您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 泉 鏡花 >> 正文

伊勢之巻(いせのまき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:03:27  点击:  切换到繁體中文



       九

 煙草盆たばこぼんまくら、火鉢、座蒲団ざぶとんも五六枚。
(これは物置だ。)と立花は心付いた。
 はじめは押入と、しかしそれにしては居周囲いまわりが広く、破れてはいるが、むしろか、畳か敷いてもあり、心持四畳半、五畳、六畳ばかりもありそうな。手入をしないかこいなぞの荒れたのを、そのまま押入につかっているのであろう、身を忍ぶのはあつらえたようであるが。
(待て。)
 案内をして、やがて三由屋の女中が、見えなくなるがはやいか、ものをいうよりはまず唇のおののくまで、不義ではあるが思う同士。目を見交みかわしたばかりで、かねて算した通り、一先ひとまず姿を隠したが、心のやみより暗かった押入の中が、こう物色の出来得るは、さては目がれたせいであろう。
 立花は、座敷を番頭の立去ったまで、半時ばかりを五六時間、待飽倦まちあぐんでいるのであった。
(まず、し。)
 とふすまそっと身を寄せたが、うかつに出らるるすうでなし、ことばをかけらるる分でないから、そのまま呼吸いきを殺してたたずむと、ややあって、はらはらときぬ音信おとない
 目前めさきみちがついたように、座敷をよぎる留南奇とめぎかおり、ほのゆかしく身に染むと、彼方かなたも思う男の人香ひとかに寄るちょう、処をたがえず二枚の襖を、左の外、立花が立った前に近づき、
「立花さん。」
「…………」
「立花さん。」
 襖の裏へ口をつけるばかりにして、
いんですか。」
「まだよ、まだ女中が来るッていうから少々、あなた、靴まで隠して来たんですか。」
 表に夫人の打微笑うちほほえむ、目も眉も鮮麗あざやかに、人丈ひとたけやみの中に描かれて、黒髪の輪郭が、細く円髷まげくぎってあかるい。
 立花も莞爾にっこりして、
「どうせ、だますくらいならと思って、外套がいとうの下へ隠して来ました。」
うまく行ったのね。」
「旨くきましたね。」
「後で私を殺してもいから、もうちと辛抱なさいよ。」
「おいなさん。」
「ええ。」となつかしい低声こごえである。
「僕は大空腹。」
「どこかで食べて来たはずじゃないの。」
「どうして貴方あなたうまで、おまんま咽喉のどへ入るもんですか。」
「まあ……」
 黙ってしばらくして、
「さあ。」
 手を中へ差入れた、紙包をそっと取って、その指がからむ、手と手を二人。
 へだての襖は裏表、両方の肩でされて、すらすらと三寸ばかり、暗き柳と、曇れる花、さみしく顔を見合せた、トタンに跫音あしおと、続いて跫音、夫人は退いて小さなしわぶき
 さそくに後をひしと閉め、立花はたなそこに据えて、ひとみを寄せると、軽くひねった懐紙ふところがみ二隅ふたすみへはたりと解けて、三ツうつくしく包んだのは、菓子である。
 と見ると、白とくれないなり。
「はてな。」
 立花は思わず、ひざをついて、天井を仰いだが、板か、壁か明かならず、低いか、高いか、さだかでないが、何となく暗夜やみよの天まで、布一重ひとえ隔つるものがないように思われたので、やや急心せきごころになって引寄せて、そでを見ると、着たままで隠れている、外套がいとうの色がほのかに鼠。
 菓子の色、紙の白きさえ、ソレかと見ゆるに、仰げば節穴かと思うあかりもなく、その上、座敷から、し入るような、透間すきますこしもないのであるから、驚いて、ハタと夫人の賜物たまものを落して、その手でじっとまなこおおうた。
 立花は目よりもまず気を判然はっきりと持とうと、両手で顔を蔽う内、まさに人道を破壊しようとする身であると心付いて、やにわに手を放して、その手で、胸を打って、がばとまなこを開いた。
 なぜなら、今そうやってひざまずいたなりは、神に対し、仏に対して、ものを打念うちねんずる時の姿勢であると思ったから。
 あわれ、覚悟の前ながら、最早もはや神仏を礼拝し得べき立花ではないのである。
 さて心がら鬼のごとき目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みひらくと、余り強くおもてを圧していた、ためであろう、襖一重の座敷で、二人ばかりの女中と言葉を交わす夫人の声が、遠く聞えて、はるかに且つかすかに、しかも細く、耳のはたについて、震えるよう。
 それも心細く、その言う処を確めよう、先刻さきに老番頭と語るのをこの隠れ家で聞いたるごとく、自分の居処いどころ安堵あんどせんと欲して、立花は手を伸べて、心覚えの隔ての襖に触れてた。
 人の妻と、かかるすべして忍び合うには、く我がためには、神なく、物なく、父なく、母なく、兄弟なく、名誉なく、生命いのちのないことを悟っていたけれども、ただ世に里見夫人のあるを知って、神仏より、父より、母より、兄弟より、名誉より、生命いのちよりは便たよりにしたのであるが。
 こはいかにたなそこは、いたずらくうでた。
 あわただしくちょうと目の前へ、一杯に十指を並べて、左右にやみ掻探かいさぐったが、遮るものは何にもない。
 さては、やみの中に暗をかさねて目をふさいだため、脳に方角を失ったのであろうと、まず慰めながら、居直って、今まで前にしたと反対の側を、と今度はかいなを差出すようにしたが、それも手ばかり。
 はッと俯向うつむき、両方へ、前後に肩を分けたけれども、ざらりと外套の袖の揺れたるのみ。
 かっと逆上のぼせて、たまらずぬっくり突立つッたったが、南無三なむさん物音が、とぎょッとした。
 あッという声がして、女中が襖をと思うに似ず、寂莫せきばくとして、ただ夫人のものいうと響くのが、ぶるぶると耳について、一筋ずつ髪の毛を伝うて動いて、人事不省ふせいならんとする、瞬間に異ならず。
 同時に真直まっすぐに立った足許に、なめし皮の樺色かばいろの靴、宿を欺くため座敷を抜けて持って入ったのが、向うむきに揃っていたので、立花は頭から悚然ぞっとした。
 靴が左から……ト一ツとまって、右がその後から……ト前へ越すと、左がちょい、右がちょい。
 たとえば歩行の折から、爪尖つまさきを見た時と同じさまで、前途ゆくてへ進行をはじめたので、※(「口+阿」、第4水準2-4-5)あなやと見る見る、二けんげん
 十間、十五間、一町、半、二町、三町、彼方かなたに隔るのが、どうして目に映るのかと、あやしむ、とあらず、歩を移すのはかれ自身、すなわち立花であった。
 茫然ぼうぜん
 世に茫然という色があるなら、四辺あたりの光景は正しくそれ。月もなく、日もなく、樹もなく、草もなく、みちもない、雲に似て踏みごたえがあって、雪に似てつめたからず、朧夜おぼろよかと思えば暗く、東雲しののめかと見れば陰々たる中に、煙草盆、枕、火鉢、炬燵櫓こたつやぐらの形など左右、二列ふたならびに、不揃ぶぞろいに、沢庵たくあんたるもあり、石臼いしうすもあり、俎板まないたあり、灯のない行燈あんどうも三ツ四ツ、あたかも人のない道具市。
 しかもその火鉢といわず、臼といわず、枕といわず、行燈といわず、一斉に絶えずかすかゆらいで、国が洪水に滅ぶる時、呼吸いきのあるはことごとく死して、かかる者のみただよう風情、ただソヨとの風もないのである。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告