士なら、その次が博士さ、大博士さね。君。
謂って見れば、貴族院も、一家族で一党を立てることが出来る。内閣も一門で組織し得るようにという遠大の理想があるんだ。また幸に、父様にゃ孫も八九人出来た。姪(めい)を引取って教育しているのも三四人ある。着々として歩を進めている。何でも妹たちが人才を引着けるんだ。」
人事(ひとごと)ながら、主税は白面に紅(こう)を潮して、
「じゃ、君の妹たちは、皆学士を釣る餌だ。」
「餌でも可い、構わんね。藤原氏の為だもの。一人や二人犠牲(ぎせい)が出来ても可いが、そりゃ大丈夫心配なしだ。親たちの目は曇りやしない。
次第々々に地位を高めようとするんだから、奇才俊才、傑物は不可(いか)ん。そういうのは時々失敗を遣る。望む処は凡才で間違いの無いのが可いのだ。正々堂々の陣さ、信玄流です。小豆長光を翳(かざ)して旗下へ切込むようなのは、快は快なりだが、永久持重の策にあらず……
その理想における河野家の僕が中心なんだろう。その中心に据(すわ)ろうという妻(さい)なんだから、大(おおい)に慎重の態度を取らんけりゃならんじゃないか。詰り一家(いっけ)の女王(クウイイン)なんだから、」
河野は、渠(かれ)がいわゆる正々堂々として説くこと一条。その理想における根ざしの深さは、この男の口から言っても、例の愚痴のように聞えるのや、その落着かない腰には似ない、ほとんど動かすべからざる、確乎としたものであった。
「いや、よく解った、成程その主義じゃ、人の娘の体格検査をせざあなるまい。しかし私は厭(いや)だ! 私の娘なら断るよ、たとい御試験には及第を致しましても、」
と冷かに笑うと、河野は人物に肖(に)ず、これには傲然(ごうぜん)として、信ずる処あるごとく、合点(のみこ)んだ笑い方をして、
「でも、条件さえ通過すれば、僕は娶(もら)うよ。ははは、きっと貰うね、おい、一本貰って行くぜ。」
と脱兎のごとく、かねて計っていたように、この時ひょいと立つと、肩を斜めに、衣兜(かくし)に片手を突込んだまま、急々(つかつか)と床の間に立向うて、早や手が掛った、花の矢車。
片膝立てて、颯(さっ)と色をかえて、
「不可(いけな)いよ。」
「なぜかい?」
と済まして見返る。主税は、ややあせった気味で、
「なぜと云って、」
「はははは、そこが、肝心な処だ、と母様が云ったんだ。」
と突立ったまま、ニヤリとして、
「早瀬、君がどうかしているんじゃないか、ええ、おい、妙子を。」
二十一
冷(れい)か、熱か、匕首(ひしゅ)、寸鉄にして、英吉のその舌の根を留めようと急(あせ)ったが、咄嗟(とっさ)に針を吐くあたわずして、主税は黙って拳(こぶし)を握る。
英吉は、ここぞ、と土俵に仕切った形で、片手に花の茎(じく)を引掴(ひッつか)み、片手で髯(ひげ)を捻(ひね)りながら、目をぎろぎろと……ただ冴えない光で、
「だろう、君、筒井筒振分髪と云うんだろう。それならそう云いたまえ、僕の方にもまた手加減があるんだ、どうだね。」
信玄流の敵が、かえってこの奇兵を用いたにも係らず、主税の答えは車懸りでも何でもない、極めて平凡なものであった。
「怪しからん事を云うな、串戯(じょうだん)とは違う、大切なお嬢さんだ。」
「その大切のお嬢さんをどうかしているんじゃないか、それとも心で思ってるんか。」
「怪しからん事を云うなと云うのに。」
「じゃ確かい。」
「御念には及びません。」
