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猫と色の嗜好(ねこといろのしこう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 11:58:33  点击:  切换到繁體中文

底本: 日本の名随筆3 猫
出版社: 作品社
初版発行日: 1982(昭和57)年12月25日
校正に使用: 1985(昭和60)年10月30日第4刷


底本の親本:
出版社: 誠文堂新光社
初版発行日: 1980(昭和55)年11月

 

聞く所によれば野蛮人は赤色せきしょくを愛すると云うが、我輩わがはい文明人にしてもなお野蛮の域に居る所の子供は赤色を好み、段々と大きくなるに従って、色の浅いものを好むようになる、而して純白色のものを以て最も高尚なものとするのは、我輩文明人の常である、れば染色上の嗜好より人の文野を別てば、白色しくは水色等を愛する者は最も文化したるもので、青色せいしょくだの紅色こうしょくだの又は紫などを愛するものは之に中し、や赤を好む者は子供か又は劣等なる地位に居るものと言うて良い、て是から猫は如何なる染色を好むかに就て述べるのであるが、矢張やはり野蛮人にも及ばぬ猫のことなれば、その好む所の色は燃ゆるが如き赤色であるらしい、併し是れは確乎かくことしたことは言えないが、数回の調査は殆ど一致して居るから、先ず斯様かように仮定するのである、我輩は平太郎彦次郎久子の三匹を置いて、赤い紐と、白い紐と、青の紐とこの三種の異なりたる紐を出し、少しく引摺って見た、然るに其結果は何れも赤紐に来たのである、更に此通りにして第二回の調査を為したるに、又同じく何れも赤い紐に飛び着いた、第三回の調査にも矢張り赤い紐に飛び着き、如何にも嬉しそうにして居た、今度は我輩の家人をして斯く為すこと三回ならしめたるに、矢張り同じく赤い紐に飛着き、次は青い方に向い、白い方には来なかったと言うて居る、此紐に於ての調査は兎に角猫は赤色を最も好むと言うことを得せしむるのであるが、今度は品を代えて赤と、青と、白とのリボンを首に巻き着けて見た、ところが何れの猫も赤いリボンの首環を喜ぶものの如く、白いリボンを着けた時よりも、余程嬉しげに飛び廻って居たのである、是も我輩の見る処と家人の見る処と一致した、今度は更に赤と白と青との涎掛よだれかけを作りて、矢張り首に纏いたるに、是れ亦前と同じく赤いのを喜んだ、我輩の家人も同様に観察して、其見る所同一であったから、ここに猫は赤色を好むと言うて可かろう、りながら猫によりては少しも感ぜぬのがある、又年齢によりて相違がある、しかして其赤色に飛着くのは幼少な猫程早くや老いたるははなはだ遅かった、又或猫は赤にも白にも青にも何の感興を起さなかったように見えたから、すべての猫は必ず赤色を愛するものであるとは言えまいが、実験は甚だ少数なれども、我輩が調査したる範囲に於ては、猫は赤色を愛するものと言うても差支はないのである。
 猫ことに小猫は赤色を愛すとすれば、首環や涎掛の類は赤いのが第一である、又小猫が赤い首環を嵌め、又は赤い涎掛をして居るのは別けて可愛らしいものであり、殊に白いのや水色の如きは汚れ易いものであるから、猫の欲する上からも、又飼育して愛翫する上からも、小猫には赤色の紐又は涎掛を用いるが好い子供の四五度も生んだ所の爺猫や婆猫には首環でもあるまいし、又涎掛でもあるまいが、丁度ちょうど斯様なものを与えて愛を増す所の小猫には、他の色よりも赤が好い、猫も喜び吾々が見ても可愛らしい、猫を実用的に飼育する人は兎も角、これを愛して飼育する人の心得べき点と信ずる、又実用的に飼育する人でも美わしい毛色に、赤い紐を首に廻したのは見苦しくもあるまいと思うから、詰らぬ様なことなれども我輩の調査した所によりて猫が赤色を好むと云うことを述べて置くしかし今も言う通り或は偶然の結果かも知れぬのであるから間違っても責は負わないのである、色の嗜好よりする首環や涎掛のことは前述の如しとして、茲に是非共白又は水色の如き派手なる首環又は涎掛を結びつ鈴を着けて置くべき猫がある、之は真黒の熊猫で、此黒い猫は往々にして暗い処に居る時に尾を踏まれたり足を踏まれたりするものである、そこで其首に派手な首環を結びつ鈴を着け置くなれば、何れに居るかを知ることが出来るから、不測の危害を与うるようなことはないものである、尤も猫の目は能く暗夜に光るものであるから、起きて居る時には其必要も無いようであるけれども寝入て居る時には甚だ険難である、思うに猫の尾や足を踏みて彼をして悲しき声を発せしめたことは何人も実験したことであろう、左れば黒い猫には色の嗜好如何に関せず其身の保護の為めに白色又は水色等の首環と鈴とを着けて置くが良い、併し此鈴と捕鼠ほそとは両立しないもので、如何に其猫が鼠を捕りたくても歩く毎に鈴が鳴っては堪らない、之は鼠に自分の居場所を通知しつつ追いに行くのと同一である、如何に鈍間とんまな鼠でも鈴を着けた猫に捕られるようなことはあるまい、故に鼠を捕らしむる猫には白色又は水色の首環丈にして鈴は見合すべきであるが、小猫には此両者一を欠かぬようにすべきであろう。





底本:「日本の名随筆3 猫」作品社
   1982(昭和57)年12月25日第1刷発行
底本の親本:「猫」誠文堂新光社
   1980(昭和55)年11月発行
入力:菅野朋子
校正:今井忠夫
2000年11月15日公開
2004年7月21日修正
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