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歌行灯(うたあんどん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:06:21  点击:  切换到繁體中文



       十三

「なお聞けば、古市のはずれに、その惣市、小料理屋の店をして、めかけの三人もある、大したいきおいだ、と言うだろう。――何を!……按摩の分際で、宗家の、宗の字、この道の、本山がすさまじい。
 こう、按摩さん、舞台のさし堪忍かにしてくんな。」
 と、そっと痛そうに胸をおさえた。
「後で、よく気がつけば、信州のお百姓は、東京の芝居なんぞ、ほんとのししはないとて威張る。……な、宮重大根が日本一なら、かぶの千枚漬も皇国無双で、早く言えば、この桑名の、焼蛤も三都無類さ。
 その気で居れば可いものを、二十四の前厄なり、若気の一図いちず苛々いらいらして、第一その宗山が気に入らない。(的等。)もぐっとしゃくに障れば、妾三人でかっとした。
 維新以来の世がわりに、……一時ひとしきり私等の稼業がすたれて、夥間なかまが食うに困ったと思え。弓矢取っては一万石、大名株の芸人が、イヤ楊枝ようじを削る、かるめら焼を露店で売る。……蕎麦屋そばやの出前持になるのもあり、現在私がその小父者おじごなどは、田舎の役場に小使いをして、濁り酒のかすに酔って、田圃たんぼあぜに寝たもんです。……
 その妹だね、可いかい、私の阿母おふくろが、振袖の年頃を、困る処へ附込んで、小金こがねを溜めた按摩めが、ちとばかりの貸をかせに、妾にしよう、と追い廻わす。――あぶなく駒下駄を踏返して、駕籠かごでなくっちゃ見なかった隅田川へ落ちようとしたっさ。――その話にでも嫌いな按摩が。
 ええ。
 待て、見えない両眼で、うぬが身の程をあかるく見るよう、療治を一つしてくりょう。
 で、翌日あくるひは謹んで、参拝した。
 その尊さに、その晩ばかりはちっとの酒で宵寝をした、叔父の夜具の裾を叩いて、枕許まくらもとへ水を置き、
(女中、そこいらへ見物に、)
 と言った心は、穴をおさえて、宗山を退治る料簡りょうけん
 と出た、風が荒い。荒いがこの風、五十鈴川いすずがわかぎられて、宇治橋の向うまでは吹くまいが、相の山の長坂を下からどっと吹上げる……これが悪く生温なまぬるくって、あかりの前じゃ砂が黄色い。月は雲の底にどんよりしている。神路山かみじやまの樹はあおくても、二見の波は白かろう。ひどいきおい、ぱっと吹くので、たじたじとなる。帽子が飛ぶから、そのまま、藤屋が店へ投返した……と脊筋へはらんで、坊さんが忍ぶように羽織の袖が飜々ひらひらする。着換えるのも面倒で、昼間のなりで、神詣かみもうでの紋付さ。――袖畳みに懐中ふところ捻込ねじこんで、何の洒落しゃれにか、手拭で頬被りをしたもんです。
 門附になる前兆さ、ざまを見やがれ。」と片手を袖へ、二の腕深く突込つッこんだ。片手でねらうように茶碗をおさえて、
「ね、古市へ行くと、まだ宵だのに寂然ひっそりしている。……軒が、がたぴしと鳴って、軒行燈のきあんどんがばッばッ揺れる。三味線さみせんの音もしたけれど、ふきさらわれて大屋根へ猫の姿でけし飛ぶようさ。何の事はない、今夜のこの寂しい新地へ、風を持って来て、打着ぶッつけたと思えば可い。
 一軒、つちのちとくぼんだ処に、溝板どぶいたから直ぐに竹の欄干てすりになって、毛氈もうせんの端は刎上はねあがり、畳に赤い島が出来て、洋燈ランプは油煙にくすぶったが、真白まっしろに塗った姉さんが一人居る、空気銃、吹矢の店へ、ひょろりとして引掛ひっかかったね。
 取着とッつきに、ひじいて、怪しく正面にまなこの光る、悟った顔の達磨様だるまさまと、女の顔とを、七分三分に狙いながら、
(この辺に宗山ッて按摩は居るかい。)とここで実は様子を聞く気さ。押懸けてこうたってちっとも勝手が知れないから。
(先生様かね、いらっしゃります。)と何と、(的等。)の一人に、先生を、しかも、様づけに呼ぶだろう。
(実は、その人の何を、一つ、聞きたくって来たんだが、誰が行っても頼まれてくれるだろうか。)と尋ねると、大熨斗おおのしを書いた幕の影から、色のあおい、びんの乱れた、せた中年増ちゅうどしまが顔を出して、(知己ちかづきのない、旅の方にはどうか知らぬ、おのぞみなら、内から案内して上げましょうか。)と言う。
 茶代を奮発はずんで、頼むと言った。
(案内して上げなはれ、い旦那や、気を付けて、)と目配めくばせをする、……と雑作はない、その塗ったのが、いきなり、欄干をまたいで出る奴さ。」

