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歌行灯(うたあんどん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:06:21  点击:  切换到繁體中文


       七

「そのな、焼蛤は、今も町はずれの葦簀張よしずばりなんぞでいたします。やっぱり松毬まつかさで焼きませぬと美味おいしうござりませんで、当家うちでは蒸したのを差上げます、味淋みりん入れて味美あじよう蒸します。」
「ははあ、栄螺さざえ壺焼つぼやきといった形、大道店で遣りますな。……松並木を向うに見て、松毬のちょろちょろ火、蛤の煙がこの月夜に立とうなら、とんと竜宮の田楽でんがくで、乙姫様おとひめさま洒落しゃれあねさんかぶりを遊ばそうという処、また一段のおもむきだろうが、わざとそれがために忍んでも出られまい。……当家ここの味淋蒸、それがかろう。」
 と小父者おじご納得した顔してうなずく。
「では、蛤でめしあがりますか。」
「何?」と、わざとらしく[#「わざとらしく」は底本では「わざとしらく」]耳を出す。
「あのな、蛤であがりますか。」
「いや、はしで食いやしょう、はははは。」
 とひとりで笑って、懐中から膝栗毛の五編を一冊、ポンと出して、
難有ありがたい。」と額を叩く。
 女中も思わず噴飯ふきだして、
「あれ、あなたは弥次郎兵衛様でございますな。」
「その通り。……この度の参宮には、都合あって五二館と云うのへ泊ったが、内宮様ないぐうさまへ参る途中、古市ふるいちの旅籠屋、藤屋の前を通った時は、前度いかい世話になった気で、薄暗いまで奥深いあの店頭みせさきに、真鍮しんちゅう獅噛火鉢しかみひばちがぴかぴかとあるのを見て、略儀ながら、車の上から、帽子を脱いでお辞儀をして来た。が、町が狭いので、向う側の茶店の新姐しんぞに、この小兀すこはげを見せるのが辛かったよ。」
 とあかりに向けて、てらりと光らす。
「ほほ、ほほ。」
「あはは。」
 で捻平も打笑うと、……この機会に誘われたか、――先刻さっき二人が着いた頃には、三味線太鼓で、トトン、ジャカジャカじゃじゃじゃんと沸返るばかりだった――ちょうど八ツ橋形に歩行あゆみ板がかかって、土間を隔てた隣の座敷に、およそ十四五人の同勢で、女交りに騒いだのが、今しがた按摩が影を見せた時分から、大河おおかわしおに引かれたらしく、ひとしきり人気勢ひとけはいが、遠くへ裾拡がりにぼう退いて、しんとした。ただだだっ広い中を、猿が鳴きながら走廻るように、キャキャとする雛妓おしゃく甲走かんばしった声が聞えて、重く、ずっしりと、おっかぶさる風に、何を話すともなく多人数たにんずの物音のしていたのが、この時、洞穴ほらあなから風が抜けたようにどっ動揺どよめく。
 女中も笑い引きに、すっと立つ。
「いや、この方は陰々としている。」
「その方が無事で可いの。」
 と捻平は火桶の上へ脊くぐまって、そこへ投出した膝栗毛を差覗さしのぞき、
「しかし思いつきじゃ、わしはどうもこの寝つきが悪いで、今夜は一つ枕許まくらもと行燈あんどんで読んでみましょう。」
しなさい、これを読むと胸がせまって、なお目が冴えて寝られなくなります。」
「何を言わっしゃる、当事あてごともない、膝栗毛を見て泣くものがあろうかい。わしが事を言わっしゃる、其許そこがよっぽど捻平じゃ。」
 と言う処へ、以前の年増に、小女こおんながついて出て、膳と銚子を揃えて運んだ。
「蛤はきに出来ます。」
よし、可。」
「何よりも酒の事。」
 捻平も、猪口ちょこを急ぐ。
「さててめえにも一つ遣ろう。かんの可い処を一杯遣らっし。」と、弥次郎兵衛、酒飲みの癖で、ちとぶるぶるする手に一杯傾けた猪口ちょこを、膳の外へ、その膝栗毛の本のわきへ、畳の上にちゃんと置いて、
「姉さん、一ついでやってくれ。」
 と真顔で言う。
 小女が、きょとんとした顔を見ると、捻平に追っかけの酌をしていた年増が見向いて、
喜野きの、お酌ぎ……その旦那はな、弥次郎兵衛様じゃで、喜多八さんにお杯を上げなさるんや。」
 と早や心得たものである。

