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歌行灯(うたあんどん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:06:21  点击:  切换到繁體中文



       十

「そうさ、いかに伊勢の浜荻はまおぎだって、按摩の箱屋というのはなかろう。私もなかろうと思うが、今向う側を何んとか屋の新妓しんことか云うのが、からんころんと通るのを、何心なく見送ると、あの、一軒おき二軒おきの、軒行燈のきあんどんでは浅葱あさぎになり、月影では青くなって、薄い紫の座敷着で、つま蹴出けださず、ひっそりと、白い襟を俯向うつむいて、足の運びも進まないように何んとなくしおれて行く。……そのあとから、鼠色の影法師。女の影なら月につちはずだに、寒い道陸神どうろくじんが、のそのそと四五尺離れた処を、ずっと前方むこうまで附添ったんだ。腰附、肩附、歩行あるふりっちて附着くッつけたような不恰好ぶかっこう天窓あたまの工合、どう見ても按摩だね、盲人めくららしい、めんない千鳥よ。……私あ何んだ、だから、按摩が箱屋をすると云っちゃ可笑おかしい、盲目めくらになった箱屋かも知れないぜ。」
「どんな風の、どれな。」
 とかどへ出そうにする。
「いや、もう見えない。呼ばれたうちへ入ったらしい。二人とも、ずっと前方さきで居なくなった。そうか。ああ、盲目の箱屋は居ねえのか。アまたえたぜ……影がさす、笛の音に影がさす、按摩の笛が降るようだ。この寒い月につもったら、桑名の町は針の山になるだろう、たまらねえ。」
 とぐいとあおって、
「ええ、ヤケに飲め、一杯どうだ、女房おかみさん附合いねえ。御亭主は留守だが、明放あけっぱなしよ、……構うものか。それ向う三軒の屋根越に、雪坊主のような山の影がのぞいてら。」
 と門を振向き、あ、と叫んで、
「来た、来た、来た、来やあがった、来やあがった、按摩々々、按摩。」
 と呼吸いきかず、続けざまに急込せきこんだ、自分の声に、町の中に、ぬい、と立って、杖を脚許あしもと斜交はすっかいに突張つッぱりながら、目を白く仰向あおむいて、月に小鼻を照らされた流しの按摩が、呼ばれたものと心得て、そのまま凍附いてつくように立留まったのも、門附はよく分らぬさまで、
「影か、影か、阿媽おっかあ、ほんとの按摩か、影法師か。」
 と激しく聞く。
「ほんとなら、どうおしる。貴下あんた、そんなに按摩さんが恋しいかな。」
「恋しいよ! ああ、」
 と呼吸いきいて、見直して、眉をひそめながら、声高こわだかに笑った。
「ははははは、按摩にこがれてこのていさ。おお、按摩さん、按摩さん、さあ入ってくんねえ。」
 門附は、ばちけて、床几しょうぎを叩いて、
「一つ頼もう。女房おかみさん、済まないがちょいと借りるぜ。」
「この畳へ来て横におなりな。按摩さん、お客だす、あとを閉めておくんなさい。」
「へい。」
 コトコトと杖の音。
「ええ……とんと早や、影法師も同然なもので。」とかすれ声を白く出して、黒いけんちゅう羊羹色ようかんいろ被布ひふを着た、ともしびの影は、赤くそのしわの中へさし込んだが、日和下駄から消えてもせず、片手を泳ぎ、片手で酒の香を嗅分かぎわけるように入った。
「聞えたか。」
 とこの門附は、権のあるものいいで、五六本銚子の並んだ、膳をまたわきへずらす。
「へへへ」とちょっと鼻をすすって、ふん、とけなりそうににおいぐ。
「待ちこがれたもんだから、戸外そとを犬が走っても、按摩さんに見えたのさ。こう、悪く言うんじゃないぜ……そこへぬっくりとあらわれたろう、酔っている、幻かと思った。」
「ほんに待兼ねていなさったえ。あの、笛の音ばかり気にしなさるので、私もどうやらめなんだが、やっと分ったわな、何んともお待遠でござんしたの。」
「これは、おかみさま、御繁昌ごはんじょう。」
「お客はお一人じゃ、ゆっくり療治してあげておくれ。それなりにおったら、お泊め申そう。」
 と言う。
 按摩どの、けろりとして、
「ええ、その気で、念入りに一ツ、つかまりましょうで。」と我が手を握って、ひしぐように、ぐいとんだ。
「へい、旦那。」
「旦那じゃねえ。ものもらいだ。」とまたあおる。
 女房がそっにらんで、
「滅相な、あの、言いなさる。」