「そんなら何も、そう我が河野家の理想に反対して、人が折角聞こうとする、妙子の容子を秘(かく)さんでも可いじゃないか。話が纏(まと)まりゃ、その人にも幸福だよ、河野一党の女王(クウイイン)になるんだ。」
「幸か、不幸か、そりゃ知らん、が、私は厭だ。一門の繁栄を望むために、娘を餌にするの、嫁の体格検査をするの、というのは真平御免だ。惚れたからは、癩(なり)でも肺病でも構わんのでなくっちゃ、妙ちゃんの相談は決してせん。勿論お嬢は瑕(きず)のない玉だけれど、露出(むきだ)しにして河野家に御覧に入れるのは、平相国清盛に招かれて月が顔を出すようなものよ。」といささか云い得て濃い煙草を吻(ほっ)と吐(つ)いたは、正にかくのごとく、山の端(は)の朧気(おぼろげ)ならん趣であった。
「なら可い、君に聞かんでも余処(わき)で聞くよ。」
と案外また英吉は廉立(かどだ)った様子もなく、争や勝てりの態度で、
「しかし縁起だ、こりゃ一本貰って行くよ。妙子が御持参の花だから、」
「…………」
「君がどうと云う事も無いのなら、一本二本惜むにゃ当るまい、こんなに沢山あるものを、」
「…………」
「失敬、」
あわや抜き出そうとする。と床しい人香が、はっと襲って、
「不可(いけ)ませんよ。」と半纏の襟を扱(しご)きながら、お蔦が襖(ふすま)から、すっと出て、英吉の肩へ手を載せると、蹌踉(よろ)けるように振向く処を、入違いに床の間を背負(しょ)って、花を庇(かば)って膝をついて、
「厭ですよ、私が活けたのが台なしになります。」
と嫣然(えんぜん)として一笑する。
「だって、だって君、突込んであるんじゃないか、池の坊も遠州もありゃしない。ちっとぐらい抜いたって、あえてお手前が崩れるというでもないよ。」
とさすがに手を控えて、例の衣兜へ突込んだが、お蔦の目前(めさき)を、(子を捉(と)ろ、子捉ろ。)の体で、靴足袋で、どたばた、どたばた。
「はい、これは柳橋流と云うんです。柳のように房々活けてありましょう、ちゃんと流儀があるじゃありませんか。」
「嘘を吐きたまえ、まあ可いから、僕が惚込んだ花だから。」
主税は火鉢をぐっと手許へ。お蔦はすらりと立って、
「だってもう主のある花ですもの。」
「主がある!」と目を※(みは)る。
「ええ、ありますとも、主税と云ってね。」
「それ見ろ、早瀬、」
「何だ、お前、」
「いいえ、貴下(あなた)、この花を引張(ひっぱ)るのは、私を口説くのと同一(おんなじ)訳よ。主があるんですもの。さあ、引張って御覧なさい。」
と寄ると、英吉は一足引く。
「さあ、口説いて頂戴、」
と寄ると、英吉は一足引く。微笑(ほほえ)みながら擦(す)り寄るたびに、たじたじと退(すさ)って、やがて次の間へ、もそりと出る。
道学先生
二十二
月の十二日は本郷の薬師様の縁日で、電車が通るようになっても相かわらず賑(にぎや)かな。書肆(ほんやの)文求堂をもうちっと富坂寄(とみざかより)の大道へ出した露店(ほしみせ)の、いかがわしい道具に交ぜて、ばらばら古本がある中の、表紙の除(と)れた、けばの立った、端摺(はしずれ)の甚(ひど)い、三世相を開けて、燻(くす)ぼったカンテラの燈(あかり)で見ている男は、これは、早瀬主税である。
何の事ぞ、酒井先生の薫陶(くんとう)で、少くとも外国語をもって家を為(な)し、自腹で朝酒を呷(あお)る者が、今更いかなる必要があって、前世の鸚鵡(おうむ)たり、猩々(しょうじょう)たるを懸念する?
