現代日本文学大系 43 芥川龍之介集 |
筑摩書房 |
1968(昭和43)年8月25日 |
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷 |
一
或初秋の日暮であつた。
汐留の船宿、伊豆屋の表二階には、遊び人らしい二人の男が、さつきから差し向ひで、頻に献酬を重ねてゐた。
一人は色の浅黒い、小肥りに肥つた男で、形の如く結城の単衣物に、八反の平ぐけを締めたのが、上に羽織つた古渡り唐桟の半天と一しよに、その苦みばしつた男ぶりを、一層いなせに見せてゐる趣があつた。もう一人は色の白い、どちらかと云へば小柄な男だが、手首まで彫つてある剳青が目立つせゐか、糊の落ちた小弁慶の単衣物に算盤珠の三尺をぐるぐる巻きつけたのも、意気と云ふよりは寧ろ凄味のある、自堕落な心もちしか起させなかつた。のみならずこの男は、役者が二三枚落ちると見えて、相手の男を呼びかける時にも、始終親分と云ふ名を用ひてゐた。が、年輩は彼是同じ位らしく、それだけ又世間の親分子分よりも、打ち融けた交情が通つてゐる事は、互に差しつ抑へつする盃の間にも明らかだつた。
初秋の日暮とは云ひながら、向うに見える唐津様の海鼠壁には、まだ赤々と入日がさして、その日を浴びた一株の柳が、こんもりと葉かげを蒸してゐるのも、去つて間がない残暑の思ひ出を新しくするのに十分だつた。だからこの船宿の表二階にも、葭戸こそもう唐紙に変つてゐたが、江戸に未練の残つてゐる夏は、手すりに下つてゐる伊予簾や、何時からか床に掛け残された墨絵の滝の掛物や、或は又二人の間に並べてある膳の水貝や洗ひなどに、まざまざと尽きない名残りを示してゐた。実際往来を一つ隔ててゐる掘割の明るい水の上から、時たま此処に流れて来るそよ風も、微醺を帯びた二人の男には、刷毛先を少し左へ曲げた水髪の鬢を吹かれる度に、涼しいとは感じられるにした所が、毛頭秋らしいうそ寒さを覚えさせるやうな事はないのである。殊に色の白い男の方になると、こればかりは冷たさうな掛守りの銀鎖もちらつく程、思入れ小弁慶の胸をひろげてゐた。
二人は女中まで遠ざけて、暫くは何やら密談に耽つてゐたが、やがてそれも一段落ついたと見えて、色の浅黒い、小肥りに肥つた男は、無造作に猪口を相手に返すと、膝の下の煙草入をとり上げながら、
「と云ふ訳での、おれもやつと三年ぶりに、又江戸へ帰つて来たのよ。」
「道理でちつと御帰りが、遅すぎると思つてゐやしたよ。だがまあ、かうして帰つて来ておくんなさりや、子分子方のものばかりぢや無え、江戸つ子一統が喜びやすぜ。」
「さう云つてくれるのは、手前だけよ。」
「へへ、仰有つたものだぜ。」
色の白い、小柄な男は、わざと相手を睨めると、人が悪るさうににやりと笑つて、
「小花姐さんにも聞いて御覧なせえまし。」
「そりや無え。」
親分と呼ばれた男は、如心形の煙管を啣へた儘、僅に苦笑の色を漂はせたが、すぐに又真面目な調子になつて、
「だがの、おれが三年見無え間に、江戸もめつきり変つたやうだ。」
「いや、変つたの、変ら無えの。岡場所なんぞの寂れ方と来ちや、まるで嘘のやうでごぜえますぜ。」
「かうなると、年よりの云ひぐさぢや無えが、やつぱり昔が恋しいの。」
「変ら無えのは私ばかりさ。へへ、何時になつてもひつてんだ。」
小弁慶の浴衣を着た男は、受けた盃をぐいとやると、その手ですぐに口の端の滴を払つて、自ら嘲るやうに眉を動かしたが、
