知らぬ獸(けもの)に邂逅(でつくわ)した山羊の樣な眼をして、女は卓子(テーブル)の彼方(むかう)に立つた! 然しアノ眼に、俺を厭がる色が些(ちつ)とも見えなかつた。然うだ、吃驚(びつくり)したのだ。唯吃驚(びつくり)したのだ。尤も俺も惡かつた。モ少し何とか優しい事を云つてからでなくちやならん筈だ。餘り性急(せつかち)にやつたから惡い。それに今夜は俺が醉つて居た。醉つた上の惡戲と許り思つたのかも知れぬ。何にしても此次だ、今夜は成功しかねたが此次、此次、…… だが、モウ五分間アノ儘で居たら? 然う/\、俺が出て來る時何とか云つた。ハテ何だつたらう? (うん)「約束を忘れるな。」か! 「約束」は適切だ。女といふものは一體、男に憎まれる事が嫌ひなものだ。況んや自分の嫌つても居ない男にをやだ。殊に俺は新聞記者だ、新聞記者に憎まれたら最後ぢやないか。幸ひに竹山の奴まだ土地の事情に眞暗だ。俺が云ひさへすれば何でも書く。彼奴に書かしたら又、素的に捏ねして書くからエライ事になる。イヤ待て、待て、若しも竹山がアノ病院に出入する樣になるとしたら、然(さ)うだ、矢張一番先に梅野に眼をつけるに違ひない。竹山の下宿は病院の直ぐ前だ。待て/\、此次は明日の晩にしよう。善は急げだ。 若し小野山さへ來なかつたら、と考へが再(また)同じ所に還る。アノ卓子(テーブル)が無かつたら怎だつたらう? 否、アノ卓子(テーブル)を俺が別の場所へ取除けちやつたら怎(どう)だつたらう? 女は二三歩後にたじろぐ。そして輕く尻餅を突いて、そして、そして、「許して下さい。」と囁(さゝや)いて、暗の中から眞白な手を延べる。……噫、彼奴、彼奴、小野山の奴、アノ畜生が來た許りに……。 渠は恁(こんな)事を止度(とめど)もなく滅茶苦茶に考へ乍ら、目的(あて)もなく唯町中を彷徨(うろつ)きつて居た。何處から怎(どう)歩いたか自身にも解らぬ。洲崎町の角の煙草屋の前には二度出た。二度共硝子戸越に中を覗いて見たが、二度共例の恥かしがる娘が店に坐つてなかつた。暗い街から明るい街、明るい街から暗い街、唯モウ無暗に驅けずりつて、同じ坂を何度上つたか知れぬ。同じ角を何度曲つたか知れぬ。 が、渠は矢張明るい街よりも、暗い街の方を多く選んで歩いて居た。そして、明るい街を歩く時は、頭腦が紛糾(こんがら)かつて四邊(あたり)を甚(どんな)人が行かうと氣にも止めなかつたに不拘(かゝはらず)、時として右側に逸(そ)れ、時として左側に寄つて歩いて居た。一町が間に一軒か二軒、煙草屋、酒類屋、鑵詰屋、さては紙屋、呉服屋、蕎麥屋、菓子屋に至る迄、渠が其馬鹿に立派な名刺を利用して借金を拵へて置かぬ家は無い。必要があればドン/\借りる。借りるけれども初めから返す豫算があつて借りるのでないから、流石に渠は其家の人に見られるのを厭であつた。今夜に限らず、借金のある店の前を通る時は、成るべく反對の側の軒下を歩く。 幸ひ、誰にも見付かつて催促を受ける樣な事はなかつた。が唯一人、浦見町の暗闇(くらがり)を歩いている時に、『オヤ野村さんぢやなくつて? マア何方(どこ)へ行(いら)つしやるの?』と女に呼掛けられた。 渠は唸る樣な聲を出して、ズキリと立止つて、胡散(うさん)臭く對手を見たが、それは渠がよく遊びに行く郵便局の小役人の若い細君であつた。『貴女(あなた)でしたか。』と云つて其儘行過ぎようとしたが、女がまだ歩き出さずに見送つてる樣だつたので、引返して行つて、鼻と鼻と擦合ひさうに近く立つた。『貴方お一人で何方(どこ)へ?』『姉の所へ行つて來ましたの。マア貴方は醉つていらつしやるわね。』『醉つて? 然(さ)うです、少し飮(や)つて來ました。だが女一人で此路は危險(けんのん)ですぜ。』『慣(な)れてますもの。』