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縁結び(えんむすび)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:10:14  点击:  切换到繁體中文



     三

「その事で。ああ、なるほど言いましたよ。」
 と火鉢のふちに軽くひじたせて、謙造は微笑ほほえみながら、
「本来なら、こりゃお前さんがたが、客へお世辞せじに云う事だったね。誰かにていらっしゃるなぞと思わせぶりを……ちと反対あちこちだったね。言いました。ああ、肖ている、肖ているッて。
 そうです、たしかにそう云った事を覚えているよ。」
 お君はけと云って差出された座蒲団ざぶとんより膝薄ひざうすう、そのかたわらへ片手をついたなりでいたのである。が、薄化粧うすげしょうに、口紅くちべにく、目のぱっちりした顔を上げて、
「よその方が、誰かに肖ているとお尋ねなさいましたから、あなたがどうお返事を遊ばすかと存じまして、私はきまりが悪うございましたけれども、そっと気をつけましたんですが、こういう処で話をする事ではない。まあまあ、とおっしゃって、それ切りになりましたのでございます。」
 謙造は親しげに打頷うちうなずき、
「そうそうそう云いました。それが耳に入って気になったかね、そうかい。」
「いいえ、」とまた俯向いて、清らかな手巾ハンケチを、袂の中で引靡ひきなびけて、
「気にいたしますの、なんのって、そういうわけではございません。あの……うかがいました上で、それにつきまして少々おたずねしたいと存じまして。」と俯目ふしめになった、睫毛まつげが濃い。
「聞きましょうとも。その肖たという事の次第わけを話すがね、まあ、もっとお寄んなさい。大分だいぶまぶしそうだ。どうも、まともに日が射すからね。さあ、遠慮をしないで、お敷きなさい。こうして尋ねて来なすった時はお客様じゃないか。威張いばって、威張って。」
「いいえ、どういたしまして、それでは……」
 しかしまばゆかったろう、下掻したがいを引いてをずらした、かべ中央なかばに柱がもと、肩にびた日をけて、朝顔はらりと咲きかわりぬ。
「実はもうちっとがあると、お前さんが望みとあれば、今夜にもまた昨夜ゆうべの家へ出向いて行って、陽気に一つ話をするんだがね、もう東京へ発程たつんだからそうしてはいられない。」
「はい、あの、私もそれを承りましたので、お帰りになりませんさきと存じまして、お宿へ、とんだお邪魔じゃまをいたしましてございますの。」
「宿へおいでは構わんが、こんな処で話してはちと真面目になるから、事が面倒になりはしないかと思うんだが。
 そうかと云って昨夜ゆうべのような、杯盤狼藉はいばんろうぜきという場所も困るんだよ。
 実は墓参詣はかまいりの事だから、」
 と云いかけて、だんだん火鉢を手許てもとへ引いたのに心着いて、一膝下って向うへして、
「お前さん、煙草たばこは?」
 だまって莞爾にっこりする。
むだろう。」
生意気なまいきでございますわ。」
「遠慮なしにおあがり、お喫り。上げようか、巻いたんでよけりゃ。」
「いいえ、持っておりますよ。」
 と帯の処へ手を当てる。
「そこでと、湯もいてるから、茶を飲みたければ飲むと……羊羹ようかんがある。一本五銭ぐらいなんだが、よければおつまみと……今に何ぞご馳走ちそうしようが、まあ、おたずねの件を済ましてからの事にしよう、それがいい。」
 ひとりで云って、独りでめて、
「さて、その事だが、」
「はあ、」
 とまた片手をついた。胸へ気がこもったか、乳のあたりがふっくりとなる。
「余り気を入れると他愛たわいがないよ。ちっとこうあらたまっては取留めのない事なんだから。いいかい、」
 ともの優しく念を入れて、
「私は小児こどもの時だったから、つばきをつけて、こう引返すと、台なしによごすと云っていやがったっけ。死んだ阿母おふくろが大事にしていた、絵も、歌の文字も、つい歌留多かるたが別にあってね、極彩色ごくさいしきの口絵の八九枚入った、綺麗きれいな本の小倉百人一首おぐらひゃくにんいっしゅというのが一冊あった。
 その中のね、女用文章の処を開けると……」と畳の上で、謙造は何にもないのを折返した。

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