「今から見りや、三年前は、まるでこの世の極楽さね。ねえ、親分、お前さんが江戸を御売んなすつた時分にや、盗つ人にせえあの鼠小僧のやうな、石川五右衛門とは行かねえまでも、ちつとは睨みの利いた野郎があつたものぢやごぜえませんか。」
「飛んだ事を云ふぜ。何処の国におれと盗つ人とを一つ扱ひにする奴があるものだ。」
唐桟の半天をひつかけた男は、煙草の煙にむせながら、思はず又苦笑を洩らしたが、鉄火な相手はそんな事に頓着する気色もなく、手酌でもう一杯ひつかけると、
「そいつがこの頃は御覧なせえ。けちな稼ぎをする奴は、箒で掃く程ゐやすけれど、あの位な大泥坊は、つひぞ聞か無えぢやごぜえませんか。」
「聞か無えだつて、好いぢや無えか。国に盗賊、家に鼠だ。大泥坊なんぞはゐ無え方が好い。」
「そりや居無え方が好い。居無え方が好いにや違えごぜえませんがね。」
色の白い、小柄な男は、剳青のある臂を延べて、親分へ猪口を差しながら、
「あの時分の事を考へると、へへ、妙なもので盗つ人せえ、懐しくなつて来やすのさ。先刻御承知にや違え無えが、あの鼠小僧と云ふ野郎は、心意気が第一嬉しいや。ねえ、親分。」
「嘘は無え。盗つ人の尻押しにや、こりや博奕打が持つて来いだ。」
「へへ、こいつは一番おそれべか。」
と云つて、ちよいと小弁慶の肩を落したが、こちらは忽ち又元気な声になつて、
「私だつて何も盗つ人の肩を持つにや当ら無えけれど、あいつは懐の暖え大名屋敷へ忍びこんぢや、御手許金と云ふやつを掻攫つて、その日に追はれる貧乏人へ恵んでやるのだと云ひやすぜ。成程善悪にや二つは無えが、どうせ盗みをするからにや、悪党冥利にこの位な陰徳は積んで置き度えとね、まあ、私なんぞは思つてゐやすのさ。」
「さうか。さう聞きや無理は無えの。いや、鼠小僧と云ふ野郎も、改代町の裸松が贔屓になつてくれようとは、夢にも思つちや居無えだらう。思へば冥加な盗つ人だ。」
色の浅黒い、小肥りに肥つた男は、相手に猪口を返しながら、思ひの外しんみりとかう云つたが、やがて何か思ひついたらしく、大様に膝を進めると、急に晴々した微笑を浮べて、
「ぢや聞きねえ。おれもその鼠小僧ぢや、とんだ御茶番を見た事があつての、今でも思ひ出すたんびに、腹の皮がよれてなら無えのよ。」
親分と呼ばれた男は、かう云ふ前置きを聞かせてから、又悠々と煙管を啣へて、夕日の中に消えて行く煙草の煙の輪と一しよに、次のやうな話をし始めた。
二
丁度今から三年前、おれが盆茣蓙の上の達て引きから、江戸を売つた時の事だ。
東海道にやちつと差しがあつて、路は悪いが甲州街道を身延まで出にやなら無えから、忘れもし無え、極月の十一日、四谷の荒木町を振り出しに、とうとう旅鴉に身をやつしたが、なりは手前も知つてた通り、結城紬の二枚重ねに一本独銛の博多の帯、道中差をぶつこんでの、革色の半合羽に菅笠をかぶつてゐたと思ひねえ。元より振分けの行李の外にや、道づれも無え独り旅だ。脚絆草鞋の足拵へは、見てくればかり軽さうだが、当分は御膝許の日の目せえ、拝まれ無え事を考へりや、実は気も滅入つての、古風ぢやあるが一足毎に、後髪を引かれるやうな心もちよ。
その日が又意地悪く、底冷えのする雪曇りでの、まして甲州街道は、何処の山だか知ら無えが、一面の雲のかかつたやつが、枯つ葉一つがさつか無え桑畑の上に屏風を立てよ、その桑の枝を掴んだ鶸も、寒さに咽喉を痛めたのか、声も立て無えやうな凍て方だ。おまけに時々身を切るやうな、小仏颪のからつ風がやけにざつと吹きまくつて、横なぐれに合羽を煽りやがる。かうなつちやいくら威張つても、旅慣れ無え江戸つ子は形無しよ。おれは菅笠の縁に手をかけちや、今朝四谷から新宿と踏み出して来た江戸の方を、何度振り返つて見たか知れやし無え。
