四三
その夜おそくまで岡はほんとうに忠実やかに貞世の病床に付き添って世話をしてくれた。口少なにしとやかによく気をつけて、貞世の欲する事をあらかじめ知り抜いているような岡の看護ぶりは、通り一ぺんな看護婦の働きぶりとはまるでくらべものにならなかった。葉子は看護婦を早く寝かしてしまって、岡と二人だけで夜のふけるまで氷嚢を取りかえたり、熱を計ったりした。
高熱のために貞世の意識はだんだん不明瞭になって来ていた。退院して家に帰りたいとせがんでしようのない時は、そっと向きをかえて臥かしてから、「さあもうお家ですよ」というと、うれしそうに笑顔をもらしたりした。それを見なければならぬ葉子はたまらなかった。どうかした拍子に、葉子は飛び上がりそうに心が責められた。これで貞世が死んでしまったなら、どうして生き永らえていられよう。貞世をこんな苦しみにおとしいれたものはみんな自分だ。自分が前どおりに貞世に優しくさえしていたら、こんな死病は夢にも貞世を襲って来はしなかったのだ。人の心の報いは恐ろしい……そう思って来ると葉子はだれにわびようもない苦悩に息気づまった。
緑色の風呂敷で包んだ電燈の下に、氷嚢を幾つも頭と腹部とにあてがわれた貞世は、今にも絶え入るかと危ぶまれるような荒い息気づかいで夢現の間をさまようらしく、聞きとれない囈言を時々口走りながら、眠っていた。岡は部屋のすみのほうにつつましく突っ立ったまま、緑色をすかして来る電燈の光でことさら青白い顔色をして、じっと貞世を見守っていた。葉子は寝台に近く椅子を寄せて、貞世の顔をのぞき込むようにしながら、貞世のために何かし続けていなければ、貞世の病気がますます重るという迷信のような心づかいから、要もないのに絶えず氷嚢の位置を取りかえてやったりなどしていた。
そして短い夜はだんだんにふけて行った。葉子の目からは絶えず涙がはふり落ちた。倉地と思いもかけない別れかたをしたその記憶が、ただわけもなく葉子を涙ぐました。
と、ふっと葉子は山内の家のありさまを想像に浮かべた。玄関わきの六畳ででもあろうか、二階の子供の勉強部屋ででもあろうか、この夜ふけを下宿から送られた老女が寝入ったあと、倉地と愛子とが話し続けているような事はないか。あの不思議に心の裏を決して他人に見せた事のない愛子が、倉地をどう思っているかそれはわからない。おそらくは倉地に対しては何の誘惑も感じてはいないだろう。しかし倉地はああいうしたたか者だ。愛子は骨に徹する怨恨を葉子に対していだいている。その愛子が葉子に対して復讐の機会を見いだしたとこの晩思い定めなかったとだれが保証し得よう。そんな事はとうの昔に行なわれてしまっているのかもしれない。もしそうなら、今ごろは、このしめやかな夜を……太陽が消えてなくなったような寒さと闇とが葉子の心におおいかぶさって来た。愛子一人ぐらいを指の間に握りつぶす事ができないと思っているのか……見ているがいい。葉子はいらだちきって毒蛇のような殺気だった心になった。そして静かに岡のほうを顧みた。
何か遠いほうの物でも見つめているように少しぼんやりした目つきで貞世を見守っていた岡は、葉子に振り向かれると、そのほうに素早く目を転じたが、その物すごい不気味さに脊髄まで襲われたふうで、顔色をかえて目をたじろがした。
「岡さん。わたし一生のお頼み……これからすぐ山内の家まで行ってください。そして不用な荷物は今夜のうちにみんな倉地さんの下宿に送り返してしまって、わたしと愛子のふだん使いの着物と道具とを持って、すぐここに引っ越して来るように愛子にいいつけてください。もし倉地さんが家に来ていたら、わたしから確かに返したといってこれを渡してください(そういって葉子は懐紙に拾円紙幣の束を包んで渡した)。いつまでかかっても構わないから今夜のうちにね。お頼みを聞いてくださって?」
なんでも葉子のいう事なら口返答をしない岡だけれどもこの常識をはずれた葉子の言葉には当惑して見えた。岡は窓ぎわに行ってカーテンの陰から戸外をすかして見て、ポケットから巧緻な浮き彫りを施した金時計を取り出して時間を読んだりした。そして少し躊躇するように、
「それは少し無理だとわたし、思いますが……あれだけの荷物を片づけるのは……」