『慣(な)れて居ても危險は矢張危險ぢやないですか。危險! 若しかすると恁(か)うしてる所へ石が飛んで來るかも知れません、石が。』と四邊を見したが、一町程先方(むかう)から提燈が一つ來るので、渠は一二歩後退(あとしざ)つた。『僕だつて一人歩いてると、チト危險な事があります。』『マア。ですけれど今夜は、宅が風邪の氣味で寢(やす)んでるもんですから、厭だつたけど一人行つて來ましたの。』『然(さ)うですか。』と云つたが、フン、宅とは何だい、俺の前で嚊(かゝあ)ぶらなくたつて、貴樣みたいな者に手をつけるもんか。と云ふ氣がして、ツイと女を離れたなり、スタ/\驅け出した。腥(なまぐ)さい笑に眼は暗ながらキラ/\光つて居た。 恁(こんな)風に、彼は一時間半か二時間の間、盲目滅法(めくらめつぽう)驅けずりつて居たが、其間に醉が全然(すつかり)醒めて了つて、緩(ゆる)んだと云つても零度近い夜風の寒さが、犇々と身に沁みる。頤を埋めた首卷は、夜目にも白い呼氣を吸つて、雪の降つた樣に凍つて居た。雲一つない鋼鐵色の空には、鎗の穗先よりも鋭い星が無數に燦いて、降つて來る光が、凍り果てた雪路の處々を、鏡の缺片(かけら)を散らした樣に照して居た。 三度目か四度目に市廳坂を下りる時、渠は辷るまいと大事を取つて運んで居た足を不圖留めて、廣々とした港内の夜色を見渡した。冷い風が喉から胸に吹き込んで、紛糾した頭腦の熱さまでスウと消える樣な心地がする。星明りに薄(うつす)りと浮んだ阿寒山の雪が、塵も動かぬ冬の夜の空を北に限つて、川向の一區域に燈火を群がらせた停車場から、鋭い汽笛が反響も返さず暗を劈(つんざ)いた。港の中には汽船が二艘、四つ五つの火影がキラリ/\と水に散る。何處ともない波の音が、絶間もない單調の波動を傳へて、働きの鈍り出した渠の頭に聞えて來た。 と、渠は烈しい身顫ひをして、又しても身を屈ませ乍ら、大事々々に足をつり出したが、遽かに腹が減つて來て、足の力もたど/\しい。喉から變な水が沸いて來る。二時間も前から鳩尾(みぞおち)の所に重ねて、懷に入れておいた手で、襯衣(シヤツ)の上からズウと下腹まで摩つて見たが、米一粒入つて居ぬ程凹んで居る。彼はモウ一刻も耐らぬ程食慾を催して來た。それも其筈、今朝九時頃に朝飯を食つてから、夕方に小野山の室で酒を飮んで鯣の焙(あぶ)つたのを舐(しやぶ)つた限(きり)なのだ。 淺間しい事ではあるが、然しこれは渠にとつて今日に限つた事でなかつた。渠は米町裏のトある寺の前の素人下宿に宿つて居るけれど、モウ二月越下宿料を一文も入れてないので、五分と顏を見てさへ居れば、直ぐそれを云ひ出す宿の主婦の面が厭で、起きて朝飯を食ふと飛び出した儘、晝飯は無論食はず、社から退(ひ)けても宿へ歸らずに、夕飯にあり附きさうな家を訪ねる。でなければ、例の新聞記者と肩書を入れた名刺を振して、斷られるまでは蕎麥屋牛鍋屋の借食をする。それも近頃では殆ど八方塞がりになつたので、少しの機會も逸さずに金を得る事許り考へて居るが、若し怎しても夕飯に有附けぬとなると、渠は何處かの家に坐り込んで、宿の主婦の寢て了ふ十時十一時まで、用もない茶呑談(ちやのみばなし)を人の迷惑とも思はぬ。十五圓の俸給は何處に怎使つて了ふのか、時として二圓五十錢といふ疊附の下駄を穿いたり、馬鹿に派手な羽織の紐を買つたりするのは人の目にも見えるけれど、殘餘(あと)が怎なるかは、恐らく渠自身でも知つて居まい。 餓えた時程人の智(かしこ)くなる時はない。渠は力の拔けた足を急がせて、支廳坂を下りきつたが、左に曲ると兩側の軒燈(ともしび)明るい眞砂町の通衢(とほり)、二町許りで、トある角に立つた新築の旅館の前まで來ると、渠は遽かに足を緩めて、十五六間が程を二三度行きつ戻りつして居たが、先方(むかう)から來た外套の頭巾の目深い男を遣過すと、不圖後前(あとさき)を見して、ツイと許り其旅館の隣家の軒下に進んだ。