するとおれの旅慣れ無えのが、通りがかりの人目にも、気の毒たらしかつたのに違え無え。府中の宿をはづれると、堅気らしい若え男が、後からおれに追ひついて、口まめに話しかけやがる。見りや紺の合羽に菅笠は、こりや御定りの旅仕度だが、色の褪めた唐桟の風呂敷包を頸へかけの、洗ひざらした木綿縞に剥げつちよろけの小倉の帯、右の小鬢に禿があつて、顋の悪くしやくれたのせえ、よしんば風にや吹かれ無えでも、懐の寒むさうな御人体だ。だがの、見かけよりや人は好いと見えて、親切さうに道中の名所古蹟なんぞを教へてくれる。こつちは元より相手欲しやだ。
「御前さんは何処まで行きなさる。」
「私は甲府まで参りやす。旦那は又どちらへ。」
「私は何、身延詣りさ。」
「時に旦那は江戸でござりやせう。江戸はどの辺へ御住ひなせえます。」
「茅場町の植木店さ。お前さんも江戸かい。」
「へえ、私は深川の六間堀で、これでも越後屋重吉と云ふ小間物渡世でござりやす。」
とまあ、云つた調子での。同じ江戸懐しい話をしながら、互に好い道づれを見つけた気でよ、一しよに路を急いで行くと、追つけ日野宿へかからうと云ふ時分に、ちらちら白い物が降り出しやがつた。独り旅であつて見ねえ。時刻も彼是七つ下りぢやあるし、この雪空を見上げちや、川千鳥の声も身に滲みるやうで、今夜はどうでも日野泊りと、出かけ無けりやなら無え所だが、いくら懐は寒むさうでも、其処は越後屋重吉と云ふ道づれのある御かげ様だ。
「旦那え、この雪ぢや明日の路は、とても捗が参りやせんから、今日の中に八王子までのして置かうぢやござりやせんか。」
と云はれて見りや、その気になつての、雪の中を八王子まで、辿りついたと思ひねえ。もう空はまつ暗で、とうに白くなつた両側の屋根が、夜目にも跡の見える街道へ、押つかぶさるやうに重なり合つた、――その下に所々、掛行燈が赤く火を入れて、帰り遅れた馬の鈴が、だんだん近くなつて来るなんぞは、手もなく浮世画の雪景色よ。するとその越後屋重吉と云ふ野郎が、先に立つて雪を踏みながら、
「旦那え、今夜はどうか御一しよに願ひたうござりやす。」
と何度もうるさく頼みやがるから、おれも異存がある訳ぢやなし、
「そりやさう願へれば、私も寂しくなくつて好い。だが私は生憎と、始めて来た八王子だ。何処も旅籠を知ら無えが。」
「何に、あすこの山甚と云ふのが、私の定宿でござりやす。」
と云つておれをつれこんだのは、やつぱり掛行燈のともつてゐる、新見世だとか云ふ旅籠屋だがの、入口の土間を広くとつて、その奥はすぐに台所へ続くやうな構へだつたらしい。おれたち二人が中へ這入ると、帳場の前の獅噛火鉢へ噛りついてゐた番頭が、まだ「御濯ぎを」とも云は無え内に、意地のきたねえやうだけれど、飯の匂と汁の匂とが、湯気や火つ気と一つになつて、むんと鼻へ来やがつた。それから早速草鞋を脱ぎの、行燈を下げた婢と一しよに、二階座敷へせり上つたが、まづ一風呂暖まつて、何はともあれ寒さ凌ぎと、熱燗で二三杯きめ出すと、その越後屋重吉と云ふ野郎が、始末に了へ無え機嫌上戸での、唯でせえ口のまめなやつが、大方饒舌る事ぢや無え。
「旦那え、この酒なら御口に合ひやせう。これから甲州路へかかつて御覧なさいやし。とてもかう云ふ酒は飲めませんや。へへ、古い洒落だが与右衛門の女房で、私ばかりかさねがさね――」
