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歌行灯(うたあんどん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:06:21  点击:  切换到繁體中文



       十六

 お三重は、そして、あらためて二箇ふたりの老人に手をいた。
「芸者でお呼び遊ばした、と思いますと……お役に立たず、きまりが悪うございまして、お銚子ちょうしを持ちますにも手が震えてなりません。下婢おさんをおそばへお置き遊ばしたとお思いなさいまして、お休みになりますまでお使いなすって下さいまし。お背中をたたきましょう、な、どうぞな、お肩をまして下さいまし。それなら一生懸命にきっと精を出します。」
 と惜気おしげもなく、前髪を畳につくまで平伏ひれふした。三指づきの折かがみが、こんな中でも、打上る。
 本を開いて、道中の絵をじろじろと黙って見ていた捻平が、重くるしい口を開けて、
「子孫末代よい意見じゃ、旅で芸者を呼ぶなぞは、のう、お互に以後謹もう……」と火箸に手を置く。
 所在なさそうに半眼で、正面まとも臨風榜可小楼りんぷうぼうかしょうろうを仰ぎながら、程を忘れた巻莨まきたばこ、この時、口許へ火を吸って、慌てて灰へほうって、弥次郎兵衛は一つせた。
「ええ、いや、女中、……追って祝儀はする。ここでと思うが、そのが気がつまろうから、どこか小座敷へ休ましてみんなで饂飩でも食べてくれ。私がおごる。で、何か面白い話をして遊ばして、やがてい時分に帰すが可い。」と冷くなった猪口ちょこを取って、寂しそうにと飲んだ。
 女中は、これよりさき、いて突立つッたったその三味線を、次のの暗い方へそっ押遣おしやって、がっくりと筋がえた風に、折重なるまで摺寄すりよりながら、黙然だんまりで、ともしびの影に水のごとく打揺うちゆらぐ、お三重の背中をさすっていた。
「島屋の亭が、そんなひどい事をしおるかえ。可いわ、内の御隠居にそう言うて、沙汰をして上げよう。心安う思うておいで、ほんにまあ、よう和女あんた、顔へきずもつけんの。」
 と、かよわいかいな撫下なでおろす。
「ああ、それも売物じゃいうだけの斟酌しんしゃくに違いないな。……お客様に礼言いや。さ、そして、何かを話しがてら、御隠居の炬燵こたつへおいで。切下髪きりさげがみ頭巾ずきんかぶって、ちょうどな、羊羹ようかん切って、茶を食べてや。
 けども、」
 とお三重の、その清らかな襟許えりもとから、優しい鬢毛びんのけ差覗さしのぞくように、右瞻左瞻とみこうみて、
和女あんた、因果やな、ほんとに、三味線は弾けぬかい。ペンともシャンとも。」
 で、わざと慰めるように吻々ほほと笑った。
 人のなさけに溶けたと見える……氷る涙の玉を散らして、はっと泣いた声の下で、
「はい、願掛けをしましても、塩断ちまでしましたけれど、どうしても分りません、調子が一つ出来ません。性来うまれつきでござんしょう。」
 師走の闇夜やみよ白梅しらうめの、おもてろうに照らされる。
「踊もかい。」
「は……い、」
「泣くな、弱虫、さあ一つ飲まんか! 元気をつけて。向後どこへか呼ばれた時は、おびえるなよ。気の持ちようでどうにもなる。ジャカジャカと引鳴らせ、糸瓜へちまの皮で掻廻すだ。こと胡弓こきゅうも用はない。銅鑼鐃※(「金+祓のつくり」、第3水準1-93-6)どらにょうはちを叩けさ。しょうの笛をピイと遣れ、上手下手は誰にも分らぬ。それなら芸なしとは言われまい。踊が出来ずば体操だ。一、」
 と左右へ、羽織の紐のれるばかり大手を拡げ、寛濶かんかつな胸を反らすと、
「二よ。」と、庄屋殿が鉄砲二つ、ぬいと前へ突出いて、励ますごとく呵々からからと弥次郎兵衛、
「これ、その位な事は出来よう。いや、それも度胸だな。見た処、そのように気が弱くては、いかな事もやっつけられまい、可哀相に。」と声がかすれる。
「あの……私が、自分から、言います事は出来ません、おはずかしいのでございますが、舞の真似まねが少しばかり立てますの、それもただ一ツだけ。」
 と云う顔を俯向うつむいて、恥かしそうにまた手をく。
「舞えるかえ、舞えるのかえ。」
 と女中は嬉しそうな声をして、
「おお、踊や言うで明かんのじゃ。舞えるのなら立っておくれ。このお座敷、遠慮はらん。待ちなはれ、地が要ろう。これ喜野、あすこの広間へ行ってな、内の千がそう言うたて、誰でも弾けるのを借りて来やよ。」
 とぽんとしていた小女の喜野が立とうとする、と、名告なのったお千が、打傾いて、優しく口許をちょいと曲げて傾いて、
「待って、待って、」

