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一房の葡萄(ひとふさのぶどう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-21 11:26:26  点击:  切换到繁體中文


「君はジムの絵具を持っているだろう。ここに出したまえ。」
 そういってその生徒は僕の前に大きくひろげた手をつき出しました。そういわれると僕はかえって心が落着いて、
「そんなもの、僕持ってやしない。」と、ついでたらめをいってしまいました。そうすると三四人の友達と一緒に僕のそばに来ていたジムが、
「僕は昼休みの前にちゃんと絵具箱を調べておいたんだよ。一つもくなってはいなかったんだよ。そして昼休みが済んだら二つ失くなっていたんだよ。そして休みの時間に教場にいたのは君だけじゃないか。」と少し言葉を震わしながら言いかえしました。
 僕はもう駄目だめだと思うと急に頭の中に血が流れこんで来て顔が真赤まっかになったようでした。すると誰だったかそこに立っていた一人がいきなり僕のポッケットに手をさし込もうとしました。僕は一生懸命にそうはさせまいとしましたけれども、多勢たぜい無勢ぶぜいとてかないません。僕のポッケットの中からは、見る見るマーブルだま(今のビーだまのことです)や鉛のメンコなどと一緒に二つの絵具のかたまりが掴み出されてしまいました。「それ見ろ」といわんばかりの顔をして子供達は憎らしそうに僕の顔をにらみつけました。僕のからだはひとりでにぶるぶる震えて、眼の前が真暗まっくらになるようでした。いいお天気なのに、みんな休時間を面白そうに遊び廻っているのに、僕だけは本当に心からしおれてしまいました。あんなことをなぜしてしまったんだろう。取りかえしのつかないことになってしまった。もう僕は駄目だ。そんなに思うと弱虫だった僕はさびしく悲しくなって来て、しくしくと泣き出してしまいました。
「泣いておどかしたって駄目だよ」とよく出来る大きな子が馬鹿にするような憎みきったような声で言って、動くまいとする僕をみんなで寄ってたかって二階に引張って行こうとしました。僕は出来るだけ行くまいとしたけれどもとうとう力まかせに引きずられて階子段はしごだんを登らせられてしまいました。そこに僕の好きな受持ちの先生の部屋へやがあるのです。
 やがてその部屋の戸をジムがノックしました。ノックするとは這入はいってもいいかと戸をたたくことなのです。中からはやさしく「お這入はいり」という先生の声が聞こえました。僕はその部屋に這入る時ほどいやだと思ったことはまたとありません。
 何か書きものをしていた先生はどやどやと這入って来た僕達を見ると、少し驚いたようでした。が、女の癖に男のようにくびの所でぶつりと切った髪の毛を右の手でであげながら、いつものとおりのやさしい顔をこちらに向けて、一寸ちょっと首をかしげただけで何の御用という風をしなさいました。そうするとよく出来る大きな子が前に出て、僕がジムの絵具を取ったことをくわしく先生に言いつけました。先生は少し曇った顔付きをして真面目まじめにみんなの顔や、半分泣きかかっている僕の顔を見くらべていなさいましたが、僕に「それは本当ですか。」と聞かれました。本当なんだけれども、僕がそんないやなやつだということをどうしても僕の好きな先生に知られるのがつらかったのです。だから僕は答える代りに本当に泣き出してしまいました。
 先生はしばらく僕を見つめていましたが、やがて生徒達に向って静かに「もういってもようございます。」といって、みんなをかえしてしまわれました。生徒達は少し物足らなそうにどやどやと下に降りていってしまいました。
 先生は少しの間なんとも言わずに、僕の方も向かずに自分の手の爪を見つめていましたが、やがて静かに立って来て、僕のかたの所を抱きすくめるようにして「絵具はもう返しましたか。」と小さな声でおっしゃいました。僕は返したことをしっかり先生に知ってもらいたいので深々とうなずいて見せました。
「あなたは自分のしたことをいやなことだったと思っていますか。」
 もう一度そう先生が静かに仰った時には、僕はもうたまりませんでした。ぶるぶると震えてしかたがないくちびるを、みしめても噛みしめても泣声が出て、眼からは涙がむやみに流れて来るのです。もう先生に抱かれたまま死んでしまいたいような心持ちになってしまいました。
「あなたはもう泣くんじゃない。よくわかったらそれでいいから泣くのをやめましょう、ね。次ぎの時間には教場に出ないでもよろしいから、わたくしのこのお部屋に入らっしゃい。静かにしてここに入らっしゃい。私が教場から帰るまでここに入らっしゃいよ。いい。」と仰りながら僕を長椅子ながいすすわらせて、その時また勉強の鐘がなったので、机の上の書物を取り上げて、僕の方を見ていられましたが、二階の窓まで高くあがった葡萄蔓ぶどうづるから、一房ひとふさの西洋葡萄をもぎって、しくしくと泣きつづけていた僕のひざの上にそれをおいて静かに部屋を出て行きなさいました。