「無理だからこそあなたを見込んでお願いするんですわ。そうねえ、入り用のない荷物を倉地さんの下宿に届けるのは何かもしれませんわね。じゃ構わないから置き手紙を婆やというのに渡しておいてくださいまし。そして婆やにいいつけてあすでも倉地さんの所に運ばしてくださいまし。それなら何もいさくさはないでしょう。それでもおいや? いかが?……ようございます。それじゃもうようございます。あなたをこんなにおそくまでお引きとめしておいて、又候めんどうなお願いをしようとするなんてわたしもどうかしていましたわ。……貞ちゃんなんでもないのよ。わたし今岡さんとお話ししていたんですよ。汽車の音でもなんでもないんだから、心配せずにお休み……どうして貞世はこんなに怖い事ばかりいうようになってしまったんでしょう。夜中などに一人で起きていて囈言を聞くとぞーっとするほど気味が悪くなりますのよ。あなたはどうぞもうお引き取りくださいまし。わたし車屋をやりますから……」
「車屋をおやりになるくらいならわたし行きます」
「でもあなたが倉地さんに何とか思われなさるようじゃお気の毒ですもの」
「わたし、倉地さんなんぞをはばかっていっているのではありません」
「それはよくわかっていますわ。でもわたしとしてはそんな結果も考えてみてからお頼みするんでしたのに……」
こういう押し問答の末に岡はとうとう愛子の迎えに行く事になってしまった。倉地がその夜はきっと愛子の所にいるに違いないと思った葉子は、病院に泊まるものと高をくくっていた岡が突然真夜中に訪れて来たので倉地もさすがにあわてずにはいられまい。それだけの狼狽をさせるにしても快い事だと思っていた。葉子は宿直部屋に行って、しだらなく睡入った当番の看護婦を呼び起こして人力車を頼ました。
岡は思い入った様子でそっと貞世の病室を出た。出る時に岡は持って来たパラフィン紙に包んである包みを開くと美しい花束だった。岡はそれをそっと貞世の枕もとにおいて出て行った。
しばらくすると、しとしとと降る雨の中を、岡を乗せた人力車が走り去る音がかすかに聞こえて、やがて遠くに消えてしまった。看護婦が激しく玄関の戸締まりする音が響いて、そのあとはひっそりと夜がふけた。遠くの部屋でディフテリヤにかかっている子供の泣く声が間遠に聞こえるほかには、音という音は絶え果てていた。
葉子はただ一人いたずらに興奮して狂うような自分を見いだした。不眠で過ごした夜が三日も四日も続いているのにかかわらず、睡気というものは少しも襲って来なかった。重石をつり下げたような腰部の鈍痛ばかりでなく、脚部は抜けるようにだるく冷え、肩は動かすたびごとにめりめり音がするかと思うほど固く凝り、頭の心は絶え間なくぎりぎりと痛んで、そこからやりどころのない悲哀と疳癪とがこんこんとわいて出た。もう鏡は見まいと思うほど顔はげっそりと肉がこけて、目のまわりの青黒い暈は、さらぬだに大きい目をことさらにぎらぎらと大きく見せた。鏡を見まいと思いながら、葉子はおりあるごとに帯の間から懐中鏡を出して自分の顔を見つめないではいられなかった。
葉子は貞世の寝息をうかがっていつものように鏡を取り出した。そして顔を少し電灯のほうに振り向けてじっと自分を映して見た。おびただしい毎日の抜け毛で額ぎわの著しく透いてしまったのが第一に気になった。少し振り仰いで顔を映すと頬のこけたのがさほどに目立たないけれども、顎を引いて下俯きになると、口と耳との間には縦に大きな溝のような凹みができて、下顎骨[#ルビの「かがくこつ」は底本では「かがつこつ」]が目立っていかめしく現われ出ていた。長く見つめているうちにはだんだん慣れて来て、自分の意識でしいて矯正するために、やせた顔もさほどとは思われなくなり出すが、ふと鏡に向かった瞬間には、これが葉子葉子と人々の目をそばだたした自分かと思うほど醜かった。そうして鏡に向かっているうちに、葉子はその投影を自分以外のある他人の顔ではないかと疑い出した。自分の顔より映るはずがない。それだのにそこに映っているのは確かにだれか見も知らぬ人の顔だ。苦痛にしいたげられ、悪意にゆがめられ、煩悩のために支離滅裂になった亡者の顔……葉子は背筋に一時に氷をあてられたようになって、身ぶるいしながら思わず鏡を手から落とした。
金属の床に触れる音が雷のように響いた。葉子はあわてて貞世を見やった。貞世はまっ赤に充血して熱のこもった目をまんじりと開いて、さも不思議そうに中有を見やっていた。
「愛ねえさん……遠くでピストルの音がしたようよ」