       十七

「いつもと違う。……一度軍隊へ行きなさると、日曜でのうては出られぬ、……お国のためやで、れぬ苦労もしなさんす。新兵さんの送別会や。女衆が大勢居ても、一人抜けてもお座敷が寂しくなるもの。
 可いわ、旅の恥は掻棄てを反対あべこべなが、一泊りのお客さんの前、私が三味線を掻廻そう。お三重さん、立つのは何? 有るものか、無いものか言うも行過ぎた……有るものとて無いけれど、どうにか間に合わせたいものではある。」
「あら、姉さん。」
 と、三味線取りに立とうとした、お千の膝を、袖でおさえて、ちとはなじろんだ、お三重の愛嬌あいきょう
「糸に合うなら踊ります。あのな、私のはな、お能の舞の真似なんです。」と、言いも果てず、お千の膝に顔を隠して、小父者おじごと捻平に背向そがいになった初々しさ。包ましやかな姿ながら、身をむ姿の着崩れして、袖を離れて畳に長い、襦袢の袖はなまめかしい。
「何、その舞を舞うのかい。」と弥次郎兵衛は一言云う。
 捻平膝の本をばったり伏せて、
「さて、飲もう。手酌でよし。ここで舞なぞは願い下げじゃ。せめてお題目の太鼓にさっしゃい。ふあはははは、」となぜか皺枯しわがれた高笑い、この時ばかり天井にどっと響いた。
「捻平さん、捻さん。」
「おお。」
 と不性ぶしょうげにやっとこたえる。
「何も道中の話の種じゃ、ちょっと見物をしようと思うね。」
「まず、ご免じゃ。」
「さらば、其許そのもとは目をねむるだ。」
「ええ、縁起の悪い事を言わさる。……明日にも江戸へ帰って、可愛い孫娘の顔を見るまでは、死んでもなかなか目はねむらぬ。」
「さてさてねじるわ、ソレそこが捻平さね。勝手になされ。さあ、あの立ったり、この爺様じいさまに遠慮は入らぬぞ。それ、何にも芸がないと云うて肩腰をさすろうと卑下をする。どんな真似でも一つ遣れば、立派な芸者の面目めんぼくが立つ。祝儀取るにも心持がかろうから、是非見たい。が、しかし心のままにしなよ、決してつとめを強いるじゃないぞ。」
「あんなに仰有おっしゃって下さるもの。さあ、どんな事するのや知らんが、まずうても大事ない、大事ない、それ、支度は入らぬかい。」
「あい、」
 とわずかに身を起すと、紫の襟をむように――ふっくりしたのが、あわれにやつれた――おとがい深く、恥かしそうに、内懐うちぶところのぞいたが、膚身はだみに着けたと思わるる、……胸やや白き衣紋えもんを透かして、濃い紫の細い包、袱紗ふくさ縮緬ちりめん飜然ひらりかえると、燭台に照って、さっと輝く、銀の地の、ああ、白魚しらうおの指に重そうな、一本の舞扇。
 晃然きらりとあるのを押頂くよう、前髪を掛けて、扇をその、玉簪ぎょくさんのごとく額に当てたを、そのまま折目高にきりきりと、月の出汐でしおの波の影、しずか照々てらてらと開くとともに、顔を隠して、反らした指のみ、両方親骨にちらりと白い。
 また川口の汐加減しおかげん、隣の広間の人動揺ひとどよめきが颯と退く。
 と見れば皎然こうぜんたる銀の地に、黄金の雲を散らして、紺青こんじょうの月、ただ一輪を描いたる、扇の影に声澄みて、

「――その時あま人申様もうすよう、もしこのたまを取得たらば、この御子みこを世継の御位みくらいになしたまえともうししかば、子細しさいあらじと領承したもう、さて我子ゆえに捨ん命、露ほどもおしからじと、千尋ちひろのなわを腰につけ、もしこの玉をとり得たらば、このなわを動かすべし、その時人々ちからをそえ――」

 と調子がしまって、
「……ひきあげたまえと約束し、ひとつの利剣を抜持って、」
 と扇をきりりと袖を直す、と手練てだれぞ見ゆる、おのずから、衣紋の位に年けて、瞳を定めたそのかんばせ硝子がらす戸越に月さして、霜の川浪照添てりそおもかげ。膝立据たてすえた畳にも、燭台しょくだいの花颯と流るる。
「ああ、待てい。」
 と捻平、力のこもった声を掛けた。

