您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 泉 鏡花 >> 正文

縁結び(えんむすび)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:10:14  点击:  切换到繁體中文



     六

「その時は、艶々つやつやした丸髷まげに、浅葱絞あさぎしぼりの手柄てがらをかけていなすった。ト私がのぞいた時、くるりと向うむきになって、格子戸へ顔をつけて、両袖でその白い顔を包んで、消えそうな後姿で、ふるえながらきなすったっけ。
 桑の実の小母おばさんとこへ、ねえ[#「姉」の正字、「女+※(第3水準1-85-57)のつくり」、302-8]さんを連れて行ってお上げ、ぼうやは知ってるね、と云って、阿母おふくろは横抱に、しっかり私を胸へ抱いて、
 こんな、お腹をして、可哀相かわいそうに……と云うと、熱いたまが、はらはらと私のくびへ落ちた。」
 と見ると手巾ハンケチさき引啣ひきくわえて、おきみの肩はぶるぶると動いた。白歯しらはの色も涙のつゆ、音するばかりおののいて。
 ことばを折られて、謙造は溜息ためいきした。
「あなた、もし、」
 と涙声で、つと、こしかして寄って、火鉢にかけた指の尖が、真白にふるえながら、
「その百人一首も焼けてなくなったんでございますか。わたしは、お墓もどこだか存じません。」
 と引出して目に当てた襦袢じゅばんの袖の燃ゆる色も、くれない寒き血に見える。
 謙造は太息といきついて、
「ああ、そうですか、じゃあ里にられなすったおなんですね。音信不通いんしんふつうという風説だったが、そうですか。――いや、」
 とことばを改めて、
「二十年前の事が、今目の前に見えるようだ。お察し申します。
 私も、その頃阿母おふくろに別れました。今じゃ父親おやじらんのですが、しかしまあ、墓所はかしょを知っているだけでも、あなたよりましかも知れん。
 そうですか。」
 また歎息して、
「お墓所もご存じない。」
「はい、何にも知りません。あなたは、よく私の両親の事をご存じでいらっしゃいます、せめて、その、その百人一首でも見とうござんすのにね。……」
 とことばも乱れて、
おはかの所をご存じではござんすまいか。」
「……困ったねえ。門徒宗もんとしゅうでおあんなすったっけが、トばかりじゃ……」
 と云いよどむと、たまりかねたか、蒲団ふとんの上へ、はっと突俯つッぷして泣くのであった。
 謙造は目をねむって腕組したが、おお、と小さくひざたたいて、
「余りの事のお気の毒さ。肝心かんじんの事を忘れました。あなた、あなた、」
 と二声ふたこえに、引起された涙の顔。
「こっちへ来てご覧なさい。」
 謙造は座を譲って、
「こっちへ来て、ここへ、」
 と指さされた窓のもとへ、お君は、夢中むちゅうのように、つかつか出て、硝子窓の敷居しきいすがる。
 謙造はひしと背後うしろ附添つきそい、
松葉越まつばごしに見えましょう。あの山は、それ茸狩たけがりだ、彼岸ひがんだ、二十六夜待やまちだ、月見だ、と云って土地の人が遊山ゆさんに行く。あなたも朝夕見ていましょう。あすこにね、私の親たちの墓があるんだが、そのまわりの回向堂えこうどうに、あなたの阿母おっかさんの記念かたみがある。」
「ええ。」
たしかにあります、一昨日おとといも私が行って見て来たんだ。そこへこれからおともをしよう、連れて行って上げましょう、すぐに、」
 と云っていさんだ声で、
「お身体からだ都合つごうは、」
 その花やかな、さみしい姿をふと見つけた。
「しかし、それはどうとも都合つごうが出来よう。」
「まあ、ほんとうでございますか。」
 といそいそもすそなびかしながら、なおその窓を見入ったまま、敷居の手を離さなかったが、謙造が、てた衣服きものにハヤ手をかけた時であった。
「あれえ」と云うと畳にばったり、膝を乱して真蒼まっさおになった。
 窓を切った松の樹の横枝へ、お君の顔と正面に、山を背負しょって、むずとつかまった、大きな鳥のつばさがあった。たぬきのごときまなこの光、灰色の胸毛の逆立さかだったのさえ数えられる。
ふくろうだ。」
 とからからと笑って、帯をぐるぐると巻きながら、
「山へ行くのに、そんなものに驚いちゃいかんよ。そうきまったら、急がないとまた客が来る。あなた支度したくをして。山の下まで車だ。」と口でも云えば、手も叩く、謙造のいそがしさ。その足許あしもとにも鳥が立とう。

