您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 芥川 竜之介 >> 正文

素戔嗚尊(すさのおのみこと)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-16 10:26:40  点击:  切换到繁體中文

底本: 芥川龍之介全集3
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1986(昭和61)年12月1日
入力に使用: 1996(平成8)年4月1日第8刷
校正に使用: 1997(平成9)年4月15日第9刷


底本の親本: 筑摩全集類聚版芥川龍之介全集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

 

    一

 高天原たかまがはらの国も春になった。
 今は四方よもの山々を見渡しても、雪の残っている峰は一つもなかった。牛馬の遊んでいる草原くさはらは一面にほのかな緑をなすって、そのすそを流れて行くあめ安河やすかわの水の光も、いつか何となく人懐ひとなつかしい暖みをたたえているようであった。ましてその河下かわしもにある部落には、もうつばくらも帰って来れば、女たちがかめを頭に載せて、水を汲みに行く椿つばきも、とうに点々と白い花を濡れ石の上に落していた。――
 そう云う長閑のどかな春の日の午後、あめ安河やすかわの河原には大勢の若者が集まって、余念もなく力競ちからくらべにふけっていた。
 はじめ、彼等はに弓矢をって、頭上の大空へ矢を飛ばせた。彼等の弓の林の中からは、勇ましいゆんづるの鳴る音が風のように起ったり止んだりした。そうしてその音の起る度に、矢は無数のいなごのごとく、日の光に羽根を光らせながら、折から空にかかっている霞の中へ飛んで行った。が、その中でも白いはやぶさの羽根の矢ばかりは、必ずほかの矢よりも高く――ほとんど影も見えなくなるほど高く揚った。それは黒と白と市松模様いちまつもよう倭衣しずりを着た、容貌ようぼうの醜い一人の若者が、太い白檀木しらまゆみの弓を握って、時々切って放すとがり矢であった。
 その白羽しらはの矢が舞い上る度に、ほかの若者たちは空を仰いで、口々に彼の技倆ぎりょうめそやした。が、その矢がいつも彼等のより高く揚る事を知ると、彼等は次第に彼の征矢そやに冷淡な態度をよそおい出した。のみならず彼等のうちの何者かが、彼には到底及ばなくとも、かなり高い所まで矢を飛ばすと、かえってその方へ賛辞を与えたりした。
 容貌の醜い若者は、それでも快活に矢を飛ばせ続けた。するとほかの若者たちは、誰からともなく弓を引かなくなった。だから今まで紛々ふんぷんと乱れ飛んでいた矢の雨も、見る見る数が少くなって来た。そうしてとうとうしまいには、彼の射る白羽の矢ばかりが、まるで昼見える流星りゅうせいのように、たった一筋空へ上るようになった。
 その内に彼も弓を止めて、得意らしい色を浮べながら、仲間の若者たちの方を振返った。が、彼の近所にはその満足を共にすべく、一人の若者も見当らなかった。彼等はもうその時には、みんな河原の水際みぎわにより集まって、美しい天の安河の流れを飛び越えるのに熱中していた。
 彼等は互にきそい合って、同じ河の流れにしても、幅の広い所を飛び越えようとした。時によると不運な若者は、焼太刀やきだちのように日を照り返した河の中へころげ落ちて、まばゆい水煙みずけむりを揚げる事もあった。が、大抵たいていは向うのなぎさへ、ちょうど谷を渡る鹿のように、ひらりひらりと飛び移って行った。そうして今まで立っていたこちらの汀を振返っては声々に笑ったり話したりしていた。
 容貌の醜い若者はこの新しい遊戯を見ると、すぐに弓矢を砂の上に捨てて、身軽く河の流れを躍り越えた。そこは彼等が飛んだ中でも、最も幅の広い所であった。けれどもほかの若者たちはさらに彼には頓着しなかった。彼等には彼の後で飛んだ――彼よりも幅の狭い所を彼よりも楽に飛び越えた、せいの高い美貌びぼうの若者の方が、はるかに人気があるらしかった。その若者は彼と同じ市松の倭衣しずりを着ていたが、くびに懸けた勾玉まがたまや腕にめたくしろなどは、誰よりも精巧な物であった。彼は腕を組んだまま、ちょいと羨しそうな眼を挙げて、その若者を眺めたが、やがて彼等の群を離れて、たった一人陽炎かげろうの中を河下かわしもの方へ歩き出した。