もっとも学者だと云って、天気の好(い)い日に浅草をぶらついて、奥山を見ないとも限らぬ。その時いかなる必要があって、玉乗の看板を観ると云う、奇問を発するものがあれば、その者愚ならずんば狂に近い。鰻屋の前を通って、好い匂がしたと云っても、直ぐに隣の茶漬屋へ駈込みの、箸を持ちながら嗅(か)ぐ事をしない以上は、速断して、伊勢屋だとは言憎い。
主税とても、ただ通りがかりに、露店(ほしみせ)の古本の中にあった三世相が目を遮ったから、見たばかりだ、と言えばそれまでである。けれども、渠(かれ)は目下誰かの縁談に就いて、配慮しつつあるのではないか。しかも開けて見ている処が――夫婦相性の事――は棄置かれぬ。
且つその顔色(かおつき)が、紋附の羽織で、※(ふき)の厚い内君(マダム)と、水兵服の坊やを連れて、別に一人抱いて、鮨にしようか、汁粉にしようか、と歩行(てく)っている紳士のような、平和な、楽しげなものではなく、主税は何か、思い屈した、沈んだ、憂わしげな色が見える。
好男子世に処して、屈託そうな面色(おももち)で、露店の三世相を繰るとなると、柳の下に掌(てのひら)を見せる、八卦の亡者と大差はない、迷いはむしろそれ以上である。
所以(ゆえ)ある哉(かな)、主税のその面上の雲は、河野英吉と床の間の矢車草……お妙の花を争った時から、早やその影が懸ったのであった。その時はお蔦の機知(さそく)で、柔能(よ)く強(ごう)を制することを得たのだから、例(いつも)なら、いや、女房は持つべきものだ、と差対(さしむか)いで祝杯を挙げかねないのが、冴えない顔をしながら、湯は込んでいたか、と聞いて、フイと出掛けた様子も、その縁談を聞いた耳を、水道の水で洗わんと欲する趣があった。
本来だと、朋友(ともだち)が先生の令嬢を娶(めと)りたいに就いて、下聴(したぎき)に来たものを、聞かせない、と云うも依怙地(いこじ)なり、料簡(りょうけん)の狭い話。二才らしくまた何も、娘がくれた花だといって、人に惜むにも当らない。この筆法をもってすれば、情婦(いろ)から来た文殻(ふみがら)が紛込(まぎれこ)んだというので、紙屑買を追懸(おっか)けて、慌てて盗賊(どろぼう)と怒鳴り兼ねまい。こちの人措(お)いて下さんせ、と洒落(しゃれ)にも嗜(たしな)めてしかるべき者までが、その折から、ちょいと留女の格で早瀬に花を持(もた)せたのでも、河野一家(いっけ)に対しては、お蔦さえ、如何(いかん)の感情を持つかが明かに解る。
それは英吉と、内の人の結婚に対する意見の衝突の次第を、襖の蔭で聴取ったせいもあろう。
そうでなくっても、惚れそうな芸妓(げいしゃ)はないか。新学士に是非と云って、達引(たてひ)きそうな朋輩はないか、と煩(うるさ)く尋ねるような英吉に、厭(いや)なこった、良人(うちの)が手を支(つ)いてものを言う大切なお嬢さんを、とお蔦はただそれだけでさえ引退(ひっさが)る。処へ、幾条(いくすじ)も幾条も家(うち)中の縁の糸は両親で元緊(もとじめ)をして、颯(さっ)さらりと鵜縄(うなわ)に捌(さば)いて、娘たちに浮世の波を潜(くぐ)らせて、ここを先途と鮎(あゆ)を呑ませて、ぐッと手許へ引手繰(ひったぐ)っては、咽喉(のど)をギュウの、獲物を占め、一門一家(いちもんいっけ)の繁昌を企むような、ソンな勘作の許(とこ)へお嬢さんを嫁(や)られるもんか。
いいえ、私が肯(き)かないわ、とお源をつかまえて談ずる処へ、熱(い)い湯だった、といくらか気色を直して、がたひし、と帰って来た主税に、ちょいとお前さん、大丈夫なんですか、とお蔦の方が念を入れたほどの勢(いきおい)。
二十三
何が大丈夫だか、主税には唐突(だしぬけ)で、即座には合点(がってん)しかねるばかり、お蔦の方の意気込が凄(すさま)じい。
まだ、取留めた話ではなし、ただ学校で見初めた、と厭らしく云う。それも、恋には丸木橋を渡って落ちてこそしかるべきを、石の橋を叩いて、杖(ステッキ)を支(つ)いて渡ろうとする縁談だから、そこいら聴合わせて歩行(ある)く中(うち)に、誰かの口で水を注(さ)せば、直ぐに川留めの洪水ほどに目を廻わしてお流れになるだろう。
