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我等の一団と彼(われらのいちだんとかれ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-21 16:28:26  点击:  切换到繁體中文


 最初半年ばかりは、社中にこれといふ親友も出來たらしく見えなかつた。何方かと言へば口が重く、それに餘り人好きのする風采でもないところへ、自分でも進んで友を求めるといふやうな風はなかつた。「高橋さあん。」と社會部の編輯長が呼ぶと、默つて立つて其の前へ行く。「はい」と言つて命令を聞き取る。上等兵か何かが上官の前に出た時のやうだ。渡された通信の原稿を受け取つて來て、一通り目を通す。それから出懸けて行く。くでもない、急かぬでもない、他の者のやうに、「何だ、つまらない。」といふやうな顏をすることもなければ、目を輝かして、獲物を見附けた獵犬のやうに飛び出して行くこともない。電話口で交換手に呶鳴りつけることもなければ、誂へた辨當が遲いと言つて給仕に劍突けんつくを喰はせることもない。そして歸つて來て書く原稿は、若い記者のよくやるやうな、頭つ張りばかり強くて、結末に行つて氣の拔けるやうなことはなく、おとなしい字でどんな事件でも相應に要領を書きこなしてあるが、其の代り、これといふ新しみも、奇拔なところもない。先づ誰が見ても世慣れた記者の筆だ。書いて了ふと、片膝を兩手で抱いて、頸窩ぼんのくぼを椅子の脊に載せて、處々から電燈の索の吊り下つた、煙草の煙りで煤びた天井を何處といふことなしに眺めてゐる。話をすることもあるが、話の中心になることはない。猶更子供染みた手柄話などをすることはなかつた。つまり、一口に言へば、何一つ人の目を惹くやうなところの無い、或は、ない男だつた。
 私も、この高橋に對しては、平生餘り注意を拂つてゐなかつた。同じ編輯局にゐて、同じ社會部に屬してゐたからには、無論毎日のやうに言葉は交はした。が、それはたゞ通り一遍の話で、對手を特に面白い男とか、厭な男とか思ふやうな機會は一度もなかつた。これは一人私ばかりでもなかつたらしい。ところが或時、例の連中、(其の頃漸く親しくなりかけた許りだつたが、)が或處に落ち合つて、色々の話の末に、社中の誰彼の棚下しを始めた。先づ上の方から、羽振りの好い者から、何十人の名が大抵我々の口に上つた。其の中に高橋の噂も出た。
『おい、あの高橋といふ奴な、彼奴も何だか變な奴だぜ。』と一人が言つた。
『さうぢやのう。僕も彼奴に就いちや考へとるんぢやが、一體あの男あの儘なんか、それとも高く留まつてるんか?』
『高く留まつてるんでもないね。』と他の一人が言つた。
『何うもさうではないやうだね。あれで却々親切なところがあるよ。僕は此間の赤十字の總會に高橋と一緒に行つたがね。』
 最初の一人は、『それは彼奴は色んな事を知つとるぜ。何時か寒石老人と説文の話か何かしとつた。』
『さうぢや。僕も聞いとつた。何しろ彼の男あ一癖あるな。第一まあつらを見い。ぽかんとして人の話を聞いとるが、却々なか/\油斷ならん人相があるんぢや。』
 斯う言つたのは劍持といふ男だつた。皆は聲を合はせて笑つたが、心々に自分の目に映つてゐる高橋の風采を思ひ浮かべてみた。中脊の、日本人にしては色の黒い、少しの優しみもないほどに角ばつた顏で、濃い頬髯を剃つた痕が何時でも青かつた。そして其の眼が――私は第一に其の眼を思ひ出したので――小い、鋭い眼だつた。そして言つた。
『一癖はあるね、確かに。』
 然し、それは言ふまでもなくほんの其の時の思ひ附きだつた。
