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婦系図(おんなけいず)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:14:54  点击:  切换到繁體中文




     日 蝕

       五十一

 日盛りの田畝道(たんぼみち)には、草の影も無く、人も見えぬ。村々では、朝から蔀(しとみ)を下ろして、羽目を塞いだのさえ少くない。田舎は律義で、日蝕は日の煩いとて、その影には毒あり、光には魔あり、熱には病(やまい)ありと言伝える。さらぬだにその年は九分九厘、ほとんど皆既蝕と云うのであった。
 早朝(あさまだき)日の出の色の、どんよりとしていたのが、そのまま冴えもせず、曇りもせず。鶏卵(たまご)色に濁りを帯びて、果し無き蒼空(あおぞら)にただ一つ。別に他に輝ける日輪があって、あたかもその雛形(ひながた)のごとく、灰色の野山の天に、寂寞として見えた――
 風は終日(ひねもす)無かった。蒸々(むしむし)と悪気の籠った暑さは、そこらの田舎屋を圧するようで、空気は大磐石に化したるごとく、嬰児(みどりご)の泣音(なくね)も沈み、鶏の羽(は)さえ羽叩くに懶(ものう)げで、庇間(ひあわい)にかけた階子(はしご)に留まって、熟(じっ)と中空を仰ぐのさえ物ありそうな。透間に射(さ)し入る日の光は、風に動かぬ粉にも似て、人々の袖に灰を置くよう、身動(みじろぎ)にも払われず、物蔭にも消えず、細(こまや)かに濃く引包(ひッつつ)まれたかの思(おもい)がして、手足も顔も同じ色の、蝋にも石にも固(かたま)るか、とばかり次第に息苦しい。
 白昼凝って、尽(ことごと)く太陽の黄なるを包む、混沌(こんとん)たる雲の凝固(かたまり)とならんず光景(ありさま)。万有あわや死せんとす、と忌わしき使者(つかい)の早打、しっきりなく走るは鴉(からす)で。黒き礫(つぶて)のごとく、灰色の天狗(てんぐ)のごとく乱れ飛ぶ、とこれに驚かされたようになって、大波を打つのは海よ。その、山の根を畝(うね)り、岩に躍り、渚(なぎさ)に飜(かえ)って、沖を高く中空に動けるは、我ここに天地の間に充満(みちみち)たり、何物の怪しき影ぞ、円(まどか)なる太陽(ひ)の光を蔽(おお)うやとて、大紅玉の悩める面(おもて)を、拭(ぬぐ)い洗わんと、苛立ち、悶(もだ)え、憤れる状(さま)があったが、日の午に近き頃(ころおい)には、まさにその力尽き、骨萎(な)えて、また如何(いかん)ともするあたわざる風情して、この流動せる大偉人は、波を伏せ※(しぶ)きを収めて、なよなよと拡げた蒼き綿のようになって、興津、江尻、清水をかけて、三保の岬、田子の浦、久能の浜に、音をも立てず倒れたのである。
 一分(ぶ)たちまち欠け始めた、日の二時頃、何の落人(おちゅうど)か慌(あわただ)しき車の音。一町ばかりを絶えず続いて、轟々(ごろごろ)と田舎道を、清水港の方から久能山の方(かた)へ走らして通る、数八台。真前(まっさき)の車が河野大夫人富子で、次のが島山夫人菅子、続いたのが福井県参事官の新夫人辰子、これが三番目の妹で、その次に高島田に結ったのが、この夏さる工学士とまた縁談のある四番の操子(みさこ)で、五ツ目の車が絹子と云う、三五の妙齢。六台目にお妙が居た。
 一所に東京へと云うのを……仔細(しさい)あって……早瀬が留めて、清水港の海水浴に誘ったのである。
 お妙の次を道子が乗った。ドン尻に、め[#「め」に傍点]組の惣助、婦(おんな)ばかりの一群(ひとむれ)には花籠に熊蜂めくが、此奴(こいつ)大切なお嬢の傍(かたえ)を、決して離れる事ではない。
 これは蓋(けだ)し一門の大統領、従五位勲三等河野英臣の発議に因て、景色の見物をかねて、久能山の頂で日蝕の観測をしようとする催(もよおし)で。この人達には花見にも月見にも変りはないが、驚いて差覗いた百姓だちの目には、天宮に蝕の変あって、天人たちが遁(に)げるのだと思ったろう。
 共に清水港の別荘に居る、各々(めいめい)の夫は、別に船をしつらえて、三保まわりに久能の浜へ漕(こ)ぎ寄せて、いずれもその愛人の帰途(かえり)を迎えて、夜釣をしながら海上を戻る計画。
 小児(こども)たち、幼稚(おさな)いのは、傅(もり)、乳母など、一群(ひとむれ)に、今日は別荘に残った次第。すでに前にも言ったように、この発議は英臣で、真前(まっさき)に手を拍(う)って賛成したのは菅子で、余は異論なく喜んで同意したが、島山夫人は就中(なかんずく)得意であった。
 と云うのは、去年汽車の中で、主税が伊太利人に聞いたと云うのを、夫人から話し伝えて、まだ何等の風説の無い時、東京の新聞へ、この日の現象を細かに論じて載せたのは理学士であったから。その名たちまち天下に伝えて、静岡では今度の日蝕を、(島山蝕)――とさえ称(とな)えたのである。