     七

「さっきの、さっきの、」
 と微笑ほほえみながら、謙造は四辺あたり※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みまわし、
「さっきのが……声だよ。お前さん、そうこわがっちゃいかん。一生懸命いっしょうけんめいのところじゃないか。」
「あの、梟が鳴くんですかねえ。私はまた何でしょうと吃驚びっくりしましたわ。」
 と、寄添よりそいながら、お君も莞爾にっこり
 二人はふもとから坂を一ツ、曲ってもう一ツ、それからここの天神の宮を、こずえあおぐ、石段を三段、次第に上って来て、これから隧道トンネルのように薄暗い、山の狭間はざまの森の中なる、額堂がくどうを抜けて、見晴しへ出て、もう一坂越して、草原を通ると頂上の広場になる。かしこの回向堂を志して、ここまで来ると、あんなに日当りで、車は母衣ほろさえおろすほどだったのが、梅雨期つゆどきのならい、石段の下の、太鼓橋たいこばしかかった、かわいた池の、葉ばかりの菖蒲あやめがざっと鳴ると、上の森へ、雲がかかったと見るや、こらえずさっと降出したのに、ざっと一濡ひとぬれ。石段をけてのぼって、境内けいだいにちらほらとある、青梅あおうめの中を、もすそはらはらでお君がくぐって。
 さてこの額堂へ入って、一息ついたのである。
「暮れるにはがあるだろうが、暗くなったもんだから、ここを一番とおどすんだ。悪い梟さ。この森にゃ昔からたくさん居る。い月夜なんぞに来ると、身体からだあおい後光がさすように薄ぼんやりしたなりで、樹の間にむらむら居る。
 それをまた、腕白わんぱくの強がりが、よく賭博かけなんぞして、わざとここまで来たもんだからね。梟は仔細しさいないが、弱るのはこの額堂にゃ、ふるくから評判の、おに、」
「ええ、」
 とまた擦寄すりよった。謙造は昔懐むかしなつかしさと、お伽話とぎばなしでもする気とで、うっかり言ったが、なるほどこれは、と心着いて、急いで言い続けて、
「鬼の額だよ、額があがっているんだよ。」
「どこにでございます。」
 となんにか押向おしむけられたように顔を向ける。
「何、何でもない、ただ絵なんだけれど、小児こどもの時は恐かったよ、見ない方がよかろう。はははは、そうか、見ないとなおおそろしい、気が済まない、とあとへ残るか、それその額さ。」
 とゆびさしたのは、蜘蛛くもの間にかかって、一面うるしを塗ったように古い額の、胡粉ごふんが白くくっきりと残った、目隈めぐまの蒼ずんだ中に、一双虎いっそうとらのごときまなこの光、なかだか爛々らんらんたる、一体の般若はんにゃかずきの外へ躍出おどりいでて、虚空こくうへさっと撞木しゅもくかじうずまいた風に乗って、はかまくるいが火焔ほのおのようにひるがえったのを、よくも見ないで、
「ああ。」と云うと、ひしと謙造の胸につけた、遠慮えんりょの眉はあわいをおいたが、前髪は衣紋えもんについて、えりの雪がほんのりかおると、袖に縋った手にばかり、言い知らず力がこもった。
 謙造は、その時はまださまでにも思わずに、
母様おっかさん記念かたみを見に行くんじゃないか、そんなに弱くっては仕方がない。」
 と半ばはげます気で云った。
「いいえ、母様おっかさんきていて下されば、なおこんな時はあまえますわ。」
 と取縋とりすがっているだけに、思い切って、おさないものいい。
 何となく身に染みて、
「私がるから恐くはないよ。」
「ですから、こうやって、こうやって居れば恐くはないのでございます。」
 思わずせなに手をかけながら、謙造は仰いで額を見た。
 雨の滴々したたりしとしとと屋根を打って、森の暗さがひさしを通し、みどりが黒く染込しみこむ絵の、鬼女きじょが投げたるかずきにかけ、わずかに烏帽子えぼしかしらはらって、太刀たちに手をかけ、腹巻したるたいななめに、ハタとにらんだ勇士のおもて
 と顔を合わせて、フトそのかいなを解いた時。
 小松にさわる雨の音、ざらざらと騒がしく、番傘ばんがさを低くかざし、高下駄たかげたに、濡地ぬれつちをしゃきしゃきとんで、からずね二本、痩せたのを裾端折すそはしょりで、大股おおまた歩行あるいて来て額堂へ、いただきの方の入口から、のさりと入ったものがある。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告