您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 芥川 竜之介 >> 正文

将軍(しょうぐん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-16 9:25:28  点击:  切换到繁體中文



     三 陣中の芝居

 明治三十八年五月四日の午後、阿吉牛堡あきつぎゅうほうとどまっていた、第×軍司令部では、午前に招魂祭しょうこんさいを行ったのち余興よきょうの演芸会をもよおす事になった。会場は支那の村落に多い、野天のでん戯台ぎだいを応用した、急拵きゅうごしらえの舞台の前に、天幕テントを張り渡したに過ぎなかった。が、その蓆敷むしろじきの会場には、もう一時の定刻ぜんに、大勢おおぜいの兵卒が集っていた。この薄汚いカアキイ服に、銃剣を下げた兵卒のむれは、ほとんど看客かんかくと呼ぶのさえも、皮肉な感じを起させるほど、みじめな看客に違いなかった。が、それだけまた彼等の顔に、晴れ晴れした微笑が漂っているのは、一層可憐かれんな気がするのだった。
 将軍を始め軍司令部や、兵站監部へいたんかんぶの将校たちは、外国の従軍武官たちと、そのうしろの小高い土地に、ずらりと椅子いすを並べていた。そこには参謀肩章だの、副官のたすきだのが見えるだけでも、一般兵卒の看客かんかく席より、遥かに空気が花やかだった。殊に外国の従軍武官は、愚物ぐぶつの名の高い一人でさえも、この花やかさをたすけるためには、軍司令官以上の効果があった。
 将軍は今日も上機嫌じょうきげんだった。何か副官の一人と話しながら、時々番付を開いて見ている、――その眼にも始終日光のように、人懐ひとなつこい微笑が浮んでいた。
 その内に定刻の一時になった。桜の花や日の出をとり合せた、手際のい幕のうしろでは、何度か鳴りの悪い拍子木ひょうしぎが響いた。と思うとその幕は、余興掛の少尉の手に、するすると一方へ引かれて行った。
 舞台は日本の室内だった。それが米屋の店だと云う事は、一隅に積まれた米俵が、わずかに暗示を与えていた。そこへ前垂掛まえだれがけの米屋の主人が、「おなべや、お鍋や」と手を打ちながら、彼自身よりもの高い、銀杏返いちょうがえしの下女を呼び出して来た。それから、――筋は話すにも足りない、一場いちじょうにわかが始まった。
 舞台の悪ふざけが加わる度に、蓆敷むしろじきの上の看客からは、何度も笑声しょうせいが立ちのぼった。いや、そのうしろの将校たちも、大部分はわらいを浮べていた。が、俄はその笑ときそうように、ますます滑稽こっけいを重ねて行った。そうしてとうとうしまいには、越中褌えっちゅうふんどし一つの主人が、赤い湯もじ一つの下女と相撲すもうをとり始める所になった。
 笑声はさらに高まった。兵站監部へいたんかんぶのある大尉なぞは、この滑稽を迎えるため、ほとんど拍手さえしようとした。ちょうどその途端だった。突然烈しい叱咤しったの声は、湧き返っている笑の上へ、むちを加えるように響き渡った。
「何だ、その醜態しゅうたいは? 幕を引け! 幕を!」
 声のぬしは将軍だった。将軍は太い軍刀の※(「木+覇」、第4水準2-15-85)つかに、手袋の両手を重ねたまま、厳然と舞台をにらんで居た。
 幕引きの少尉は命令通り、呆気あっけにとられた役者たちの前へ、倉皇そうこうとさっきの幕を引いた。同時に蓆敷の看客も、かすかなどよめきの声のほかは、ひっそりと静まり返ってしまった。
 外国の従軍武官たちと、一つ席にいた穂積ほづみ中佐は、この沈黙を気の毒に思った。俄は勿論彼の顔には、微笑さえも浮ばせなかった。しかし彼は看客の興味に、同情を持つだけの余裕はあった。では外国武官たちに、はだかの相撲を見せてもいか?――そう云う体面を重ずるには、何年か欧洲おうしゅうに留学した彼は、余りに外国人を知り過ぎていた。
「どうしたのですか?」
 仏蘭西フランスの将校は驚いたように、穂積中佐をふりかえった。