       八

 小父者おじごはなぜか調子を沈めて、
「ああ、よく言った。おれを弥次郎兵衛は難有ありがたい。居心いごころよし、酒は可。これで喜多八さえ一所だったら、膝栗毛をしょうのもので、太平の民となる処を、さて、杯をさしたばかりで、こういだ酒へ、蝋燭ろうそくのちらちらと映る処は、どうやら餓鬼に手向たむけたようだ。あのまた馬鹿野郎はどうしている――」と膝に手をき、畳の杯をじっと見て、陰気な顔する。
 捻平も、ふと、この時横を向いて腕組した。
「旦那、その喜多八さんを何んでお連れなさりませんね。」
 と愛嬌造あいきょうづくって女中は笑う。弥次郎さみしく打笑み、
「むむ、そりゃ何よ、その本の本文にある通り、伊勢の山田ではぐれた奴さ。いい年をして娑婆気しゃばっけな、酒も飲めば巫山戯ふざけもするが、世の中は道中同然。暖いにつけ、寒いにつけ、つえ柱とも思う同伴つれの若いものに別れると、六十の迷児まいごになって、もし、この辺に棚からぶら下がったような宿屋はござりませんかと、にぎやかな町の中を独りとぼとぼと尋ね飽倦あぐんで、もう落胆がっかりしやした、と云ってな、どっかり知らぬうち店頭みせさきへ腰を落込おとしこんで、一服無心をした処……あすこを読むと串戯じょうだんではない。……捻平さん、真からもって涙が出ます。」
 と言う、まぶたに映って、蝋燭の火がちらちらとする。
「姉や、しんを切ったり。」
「はい。」
 と女中が向うを向く時、捻平も目をしばたたいたが、
「ヤ、あの騒ぎわい。」
 と鼻の下を長くして、土間ごし隣室となりへ傾き、
えらいぞ、金盥かなだらいまで持ち出いたわ、人間は皆裾が天井へ宙乗りして、畳を皿小鉢が躍るそうな。おおおお、三味線太鼓がしのぎを削って打合う様子じゃ。」
「もし、お騒がしゅうござりましょう、お気の毒でござります。ちょうど霜月でな、今年度の新兵さんが入営なさりますで、その送別会じゃ言うて、あっちこっち、皆、この景気でござります。でもな、おります時分には時間になるで静まりましょう。どうぞ御辛抱なさいまして。」
「いやいや、それには及ばぬ、それには及ばぬ。」
 と小父者、二人の女中の顔へ、等分に手をって、
「かえって賑かで大きに可い。悪く寂寞ひっそりして、また唐突だしぬけに按摩に出られては弱るからな。」
「へい、按摩がな。」と何か知らず、女中も読めぬ顔して聞返す。
 捻平この話を、打消すようにしわぶきして、
「さ、一献いっこん参ろう。どうじゃ、こちらへも酌人をちと頼んで、……ええ、それ何んとか言うの。……桑名の殿様時雨しぐれでお茶漬……とか言う、土地の唄でも聞こうではないかの。陽気にな、かっと一つ。旅の恥は掻棄かきすてじゃ。ぬしはソレ叱言こごとのような勧進帳でも遣らっしゃい。
 染めようにもひげは無いで、わしはこれ、手拭でも畳んで法然天窓ほうねんあたませようでの。」と捻平が坐りながら腰をして高く居直る。と弥次郎まなこ※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはって、
「や、平家以来の謀叛むほん其許そこの発議は珍らしい、二方荒神鞍にほうこうじんくらなしで、真中まんなかへ乗りやしょう。」
 とおびただしく景気を直して、
あんねえ、何んでも構わん、四五人木遣きやりいて来い。」
 と肩を張って大きに力む。
 女中酌の手を差控えて、銚子を、膝に、と真直まっすぐに立てながら、
「さあ、今あっちの座敷で、もう一人二人言うて、お掛けやしたが、喜野、芸妓げいこさんはあったかな。」
 小女が猪首いくびうなずき、
「誰も居やはらぬ言うてでやんした。」
「かいな、旦那さん、お気の毒さまでござります。狭い土地に、数のない芸妓やによって、こうして会なんぞ立込たてこみますと、目星めぼしたちは、ちゃっとの間にみんな出払います。そうか言うて、東京のお客様に、あんまりな人も見せられはしませずな、容色きりょういとか、芸がたぎったとかいうのでござりませぬとなあ……」
「いや、こうなっては、宿賃を払わずに、こちとら夜遁よにげをするまでも、三味線を聞かなきゃ納まらない。めっかち、いぐちでない以上は、古道具屋からでも呼んでくれ。」
「待ちなさりまし。おお、あの島屋の新妓しんこさんならきっと居るやろ。聞いて見や。喜野、ソレお急ぎじゃ、廊下走って、電話へかかれや。」