けれども、なぜか、母子連(おやこづれ)で学校へ観に行った、と聞いただけで、お妙さんを観世物(みせもの)にし、またされたようで癪(しゃく)に障った。しかし物にはなるまいよ、と主税が落着くと、いいえ、私は心配です。どこをどう聞き廻ったって、あのお嬢さんに難癖を着けるものはありません。いずれ真砂町様(さん)へ言入れるに違いますまい。それに河野と云う人が、他に取柄は無いけれど、ただ頼もしいのが押の強いことなんですから、一押二押で、悪くすると出来ますよ。出来るような気がしてならない。私は何だかもうお妙さんが、ぺろぺろと嘗(な)められる夢を見て、今夜にも寝ていて魘(うな)されそうで、お可哀相でなりません。貴郎(あなた)油断をしちゃ厭ですよ、と云った――お蔦の方が、その晩毛虫に附着(くッつ)かれた夢を見た。いつも河野のその眉が似ていると思ったから。――
もっとも河野は、綺麗に細眉にしていたが、剃りづけませぬよう、と父様の命令で、近頃太くしているので、毛虫ではない、臥蚕(がさん)である。しかるにこの不生産的の美人は、蚕の世を利するを知らずして、毛虫の厭(いと)うべきを恐れていた、不心得と言わねばならぬ。
で、お蔦は、たとい貴郎が、その癖、内々お妙さんに岡惚(おかぼれ)をしているのでも可い。河野に添わせるくらいなら、貴郎の令夫人(おくさん)にして私が追出(おんだ)される方がいっそ増だ、とまで極端に排斥する。
この異体同心の無二の味方を得て、主税も何となく頼母(たのも)しかったが、さて風はどこを吹いていたか、半月ばかりは、英吉も例(いつも)になく顔を見せなかった。
と一日(あるひ)、
(早瀬氏は居(お)らるるかね。)
応柄(おうへい)のような、そうかと云って間違いの無いような訪ずれ方をして、お源に名刺を取次がせた者がある。
主税は、しかかっていた翻訳の筆(ペン)を留めて、請取って見ると、ちょっと心当りが無かったが、どんな人だ、と聞くと、あの、痘痕(あばた)のおあんなさいます、と一番疾(はや)く目についた人相を言ったので、直ぐ分った。
本名坂田礼之進、通り名をアバ大人、誰か早口な男がタの字を落した。ゆっくり言えばアバタ大人、どちらでもよく通る。通りが可(よ)ければと言って、渾名(あだな)を名刺に書くものはない。手札は立派に、坂田礼之進……傍(かたわら)へ羅馬(ロオマ)字で、L. Sakata.
すなわち歴々の道学者先生である。
渠(かれ)の道学は、宗教的ではない、倫理的、むしろ男女交際的である。とともに、その痘痕(あばた)と、細君が若うして且つ美であるのをもって、処々の講堂においても、演説会においても、音に聞えた君子である。
謂(い)うまでもなく道徳円満、ただしその細君は三度目で、前(さき)の二人とも若死をして、目下(いま)のがまた顔色が近来、蒼(あお)い。
と云ってあえて君子の徳を傷(きずつ)けるのではない、が、要のないお饒舌(しゃべり)をするわけではない。大人は、自分には二度まで夫人を殺しただけ、盞(さかずき)の数の三々九度、三度の松風、ささんざの二十七度で、婚姻の事には馴れてござる。
処へ、名にし負う道学者と来て、天下この位信用すべき媒妁人(なこうど)は少いから、呉(ご)も越(えつ)も隔てなく口を利いて巧(うま)く纏(まと)める。従うて諸家の閨門(けいもん)に出入すること頻繁にして時々厭らしい! と云う風説(うわさ)を聞く。その袖を曳(ひ)いたり、手を握ったりするのが、いわゆる男女交際的で、この男の余徳(ほまち)であろう。もっとも出来た験(ためし)はない。蓋(けだ)しせざるにあらず能(あた)わざるなりでも何でも、道徳は堅固で通る。於爰乎(ここにおいてか)、品行方正、御媒妁人(おなこうど)でも食って行(ゆ)かれる……
二十四