硝子戸が六枚、其内側に吊した白木綿の垂帛(カーテン)に洋燈(ランプ)の光が映えて、廂の上の大きなペンキ塗りの看板には、「小宮洋服店」と書いてあつた。 渠は突然(いきなり)其硝子戸を開けて、腰を屈めて白木綿を潜つたが、左の肩を上げた其影法師が、二分間許りも明瞭(くつきり)と垂帛(カーテン)に映つて居た。 此家は、三日程前に、職人の一人が病死して葬式を出した家であつた。 三十分許り經つと、同じ影法師が又もや白木綿に映つて、「態々お出下すつたのに何もお構ひ申しませんで。」といふ女の聲と共に野村は戸外(そと)へ出て來た。 十間も行くと、旅館の角に立止つて後を振顧つたが、誰も出て見送つてる者がない。と渠は徐々(ゆる/\)歩き出しながら、袂を探つて何やら小さい紙包を取出して、旅館の窓から洩れる火光(あかり)に披(ひら)いて見たが、『何だ、唯(たつた)一圓五十錢か!』と口に出して呟いた。下宿料だけでも二月分で二十二圓! 少くとも五圓は出すだらうと思つたのに、と聞えぬ樣にブツ/\云つて、チヨッと舌打したが、氣が附いた樣に急がしく周圍(あたり)を見した。それでも渠は珍らしさうに五十錢銀貨三枚を握つて見て、包紙は一應反覆(ひつくりかへ)して何か書いてあるかと調べた限(き)り、皺くちやにして捨てて了つたが、又袂を探してヘナ/\になつた赤いレース絲で編んだ空財布を出して、それに銀貨を入れて、再び袋に納(しま)つた。 さてこれから怎(どう)したもんだらう? と考へたが、二三件向うに煙草屋があるのに目を附けて、不取敢(とりあへず)行つて、「敷島」と「朝日」を一つ宛買つて、一本點(つ)けて出た。モ少し行くと右側の狹い小路の奧に蕎麥屋があるので、一旦其方へ足を向けたが、「イヤ、先づ竹山へ行つて話して置かう。」と考へ附いて、引返して旅館の角を曲つたが、一町半許りで四角になつて居て、左の角が例の共立病院、それについて曲ると、病院の横と向合つて竹山の下宿がある。 竹山の室は街路(みち)に臨んだ二階の八疊間で、自費で据附けたと云ふ煖爐(ストーブ)が熾んに燃えて居た。身のりには種々の雑誌やら、夕方に着く五日前の東京新聞やら手紙やらが散らかつて居て、竹山は讀みさしの厚い本に何かしら細かく赤インキで註を入れて居たが、渠は入ると直ぐ、ボーツと顏を打つ暖さに又候思出した樣に空腹を感じた。來客の後と見えて、支那焼の大きな菓子鉢に、マシヨマローと何やらが堆(うづた)かく盛つて、煙草盆の側にあるのが目に附く。明るい洋燈(ランプ)の光りと烈しい氣象の輝く竹山の眼とが、何といふ事もなしに渠の心を狼狽させた。『頭痛が癒りましたか?』と竹山に云はれた時、その事はモウ全然(すつかり)忘れて居たので、少なからず周章(どぎまぎ)したが、それでも流石、『ハア、頭ですか? イヤ今日は怎(どう)も失體しました。あれから向うの共立病院へ來て一寸診(み)て貰ひましたがねす。ナニ何でもない、酒でも飮めば癒るさッて云ふもんですから宿へ歸つて今迄寢て來ました。主婦(おかみ)の奴が玉子酒を拵へてくれたもんですから、それ飮んで寢たら少し汗が出ましたねす。まだ底の方が些と痛みますどもねす。』と云つて、「朝日」を取出した。『少し聞き込んだ事があつたんで、今つて探つて見ましたが、ナーニ嘘でしたねす。』『然(さ)うかえ、でもマア悠乎(ゆつくり)寢(やす)んでれば可(よ)かつたのに、御苦勞でしたな。』『小宮と云ふ洋服屋がありますねす。』と云つて、野村は鋭どい眼でチラリと竹山の顏を見たが、『彼家(あそこ)で去年の暮に東京から呼んだ職人が、肋膜に罹つて遂此間死にましたがねす。