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邪宗門(じゃしゅうもん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-16 9:03:37  点击:  切换到繁體中文


        四

 それから大殿様の御隠れになる時まで、御親子ごしんしの間には、まるで二羽の蒼鷹あおたかが、互に相手を窺いながら、空を飛びめぐっているような、ちっとのすきもないにらみ合いがずっと続いて居りました。が、前にも申し上げました通り若殿様は、すべて喧嘩口論のたぐいが、大御嫌だいおきらいでございましたから、大殿様の御所業ごしょぎょうに向っても、たてを御つきになどなった事は、ほとんど一度もございません。ただ、その度に皮肉な御微笑を、あの癖のある御口元にちらりと御浮べになりながら、一言二言ひとことふたこと鋭い御批判を御漏おもらしになるばかりでございます。
 いつぞや大殿様が、二条大宮の百鬼夜行ひゃっきやぎょうに御遇いになっても、格別御障りのなかった事が、洛中洛外の大評判になりますと、若殿様はわたくしに御向いになりまして、「鬼神きじんが鬼神に遇うたのじゃ。父上の御身おみに害がなかったのは、不思議もない。」と、さも可笑おかしそうに仰有おっしゃいましたが、その後また、東三条の河原院かわらのいんで、夜な夜な現れるとおるの左大臣の亡霊を、大殿様が一喝して御卻おしりぞけになった時も、若殿様は例の通り、唇をゆがめて御笑いになりながら、
「融の左大臣は、風月の才に富んで居られたと申すではないか。されば父上づれは、話のあとを打たせるにも足らぬと思われて、消え失せられたに相違ない。」と、仰有おっしゃったのを覚えて居ります。
 それがまた大殿様には、何よりも御耳に痛かったと見えまして、ふとした拍子ひょうしに、こう云う若殿様の御言葉が、御聞きに達する事でもございますと、上べは苦笑いに御紛おまぎらわしなすっても、御心中の御怒りはありありと御顔に読まれました。現に内裡だいりの梅見の宴からの御帰りに、大殿様の御車みくるまの牛がそれて、往来の老人に怪我させた時、その老人がかえって手を合せて、権者ごんじゃのような大殿様の御牛みうしにかけられた冥加みょうがのほどを、難有ありがたがった事がございましたが、その時も若殿様は、大殿様のいらっしゃる前で、牛飼いの童子に御向いなさりながら、「その方はうつけものじゃな。所詮しょせん牛をそらすくらいならば、なぜ車の輪にかけて、あの下司げすき殺さぬ。怪我をしてさえ、手を合せて、随喜するほどの老爺おやじじゃ。わだちの下に往生を遂げたら、聖衆しょうじゅ来迎らいごうを受けたにも増して、難有ありがたく心得たに相違ない。されば父上の御名誉も、一段と挙がろうものを。さりとは心がけの悪い奴じゃ。」と、仰有ったものでございます。その時の大殿様の御機嫌の悪さと申しましたら、今にも御手の扇が上って、御折檻ごせっかんくらいは御加えになろうかと、私ども一同がきもを冷すほどでございましたが、それでも若殿様は晴々と、美しい歯を見せて御笑いになりながら、
「父上、父上、そう御腹立ち遊ばすな。牛飼めもあの通り、恐れ入ってるようでございます。こののちとも精々心にかけましたら、今度こそは立派に人一人轢き殺して、父上の御名誉を震旦しんたんまでも伝える事でございましょう。」と、素知そしらぬ顔で仰有ったものでございますから、大殿様もとうとうを御折りになったと見えて、にがい顔をなすったまま、何事もなく御立ちになってしまいました。
 こう云う御間がらでございましたから、大殿様の御臨終を、じっと御目守おまもりになっていらっしゃる若殿様の御姿ほど、私どもの心の上に不思議な影を宿したものはございません。今でもその時の事を考えますと、まるで磨ぎすました焼刃やきば※(「均-土」、第3水準1-14-75)においを嗅ぐような、身にしみてひやりとする、と同時にまた何となく頼もしい、妙な心もちが致した事は、先刻もう御耳に入れて置きました。誠にその時の私どもには、心から御代替ごだいがわりがしたと云う気が、――それも御屋形おやかたの中ばかりでなく、一天下いってんかにさす日影が、急に南から北へふり変ったような、あわただしい気が致したのでございます。

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