はっきりした声でこういったので、葉子が顔を近寄せて何かいおうとすると昏々としてたわいもなくまた眠りにおちいるのだった。貞世の眠るのと共に、なんともいえない無気味な死の脅かしが卒然として葉子を襲った。部屋の中にはそこらじゅうに死の影が満ち満ちていた。目の前の氷水を入れたコップ一つも次の瞬間にはひとりでに倒れてこわれてしまいそうに見えた。物の影になって薄暗い部分は見る見る部屋じゅうに広がって、すべてを冷たく暗く包み終わるかとも疑われた。死の影は最も濃く貞世の目と口のまわりに集まっていた。そこには死が蛆のようににょろにょろとうごめいているのが見えた。それよりも……それよりもその影はそろそろと葉子を目がけて四方の壁から集まり近づこうとひしめいているのだ。葉子はほとんどその死の姿を見るように思った。頭の中がシーンと冷え通って冴えきった寒さがぞくぞくと四肢を震わした。
その時宿直室の掛け時計が遠くのほうで一時を打った。
もしこの音を聞かなかったら、葉子は恐ろしさのあまり自分のほうから宿直室へ駆け込んで行ったかもしれなかった。葉子はおびえながら耳をそばだてた。宿直室のほうから看護婦が草履をばたばたと引きずって来る音が聞こえた。葉子はほっと息気をついた。そしてあわてるように身を動かして、貞世の頭の氷嚢の溶け具合をしらべて見たり、掻巻を整えてやったりした。海の底に一つ沈んでぎらっと光る貝殻のように、床の上で影の中に物すごく横たわっている鏡を取り上げてふところに入れた。そうして一室一室と近づいて来る看護婦の足音に耳を澄ましながらまた考え続けた。
今度は山内の家のありさまがさながらまざまざと目に見るように想像された。岡が夜ふけにそこを訪れた時には倉地が確かにいたに違いない。そしていつものとおり一種の粘り強さをもって葉子の言伝てを取り次ぐ岡に対して、激しい言葉でその理不尽な狂気じみた葉子の出来心をののしったに違いない。倉地と岡との間には暗々裡に愛子に対する心の争闘が行なわれたろう。岡の差し出す紙幣の束を怒りに任せて畳の上にたたきつける倉地の威丈高な様子、少女にはあり得ないほどの冷静さで他人事のように二人の間のいきさつを伏し目ながらに見守る愛子の一種の毒々しい妖艶さ。そういう姿がさながら目の前に浮かんで見えた。ふだんの葉子だったらその想像は葉子をその場にいるように興奮させていたであろう。けれども死の恐怖に激しく襲われた葉子はなんともいえない嫌悪の情をもってのほかにはその場面を想像する事ができなかった。なんというあさましい人の心だろう。結局は何もかも滅びて行くのに、永遠な灰色の沈黙の中にくずれ込んでしまうのに、目前の貪婪に心火の限りを燃やして、餓鬼同様に命をかみ合うとはなんというあさましい心だろう。しかもその醜い争いの種子をまいたのは葉子自身なのだ。そう思うと葉子は自分の心と肉体とがさながら蛆虫のようにきたなく見えた。……何のために今まであってないような妄執に苦しみ抜いてそれを生命そのもののように大事に考え抜いていた事か。それはまるで貞世が始終見ているらしい悪夢の一つよりもさらにはかないものではないか。……こうなると倉地さえが縁もゆかりもないもののように遠く考えられ出した。葉子はすべてのもののむなしさにあきれたような目をあげて今さららしく部屋の中をながめ回した。なんの飾りもない、修道院の内部のような裸な室内がかえってすがすがしく見えた。岡の残した貞世の枕もとの花束だけが、そしておそらくは(自分では見えないけれども)これほどの忙しさの間にも自分を粉飾するのを忘れずにいる葉子自身がいかにも浮薄なたよりないものだった。葉子はこうした心になると、熱に浮かされながら一歩一歩なんの心のわだかまりもなく死に近づいて行く貞世の顔が神々しいものにさえ見えた。葉子は祈るようなわびるような心でしみじみと貞世を見入った。
やがて看護婦が貞世の部屋にはいって来た。形式一ぺんのお辞儀を睡そうにして、寝台のそばに近寄ると、無頓着なふうに葉子が入れておいた検温器を出して灯にすかして見てから、胸の氷嚢を取りかえにかかった。葉子は自分一人の手でそんな事をしてやりたいような愛着と神聖さとを貞世に感じながら看護婦を手伝った。
「貞ちゃん……さ、氷嚢を取りかえますからね……」
とやさしくいうと、囈言をいい続けていながらやはり貞世はそれまで眠っていたらしく、痛々しいまで大きくなった目を開いて、まじまじと意外な人でも見るように葉子を見るのだった。
「おねえ様なの……いつ帰って来たの。おかあ様がさっきいらしってよ……いやおねえ様、病院いや帰る帰る……おかあ様おかあ様(そういってきょろきょろとあたりを見回しながら)帰らしてちょうだいよう。お家に早く、おかあ様のいるお家に早く……」
葉子は思わず毛孔が一本一本逆立つほどの寒気を感じた。かつて母という言葉もいわなかった貞世の口から思いもかけずこんな事を聞くと、その部屋のどこかにぼんやり立っている母が感ぜられるように思えた。その母の所に貞世は行きたがってあせっている。なんという深いあさましい骨肉の執着だろう。