それを其、小宮の嚊が、病氣してゝ稼がないので、ウンと虐待したつて噂があつたんですから、行つて見ましたがねす。』『成程。』と云つたが、竹山は平日(いつも)の樣に念を入れて聞く風でもなかつた。『ナーニ、恰度アノ隣の理髮店(とこや)の嚊が、小宮の嚊と仲が惡いので、其(そんな)事を云ひ觸したに過ぎなかつたですよ。』と云つて、輕く「ハッハハハ。」と笑つたが、其實渠は其噂を材料に、幸ひ小宮の家は、一寸有福でもあり、「少くも五圓」には仕ようと思つて、昨日も一度押かけて行つたが、亭主が留守といふので駄目、先刻又行つて、矢張亭主は居ないと云つたが、嚊の奴頻りにそれを辯解してから、何れ又夫(やど)がお目にかゝつて詳しく申上げるでせうけれどもと云つて、一圓五十錢の紙包を出したのだ。 これと云ふ話も出なかつたが、渠は頻りに「ねす」を振はして居た。一體渠は同じ岩手縣でも南の方の一ノ関近い生れで、竹山は盛岡よりも北の方に育つたから、南部藩と仙台藩の区別が言語の調子にも明白で、少しも似通つた所がないけれども、同縣人といふ感じが渠をしてよく國訛りを出させる。それに又渠は、其國訛りを出すと妙に言語が穩(おとな)しく聞える樣な氣がするので、目上の者の前へ出ると殊更「ねす」を澤山使ふ癖があつた。 程なくして渠は辭して立つたが、竹山は別に見送りに立つでもなかつた。で、自分一人室の中央に立上ると、妙に頭から足まで竹山の鋭い眼に度(はか)られる樣な心地がして、疊觸りの惡い自分の足袋の、汚なくなつて穴の明いてるのが恥しく思はれた。 戸外(そと)へ出ると、一寸病院の前で足を緩めたが、眞砂町へ來るや否や、早速新らしい足袋を買つて、狹い小路の奧の蕎麥屋へ上つた。 二階の四疊半許りの薄汚ない室、座蒲團を持つて入つて來たのが、女中でなくて、印半纏を着た若い男だつたので、渠は聞えぬ程に舌打をしたが、「天麩羅二つ。」と吩附(いひつけ)てやつてドシリと胡坐をかくと、不取敢(とりあへず)急がしく足袋を穿き代へて、古いのを床の間の隅ツこの、燈光(あかり)の屆かぬ暗い所へ投出した。「敷島」を出して成るべく悠然(ゆつくり)と喫ひ出したが、一分經つても、二分過ぎても、まだお誂へが來ない。と、渠は立つて行つて其古足袋を、壁の下の隅に、大きな鼠穴が明いてる所へヘシ込んで了つた。 間もなく下では何か物に驚いた聲がして、續いて笑聲が起つたが、渠は「敷島」を美味(うま)さうに吹かしながら、呼吸を深くして腹を凹ましたり、出したり、今日位腹を減らした事がないなどと考へて居た。 所へ階段を上る音がしたので、來たナと思つたから、腹の運動を止めて何氣ない顏をしてると、以前の若い男が小腰を屈めて障子を明けた。『ヘイ、これは旦那のお足袋ぢや厶いませんか? 鼠が落(おつ)こちたかと思つたら、足袋が降つて來たと云ふので、臺所ぢや貴方、吃驚(びつくり)いたしましたんで。ヘイ、全く、怎(どう)も、ヘイ。』と、妙な薄笑ひをし乍ら、今し方壁の鼠穴へヘシ込んだ許りの濡れた古足袋を、二つ揃へて敷居際に置いたなり、障子を閉めて狐鼠々々(こそ/\)下りて行く。 呆然として口を開いた儘聞いて居た渠は、障子が閉まると、クワッと許り上氣して顏が火の出る程赤くなつた。恥辱の念と憤怒の情が、ダイナマイトでも爆發した樣に、身體中の血管を破つて、突然(いきなり)立上つたが、腹が減つてるのでフラフラと蹌踉(よろめ)く。 よろめく足を踏み耐へて、室から出ると、足音荒く階段を下りて來たが、例の女中が恰度丼を二つ載せた膳を持つて來た所で、『オヤ。』と尻上りに叫んで途を披(ひら)いた。『モウ要(い)らん。』と凄じく怒鳴るや否や、周章(あたふた)下駄を突懸(つゝか)けて、疾風の樣に飛出したが、小路の入口でイヤと云ふ程電信柱に額を打附(ぶつつ)けた。