道学先生の、その坂田礼之進であるから、少くともめ[#「め」に傍点]組が出入りをするような家庭? へ顔出しをする筈(はず)がない。と一度(ひとたび)は怪(あやし)んだが、偶然(ふと)河野の叔父に、同一(おなじ)道学者何某(なにがし)の有るのに心付いて、主税は思わず眉を寄せた。
諸家お出入りの媒妁人、ある意味における地者稼(じものかせぎ)の冠たる大家、さては、と早やお妙の事が胸に応えて、先ずともかくも二階へ通すと、年配は五十ばかり。推(お)しものの痘痕(あばた)は一目見て気の毒な程で、しかも黒い。字義をもって論ずると月下氷人でない、竈下(かまのした)炭焼であるが、身躾(みだしなみ)よく、カラアが白く、磨込んだ顔がてらてらと光る。地(じ)の透く髪を一筋梳(すき)に整然(きちん)と櫛を入れて、髯の尖(さき)から小鼻へかけて、ぎらぎらと油ぎった処、いかにも内君が病身らしい。
さて、お初にお目に懸(かか)りまする、いかがでごわりまするか、ますます御翻訳で、とさぞ食うに困って切々稼ぐだろう、と謂(い)わないばかりな言(こと)を、けろりとして世辞に云って、衣兜(かくし)から御殿持の煙草入、薄色の鉄の派手な塩瀬に、鉄扇かずらの浮織のある、近頃行わるる洋服持。どこのか媒妁人した御縁女の贈物らしく、貰った時の移香を、今かく中古(ちゅうぶる)に草臥(くたび)れても同一(おなじ)香(におい)の香水で、追(おっ)かけ追かけ香(にお)わせてある持物を取出して、気になるほど爪の伸びた、湯が嫌(きらい)らしい手に短い延(のべ)の銀煙管(ぎせる)、何か目出度い薄っぺらな彫(ほり)のあるのを控えながら、先ず一ツ奥歯をスッと吸って、寛悠(ゆっくり)と構えた処は、生命保険の勧誘も出来そうに見えた。
甚だ突然でごわりまするが、酒井俊蔵氏令嬢の儀で……ごわりまして、とまたスッと歯せせりをする。
それ、えへん! と云えば灰吹と、諸礼躾方(しつけかた)第一義に有るけれども、何にも御馳走をしない人に、たとい※(おくび)が葱臭(ねぎくさ)かろうが、干鱈(ひだら)の繊維が挟(はさま)っていそうであろうが、お楊枝(ようじ)を、と云うは無礼に当る。
そこで、止むことを得ず、むずむずする口を堪(こら)える下から、直ぐに、スッとまたぞうろ風を入れて、でごわりまするに就いて、かような事は、余り正面から申入れまするよりと、考えることでごわりまする……と掻(かい)つまんで謂えば、自分はいまだ一面識も無いから、門生の主税から紹介をして貰いたいと言うのである。
南無三、橋は渡った、いつの間にか、お妙は試験済の合格になった。
今は表向に縁談を申込むばかりにしたらしい。それに、自分に紹介を求めるのは、英吉に反対した廉(かど)もあり、主税は面当(つらあて)をされるように擽(くすぐっ)たく思ったばかりか、少からず敵の機敏に、不意打を食ったのである。
いや、お断り申しましょう、英吉君に難癖のある訳ではないが、河野家の理想と言うものが根も葉も挙げて気に入らない。余所(よそ)で紹介をお求めなさるなり、また酒井先生は紹介の有り無しで、客の分隔(わけへだて)をするような人ではないから――直接(じか)にお話しなすって、御縁があれば纏(まとま)る分。心に潔しとしない事に、名刺一枚御荷担は申兼ぬる、と若武者だけに逸(はや)ってかかると、その分は百も合点(がってん)で、戦場往来の古兵(ふるつわもの)。
取りあえず、スースーと歯をすすって、ニヤニヤと笑いかけて、何か令嬢お身の上に就いて、下聴(したぎき)をするのが、御賛成なかったとか申すことでごわりましたな。御説に因れば、好いた女なら娼妓(じょろう)でも(と少しおまけをして、)構わん、死なば諸共にと云う。いや、人生意気を重んず、(ト歯をすすって)で、ごわりまするが、世間もあり親もあり……
とこれから道学者の面目を発揮して、河野のためにその理想の、道義上完美にして非難すべき点の無いのを説くこと数千言。約半日にして一先ず日暮前に立帰った。ざっと半日居たけれども、飯時を避けるなぞは、さすがに馴れたものである。
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