わたしは夢でも見ているように、そう云う言葉を聞いていました。盗人に金を施して貰う、――それはあなたに伺わないでも、確かに善い事ではございますまい。しかし調達が出来るかどうか、半信半疑の境にいた時は、善悪も考えずに居りましたし、また今となって見れば、むげに受け取らぬとも申されません。しかもその金を受け取らないとなれば、わたしばかりか一家のものも、路頭に迷うのでございます。どうかこの心もちに、せめては御憐憫を御加え下さい。わたしはいつか甚内の前に、恭しく両手をついたまま、何も申さずに泣いて居りました。……
その後わたしは二年の間、甚内の噂を聞かずに居りました。が、とうとう分散もせずに恙ないその日を送られるのは、皆甚内の御蔭でございますから、いつでもあの男の仕合せのために、人知れずおん母「まりや」様へも、祈願をこめていたのでございます。ところがどうでございましょう、この頃往来の話を聞けば、阿媽港甚内は御召捕りの上、戻り橋に首を曝していると、こう申すではございませんか? わたくしは驚きも致しました。人知れず涙も落しました。しかし積悪の報と思えば、これも致し方はございますまい。いや、むしろこの永年、天罰も受けずに居りましたのは、不思議だったくらいでございます。が、せめてもの恩返しに、陰ながら回向をしてやりたい。――こう思ったものでございますから、わたしは今日伴もつれずに、早速一条戻り橋へ、その曝し首を見に参りました。
戻り橋のほとりへ参りますと、もうその首を曝した前には、大勢人がたかって居ります。罪状を記した白木の札、首の番をする下役人――それはいつもと変りません。が、三本組み合せた、青竹の上に載せてある首は、――ああ、そのむごたらしい血まみれの首は、どうしたと云うのでございましょう? わたしは騒々しい人だかりの中に、蒼ざめた首を見るが早いか、思わず立ちすくんでしまいました。この首はあの男ではございません。阿媽港甚内の首ではございません。この太い眉、この突き出た頬、この眉間の刀創、――何一つ甚内には似て居りません。しかし、――わたしは突然日の光も、わたしのまわりの人だかりも、竹の上に載せた曝し首も、皆どこか遠い世界へ、流れてしまったかと思うくらい、烈しい驚きに襲われました。この首は甚内ではございません。わたしの首でございます。二十年以前のわたし、――ちょうど甚内の命を助けた、その頃のわたしでございます。「弥三郎!」――わたしは舌さえ動かせたなら、こう叫んでいたかも知れません。が、声を揚げるどころかわたしの体は瘧を病んだように、震えているばかりでございました。
弥三郎! わたしはただ幻のように、倅の曝し首を眺めました。首はやや仰向いたまま半ば開いた
の下から、じっとわたしを見守って居ります。これはどうした訣でございましょう? 倅は何かの間違いから、甚内と思われたのでございましょうか? しかし御吟味も受けたとすれば、そう云う間違いは起りますまい。それとも阿媽港甚内というのは、倅だったのでございましょうか? わたしの宅へ来た贋雲水は、誰か甚内の名前を仮りた、別人だったのでございましょうか? いや、そんな筈はございません。三日と云う日限を一日も違えず、六千貫の金を工面するものは、この広い日本の国にも、甚内のほかに誰が居りましょう? して見ると、――その時わたしの心の中には、二年以前雪の降った夜、甚内と庭に争っていた、誰とも知らぬ男の姿が、急にはっきり浮んで参りました。あの男は誰だったのでございましょう? もしや倅ではございますまいか? そう云えばあの男の姿かたちは、ちらりと一目見ただけでも、どうやら倅の弥三郎に、似ていたようでもございます。しかしこれはわたし一人の、心の迷いでございましょうか? もし倅だったとすれば、――わたしは夢の覚めたように、しけじけ首を眺めました。するとその紫ばんだ、妙に緊りのない唇には、何か微笑に近い物が、ほんのり残っているのでございます。
曝し首に微笑が残っている、――あなたはそんな事を御聞きになると、御哂いになるかも知れません。わたしさえそれに気のついた時には、眼のせいかとも思いました。が、何度見直しても、その干からびた唇には、確かに微笑らしい明みが、漂っているのでございます。わたしはこの不思議な微笑に、永い間見入って居りました。と、いつかわたしの顔にも、やはり微笑が浮んで参りました。しかし微笑が浮ぶと同時に、眼には自然と熱い涙も、にじみ出して来たのでございます。
「お父さん、勘忍して下さい。――」
その微笑は無言の内に、こう申していたのでございます。
「お父さん。不孝の罪は勘忍して下さい。わたしは二年以前の雪の夜、勘当の御詫びがしたいばかりに、そっと家へ忍んで行きました。昼間は店のものに見られるのさえ、恥しいなりをしていましたから、わざわざ夜の更けるのを待った上、お父さんの寝間の戸を叩いても、御眼にかかるつもりでいたのです。ところがふと囲いの障子に、火影のさしているのを幸い、そこへ怯ず怯ず行きかけると、いきなり誰か後から、言葉もかけずに組つきました。