後では、男女を合せて五六人の高い笑聲が、ドッと許り喊(とき)の聲の樣に聞えた樣であつた。 二町許り驅けて來ると、セイセイ呼吸が逸(はづ)んで來て、胸の動悸のみ高い。まだ忌々しさが殘つて居たが、それも空腹には勝てず、足を緩めて、少し動悸が治まると、梅澤屋と云ふ休坂(やすみざか)下の蕎麥屋へ入た。『お誂へは?』と反齒(そつぱ)の女中に問はれて、「天麩羅」と云はうとしたが、先刻の若い男の顏がチラリと頭に閃いたので、『何でも可い。』と云つて了つた。『天麩羅に致しませうか? それとも月見なり五目なり、柏も直ぐ出來ますが。』『(うん)、その、何(ど)れでも可い。柏でも可い。』 かくて渠は、一滴の汁も殘さず柏二杯を平らげたが、するとモウ心にも身體にも坐りがついて、先刻の事を考へると、我ながら滑稽になつてつい口に出して笑つて見る。手を叩いて更に「天麩羅二つ」と吩附(いひつ)けた。 それも平らげて了ふと、まだ何か喰ひたい樣だけれど、モウ腹が大分張つて來たので、止めた。と、眠氣が催すまでに惡落着がして來て、悠然と改めて室の中を見したが、「敷島」と「朝日」と交代に頻に喫ひながら、到頭ゴロリと横になつた。それでも、階段に女中の足音がする度、起直つて知らん振をして居たが、恁(こんな)具合にして渠は、階下(した)の時計が十時を打つまで、隨分長い間此處に過した。一度、手も拍たぬのに女中が來て、「お呼びで厶いますか?」と襖を開けたが、それはモウ歸つて呉れと云ふ謎だと氣が附いたけれど、悠然(ゆつたり)と落着いて了つた渠の心は、それしきの事で動くものでない。 恁(かく)許り悠然した心地は渠の平生に全くない事であつた。顏には例の痙攣(ひきつけ)も起つて居ない。物事が凡て無造作で、心配一つあるでなく、善とか惡とか云ふ事も全く腦裡から消えて了つて、渠はそれからそれと靜かに考へをらして居たが、第一に多少の思慮を費したのは、小宮洋服店から如何にしてモット金を取るべきかと云ふ問題であつた。それに自分一人よりも相棒のある方は都合が可いと考へついたので、渠は其人選にアレかコレかと迷つた末、まだ何も知らぬ長野の奴を引張り込まうと決心した。 と、渠はその長野の馬鹿に氣の利かぬ事を思出して、一人で笑つた。それは昨日の事、奴が竹山から東京電報の飜譯を命ぜられて、唯五六通に半時間もかかつて居たが、『ええ一寸伺ひますが、……怎(どう)もまだ慣れませんで(と申譯をしておいて、)カンカインとは怎(どう)かくんでせうか。』『感化院さ。』と云つて竹山が字を書いて見せた。すると、『ア然うですか。ぢやモ一つ、ええと、鎌田といふ大臣がありましたらうか? 一寸聞きなれない樣ですけれど。』『無い。』『然うですか喃。イヤ其、電文にはカナダとあるんですけれど、金田といふ大臣は聞いた事がないから、鎌田の間違ぢやないかと思ひまして。』『ドレ見せ給へ。』と竹山は其電報を取つて『何だ、「加奈太大臣ルミユー氏」ぢやないか。今度日本へ來た加奈太政府の勞働大臣さ。』『然うですか。怎(どう)も慣れませんもので。』 これで皆が思はず笑つたので、流石に長野も恥かしくなつたと見えて、顏を眞赤にしたが、今度は自分の袂を曳いて、「陸軍ケイホウのケイホウは怎(どう)う書きませう。」と小聲で訊ねる、「警報さ」と書いて見せると、「然(さ)うですか、怎(どう)も有難う。」と云つたが、「何だい、何だい?」と竹山が云ふので、「陸軍ケイホウです。」と答へると、「ケイホウは刑罰の刑に法律の法だぜ。」と云ふ。俺もハッとしたが、長野は「然(さ)うですか。」と云つたきり、俺には何とも云はず、顏を赤くした儘、其教へられた通り書いて居た。