        二

 河下の方へ歩き出した彼は、やがて誰一人飛んだ事のない、三丈ほども幅のある流れのなぎさへ足を止めた。そこは一旦たぎった水が今までの勢いを失いながら、両岸の石と砂との間に青々とよどんでいる所であった。彼はしばらくその水面を目測しているらしかったが、急に二三歩汀を去ると、まるで石投げを離れた石のように、勢いよくそこを飛び越えようとした。が、今度はとうとう飛び損じて、すさまじい水煙を立てながら、まっさかさまに深みへ落ちこんでしまった。
 彼の河へ落ちた所は、ほかの若者たちがいる所と大して離れていなかった。だから彼の失敗はすぐに彼等の目にもはいった。彼等のある者はこれを見ると、「ざまを見ろ」と云うように腹を抱えて笑い出した。と同時にまたある者は、やはりはやし立てながらも、以前よりははるかに同情のある声援の言葉を与えたりした。そう云う好意のある連中の中には、あの精巧な勾玉や釧の美しさを誇っている若者などもまじっていた。彼等は彼の失敗のために、世間一般の弱者のごとく、始めて彼に幾分の親しみを持つ事が出来たのであった。が、彼等も一瞬の後には、また以前の沈黙に――敵意を蔵した沈黙にかえらなければならない事が出来た。
 と云うのは河に落ちた彼が、ねずみのようになったまま、向うの汀へ這い上ったと思うと、執念深しゅうねんぶかくもう一度その幅の広い流れの上を飛び越えようとしたからであった。いや、飛び越えようとしたばかりではない。彼は足をちぢめながら、明礬色みょうばんいろの水の上へ踊り上ったと思う内に、難なくそこを飛び越えた。そうしてこちらの水際みぎわへ、雲のような砂煙を舞い上げながら、どさりと大きな尻餅しりもちをついた。それは彼等の笑を買うべく、余りに壮厳すぎる滑稽であった。勿論彼等の間からは、喝采も歓呼も起らなかった。
 彼は手足の砂を払うと、やっとずぶ濡れになった体を起して、仲間の若者たちの方を眺めやった。が、彼等はもうその時には、流れを飛び越えるのにも飽きたと見えて、また何か新しい力競ちからくらべを試むべく、面白そうに笑い興じながら、河上かわかみの方へ急ぐ所であった。それでもまだ容貌の醜い若者は、快活な心もちを失わなかった。と云うよりも失う筈がなかった。何故なぜと云えば彼等の不快はいまだに彼には通じなかった。彼はこう云う点になると、実際どこまでも御目出度おめでたく出来上った人間の一人であった。しかしまたその御目出度さがあらゆる強者に特有な烙印やきいんである事も事実であった。だから仲間の若者たちが河上の方へ行くのを見ると、彼はまだしずくを垂らしたまま、うららかな春の日にかげをして、のそのそ砂の上を歩き出した。
 その間にほかの若者たちは、河原かわらに散在する巌石がんせきを持上げ合う遊戯ゆうぎを始めていた。岩は牛ほどの大きさのも、羊ほどの小ささのも、いろいろ陽炎かげろうの中に転がっていた。彼等はみんな腕まくりをして、なるべく大きい岩をき起そうとした。が、手ごろな巌石のほかは、中でも膂力りょりょくたくましい五六人の若者たちでないと、容易に砂から離れなかった。そこでこの力競べは、自然と彼等五六人の独占する遊戯に変ってしまった。彼等はいずれも大きな岩を軽々ともたげたり投げたりした。殊に赤と白と三角模様の倭衣しずりそでをまくり上げた、顔中かおじゅうひげうずまっている、せいの低い猪首いくびの若者は、誰も持ち上げない巌石を自由に動かして見せた。周囲にたたずんだ若者たちは、彼の非凡な力業ちからわざに賞讃の声を惜まなかった。彼もまたその賞讃の声に報ゆべく、次第に大きな巌石に力を試みようとするらしかった。
 あの容貌の醜い若者は、ちょうどこの五六人の力競ちからくらべの真最中へ来合せたのであった。