        三

 一時いちじがやがやとやかましかった生徒達はみんな教場きょうじょう這入はいって、急にしんとするほどあたりが静かになりました。僕はさびしくって淋しくってしようがないほど悲しくなりました。あの位好きな先生を苦しめたかと思うと僕は本当に悪いことをしてしまったと思いました。葡萄ぶどうなどはとてべる気になれないでいつまでも泣いていました。
 ふと僕は肩を軽くゆすぶられて眼をさましました。僕は先生の部屋へやでいつの間にか泣寝入りをしていたと見えます。少しせて身長せいの高い先生は笑顔えがおを見せて僕を見おろしていられました。僕は眠ったために気分がよくなって今まであったことは忘れてしまって、少し恥しそうに笑いかえしながら、あわてて膝の上からすべり落ちそうになっていた葡萄の房をつまみ上げましたが、すぐ悲しいことを思い出して笑いも何も引込んでしまいました。
「そんなに悲しい顔をしないでもよろしい。もうみんなは帰ってしまいましたから、あなたはお帰りなさい。そして明日あすはどんなことがあっても学校に来なければいけませんよ。あなたの顔を見ないとわたくしは悲しく思いますよ。屹度きっとですよ。」
 そういって先生は僕のカバンの中にそっと葡萄の房を入れて下さいました。僕はいつものように海岸通りを、海をながめたり船を眺めたりしながらつまらなくいえに帰りました。そして葡萄をおいしく喰べてしまいました。
 けれども次の日が来ると僕は中々学校に行く気にはなれませんでした。おなかが痛くなればいいと思ったり、頭痛がすればいいと思ったりしたけれども、その日に限って虫歯一本痛みもしないのです。仕方なしにいやいやながらいえは出ましたが、ぶらぶらと考えながら歩きました。どうしても学校の門を這入ることは出来ないように思われたのです。けれども先生の別れの時の言葉を思い出すと、僕は先生の顔だけはなんといっても見たくてしかたがありませんでした。僕が行かなかったら先生は屹度悲しく思われるに違いない。もう一度先生のやさしい眼で見られたい。ただその一事ひとことがあるばかりで僕は学校の門をくぐりました。
 そうしたらどうでしょう、ず第一に待ち切っていたようにジムが飛んで来て、僕の手を握ってくれました。そして昨日きのうのことなんか忘れてしまったように、親切に僕の手をひいてどぎまぎしている僕を先生の部屋に連れて行くのです。僕はなんだか訳がわかりませんでした。学校に行ったらみんなが遠くの方から僕を見て「見ろ泥棒の※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)うそつきの日本人が来た」とでも悪口をいうだろうと思っていたのにこんな風にされると気味が悪いほどでした。
 二人の足音を聞きつけてか、先生はジムがノックしない前に、戸を開けて下さいました。二人は部屋の中に這入りました。
「ジム、あなたはいい子、よくわたくしの言ったことがわかってくれましたね。ジムはもうあなたからあやまってもらわなくってもいいと言っています。二人は今からいいお友達になればそれでいいんです。二人とも上手じょうずに握手をなさい。」と先生はにこにこしながら僕達を向い合せました。僕はでもあんまり勝手過ぎるようでもじもじしていますと、ジムはいそいそとぶら下げている僕の手を引張り出して堅く握ってくれました。僕はもうなんといってこのうれしさを表せばいいのか分らないで、ただ恥しく笑うほかありませんでした。ジムも気持よさそうに、笑顔をしていました。先生はにこにこしながら僕に、
昨日きのう葡萄ぶどうはおいしかったの。」と問われました。僕は顔を真赤まっかにして「ええ」と白状するより仕方がありませんでした。
「そんなら又あげましょうね。」
 そういって、先生は真白まっしろなリンネルの着物につつまれたからだを窓からのび出させて、葡萄の一房をもぎ取って、真白まっしろい左の手の上に粉のふいた紫色の房を乗せて、細長い銀色のはさみ真中まんなかからぷつりと二つに切って、ジムと僕とに下さいました。真白いひらに紫色の葡萄の粒が重って乗っていたその美しさを僕は今でもはっきりと思い出すことが出来ます。
 僕はその時から前より少しいい子になり、少しはにかみ屋でなくなったようです。
 それにしても僕の大好きなあのいい先生はどこに行かれたでしょう。もう二度とはえないと知りながら、僕は今でもあの先生がいたらなあと思います。秋になるといつでも葡萄の房は紫色に色づいて美しく粉をふきますけれども、それを受けた大理石のような白い美しい手はどこにも見つかりません。





底本:「赤い鳥傑作集」新潮文庫、新潮社
   1955(昭和30)年6月25日発行
   1974(昭和49)年9月10日29刷改版
   1984(昭和59)年10月10日44刷
初出:「赤い鳥」
   1920(大正9)年8月号
入力:鈴木厚司
1999年2月13日公開
2005年11月20日修正
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