看護婦が行ってしまうとまた病室の中はしんとなってしまった。なんともいえず可憐な澄んだ音を立てて水たまりに落ちる雨だれの音はなお絶え間なく聞こえ続けていた。葉子は泣くにも泣かれないような心になって、苦しい呼吸をしながらもうつらうつらと生死の間を知らぬげに眠る貞世の顔をのぞき込んでいた。
と、雨だれの音にまじって遠くのほうに車の轍の音を聞いたように思った。もう目をさまして用事をする人もあるかと、なんだか違った世界の出来事のようにそれを聞いていると、その音はだんだん病室のほうに近寄って来た。……愛子ではないか……葉子は愕然として夢からさめた人のようにきっとなってさらに耳をそばだてた。
もうそこには死生を瞑想して自分の妄執のはかなさをしみじみと思いやった葉子はいなかった。我執のために緊張しきったその目は怪しく輝いた。そして大急ぎで髪のほつれをかき上げて、鏡に顔を映しながら、あちこちと指先で容子を整えた。衣紋もなおした。そしてまたじっと玄関のほうに聞き耳を立てた。
はたして玄関の戸のあく音が聞こえた。しばらく廊下がごたごたする様子だったが、やがて二三人の足音が聞こえて、貞世の病室の戸がしめやかに開かれた。葉子はそのしめやかさでそれは岡が開いたに違いない事を知った。やがて開かれた戸口から岡にちょっと挨拶しながら愛子の顔が静かに現われた。葉子の目は知らず知らずそのどこまでも従順らしく伏し目になった愛子の面に激しく注がれて、そこに書かれたすべてを一時に読み取ろうとした。小羊のようにまつ毛の長いやさしい愛子の目はしかし不思議にも葉子の鋭い眼光にさえ何物をも見せようとはしなかった。葉子はすぐいらいらして、何事もあばかないではおくものかと心の中で自分自身に誓言を立てながら、
「倉地さんは」
と突然真正面から愛子にこう尋ねた。愛子は多恨な目をはじめてまともに葉子のほうに向けて、貞世のほうにそれをそらしながら、また葉子をぬすみ見るようにした。そして倉地さんがどうしたというのか意味が読み取れないというふうを見せながら返事をしなかった。生意気をしてみるがいい……葉子はいらだっていた。
「おじさんも一緒にいらしったかいというんだよ」
「いゝえ」
愛子は無愛想なほど無表情に一言そう答えた。二人の間にはむずかしい沈黙が続いた。葉子はすわれとさえいってやらなかった。一日一日と美しくなって行くような愛子は小肥りなからだをつつましく整えて静かに立っていた。
そこに岡が小道具を両手に下げて玄関のほうから帰って来た。外套をびっしょり雨にぬらしているのから見ても、この真夜中に岡がどれほど働いてくれたかがわかっていた。葉子はしかしそれには一言の挨拶もせずに、岡が道具を部屋のすみにおくや否や、
「倉地さんは何かいっていまして?」
と剣を言葉に持たせながら尋ねた。
「倉地さんはおいでがありませんでした。で婆やに言伝てをしておいて、お入り用の荷物だけ造って持って来ました。これはお返ししておきます」
そういって衣嚢の中から例の紙幣の束を取り出して葉子に渡そうとした。
愛子だけならまだしも、岡までがとうとう自分を裏切ってしまった。二人が二人ながら見えすいた虚言をよくもああしらじらしくいえたものだ。おおそれた弱虫どもめ。葉子は世の中が手ぐすね引いて自分一人を敵に回しているように思った。
「へえ、そうですか。どうも御苦労さま。……愛さんお前はそこにそうぼんやり立ってるためにここに呼ばれたと思っているの? 岡さんのそのぬれた外套でも取ってお上げなさいな。そして宿直室に行って看護婦にそういってお茶でも持っておいで。あなたの大事な岡さんがこんなにおそくまで働いてくださったのに……さあ岡さんどうぞこの椅子に(といって自分は立ち上がった)……わたしが行って来るわ、愛さんも働いてさぞ疲れたろうから……よござんす、よござんすったら愛さん……」
自分のあとを追おうとする愛子を刺し貫くほど睨めつけておいて葉子は部屋を出た。そうして火をかけられたようにかっと逆上しながら、ほろほろとくやし涙を流して暗い廊下を夢中で宿直室のほうへ急いで行った。
四四