       十四

「両袖で口をふさいで、風の中を俯向うつむいてく。……その女の案内で、つい向う路地を入ると、どこも吹附けるから、戸をしたが、怪しげな行燈あんどんあおって見える、ごたごたした両側の長屋の中に、溝板どぶいたの広い、格子戸造りで、この一軒だけ二階屋。
 軒に、御手軽御料理おんりょうりとしたのが、宗山先生の住居すまいだった。
(お客様。)と云う女の送りで、ずッと入る。直ぐそこの長火鉢を取巻いて、三人ばかり、変な女が、立膝やら、横坐りやら、猫板に頬杖やら、料理の方はひまらしい。……上框あがりかまちの正面が、取着とッつきの狭い階子段はしごだんです。
(座敷は二階かい、)と突然いきなり頬被ほおかむりを取って上ろうとすると、風立つのであかりを置かない。真暗まっくらだからちょっと待って、と色めいてざわつき出す。とその拍子に風のなぐれで、奴等の上の釣洋燈つりランプがぱっと消えた。
 そこへ、中仕切なかじきりの障子が、次のあかりにほのめいて、二枚見えた。真中まんなかへ、ぱっと映ったのが、大坊主の額の出た、唇のおおきい影法師。む、宗山め、居るな、と思うと、憎い事には……影法師の、その背中につかまって、坊主をんでるのが華奢きゃしゃらしい島田まげで、この影は、濃く映った。
 火燧マッチ々々、と女どもが云う内に、
(えへん)とせきばらいを太くして、おおきな手で、灰吹を持上げたのが見えて、離れて煙管きせるが映る。――もう一倍、その時図体が拡がったのは、袖を開いたらしい。此奴こいつ寝子ねこ広袖どてらを着ている。
 やっと台洋燈をけて、
(お待遠でした、さあ、)
 って二階へ。吹矢の店から送って来た女はと、中段からちょっと見ると、両膝をずしりと、そこに居た奴の背後うしろへ火鉢を離れて、俯向うつむいて坐った。
(あのいのかな、ほかにもござりますよって。)
 と六畳の表座敷で低声で言うんだ。――ははあ、商売も大略あらまし分った、と思うと、其奴そいつ
(おあつらえは。)
 とおおきな声。
(あっさりしたものでちょっと一口。そこで……)
 実は……御主人の按摩さんの、咽喉のどが一つ聞きたいのだ、と話した。
(咽喉?)……と其奴がね、おつさげすんだ笑い方をしたものです。
(先生様の……でござりますか、早速そう申しましょう。)
 で、地獄の手曳てびきめ、急に衣紋繕えもんづくろいをして下りる。しばらくして上って来た年紀としわかい十六七が、……こりゃどうした、よく言う口だが芥溜はきだめに水仙です、鶴です。帯も襟も唐縮緬とうちりめんじゃあるが、もみじのように美しい。結綿いいわたのふっくりしたのに、浅葱あさぎ鹿の子の絞高しぼだかな手柄を掛けた。やあ、三人あると云う、妾の一人か。おおん神の、お膝許ひざもとで沙汰の限りな! 宗山坊主の背中を揉んでた島田髷の影らしい。惜しや、五十鈴川の星と澄んだその目許も、なまずひれで濁ろう、と可哀あわれに思う。この娘が紫の袱紗ふくさせて、薄茶を持って来たんです。
 いや、御本山の御見識、その咽喉のどを聞きに来たとなると……客にまずはかま穿かせる仕向しむけをするな、真剣勝負面白い。で、こっちもいきおい懐中ふところから羽織を出して着直したんだね。
 やがて、また持出した、さかずきというのが、朱塗に二見ヶ浦を金蒔絵きんまきえした、杯台に構えたのはすごかろう。
(まず一ツ上って、こっちへ。)
 と按摩の方から、この杯の指図をする。その工合が、謹んで聞け、といった、すこぶる権高なものさ。どかりとそこへ構え込んだ。その容子ようすが膝も腹もずんぐりして、胴中どうなかほど咽喉のどが太い。耳のわきから眉間みけんへ掛けて、小蛇のように筋がうねくる。眉が薄く、鼻がひしゃげて、ソレその唇の厚い事、おまけに頬骨がギシと出て、歯をむとガチガチと鳴りそう。左の一眼べとりとい、右が白眼しろまなこで、ぐるりとかえった、しかも一面、念入の黒痘瘡くろあばただ。
 が、争われないのは、不具者かたわ相格そうごう、肩つきばかりは、みじめらしくしょんぼりして、の熊入道もがっくり投首の抜衣紋ぬきえもんで居たんだよ。」