 劍持はしたり顏になつて、『僕はな、以前から高橋を注意人物にしとつたんぢや。先づ言ふとな、彼の男には二つの取柄がある。阿諛おべつかを使はんのが一つぢや。却々なか/\頑としたところがある。そいから、我々新聞記者の通弊たる自己廣告をせんこつちや。高橋のべちやくちや喋りをるのは聞いたことがないぢやらう? ところがぢや、僕の經驗に據ると、あした外觀の人間にや二種類ある。第一は、あれつきりの奴ぢや。顏ばかり偉さうでも、中味のない奴ぢや。自己廣告をせなんだり、阿諛を使はなんだりするのは、そんな事する才能がないからなんぢや。所謂見かけ倒しといふ奴ちやな。そいから第二はぢや。此奴は始末に了へん。一言にして言ふと謀反人ぢやな。何か知ら身分不相應な大望をもつとる。さうして常に形勢を窺うとる。僕の郷里の中學に體操教師があつてな、其奴が體操教師の癖に、後になつて解つたが、校長の椅子を覘つとつたんぢや。嘘のやうぢやが嘘ぢやない。或時其の校長の惡口が土地の新聞に出た、何でも藝妓を孕ましたとか言ふんぢや。すると例の教師が體操の時間に僕等を山に連れて行つて、大きな松の樹の下に圓陣を作らしてなあ、何だか樣子が違ふわいと思つとると、平生とはまるで別人のやうな能辯で以つて、慷慨激越な演説をおつ始めたんぢや。君達四年級は――其の時四年級ぢやつた――此の學校の正氣せいきの中心ぢやから、現代教育界の腐敗を廓清する爲にストライキをやれえちふんぢや。』
『やつたんか?』
『やつた。さうして一箇月の停學ぢや。體操の教師は免職よ。――其奴がよ、何處か思ひ出して見ると高橋にとるんぢや。』
『すると何か、彼の高橋も何か大望を抱いてゐると言ふのか?』
『敢てさうぢやない。敢てさうぢやないが、然し肖とるんぢや。實に肖とるんぢや。高橋がよく煙草の煙をふうと天井に吹いとるな? あれまでとるんぢや。』
『其の教師のはなし[#「話」は底本では「語」]は面白いな。然し劍持の分類はまだ足らん。』最初高橋の噂を持ち出した安井といふのが言つた。
『あんな風の男には、まだ一つの種類がある。それはなあ、外ではあんな具合に一癖ありさうに、構へとるが、内へ歸ると細君の前に頭があがらん奴よ。しよつちゆう尻に布かれて本人も亦それを喜んでるんさ。愛情が濃かだとか何とか言つてな。あして鹿つべらしい顏をしとる時も、なんぞ知らん細君の機嫌を取る工夫をしとるのかも知れんぞ。』
 これには皆吹き出して了つた。啻に吹き出したばかりでなく、大望を抱いてゐるといふ劍持の觀察よりも、毎日顏を合はせながら別に高橋に敬意をもつてゐたでもない我々には、却つて安井の此の出鱈目が事實に近い想像の樣にも思はれた。
 が、翌日になつて見ると、劍持の話した體操教師のはなし[#「話」は底本では「語」]が不思議にも私の心に刻みつけられたやうに殘つてゐた。それは私自身も、劍持と同じく、半分は教師の煽動で中學時代にストライキをやつた經驗をもつてゐた爲だつたかも知れない。何だか其の教師が懷しかつた。そして、それに關聯して、おのづと同僚高橋の擧動に注意するやうになつた。
 四、五日經つと、其の月の社會部會の開かれる日が來た。我々の一團は、會議などになると、妙に皆沈默を守つてゐる方だつた。で、其の日も、編輯長の持ち出した三つか、四つの議案は、何の異議もなく三十分かそこいらの間に通過して了つた。其の議案の中には、近頃社會部の出勤時間が段々遲れて、十一時乃至十二時になつたが、今後晝の勤務に當つてゐる者は、午前九時までに相違なく出社する事、といふ一箇條もあつた。