たたきつけるようにして倉地に返してしまおうとした金は、やはり手に持っているうちに使い始めてしまった。葉子の性癖としていつでもできるだけ豊かな快い夜昼を送るようにのみ傾いていたので、貞世の病院生活にも、だれに見せてもひけを取らないだけの事を上べばかりでもしていたかった。夜具でも調度でも家にあるものの中でいちばん優れたものを選んで来てみると、すべての事までそれにふさわしいものを使わなければならなかった。葉子が専用の看護婦を二人も頼まなかったのは不思議なようだが、どういうものか貞世の看護をどこまでも自分一人でしてのけたかったのだ。その代わり年とった女を二人傭って交代に病院に来さして、洗い物から食事の事までを賄わした。葉子はとても病院の食事では済ましていられなかった。材料のいい悪いはとにかく、味はとにかく、何よりもきたならしい感じがして箸もつける気になれなかったので、本郷通りにある或る料理屋から日々入れさせる事にした。こんなあんばいで、費用は知れない所に思いのほかかかった。葉子が倉地が持って来てくれた紙幣の束から仕払おうとした時は、いずれそのうち木村から送金があるだろうから、あり次第それから埋め合わせをして、すぐそのまま返そうと思っていたのだった。しかし木村からは、六月になって以来一度も送金の通知は来なかった。葉子はそれだからなおさらの事もう来そうなものだと心待ちをしたのだった。それがいくら待っても来ないとなるとやむを得ず持ち合わせた分から使って行かなければならなかった。まだまだと思っているうちに束の厚みはどんどん減って行った。それが半分ほど減ると、葉子は全く返済の事などは忘れてしまったようになって、あるに任せて惜しげもなく仕払いをした。
七月にはいってから気候はめっきり暑くなった。椎の木の古葉もすっかり散り尽くして、松も新しい緑にかわって、草も木も青い焔のようになった。長く寒く続いた五月雨のなごりで、水蒸気が空気中に気味わるく飽和されて、さらぬだに急に堪え難く暑くなった気候をますます堪え難いものにした。葉子は自身の五体が、貞世の回復をも待たずにずんずんくずれて行くのを感じないわけには行かなかった。それと共に勃発的に起こって来るヒステリーはいよいよ募るばかりで、その発作に襲われたが最後、自分ながら気が違ったと思うような事がたびたびになった。葉子は心ひそかに自分を恐れながら、日々の自分を見守る事を余儀なくされた。
葉子のヒステリーはだれかれの見さかいなく破裂するようになったがことに愛子に屈強の逃げ場を見いだした。なんといわれてもののしられても、打ち据えられさえしても、屠所の羊のように柔順に黙ったまま、葉子にはまどろしく見えるくらいゆっくり落ち着いて働く愛子を見せつけられると、葉子の疳癪は嵩じるばかりだった。あんな素直な殊勝げなふうをしていながらしらじらしくも姉を欺いている。それが倉地との関係においてであれ、岡との関係においてであれ、ひょっとすると古藤との関係においてであれ、愛子は葉子に打ち明けない秘密を持ち始めているはずだ。そう思うと葉子は無理にも平地に波瀾が起こしてみたかった。ほとんど毎日――それは愛子が病院に寝泊まりするようになったためだと葉子は自分決めに決めていた――幾時間かの間、見舞いに来てくれる岡に対しても、葉子はもう元のような葉子ではなかった。どうかすると思いもかけない時に明白な皮肉が矢のように葉子の口びるから岡に向かって飛ばされた。岡は自分が恥じるように顔を紅らめながらも、上品な態度でそれをこらえた。それがまたなおさら葉子をいらつかす種になった。
もう来られそうもないといいながら倉地も三日に一度ぐらいは病院を見舞うようになった。葉子はそれをも愛子ゆえと考えずにはいられなかった。そう激しい妄想に駆り立てられて来ると、どういう関係で倉地と自分とをつないでおけばいいのか、どうした態度で倉地をもちあつかえばいいのか、葉子にはほとほと見当がつかなくなってしまった。親身に持ちかけてみたり、よそよそしく取りなしてみたり、その時の気分気分で勝手な無技巧な事をしていながらも、どうしてものがれ出る事のできないのは倉地に対するこちんと固まった深い執着だった。それは情けなくも激しく強くなり増さるばかりだった。もう自分で自分の心根を憫然に思ってそぞろに涙を流して、自らを慰めるという余裕すらなくなってしまった。かわききった火のようなものが息気苦しいまでに胸の中にぎっしりつまっているだけだった。
ただ一人貞世だけは……死ぬか生きるかわからない貞世だけは、この姉を信じきってくれている……そう思うと葉子は前にも増した愛着をこの病児にだけは感じないでいられなかった。「貞世がいるばかりで自分は人殺しもしないでこうしていられるのだ」と葉子は心の中で独語ちた。
けれどもある朝そのかすかな希望さえ破れねばならぬような事件がまくし上がった。