       十一

「いや、横になるどころじゃない、沢山だ、ここで沢山だよ。……第一背中へつかまられて、一呼吸ひといきでもこたえられるかどうだか、実はそれさえ覚束おぼつかない。悪くすると、そのまま目をまわして打倒ぶったおれようも知れんのさ。ていよく按摩さんに掴み殺されるといった形だ。」
 と真顔で言う。
「飛んだ事をおっしゃりませ、田舎でも、これでも、長年年期を入れました杉山流のものでござります。鳩尾きゅうびはりをお打たせになりましても、決して間違いのあるようなものではござりませぬ。」とあきれたように、按摩のく目はあおかりけり。
「うまい、まずいを言うのじゃない。いつの幾日いくかにも何時なんどきにも、洒落しゃれにもな、生れてからまだ一度も按摩さんの味を知らないんだよ。」
「まあ、あんなにあんた、こがれなさった癖に。」
「そりゃ、張って張って仕様がないから、目にちらつくほど待ったがね、いざ……となると初産ういざんです、きゅうの皮切も同じ事さ。どうにも勝手が分らない。痛いんだか、かゆいんだか、風説うわさに因るとくすぐったいとね。多分私も擽ったかろうと思う。……ところがあいにく、母親おふくろが操正しく、これでも密夫まおとこじゃないそうで、その擽ったがりようこの上なし。……あれ、あんなあの、握飯にぎりめしこさえるような手附をされる、とその手で揉まれるかと思ったばかりで、もうたまらなく擽ったい。どうも、ああ、こりゃ不可いけねえ。」
 と脇腹へ両肱りょうひじを、しっかりついて、掻竦かいすくむように脊筋をる。
「ははははは、これはどうも。」と按摩は手持不沙汰な風。
 女房あらためて顔をのぞいて、
「何んと、まあ、可愛らしい。」
「同じ事を、可哀想かわいそうだ、と言ってくんねえ。……そうかと言って、こう張っちゃ、身も皮も石になってかたまりそうな、せなかつまって胸は裂ける……揉んでもらわなくては遣切やりきれない。遣れ、構わない。」
 と激しい声して、片膝をきっと立て、
「殺す気でかかれ。こっちは覚悟だ、さあ。ときに女房おかみさん、袖摺そですり合うのも他生たしょうの縁ッさ。旅空掛けてこうしたお世話を受けるのもさきの世の何かだろう、何んだか、おなごりがおしいんです。掴殺つかみころされりゃそれきりだ、も一つはばかりだがついでおくれ、別れの杯になろうも知れん。」
 としずくを切って、ついと出すと、他愛なさもあんまりな、目の色の変りよう、まなじりきっとなったれば、女房は気を打たれ、黙然だんまりでただ目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはる。
「さあ按摩さん。」
「ええ、」
女房おかみさんいどくれよ!」
「はあ、」と酌をする手がちと震えた。
 この茶碗を、一息に仰ぎ干すと、按摩が手を掛けたのと一緒であった。
 がたがたと身震いしたが、おもてさいわいに紅潮して、
「ああ、はらわた沁透しみとおる!」
「何かその、何事か存じませぬが、按摩は大丈夫でござります。」と、これもおどつく。
「まず、」
 と突張つッぱった手をぐたりと緩めて、
生命いのちに別条は無さそうだ、しかし、しかしこたえる。」
 とがっくり俯向うつむいたのが、ふらふらした。
「月は寒し、炎のようなその指が、火水となって骨に響く。胸は冷い、耳は熱い。は燃える、血は冷える。あっ、」と言って、両手を落した。
 吃驚びっくりして按摩が手を引く、そのくちばしたこに似たり。
 兄哥あにいは、しっかり起直って、
「いや、手をやすめず遣ってくれ、あわれと思ってしずかに……よしんばそっと揉まれた処で、私は五体が砕ける思いだ。
 その思いをするのが可厭いやさに、いろいろに悩んだんだが、ければ摺着すりつく、過ぎれば引張ひっぱる、逃げれば追う。形が無ければ声がする……ピイピイ笛は攻太鼓せめだいこだ。こうひしひしと寄着よッつかれちゃ、弱いものには我慢が出来ない。ふちに臨んで、がけの上に瞰下みおろして踏留ふみとどまる胆玉きもだまのないものは、いっその思い、真逆まっさかさまに飛込みます。破れかぶれよ、按摩さん、従兄弟いとこ再従兄弟はとこか、伯父甥おじおいか、親類なら、さあ、かたきを取れ。私はね、……お仲間の按摩を一人殺しているんだ。」

