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捨児(すてご)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-16 10:28:48  点击:  切换到繁體中文


「所が和尚はその日もまた、蓮華夫人れんげふじんが五百人の子とめぐり遇った話を引いて、親子の恩愛がたっとい事を親切に説いて聞かせました。蓮華夫人が五百の卵を生む。その卵が川に流されて、隣国の王に育てられる。卵から生れた五百人の力士は、母とも知らない蓮華夫人の城を攻めに向って来る。蓮華夫人はそれを聞くと、城の上のたかどのに登って、「わたしはお前たち五百人の母だ。その証拠はここにある。」と云う。そうして乳を出しながら、美しい手にしぼって見せる。乳は五百すじの泉のように、高い楼上の夫人の胸から、五百人の力士の口へ一人もれず注がれる。――そう云う天竺てんじく寓意譚ぐういたんは、聞くともなく説教を聞いていた、この不幸な女の心に異常な感動を与えました。だからこそ女は説教がすむと、眼に涙をためたまま、廊下ろうか伝いに本堂から、すぐに庫裡へ急いで来たのです。
委細いさいを聞き終った日錚和尚は、囲炉裡いろりの側にいた勇之助ゆうのすけを招いで、顔も知らない母親に五年ぶりの対面をさせました。女の言葉が嘘でない事は、自然と和尚にもわかったのでしょう。女が勇之助を抱き上げて、しばらく泣き声をこらえていた時には、豪放濶達ごうほうかったつな和尚の眼にも、いつか微笑を伴った涙が、睫毛まつげの下に輝いていました。
「そのの事は云わずとも、大抵御察しがつくでしょう。勇之助は母親につれられて、横浜の家へ帰りました。女は夫や子供の死後、なさけ深い運送屋主人夫婦のすすめ通り、達者な針仕事を人に教えて、つつましいながらも苦しくない生計を立てていたのです。」
 客は長い話を終ると、ひざの前の茶碗をとり上げた。が、それに唇は当てず、わたしの顔へ眼をやって、静にこうつけ加えた。
「その捨児が私です。」
 私は黙ってうなずきながら、湯ざましの湯を急須きゅうすいだ。この可憐な捨児の話が、客松原勇之助まっぱらゆうのすけ君の幼年時代の身の上話だと云う事は、初対面の私にもとうに推測がついていたのであった。
 しばらく沈黙が続いたのち、私は客に言葉をかけた。
阿母おっかさんは今でも丈夫ですか。」
 すると意外な答があった。
「いえ、一昨年歿くなりました。――しかし今御話した女は、私の母じゃなかったのです。」
 客は私の驚きを見ると、眼だけにちらりと微笑を浮べた。
「夫が浅草田原町あさくさたわらまちに米屋を出していたと云う事や、横浜へ行って苦労したと云う事は勿論うそじゃありません。が、捨児をしたと云う事は、嘘だった事が後に知れました。ちょうど母が歿くなる前年、店の商用を抱えた私は、――御承知の通り私の店は綿糸の方をやっていますから、新潟界隈にいがたかいわいを廻って歩きましたが、その時田原町の母の家の隣に住んでいた袋物屋ふくろものやと、一つ汽車に乗り合せたのです。それが問わず語りに話した所では、母は当時女の子を生んで、その子がまた店をしまう前に、死んでしまったとか云う事でした。それから横浜へ帰って後、早速母に知れないように戸籍謄本をとって見ると、なるほど袋物屋の言葉通り、田原町にいた時に生まれたのは、女の子に違いありません。しかも生後三月目みつきめに死んでしまっているのです。母はどう云う量見りょうけんか、子でもない私を養うために、捨児の嘘をついたのでした。そうしてその後二十年あまりは、ほとんど寝食さえ忘れるくらい、私に尽してくれたのでした。
「どう云う量見か、――それは私も今日こんにちまでには、何度考えて見たかわかりません。が、事実は知れないまでも、一番もっともらしく思われる理由は、日錚和尚の説教が、夫や子に遅れた母の心へ異常な感動を与えた事です。母はその説教を聞いている内に、私の知らない母の役をつとめる気になったのじゃありますまいか。私が寺に拾われている事は、当時説教を聞きに来ていた参詣人からでも教わったのでしょう。あるいは寺の門番が、話して聞かせたかも知れません。」
 客はちょいと口をつぐむと、考え深そうな眼をしながら、思い出したように茶をすすった。
「そうしてあなたが子でないと云う事は、――子でない事を知ったと云う事は、阿母おっかさんにも話したのですか。」
 私は尋ねずにはいられなかった。
「いえ、それは話しません。私の方から云い出すのは、余り母に残酷ざんこくですから。母も死ぬまでその事は一言いちごんも私に話しませんでした。やはり話す事は私にも、残酷だと思っていたのでしょう。実際私の母に対するじょうも、子でない事を知ったのち、一転化を来したのは事実です。」
「と云うのはどう云う意味ですか。」
 私はじっと客の目を見た。
「前よりも一層なつかしく思うようになったのです。その秘密を知って以来、母は捨児の私には、母以上の人間になりましたから。」
 客はしんみりと返事をした。あたかも彼自身子以上の人間だった事も知らないように。

(大正九年七月)




 



底本:「芥川龍之介全集4」ちくま文庫、筑摩書房
   1987(昭和62)年1月27日第1刷発行
   1993(平成5)年12月25日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1998年12月19日公開
2004年3月9日修正
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