その朝は暁から水がしたたりそうに空が晴れて、珍しくすがすがしい涼風が木の間から来て窓の白いカーテンをそっとなでて通るさわやかな天気だったので、夜通し貞世の寝台のわきに付き添って、睡くなるとそうしたままでうとうとと居睡りしながら過ごして来た葉子も、思いのほか頭の中が軽くなっていた。貞世もその晩はひどく熱に浮かされもせずに寝続けて、四時ごろの体温は七度八分まで下がっていた。緑色の風呂敷を通して来る光でそれを発見した葉子は飛び立つような喜びを感じた。入院してから七度台に熱の下がったのはこの朝が始めてだったので、もう熱の剥離期が来たのかと思うと、とうとう貞世の命は取り留めたという喜悦の情で涙ぐましいまでに胸はいっぱいになった。ようやく一心が届いた。自分のために病気になった貞世は、自分の力でなおった。そこから自分の運命はまた新しく開けて行くかもしれない。きっと開けて行く。もう一度心置きなくこの世に生きる時が来たら、それはどのくらいいい事だろう。今度こそは考え直して生きてみよう。もう自分も二十六だ。今までのような態度で暮らしてはいられない。倉地にもすまなかった。倉地があれほどある限りのものを犠牲にして、しかもその事業といっている仕事はどう考えてみても思わしく行っていないらしいのに、自分たちの暮らし向きはまるでそんな事も考えないような寛濶なものだった。自分は決心さえすればどんな境遇にでも自分をはめ込む事ぐらいできる女だ。もし今度家を持つようになったらすべてを妹たちにいって聞かして、倉地と一緒になろう。そして木村とははっきり縁を切ろう。木村といえば……そうして葉子は倉地と古藤とがいい合いをしたその晩の事を考え出した。古藤にあんな約束をしながら、貞世の病気に紛れていたというほかに、てんで真相を告白する気がなかったので今まではなんの消息もしないでいた自分がとがめられた。ほんとうに木村にもすまなかった。今になってようやく長い間の木村の心の苦しさが想像される。もし貞世が退院するようになったら――そして退院するに決まっているが――自分は何をおいても木村に手紙を書く。そうしたらどれほど心が安くそして軽くなるかしれない。……葉子はもうそんな境界が来てしまったように考えて、だれとでもその喜びをわかちたく思った。で、椅子にかけたまま右後ろを向いて見ると、床板の上に三畳畳を敷いた部屋の一隅に愛子がたわいもなくすやすやと眠っていた。うるさがるので貞世には蚊帳をつってなかったが、愛子の所には小さな白い西洋蚊帳がつってあった。その細かい目を通して見る愛子の顔は人形のように整って美しかった。その愛子をこれまで憎み通しに憎み、疑い通しに疑っていたのが、不思議を通り越して、奇怪な事にさえ思われた。葉子はにこにこしながら立って行って蚊帳のそばによって、
「愛さん……愛さん」
そうかなり大きな声で呼びかけた。ゆうべおそく枕についた愛子はやがてようやく睡そうに大きな目を静かに開いて、姉が枕もとにいるのに気がつくと、寝すごしでもしたと思ったのか、あわてるように半身を起こして、そっと葉子をぬすみ見るようにした。日ごろならばそんな挙動をすぐ疳癪の種にする葉子も、その朝ばかりはかわいそうなくらいに思っていた。
「愛さんお喜び、貞ちゃんの熱がとうとう七度台に下がってよ。ちょっと起きて来てごらん、それはいい顔をして寝ているから……静かにね」
「静かにね」といいながら葉子の声は妙にはずんで高かった。愛子は柔順に起き上がってそっと蚊帳をくぐって出て、前を合わせながら寝台のそばに来た。
「ね?」
葉子は笑みかまけて愛子にこう呼びかけた。
「でもなんだか、だいぶに蒼白く見えますわね」
と愛子が静かにいうのを葉子はせわしく引ったくって、
「それは電燈の風呂敷のせいだわ……それに熱が取れれば病人はみんな一度はかえって悪くなったように見えるものなのよ。ほんとうによかった。あなたも親身に世話してやったからよ」
そういって葉子は右手で愛子の肩をやさしく抱いた。そんな事を愛子にしたのは葉子としては始めてだった。愛子は恐れをなしたように身をすぼめた。
葉子はなんとなくじっとしてはいられなかった。子供らしく、早く貞世が目をさませばいいと思った。そうしたら熱の下がったのを知らせて喜ばせてやるのにと思った。しかしさすがにその小さな眠りを揺りさます事はし得ないで、しきりと部屋の中を片づけ始めた。愛子が注意の上に注意をしてこそとの音もさせまいと気をつかっているのに、葉子がわざとするかとも思われるほど騒々しく働くさまは、日ごろとはまるで反対だった。愛子は時々不思議そうな目つきをしてそっと葉子の挙動を注意した。