       十五

「いえな、何も私が意地悪を言うわけではないえ。」
 と湊屋の女中、前垂の膝を堅くして――かたわらに柔かな髪のふっさりした島田のびんを重そうに差俯向さしうつむく……襟足白く冷たそうに、水紅色ときいろ羽二重はぶたえの、無地の長襦袢ながじゅばんの肩がすべって、寒げに脊筋の抜けるまで、なよやかに、打悄うちしおれた、残んの嫁菜花よめなの薄紫、浅葱あさぎのように目に淡い、藤色縮緬ちりめんの二枚着で、姿の寂しい、二十はたちばかりの若い芸者を流盻しりめに掛けつつ、
「このお座敷はもろうて上げるから、なあ和女あんた、もうちゃっと内へおにや。……島家の、あの三重みえさんやな、和女、お三重さん、お帰り!」
 ときっと言う。
「お前さんがおいでやで、ようお客さんの御機嫌を取ってくれるであろうと、小女こおんなばかり附けておいて、私が勝手へ立違うているうちや、……勿体ない、お客たちの、お年寄なが気に入らぬか、近頃山田から来た言うて、こちの私のとこを見くびったか、酌をせい、と仰有おっしゃっても、浮々うきうきとした顔はせず……三味線さみせん聞こうとおっしゃれば、鼻のさきで笑うたげな。そばに居た喜野が見かねて、私の袖を引きに来た。
 先刻さっきから、ああ、こうと、口の酸くなるまで、機嫌を取るようにして、私が和女の調子を取って、よしこの一つ上方唄でも、どうぞ三味線のをさしておくれ。お客様がお寂しげな、座敷が浮かぬ、お見やんせ、蝋燭ろうそくの灯も白けると、頼むようにして聞かいても、知らぬ、知らぬ、と言通す。三味線は和女、禁物か。下手や言うて、知らぬ云うて、まがりなりにもお座つき一つ弾けぬ芸妓げいこがどこにある。
 よう、思うてもお見。平の座敷か、そでないか。貴客あなたがたのお人柄を見りゃ分るに、何で和女、勤める気や。私が済まぬ。さ、お立ち。ええ、私が箱を下げてやるから。」
 と優しいのがツンと立って、襖際ふすまぎわに横にした三味線を邪険に取って、縦様たてざまに引立てる。
「ああれ。」
 はっともすそらして、取縋とりすがるように、女中の膝をそっと抱き、袖を引き、三味線を引留めた。お三重の姿は崩るるごとく、芍薬しゃくやくの花の散るに似て、
「堪忍して下さいまし、堪忍して、堪忍して、」と、呼吸いきの切れる声が湿うるんで、
「お客様にも、このお内へも、な、何で私が失礼しましょう。ほんとに、あの、ほんとに三味線は出来ませんもの、姉さん、」
 とことばが途絶えた。……
「今しがたも、な、他家よそのお座敷、隅の方に坐っていました。不断ではない、兵隊さんの送別会、大陽気に騒ぐのに、芸のないものは置かん、衣服きものを脱いで踊るんならよし可厭いやなら下げると……私一人帰されて、主人のうちへ戻りますと、直ぐにひどいめに逢いました、え。
 三味線も弾けず、踊りも出来ぬ、座敷で衣物きものが脱げないなら、内で脱げ、引剥ひっぱぐと、な、帯も何も取られた上、台所で突伏つッぷせられて、引窓をわざと開けた、寒いお月様のさす影で、恥かしいなあ、柄杓ひしゃくで水を立続けて乳へも胸へもかけられましたの。
 こちらから、あの、お座敷を掛けて下さいますと、どうでしょう、炬燵こたつあたためた襦袢じゅばんを着せて、東京のお客じゃそうなと、な、取って置きの着物を出して、よう勤めて帰れや言うて、御主人が手で、駒下駄まで出すんです。
 勤めるたって、どうしましょう……踊は立って歩行あるくことも出来ませんし、三味線は、それが姉さん、手を当てれば誰にだって、音のせぬ事はないけれど、弾いて聞かせとおっしゃるもの、どうして私唄えます。……
 不具かたわでもないになさけない。調子が自分で出来ません。何をどうして、お座敷へ置いて頂けようと思いますと、気がけて気が怯けて、口も満足利けませんから、何が気に入らないで、失礼な顔をすると、お思い遊ばすのも無理はない、なあ。……
 このお家へは、お台所で、洗い物のお手伝をいたします。姉さん、え、姉さん。」
 と袖をさすって、一生懸命、うるんだ目許めもとを見得もなく、仰向あおむけになって女中の顔。……色が見る見るやわらいで、突いて立った三味線のさおたわみそうになった、と見ると、二人の客へ、向直った、ふっくりとあるあやの帯の結目むすびめで、なおその女中のたもとおさえて。……

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