「将軍が中止を命じたのです。」
「なぜ?」
「下品ですから、――将軍は下品な事は嫌いなのです。」
 そう云う内にもう一度、舞台の拍子木ひょうしぎが鳴り始めた。静まり返っていた兵卒たちは、この音に元気を取り直したのか、そこここから拍手はくしゅを送り出した。穂積中佐もほっとしながら、彼の周囲を眺め廻した。周囲にい並んだ将校たちは、いずれも幾分か気兼きがねそうに、舞台を見たり見なかったりしている、――その中にたった一人、やはり軍刀へ手をのせたまま、ちょうど幕のき出した舞台へ、じっと眼を注いでいた。
 次の幕は前と反対に、人情がかった旧劇だった。舞台にはただ屏風びょうぶのほかに、火のともった行燈あんどうが置いてあった。そこに頬骨の高い年増としまが一人、猪首いくびの町人と酒を飲んでいた。年増は時々金切声かなきりごえに、「若旦那わかだんな」と相手の町人を呼んだ。そうして、――穂積中佐は舞台を見ずに、彼自身の記憶にひたり出した。柳盛座りゅうせいざの二階の手すりには、十二三の少年がりかかっている。舞台には桜の釣り枝がある。火影ほかげの多い町の書割かきわりがある。その中に二銭にせん団洲だんしゅうと呼ばれた、和光わこう不破伴左衛門ふわばんざえもんが、編笠あみがさを片手に見得みえをしている。少年は舞台に見入ったまま、ほとんど息さえもつこうとしない。彼にもそんな時代があった。……
「余興やめ! 幕を引かんか? 幕! 幕!」
 将軍の声は爆弾のように、中佐の追憶を打ちくだいた。中佐は舞台へ眼を返した。舞台にはすでに狼狽ろうばいした少尉が、幕と共に走っていた。そのあいだにちらりと屏風の上へ、男女の帯の懸かっているのが見えた。
 中佐は思わず苦笑くしょうした。「余興掛も気がかなすぎる。男女の相撲さえ禁じている将軍が、を黙って見ている筈がない。」――そんな事を考えながら、叱声しっせいの起った席を見ると、将軍はまだ不機嫌そうに、余興掛の一等主計いっとうしゅけいと、何か問答を重ねていた。
 その時ふと中佐の耳は、口の悪い亜米利加アメリカの武官が、隣に坐った仏蘭西フランスの武官へ、こう話しかける声をとらえた。
「将軍Nもらくじゃない。軍司令官兼検閲官けんえつかんだから、――」
 やっと三幕目みまくめが始まったのは、それから十分ののちだった。今度は木がはいっても、兵卒たちは拍手を送らなかった。
可哀かわいそうに。監視かんしされながら、芝居を見ているようだ。」――穂積中佐は憐むように、ほとんど大きな話声も立てない、カアキイ服のむれを見渡した。
 三幕目の舞台は黒幕の前に、柳の木が二三本立ててあった。それはどこからって来たか、生々なまなましい実際の葉柳だった。そこに警部らしいひげだらけの男が、年の若い巡査をいじめていた。穂積ほづみ中佐は番附の上へ、不審そうに眼を落した。すると番附には「ピストル強盗ごうとう清水定吉しみずさだきち大川端おおかわばた捕物とりもの」と書いてあった。
 年の若い巡査は警部が去ると、大仰おおぎょうに天を仰ぎながら、長々ながなが浩歎こうたん独白どくはくを述べた。何でもその意味は長いあいだ、ピストル強盗をつけ廻しているが、逮捕たいほ出来ないとか云うのだった。それから人影でも認めたのか、彼は相手に見つからないため、一まず大川の水の中へ姿を隠そうと決心した。そうしてうしろの黒幕の外へ、頭からさきにいこんでしまった。その恰好かっこう贔屓眼ひいきめに見ても、大川の水へ没するよりは、蚊帳かやへはいるのに適当していた。
 空虚の舞台にはしばらくのあいだ、波の音を思わせるらしい、大太鼓おおだいこの音がするだけだった。と、たちまち一方から、盲人が一人歩いて来た。盲人は杖をつき立てながら、そのまま向うへはいろうとする、――その途端とたんに黒幕の外から、さっきの巡査が飛び出して来た。「ピストル強盗、清水定吉、御用だ!」――彼はそう叫ぶが早いか、いきなり盲人へ躍りかかった。盲人は咄嗟とっさに身構えをした。と思うと眼がぱっちりあいた。「うらむらくは眼が小さ過ぎる。」――中佐は微笑を浮べながら、内心大人気おとなげない批評を下した。