        三

 あの容貌の醜い若者は、両腕を胸に組んだまま、しばらくは力自慢の五六人が勝負を争うのを眺めていた。が、やがて技癢ぎように堪え兼ねたのか、自分も水だらけな袖をまくると、幅の広い肩をそびやかせて、まるで洞穴ほらあなを出る熊のように、のそのそとその連中の中へはいって行った。そうしてまだ誰も持ち上げない巌石の一つを抱くが早いか、何の苦もなくその岩を肩の上までさし上げて見せた。
 しかし大勢の若者たちは、依然として彼には冷淡であった。ただ、その中でもさっきから賞讃の声を浴びていた、背の低い猪首の若者だけは、容易ならない競争者が現れた事を知ったと見えて、さすがにねたましそうな流し眼をじろじろ彼の方へ注いでいた。その内に彼はかついだ岩を肩の上で一揺ひとゆすり揺ってから、人のいない向うの砂の上へ勢いよくどうと投げ落した。するとあの猪首の若者はちょうど餌にえた虎のように、猛然と身を躍らせながら、その巌石へ飛びかかったと思うと、咄嗟とっさの間に抱え上げて、彼にも劣らず楽々と肩よりも高くかざして見せた。
 それはこの二人の腕力が、ほかの力自慢の連中よりも数段上にあると云う事を雄弁に語っている証拠であった。そこで今まで臆面おくめんも無く力競べをしていた若者たちはいずれもきょうのさめた顔を見合せながら、周囲にたたずんでいる見物仲間へいやでも加わらずにはいられなかった。その代りまたあとに残った二人は、本来さほど敵意のある間柄でもなかったが、騎虎きこの勢いでむを得ず、どちらか一方が降参するまで雌雄しゆうを争わずにはいられなくなった。この形勢を見た多勢の若者たちは、あの猪首いくびの若者がさし上げた岩を投げると同時に、これまでよりは一層熱心にどっとどよみを作りながら、今度はずぶ濡れになった彼の方へいつになく一斉にまなこを注いだ。が、彼等がただ勝負にのみ興味を持っていると云う事は、――彼自身に対してはやはり好意を持っていないと云う事は、彼等の意地悪いじわるそうな眼の中にも、明かによめる事実であった。
 それでも彼は相不変あいかわらず悠々と手につばきなど吐きながら、さっきのよりさらに一嵩ひとかさ大きい巌石の側へ歩み寄った。それから両手に岩をおさえて、しばらく呼吸を計っていたが、たちまちうんと力を入れると、一気に腹まで抱え上げた。最後にその手をさし換えてから、見る見る内にまた肩まで物も見事にかついで見せた。が、今度は投げ出さずに、眼で猪首の若者を招くと、人の好さそうな微笑を浮べながら、
「さあ、受取るのだ。」と声をかけた。
 猪首の若者は数歩を隔てて、時々ひげみながら、あざけるように彼を眺めていたが、
「よし。」と一言ひとこと答えると、つかつかと彼の側へ進み寄って、すぐにその巌石を小山のような肩へき取った。そうして二三歩歩いてから、一度眼の上までさし上げて置いて、力の限り向うへほうり投げた。岩は凄じい地響きをさせながら、見物の若者たちの近くへ落ちて、銀粉のような砂煙を揚げた。
 大勢の若者たちはまた以前のようにどよめき立った。が、その声がまだ消えない内に、もうあの猪首の若者は、さらに勝敗を争うべく、前にも増して大きい岩を水際みぎわの砂から抱き起していた。

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告