「お父さん。それから先はどうなったか、あなたの知っている通りです。わたしは余り不意だったため、お父さんの姿を見るが早いか、相手の曲者を突き放したなり、高塀の外へ逃げてしまいました。が、雪明りに見た相手の姿は、不思議にも雲水のようでしたから、誰も追う者のないのを確かめた後、もう一度あの茶室の外へ、大胆にも忍んで行ったのです。わたしは囲いの障子越しに、一切の話を立ち聞きました。
「お父さん。北条屋を救った甚内は、わたしたち一家の恩人です。わたしは甚内の身に危急があれば、たとえ命は抛っても、恩に報いたいと決心しました。またこの恩を返す事は、勘当を受けた浮浪人のわたしでなければ出来ますまい。わたしはこの二年間、そう云う機会を待っていました。そうして、――その機会が来たのです。どうか不孝の罪は勘忍して下さい。わたしは極道に生れましたが、一家の大恩だけは返しました。それがせめてもの心やりです。……」
わたしは宅へ帰る途中も、同時に泣いたり笑ったりしながら、倅のけなげさを褒めてやりました。あなたは御存知になりますまいが、倅の弥三郎もわたしと同様、御宗門に帰依して居りましたから、もとは「ぽうろ」と云う名前さえも、頂いて居ったものでございます。しかし、――しかし倅も不運なやつでございました。いや、倅ばかりではございません。わたしもあの阿媽港甚内に一家の没落さえ救われなければ、こんな嘆きは致しますまいに。いくら未練だと思いましても、こればかりは切のうございます。分散せずにいた方が好いか、倅を殺さずに置いた方が好いか、――(突然苦しそうに)どうかわたしを御救い下さい。わたしはこのまま生きていれば、大恩人の甚内を憎むようになるかも知れません。………(永い間の歔欷)
「ぽうろ」弥三郎の話
ああ、おん母「まりや」様! わたしは夜が明け次第、首を打たれる事になっています。わたしの首は地に落ちても、わたしの魂は小鳥のように、あなたの御側へ飛んで行くでしょう。いや、悪事ばかり働いたわたしは、「はらいそ」(天国)の荘厳を拝する代りに、恐しい「いんへるの」(地獄)の猛火の底へ、逆落しになるかも知れません。しかしわたしは満足です。わたしの心には二十年来、このくらい嬉しい心もちは、宿った事がないのです。
わたしは北条屋弥三郎です。が、わたしの曝し首は、阿媽港甚内と呼ばれるでしょう。わたしがあの阿媽港甚内、――これほど愉快な事があるでしょうか? 阿媽港甚内、――どうです? 好い名前ではありませんか? わたしはその名前を口にするだけでも、この暗い牢の中さえ、天上の薔薇や百合の花に、満ち渡るような心もちがします。
忘れもしない二年前の冬、ちょうどある大雪の夜です。わたしは博奕の元手が欲しさに、父の本宅へ忍びこみました。ところがまだ囲いの障子に、火影がさしていましたから、そっとそこを窺おうとすると、いきなり誰か言葉もかけず、わたしの襟上を捉えたものがあります。振り払う、また掴みかかる、――相手は誰だか知らないのですが、その力の逞しい事は、到底ただものとは思われません。のみならず二三度揉み合う内に、茶室の障子が明いたと思うと、庭へ行燈をさし出したのは、紛れもない父の弥三右衛門です。わたしは一生懸命に、掴まれた胸倉を振り切りながら、高塀の外へ逃げ出しました。
しかし半町ほど逃げ延びると、わたしはある軒下に隠れながら、往来の前後を見廻しました。往来には夜目にも白々と、時々雪煙りが揚るほかには、どこにも動いているものは見えません。相手は諦めてしまったのか、もう追いかけても来ないようです。が、あの男は何ものでしょう? 咄嗟の間に見た所では、確かに僧形をしていました。が、さっきの腕の強さを見れば、――殊に兵法にも精しいのを見れば、世の常の坊主ではありますまい。第一こう云う大雪の夜に、庭先へ誰か坊主が来ている、――それが不思議ではありませんか? わたしはしばらく思案した後、たとい危い芸当にしても、とにかくもう一度茶室の外へ、忍び寄る事に決心しました。
それから一時ばかりたった頃です。あの怪しい行脚の坊主は、ちょうど雪の止んだのを幸い、小川通りを下って行きました。これが阿媽港甚内なのです。侍、連歌師、町人、虚無僧、――何にでも姿を変えると云う、洛中に名高い盗人なのです。わたしは後から見え隠れに甚内の跡をつけて行きました。その時ほど妙に嬉しかった事は、一度もなかったのに違いありません。阿媽港甚内! 阿媽港甚内! わたしはどのくらい夢の中にも、あの男の姿を慕っていたでしょう。殺生関白の太刀を盗んだのも甚内です。沙室屋の珊瑚樹を詐ったのも甚内です。備前宰相の伽羅を切ったのも、甲比丹「ぺれいら」の時計を奪ったのも、一夜に五つの土蔵を破ったのも、八人の参河侍を斬り倒したのも、――そのほか末代にも伝わるような、稀有の悪事を働いたのは、いつでも阿媽港甚内です。その甚内は今わたしの前に、網代の笠を傾けながら、薄明るい雪路を歩いている。――こう云う姿を眺められるのは、それだけでも仕合せではありませんか? が、わたしはこの上にも、もっと仕合せになりたかったのです。
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