などと云つてゐる内は、まだ好かつたが、銚子が二三本も並ぶやうになると、目尻を下げて、鼻の脂を光らせて、しやくんだ顋を乙に振つて、
「酒に恨が数々ござるつてね、私なんぞも旦那の前だが、茶屋酒のちいつとまはり過ぎたのが、飛んだ身の仇になりやした。あ、あだな潮来で迷はせるつ。」
とふるへ声で唄ひ始めやがる。おれは実に持て余しての、何でもこいつは寝かすより外に仕方が無えと思つたから、潮さきを見て飯にすると、
「さあ、明日が早えから、寝なせえ。寝なせえ。」
とせき立てての、まだ徳利に未練のあるやつを、やつと横にならせたが、御方便なものぢや無えか、あれ程はしやいでゐた野郎が、枕へ頭をつけたとなると、酒臭え欠伸を一つして、
「あああつ、あだな潮来で迷はせるつ。」
ともう一度、気味の悪い声を出しやがつたが、それつきり後は鼾になつて、いくら鼠が騒がうが、寝返り一つ打ちやがら無え。
が、こつちや災難だ。何を云ふにも江戸を立つて、今夜が始めての泊りぢやあるし、その鼾が耳へついて、あたりが静になりやなる程、反つて妙に寝つかれ無え。外はまだ雪が止ま無えと見えて、時々雨戸へさらさらと吹つかける音もするやうだ。隣に寝てゐる極道人は、夢の中でも鼻唄を唄つてゐるかも知ら無えが、江戸にやおれがゐ無えばかりに、一人や二人は夜の目も寝無えで、案じてゐてくれるものがあるだらうと、――これさ、のろけぢや無えと云ふ事に、――つまら無え事を考へると、猶の事おれは眼が冴えての、早く夜明けになりや好いと、そればつかり思つてゐた。
そんなこんなで九つも聞きの、八つを打つたのも知つてゐたが、その内に眠む気がさしたと見えて、何時かうとうとしたやうだつた。が、やがてふと眼がさめると、鼠が燈心でも引きやがつたか、枕もとの行燈が消えてゐる。その上隣に寝てゐる野郎が、さつきまでは鼾をかいてゐた癖に、今はまるで死んだやうに寝息一つさせやがら無え。はてな、何だか可笑しな容子だぞと、かう思ふか思は無え内に、今度はおれの夜具の中へ、人間の手が這入つて来やがつた。それもがたがたふるへながら、胴巻の結び目を探しやがるのよ。成程。人は見かけにやよら無えものだ。あのでれ助が胡麻の蠅とは、こいつはちいつと出来すぎたわい。――と思つたら、すんでの事に、おれは吹き出す所だつたが、その胡麻の蠅と今が今まで、一しよに酒を飲んでゐたと思や、忌々しくもなつて来ての、あの野郎の手が胴巻の結び目をほどきにかかりやがると、いきなり逆にひつ掴めえて、捻り上げたと思ひねえ。胡麻の蠅の奴め、驚きやがるめえ事か、慌てて振り放さうとする所を、夜具を頭から押つかぶせての、まんまとおれがその上へ馬乗りになつてしまつたのよ。するとあの意気地なしめ、無理無体に夜具の下から、面だけ外へ出したと思ふと、「ひ、ひ、人殺し」と、烏骨鶏が時でもつくりやしめえし、奇体な声を立てやがつた。手前が盗みをして置きながら、手前で人を呼びや世話は無え、唐変木とは始めから知つちやゐるが、さりとは男らしくも無え野郎だと、おれは急に腹が立つたから、其処にあつた枕をひつ掴んで、ぽかぽかその面をぶちのめしたぢや無えか。
さあ、その騒ぎが聞えての、隣近所の客も眼をさましや、宿の亭主や奉公人も、何事が起つたと云ふ顔色で、手燭の火を先立ちに、どかどか二階へ上つて来やがつた。来て見りやおれの股ぐらから、あの野郎がもう片息になつて、面妖な面を出してゐやがる始末よ。こりや誰が見ても大笑ひだ。
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