すると竹山は、以後毎日東京や札幌の新聞を讀めと長野に云つて、『鎌田といふ大臣のあるか無いかは理髮店の亭主だつて知つてるぢやないか。東京新聞を讀んで居れば、刻下の問題の何であるかが解るし、翌日の議會の日程に上る法律案などは札幌小樽の新聞に載つてるし、毎日新聞さへ讀んでれば電報の譯せんことがない筈なんだ。昨晩だつて君、九時頃に來た電報の「北海道官有林附與問題」といふのを、君が「不用問題」と書いたつて、工場の小僧共が笑つてたよ。」 長野の眞赤にした大きい顏が、霎時(しばらく)渠の眼を去らないで、悠然として笑を續けさせて居た。 それから渠は、種々(いろ/\)と竹山の事も考へて見た。竹山が折角東京へ乘込んで詩集まで出して居ながら、新聞記者などになつて北海道の隅ツこへ流れて來るには、何かしら其處に隱された事情があるに違ひない。屹度暗い事でもして來たんだらう。然(さ)うでなければ、と考へて渠は四年前の竹山について、それかこれかと思出して見たが、一度下宿料を半金だけ入れて、殘りは二三日と云つたのが、到頭十日も延びたので、下宿のアノ主婦が少し心配して居つた[#「居つた」は底本では「居たつた]外、これぞと思ふ事も思出せなかつた。 竹山の下宿は社に近くて可い、と思ふ。すると又病院の事が心に浮ぶ。それとなき微笑が口元に湧いて、梅野の活溌なのが喰ひつきたい程可愛く思はれる。梅野は美しい、白い。背は少し低いが、……アノ眞白な肥つた脛、と思ふと、渠の口元は益々緩んだ。醫者の小野山も殆んど憎くない。不圖したら彼奴も此頃では、看護婦長に飽きて梅野に目をつけてるのぢやないかとも考へたが、それでも些(ちつ)とも憎くない。梅野は美しいから人の目につく。けれども矢張彼女(あれ)は俺のもんさ。末は怎でも今は俺のもんさ、彼女の擧動はまだ男を知つて居ないらしいが、那(あんな)に若く見える癖に二十二だつていふから、もう男の肌に觸れてるかも知れぬ。それも構はんさ。大抵の女は、表面こそ處女だけれども、モウ二十歳を越すと男を知つてるから喃。…… 十時の時計を聞くと、渠は勘定を濟ませて蕎麥屋から出た。休坂(やすみざか)を上つて釧路座の横に來ると、十日程前に十軒許り燒けた火事跡に、雪の中の所々から、眞黒な柱や棟木が倒れた儘に頭を擡げて居た。白い波の中を海馬が泳いでる樣に。 少し行くと、右側のトある家の窓に火光(あかり)がさして居る。渠は其窓際へ寄つて、コツコツと硝子を叩いた。白い窓掛に手の影が移つて半分許り曳かれると、窓の下の炬燵に三十五六の蒼白い女が居る。『蝶吉さんは未だ歸らないの?』と優しい低い聲で云つた。『え、未だ。』と女は窓外(そと)を覗いたが『マア野村さんですか。姐さん達は十二時でなくちや歸りませんの。』 これは彼がよく遊びに行く藝者の宅(うち)で、蝶吉と小駒の二人が、「小母(おば)さん」と呼ぶ此女を雇つて萬事の世話を頼んで居る。日暮から十二時過までは、何日でも此陰氣な小母さんが一人此炬燵にあたつてるので、野村は時として此小母さんを何とか仕ようと思ふ事がないでもない。女は窓掛に手をかけた儘、入れとも云はず窓外(そと)を覗いてるので、渠は構はず入つて見ようとも思つたが、何分にも先程から氣が悠然(ゆつたり)と寛大になつてるので、遂ぞ起した事のない「可哀さうだ。」といふ氣がした。『又來るよ。』と云ひ捨てた儘、彼は窓際を離れて、「主婦(おかみ)はモウ大丈夫寢たナ。」と思ひ乍ら家路へ歩き出した。
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我等の一団と彼(われらのいちだんとかれ)弓町より(ゆみまちより)二筋の血(ふたすじのち)天鵞絨(びろうど)漂泊(ひょうはく)初めて見たる小樽(はじめてみたるおたる)葉書(はがき)葬列(そうれつ)