そのうちに夜がどんどん明け離れて、電灯の消えた瞬間はちょっと部屋の中が暗くなったが、夏の朝らしく見る見るうちに白い光が窓から容赦なく流れ込んだ。昼になってからの暑さを予想させるような涼しさが青葉の軽いにおいと共に部屋の中にみちあふれた。愛子の着かえた大柄な白の飛白も、赤いメリンスの帯も、葉子の目を清々しく刺激した。
葉子は自分で貞世の食事を作ってやるために宿直室のそばにある小さな庖厨に行って、洋食店から届けて来たソップを温めて塩で味をつけている間も、だんだん起き出て来る看護婦たちに貞世の昨夜の経過を誇りがに話して聞かせた。病室に帰って見ると、愛子がすでに目ざめた貞世に朝じまいをさせていた。熱が下がったのできげんのよかるべき貞世はいっそうふきげんになって見えた。愛子のする事一つ一つに故障をいい立てて、なかなかいう事を聞こうとはしなかった。熱の下がったのに連れて始めて貞世の意志が人間らしく働き出したのだと葉子は気がついて、それも許さなければならない事だと、自分の事のように心で弁疏した。ようやく洗面が済んで、それから寝台の周囲を整頓するともう全く朝になっていた。けさこそは貞世がきっと賞美しながら食事を取るだろうと葉子はいそいそとたけの高い食卓を寝台の所に持って行った。
その時思いがけなくも朝がけに倉地が見舞いに来た。倉地も涼しげな単衣に絽の羽織を羽織ったままだった。その強健な、物を物ともしない姿は夏の朝の気分としっくりそぐって見えたばかりでなく、その日に限って葉子は絵島丸の中で語り合った倉地を見いだしたように思って、その寛濶な様子がなつかしくのみながめられた。倉地もつとめて葉子の立ち直った気分に同じているらしかった。それが葉子をいっそう快活にした。葉子は久しぶりでその銀の鈴のような澄みとおった声で高調子に物をいいながら二言目には涼しく笑った。
「さ、貞ちゃん、ねえさんが上手に味をつけて来て上げたからソップを召し上がれ。けさはきっとおいしく食べられますよ。今までは熱で味も何もなかったわね、かわいそうに」
そういって貞世の身ぢかに椅子を占めながら、糊の強いナフキンを枕から喉にかけてあてがってやると、貞世の顔は愛子のいうようにひどく青味がかって見えた。小さな不安が葉子の頭をつきぬけた。葉子は清潔な銀の匙に少しばかりソップをしゃくい上げて貞世の口もとにあてがった。
「まずい」
貞世はちらっと姉をにらむように盗み見て、口にあるだけのソップをしいて飲みこんだ。
「おやどうして」
「甘ったらしくって」
「そんなはずはないがねえ。どれそれじゃも少し塩を入れてあげますわ」
葉子は塩をたしてみた。けれども貞世はうまいとはいわなかった。また一口飲み込むともういやだといった。
「そういわずとも少し召し上がれ、ね、せっかくねえさんが加減したんだから。第一食べないでいては弱ってしまいますよ」
そう促してみても貞世は金輪際あとを食べようとはしなかった。
突然自分でも思いもよらない憤怒が葉子に襲いかかった。自分がこれほど骨を折ってしてやったのに、義理にももう少しは食べてよさそうなものだ。なんというわがままな子だろう(葉子は貞世が味覚を回復していて、流動食では満足しなくなったのを少しも考えに入れなかった)。
そうなるともう葉子は自分を統御する力を失ってしまっていた。血管の中の血が一時にかっと燃え立って、それが心臓に、そして心臓から頭に衝き進んで、頭蓋骨はばりばりと音を立てて破れそうだった。日ごろあれほどかわいがってやっているのに、……憎さは一倍だった。貞世を見つめているうちに、そのやせきった細首に鍬形にした両手をかけて、一思いにしめつけて、苦しみもがく様子を見て、「そら見るがいい」といい捨ててやりたい衝動がむずむずとわいて来た。その頭のまわりにあてがわるべき両手の指は思わず知らず熊手のように折れ曲がって、はげしい力のために細かく震えた。葉子は凶器に変わったようなその手を人に見られるのが恐ろしかったので、茶わんと匙とを食卓にかえして、前だれの下に隠してしまった。上まぶたの一文字になった目をきりっと据えてはたと貞世をにらみつけた。葉子の目には貞世のほかにその部屋のものは倉地から愛子に至るまですっかり見えなくなってしまっていた。
「食べないかい」
「食べないかい。食べなければ云々」と小言をいって貞世を責めるはずだったが、初句を出しただけで、自分の声のあまりに激しい震えように言葉を切ってしまった。
「食べない……食べない……御飯でなくってはいやあだあ」
葉子の声の下からすぐこうしたわがままな貞世のすねにすねた声が聞こえたと葉子は思った。まっ黒な血潮がどっと心臓を破って脳天に衝き進んだと思った。目の前で貞世の顔が三つにも四つにもなって泳いだ。そのあとには色も声もしびれ果ててしまったような暗黒の忘我が来た。