 會議が濟むと皆どやどやと椅子を離れた。そして、沓音くつおと騷がしく編輯局に入つて行つた。我々も一緒に立つた。が、何時もの癖で、立つた機會に欠伸あくびをしたり、伸びをしたりして、二三人會議室の中に殘つた。すると、も一人我々の外に殘つた者があつた。高橋だ。矢張皆と一緒に立つたが、其の儘窓際へ行つて、何を見るのか、ぢつと外を覗いてゐる。
 安井は廊下の靜かになるのを待ちかねたやうに、直ぐまた腰を掛けて、
『今日の會議は、何時もよりも些と意氣地が無さ過ぎたのう?』
『何故君が默つとつたんぢや?』劍持はさう言つて、ちらと高橋の後姿を見た。そして直ぐ、
『若し君に何か言ひたい事があつたならぢや。』
『大いにある、僕みたいなものが言ひ出したつて、何が始まるかい?』
『始まるさ。何でも始まる。』
『これでも賢いぞ。』
『心細い事を言ふのう。』
『然し、まあ考へて見い。第一版の締切が何時? 五時だらう? 午前九時に出て來て、何の用があるだらう? 十時、十一時、十二時……八時間あるぞ。今は昔と違つてな、俥もあれば、電車もある。乘つたことはないが、自動車もある世の中だ……』
『高橋君。』私は卷煙草へ火を點けて、斯う呼んで見た。安井はふつと言葉を切つた。
『うむ?』と言つて、高橋は顏だけ此方へ捻ぢ向けた。その顏を一目見て、私は、「何を見てゐたのでもないのだ。」と思つた。そして、
『今の決議は我々朝寢坊には大分こたへるんだ。九時といふと、僕なんかまだ床の中で新聞を讀んでゐる時間だからねえ。』
『僕も朝寢はする。』
 さう言つて、靜かに私の方へ歩いて來た。何とか次の言葉が出るだらうと思つて待つたが、高橋はそれつきり口をつぐんで、默つて私の顏を見てゐる。爲方がないから、
『此間うちの新聞の社説に、電車會社が營業物件を虐待するつて書いてあつたが、僕等だつて同じぢやないか? 朝の九時から來て、第二版の締切までゐると、彼是十時間からの勤務だ。』
『可いさ。外交に出たら、家へ寄つてゆつくり晝寢をして來れば同じこつた。』
 これが彼の答へだつた。
 劍持は探りでも入れるやうに、
『僕は又、高橋君が何とか意見をべてくれるぢやらうと思うとつた。』
『僕が? 僕はそんな柄ぢやない。なあに、これも矢つ張り資本ぬしと勞働者の關係さ。一方は成るべく樂をしようとするし、一方はなるべく多く働かせようとするし……この社に限つたことぢやないからねえ。どれ、行つて辨當でも食はう。』
 そして入口の方へ歩き出しながら、獨語のやうに、『金の無い者は何處でも敗けてゐるさ。』
 後には、三人妙な目附をして顏を見合はせた。
 が、其の日の夕方、劍持と私と連れ立つて歸る時、玄關まで來ると、一足先に歸つた筈の高橋が便所から出て來た。
『何うだ飮みに行かんか?』
 突然に私はさう言つた。すると、
『さうだね、可いね。』と向うも直ぐ答へた。
 一緒に歩きながら、高橋の樣子は、何となくさういふ機會を得たことを喜んでゐるやうにも見えた。そして彼は、少し飮んでも赤くなる癖に、いくら飮んでも平生と餘り違つたところを見せない男だつた。飮んでは話し、飮んでは話しして、私などは二度ばかりも醉ひが醒めかけた。それでも話は盡きなかつた。いざ歸らうとなつた時は、もう夜が大分更けて、例の池袋の田舍にゐる高橋には、乘つて行くべき、汽車も、電車もない時刻だつた。
『また社の宿直の厄介になるかな。』と彼は事も無げに言つた。家へ歸らぬことを少しも氣にしてゐないやうな樣子だつた。
『僕ん處へ行かんか?』
めるか?』
『泊めるとも。』
『よし行く。』
 其の晩彼は遂々とう/\私の家に泊つた。

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