       十二

「今からちょうど三年前。……その年は、この月から一月おくれ師走しわすの末に、名古屋へ用があって来た。ついでと言っては悪いけれど、かせぎの繰廻しがどうにか附いて、参宮が出来るというのも、お伊勢様の思召おぼしめし冥加みょうがのほど難有ありがたい。ゆっくり古市ふるいち逗留とうりゅうして、それこそついでに、……浅熊山あさまやまの雲も見よう、鼓ヶたけ調しらべも聞こう。二見ふたみじゃ初日を拝んで、堺橋から、池の浦、沖の島で空が別れる、上郡かみごおりから志摩へ入って、日和山ひよりやまを見物する。……海がいだら船を出して、伊良子いらこヶ崎の海鼠なまこで飲もう、何でも五日六日は逗留というつもりで。……山田では尾上町の藤屋へ泊った。驚くべからず――まさかその時は私だって、浴衣にあわせじゃ居やしない。
 着換えに紋付もんつきの一枚も持った、しま襲衣かさねの若旦那さ。……ま、こう、雲助が傾城買けいせいがいの昔を語る……負惜まけおしみを言うのじゃないよ。何も自分の働きでそうした訳じゃないのだから。――聞きねえ、親なり、叔父なり、師匠なり、恩人なりという、……私が稼業じゃ江戸で一番、日本中の家元の大黒柱と云う、少兀すこはげの苦いつらした阿父おやじがある。
 いや、その顔色がんしょくに似合わない、気さくに巫山戯ふざけ江戸児えどッこでね。行年ぎょうねんその時六十歳を、三つと刻んだはおかしいが、数え年のサバをんで、私が代理に宿帳をつける時は、天地人とか何んとか言って、ぜんの問答をするように、指を三本、ひょいと出してギロリとにらむ……五十七歳とかけと云うのさ。いかね、その気だもの……旅籠屋の女中が出てお給仕をする前では、阿父おとっさんが大の禁句さ。……与一兵衛じゃあるめえし、てめえ定九郎さだくろうのように呼ぶなえ、と唇を捻曲ねじまげて、叔父さんとも言わせねえ、兄さんと呼べ、との御意だね。
 この叔父さんのお供だろう。道中の面白さ。酒はよし、景色はよし、日和は続く。どこへ行っても女はふらない。師走の山路に、嫁菜が盛りで、しかも大輪おおりんが咲いていた。
 とこの桑名、四日市、亀山と、伊勢路へかかった汽車の中から、おなじ切符のたれかれが――そのもよおしについて名古屋へ行った、私たちの、まあ……興行か……その興行の風説うわさをする。嘘にもどうやら、私の評判もさそうな。叔父はもとより。……何事も言うには及ばん。――私が口で饒舌しゃべっては、流儀の恥になろうから、まあ、何某なにがしと言ったばかりで、世間は承知すると思って、聞きねえ。
 ところがね、その私たちの事を言うついでに、この伊勢へ入ってから、きっと一所に出る、人の名がある。可いかい、山田の古市に惣市そういちと云う按摩鍼あんまはりだ。」
 門附はその名を言う時、うっとりと瞳を据えた。せなかいだくように背後うしろに立った按摩にも、床几しょうぎに近く裾を投げて、向うに腰を掛けた女房にも、目もくれず、じっと天井を仰ぎながら、胸前むなさきにかかる湯気を忘れたように手でさばいて、
「按摩だ、がその按摩が、もとはさる大名に仕えた士族のはてで、聞きねえ。私等が流儀と、おんなじその道の芸の上手。江戸の宗家も、本山も、当国古市において、一人で兼ねたり、といういきおいで、自ら宗山そうざん名告なの天狗てんぐ。高慢も高慢だが、また出来る事も出来る。……東京の本場から、誰も来ておびやかされた。それがしも参ってひしがれた。あれで一眼でも有ろうなら、三重県に居る代物しろものではない。今度名古屋へ来た連中もそうじゃ、贋物にせものではなかろうから、何も宗山に稽古をしてもらえとは言わぬけれど、うなぎほかに、たいがある、味を知って帰れば可いに。――と才発さいはじけた商人あきんど風のと、でっぷりした金の入歯の、土地の物持とも思われる奴の話したのが、風説うわさの中でも耳に付いた。
 叔父はこくこく坐睡いねむりをしていたっけ。わっしあ若気だ、襟巻で顔を隠して、にらむように二人を見たのよ、ね。
 宿の藤屋へ着いてからも、わざと、叔父を一人で湯へ遣り……女中にもちょっと聞く。……挨拶あいさつに出た番頭にも、按摩の惣市、宗山と云う、これこれした芸人が居るか、と聞くと、誰の返事も同じ事。思ったよりは高名で、現に、この頃も藤屋に泊った、何某侯なにがしこうの御隠居の御召に因って、上下かみしもで座敷をた時、(さてもな、鼓ヶ嶽が近いせいか、これほどの松風は、東京でも聞けぬ、)と御賞美。
的等てきらにも聞かせたい。)と宗山が言われます、とちょろりと饒舌しゃべった。わっし夥間なかまを――(的等。)と言う。
 的等の一人いちにん、かく言う私だ……」

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