「おねえ様……おねえ様ひどい……いやあ……」
「葉ちゃん……あぶない……」
貞世と倉地の声とがもつれ合って、遠い所からのように聞こえて来るのを、葉子はだれかが何か貞世に乱暴をしているのだなと思ったり、この勢いで行かなければ貞世は殺せやしないと思ったりしていた。いつのまにか葉子はただ一筋に貞世を殺そうとばかりあせっていたのだ。葉子は闇黒の中で何か自分に逆らう力と根限りあらそいながら、物すごいほどの力をふりしぼってたたかっているらしかった。何がなんだかわからなかった。その混乱の中に、あるいは今自分は倉地の喉笛に針のようになった自分の十本の爪を立てて、ねじりもがきながら争っているのではないかとも思った。それもやがて夢のようだった。遠ざかりながら人の声とも獣の声とも知れぬ音響がかすかに耳に残って、胸の所にさし込んで来る痛みを吐き気のように感じた次の瞬間には、葉子は昏々として熱も光も声もない物すさまじい暗黒の中にまっさかさまに浸って行った。
ふと葉子は擽むるようなものを耳の所に感じた。それが音響だとわかるまでにはどのくらいの時間が経過したかしれない。とにかく葉子はがやがやという声をだんだんとはっきり聞くようになった。そしてぽっかり視力を回復した。見ると葉子は依然として貞世の病室にいるのだった。愛子が後ろ向きになって寝台の上にいる貞世を介抱していた。自分は……自分はと葉子は始めて自分を見回そうとしたが、からだは自由を失っていた。そこには倉地がいて葉子の首根っこに腕を回して、膝の上に一方の足を乗せて、しっかりと抱きすくめていた。その足の重さが痛いほど感じられ出した。やっぱり自分は倉地を死に神のもとへ追いこくろうとしていたのだなと思った。そこには白衣を着た医者も看護婦も見え出した。
葉子はそれだけの事を見ると急に気のゆるむのを覚えた。そして涙がぼろぼろと出てしかたがなくなった。おかしな……どうしてこう涙が出るのだろうと怪しむうちに、やる瀬ない悲哀がどっとこみ上げて来た。底のないようなさびしい悲哀……そのうちに葉子は悲哀とも睡さとも区別のできない重い力に圧せられてまた知覚から物のない世界に落ち込んで行った。
ほんとうに葉子が目をさました時には、まっさおに晴天の後の夕暮れが催しているころだった。葉子は部屋のすみの三畳に蚊帳の中に横になって寝ていたのだった。そこには愛子のほかに岡も来合わせて貞世の世話をしていた。倉地はもういなかった。
愛子のいう所によると、葉子は貞世にソップを飲まそうとしていろいろにいったが、熱が下がって急に食欲のついた貞世は飯でなければどうしても食べないといってきかなかったのを、葉子は涙を流さんばかりになって執念くソップを飲ませようとした結果、貞世はそこにあったソップ皿を臥ていながらひっくり返してしまったのだった。そうすると葉子はいきなり立ち上がって貞世の胸もとをつかむなり寝台から引きずりおろしてこづき回した。幸いにい合わした倉地が大事にならないうちに葉子から貞世を取り放しはしたが、今度は葉子は倉地に死に物狂いに食ってかかって、そのうちに激しい癪を起こしてしまったのだとの事だった。
葉子の心はむなしく痛んだ。どこにとて取りつくものもないようなむなしさが心には残っているばかりだった。貞世の熱はすっかり元通りにのぼってしまって、ひどくおびえるらしい囈言を絶え間なしに口走った。節々はひどく痛みを覚えながら、発作の過ぎ去った葉子は、ふだんどおりになって起き上がる事もできるのだった。しかし葉子は愛子や岡への手前すぐ起き上がるのも変だったのでその日はそのまま寝続けた。
貞世は今度こそは死ぬ。とうとう自分の末路も来てしまった。そう思うと葉子はやるかたなく悲しかった。たとい貞世と自分とが幸いに生き残ったとしても、貞世はきっと永劫自分を命の敵と怨むに違いない。
「死ぬに限る」
葉子は窓を通して青から藍に変わって行きつつある初夏の夜の景色をながめた。神秘的な穏やかさと深さとは脳心にしみ通るようだった。貞世の枕もとには若い岡と愛子とがむつまじげに居たり立ったりして貞世の看護に余念なく見えた。その時の葉子にはそれは美しくさえ見えた。親切な岡、柔順な愛子……二人が愛し合うのは当然でいい事らしい。
「どうせすべては過ぎ去るのだ」
葉子は美しい不思議な幻影でも見るように、電気灯の緑の光の中に立つ二人の姿を、無常を見ぬいた隠者のような心になって打ちながめた。
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