 舞台では立ち廻りが始まっていた。ピストル強盗は渾名あだな通り、ちゃんとピストルを用意していた。二発、三発、――ピストルは続けさまに火をいた。しかし巡査は勇敢に、とうとうにせ目くらになわをかけた。兵卒たちはさすがにどよめいた。が、彼等の間からは、やはり声一つかからなかった。
 中佐は将軍へ眼をやった。将軍は今度も熱心に、じっと舞台を眺めていた。しかしその顔は以前よりも、遥かにやさしみをたたえていた。
 そこへ舞台には一方から、署長とその部下とがけつけて来た。が、偽目くらと挌闘中、ピストルの弾丸たまあたった巡査は、もう昏々こんこんと倒れていた。署長はすぐにかつを入れた。そのあいだに部下はいち早く、ピストル強盗の縄尻なわじりとらえた。そのあとは署長と巡査との、旧劇めいた愁歎場しゅうたんばになった。署長は昔の名奉行めいぶぎょうのように、何か云いのこす事はないかと云う。巡査は故郷に母がある、と云う。署長はまた母の事は心配するな。何かそのほかにも末期まつごの際に、心遺りはないかと云う。巡査は何も云う事はない、ピストル強盗を捉えたのは、この上もない満足だと云う。
 ――その時ひっそりした場内に、三度さんど将軍の声が響いた。が、今度は叱声しっせいの代りに、深い感激の嘆声だった。
「偉い奴じゃ。それでこそ日本男児にっぽんだんじじゃ。」
 穂積中佐はもう一度、そっと将軍へ眼を注いだ。すると日に焼けた将軍のほおには、涙のあとが光っていた。「将軍は善人だ。」――中佐は軽い侮蔑ぶべつうちに、明るい好意をも感じ出した。
 その時幕は悠々と、盛んな喝采かっさいを浴びながら、舞台の前に引かれて行った。穂積ほづみ中佐はその機会に、ひとり椅子いすから立ち上ると、会場の外へ歩み去った。
 三十分ののち、中佐は紙巻をくわえながら、やはり同参謀の中村なかむら少佐と、村はずれの空地あきちを歩いていた。
「第×師団の余興は大成功だね。N閣下は非常に喜んでいられた。」
 中村少佐はこう云うあいだも、カイゼルひげはしをひねっていた。
「第×師団の余興? ああ、あのピストル強盗か?」
「ピストル強盗ばかりじゃない。閣下はあれから余興掛を呼んで、もう一幕臨時にやれと云われた。今度は赤垣源蔵あかがきげんぞうだったがね。何と云うのかな、あれは? 徳利とくりの別れか?」
 穂積中佐は微笑した眼に、広い野原を眺めまわした。もう高粱こうりょうの青んだ土には、かすかに陽炎かげろうが動いていた。
「それもまた大成功さ。――」
 中村少佐は話し続けた。
「閣下は今夜も七時から、第×師団の余興掛に、寄席よせ的な事をやらせるそうだぜ。」
「寄席的? 落語らくごでもやらせるのかね?」
「何、講談だそうだ。水戸黄門みとこうもん諸国めぐり――」
 穂積中佐は苦笑くしょうした。が、相手は無頓着に、元気のよい口調を続けて行った。
「閣下は水戸黄門が好きなのだそうだ。わしは人臣としては、水戸黄門と加藤清正かとうきよまさとに、最も敬意を払っている。――そんな事を云っていられた。」
 穂積中佐は返事をせずに、頭の上の空を見上げた。空には柳の枝のあいだに、細い雲母雲きららぐもが吹かれていた。中佐はほっと息をいた。
「春だね、いくら満洲まんしゅうでも。」
「内地はもうあわせを着ているだろう。」
 中村少佐は東京を思った。料理の上手な細君を思った。小学校へ行っている子供を思った。そうして――かすかに憂鬱になった。
「向うにあんずが咲いている。」
 穂積中佐は嬉しそうに、遠い土塀にむらがった、赤い花の塊りを指した。Ecoute-moi, Madeline………――中佐の心にはいつのまにか、ユウゴオの歌が浮んでいた。

上一页  [1] [2] [3] [4] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告