       十八

 で、火鉢をずっとそばへ引いて、
「女中、もちっとこれへ火をおくれ。いや、立つに及ばん。その、鉄瓶をはずせばし。」と捻平がいいつける。
 この場合なり、何となく、お千も起居たちい身体からだしまった。
 しずかに炭火を移させながら、捻平は膝をずらすと、革鞄かばんなどは次のへ……それだけ床の間に差置いた……車の上でもうなじに掛けた風呂敷包を、重いもののように両手でやわらかに取って、膝の上へ据えながら、お千の顔をけて、火鉢の上へ片手を裏表かざしつつ、
「ああ、これ、お三重さんとか言うの、そのお、手を上げられい。さ、手を上げて、」
 と言う。……お三重は利剣で立とうとしたのを、あわただしく捻平に留められたので、この時まで、差開いたその舞扇が、唇の花に霞むまで、俯向うつむいた顔をひたと額につけて、片手を畳にいていた。こう捻平に声懸けられて、わずかに顔を振上げながら、きりきりと一まず閉じると、その扇を畳むに連れて、今まで、かっと瞳を張って見据えていたまなこを、次第にふさいだ弥次郎兵衛は、ものも言わず、火鉢のふちに、ぶるぶると震う指を、と支えたなりの、巻莨まきたばこから、音もしないで、ほろほろと灰がこぼれる。
 捻平座蒲団さぶとん一膝ひとひざ出て、
「いや、あらためて、とくと、見せてもらおうじゃが、まずこっちへ寄らしゃれ。ええ、今のうたいの、気組みと、そのかた。教えも教えた、さて、習いも習うたの。
 こうまでこれを教うるものは、四国のはてにもほかにはあるまい。あらかた人は分ったが、それとなく音信たよりも聞きたい。の、其許そこも黙って聞かっしゃい。」
 と弥次がかたに、捻平目遣めづかいを一つして、
「まず、どうして、誰から、御身おみは習うたの。」
「はい、」
 と弱々と返事した。お三重はもう、他愛たわいなく娘になって、ほろりとして、
「あの、前刻さっきも申しましたように、不器用も通越した、調子はずれ、その上覚えが悪うござんして、長唄の宵や待ちの三味線さみせんのテンもツンも分りません。この間までりました、山田の新町の姉さんが、朝と昼と、手隙てすきな時は晩方も、日に三度ずつも、あのんで含めて、胸を割って刻込むように教えて下すったんでございますけれど、自分でも悲しい。……暁の、とだけ十日かかって、やっと真似だけ弾けますと、夢になってもう手が違い、心では思いながら、三の手が一へすべって、とぼけたようながします。
 ばち咽喉のどを引裂かれ、煙管きせるで胸を打たれたのも、糸を切った数より多い。
 それも何も、邪険でするのではないのです。……私が、な、まだその前に、鳥羽とばくるわに居ました時、……」
「ああ、お前さんは、鳥羽のものかい、志摩だな。」
 と弥次郎兵衛がフト聞入れた。
「いえ、私はな、やっぱりお伊勢なんですけれど、おとっさんがくなりましてから、継母ままははに売られて行きましたの。はじめに聞いた奉公とは嘘のように違います。――お客の言うことを聞かぬ言うて、おかで悪くば海で稼げって、がけの下の船着ふなつきから、夜になると、男衆につかまえられて、小船に積まれて海へ出て、月があっても、島の蔭の暗い処を、危いなあ、ひやひやする、木の葉のように浮いて歩行あるいて、しんとした海の上で……悲しい唄を唄います。そしてお客の取れぬ時は、船頭衆の胸に響いて、女が恋しゅうなる禁厭まじないじゃ、お茶挽ちゃひいた罰、と云って、船から海へ、びしゃびしゃと追下ろして、しおの干たいわへ上げて、巌の裂目へ俯向うつむけに口をつけさして、(こいし、こいし。)と呼ばせます。若い衆はへさきに待ってて、声が切れると、栄螺さざえの殻をぴしぴしと打着ぶッつけますの。汐風が濡れて吹く、夏の夜でも寒いもの。……私のそれは、師走から、寒のうちで、八百八島やしまあると言う、どの島も皆白い。霜風が凍りついた、巌の角は針のような、あの、その上で、(こいし、こいし。)って、唇の、しびれるばかり泣いている。咽喉のどは裂け、舌は凍って、しおを浴びたすそから冷え通って、正体がなくなる処を、貝殻で引掻ひっかかれて、やっと船で正気が付くのは、あかりもない、何の船やら、あの、まあ、鬼のいた棒見るような帆柱の下から、皮のこわおおきな手が出て、引掴ひッつかんで抱込みます。
 空にはあおい星ばかり、海の水は皆黒い。やみの夜の血の池に落ちたようで、ああ、生きているか……千鳥も鳴く、私も泣く。……お恥かしゅうござんす。」
 とかざす扇の利剣に添えて、水のような袖をあて、顔を隠したその風情。人は声なくして、ただ、ちりちりと、蝋燭ろうそくなんだ白く散る。
 この物語を聞く人々、いかに日和山の頂より、志摩の島々、海のなぎ、霞の池に鶴の舞う、あの、麗朗うららかなる景色を見たるか。

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