       九

「持って来い、さあ、何んだ風車かざぐるま。」
 急にいきおいい声を出した、饂飩屋に飲む博多節の兄哥あにいは、霜の上の燗酒かんざけで、月あかりに直ぐめる、色の白いのもそのままであったが、二三杯、呷切あおっきりの茶碗酒で、目のふちへ、さっよいが出た。
「勝手にピイピイ吹いておれ、でんでん太鼓にしょうの笛、こっちあ小児こどもだ、なあ、阿媽おっか。……いや、女房おかみさん、それにしても何かね、御当処は、この桑名と云う所は、按摩の多い所かね。」と笛の音に瞳がちらつく。
「あんたもな、按摩の目はかきや云います。名物ははまぐりじゃもの、別に何も、多い訳はないけれど、ここは新地しんちなり、旅籠屋のある町やに因って、つい、あのしゅが、あちこちから稼ぎに来るわな。」
「そうだ、成程新地くるわだった。」となぜか一人で納得して、気の抜けたような片手をく。
「お師匠さん、あんた、これからその音声のど芸妓屋げいこやかどで聞かしてお見やす。ほんに、人死ひとじにが出来ようも知れぬぜな。」と襟の処で、塗盆をくるりと廻す。
「飛んだ合せかがみだね、人死が出来てたまるものか。第一、芸妓屋げいしゃやの前へは、うっかり立てねえ。」
「なぜえ。」
「悪くするとかたき出会でっくわす。」と投首なげくびする。
「あれ、芸が身を助けると言う、……お師匠さん、あんた、芸妓げいこゆえの、お身の上かえ。……ほんにな、かたきだすな。」
「違った! 芸者の方で、私が敵さ。」
「あれ、のけのけと、あんな憎いこと言いなさんす。」と言う処へ、月は片明りの向う側。狭い町の、ものの気勢けはいにも暗い軒下を、からころ、からころ、駒下駄こまげたの音が、土間に浸込しみこむように響いて来る。……と直ぐその足許あしもとくぐるように、按摩の笛が寂しく聞える。
 門附はきっと見た。
「噂をすれば、芸妓げいこはんが通りまっせ。あんた、見たいなら障子を開けやす……そのかわり、敵打たりょうと思うてな。」
「ああ、いつでも打たれてやら。ちょッ、可厭いやうるさく笛を吹くない。」
 かたりとかどの戸を外から開ける。
「ええ、吃驚びっくりすら。」
「今晩は、――饂飩六ツ急いでな。」と草履穿ぞうりばきの半纏着はんてんぎ、背中へ白く月を浴びて、赤い鼻をぬいと出す。
「へい。」と筒抜けの高調子で、亭主帳場へ棒に突立つッたち、
「お方、そりゃ早うせぬかい。」
 女房は澄ましたもので、
「美しい跫音あしおとやな、どこの?」と聞く。
「こないだ山田の新町から住替えた、こんの島家の新妓しんこじゃ。」と言いながら、鼻赤の若い衆は、のぞいた顔を外に曲げる。
 と門附は、背後うしろの壁へ胸を反らして、ちょっと伸上るようにして、戸に立つ男の肩越しに、こうとした月のくるわの、細いとおりを見透かした。
 駒下駄はちと音低く、まだ、からころと響いたのである。
沢山たんと出なさるかな。」
「まあ、こんの饂飩のようには行かぬで。」
「その気で、すぐに届けますえ。」
「はい頼んます。」と、男は返る。
 亭主帳場から背後うしろ向きに、日和下駄ひよりげたを探って下り、がたりびしりと手当り強く、そこへ広蓋ひろぶた出掛だしかける。ははあ、夫婦二人のこの店、気の毒千万、御亭が出前持を兼ねると見えたり。
「裏表とも気をけるじゃ、いか、可いか。ちょっと道寄りをして来るで、可いか、お方。」
 とそこいらじろじろと睨廻ねめまわして、新地の月に提灯ちょうちんらず、片手懐にしたなりで、亭主が出前、ヤケにがっと戸を開けた。あとを閉めないで、ひょこひょこ出てく。
 釜の湯気がさっと分れて、門附の頬に影がさした。
 女房横合から来て、
「いつまで、うっかり見送ってじゃ、そんなにかたきが打たれたいの。」
女房おかみさん、桑名じゃあ……芸者の箱屋は按摩かい。」と悚気ぞっとしたように肩を細く、この時やっと居直って、女房を見た、色が悪い。

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