       五十二

 田を行(ゆ)く時、白鷺が驚いて立った。村を出る時、小店の庭の松葉牡丹(まつばぼたん)に、ちらちら一行の影がさした。聯(つらな)る車は、薄日なれば母衣(ほろ)を払って、手に手にさしかざしたいろいろの日傘に、あたかも五彩の絹を中空に吹き靡(なび)かしたごとく、死したる風も颯(さっ)と涼しく、美女(たおやめ)たちの面(おもて)を払って、久能の麓(ふもと)へ乗附けたが、途中では人一人、行脚の僧にも逢わなかったのである。
 蝕あり、変あり、兵あり、乱(みだれ)ある、魔に囲まれた今日の、日の城の黒雲を穿(うが)った抜穴の岩に、足がかりを刻んだ様な、久能の石段の下へ着くと、茶店は皆ひしひしと真夜中のごとく戸を鎖(とざ)して、蜻蛉(とんぼう)も飛ばず。白茶けた路ばかり、あかあかと月影を見るように、寂然(ひっそり)としているのを見て、大夫人が、
「野蛮だね。」
 と嘲笑(あざわら)って、車夫に指揮(さしず)して、一軒店を開けさして、少時(しばらく)休んで、支度が出来ると、帰りは船だから車は不残(のこらず)帰す事にして、さて大(おおい)なる花束の糸を解いて、縦に石段に投げかけた七人の裾袂、ひらひらと扇子を使うのが、さながら蝶のひらめくに似て、め[#「め」に傍点]組を後押えで、あの、石段にかかった。
 が、河野の一族、頂へ上ったら、思いがけない人を見よう。
 これより前(さき)、相貌堂々として、何等か銅像の揺(ゆる)ぐがごとく、頤(おとがい)に髯(ひげ)長き一個の紳士の、握(にぎり)に銀(しろがね)の色の燦爛(さんらん)たる、太く逞(たくまし)き杖(ステッキ)を支(つ)いて、ナポレオン帽子の庇(ひさし)深く、額に暗き皺(しわ)を刻み、満面に燃(もゆ)るがごとき怒気を含んで、頂の方を仰ぎながら、靴音を沈めて、石段を攀(よ)じて、松の梢(こずえ)に隠れたのがあった。
 これなん、ここに正に、大夫人がなせるごとく、海を行く船の竜頭に在るべき、河野の統領英臣であったのである。
 英臣が、この石段を、もう一階で、東照宮の本殿になろうとする、一場の見霽(みはらし)に上り着いて、海面(うなづら)が、高くその骨組の丈夫な双の肩に懸(かか)った時、音に聞えた勘助井戸を左に、右に千仞(せんじん)の絶壁の、豆腐を削ったような谷に望んで、幹には浦の苫屋(とまや)を透(すか)し、枝には白き渚(なぎさ)を掛け、緑に細波(さざなみ)の葉を揃えた、物見の松をそれぞと見るや――松の許(もと)なる据置の腰掛に、長くなって、肱枕(ひじまくら)して、面(おもて)を半ば中折の帽子で隠して、羽織を畳んで、懐中(ふところ)に入れて、枕した頭(つむり)の傍(わき)に、薬瓶かと思う、小さな包を置いて、悠々と休んでいた一個(ひとり)の青年を見た。
 と立向って、英臣が杖(ステッキ)を前につき出した時、日を遮った帽子を払って、柔かに起直って、待構え顔に屹(き)と見迎えた。その青年を誰とかなす――病後の色白きが、清く瘠(や)せて、鶴のごとき早瀬主税。
 英臣は庇下(ひさしさが)りに、じろりと視(なが)めて、
疾(はや)かった、のう」と鷹揚(おうよう)に一ツ頤(あご)でしゃくる。
「御苦労様です。」
 と、主税は仰ぐようにして云った。
「いや、ここで話しょうと云うたのは私(わし)じゃで、君の方が病後大儀じゃったろう。しかし、こんな事を、好んで持上げたのはそちらじゃて、五分々々か、のう、はははは、」
 と髯の中に、唇が薄く動いて、せせら笑う。
 早瀬は軽く微笑(ほほえ)みながら、
「まあ、お掛けなさいまし。」
 と腰掛けた傍(かたわら)を指で弾(はじ)いた。
「や、ここで可(え)え。話は直(じ)き分る。」と英臣は杖(ステッキ)を脇挟んで、葉巻を銜(くわ)えた。
「早解りは結構です、そこで先日のお返事は?」
「どうかせい、と云うんじゃった、のう。もう一度云うて見い。」
「申しましょうかね。」
「うむ、」
 と吸いつけた唾(つば)を吐く。
「ここで極(きめ)て下さいましょうか。過日(このあいだ)、病院で掛合いました時のように、久能山で返事しようじゃ困りますよ。ここは久能山なんですから。またと云っちゃ竜爪山(りゅうそうざん)へでも行かなきゃならない。そうすりゃ、まるで天狗が寄合いをつけるようです。」
「余計な事を言わんで、簡単に申せ。」
 と今の諧謔(かいぎゃく)にやや怒気を含んで、
私(わし)が対手(あいて)じゃ、立処(たちどころ)に解決してやる!」
「第一!」
 と言った……主税の声は朗(ほがらか)であった。
貴下(あなた)の奥さんを離縁なさい。」

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