二十九
それ以来私どもは、よるとさわると、額を鳩めて、摩利信乃法師と中御門の姫君とのいきさつを互に推量し合いながら、どうかしてあの天狗法師を遠ざけたいと、いろいろ評議を致しましたが、さて例の恐ろしい幻の事を思い出しますと、容易に名案も浮びません。もっとも甥の方は私より若いだけに、まだ執念深く初一念を捨てないで、場合によったら平太夫のしたように、辻冠者どもでも駆り集めたら、もう一度四条河原の小屋を劫そうくらいな考えがあるようでございました。所がその中に、思いもよらず、また私どもは摩利信乃法師の神変不思議な法力に、驚くような事が出来たのでございます。
それはもう秋風の立ち始めました頃、長尾の律師様が嵯峨に阿弥陀堂を御建てになって、その供養をなすった時の事でございます。その御堂も只今は焼けてございませんが、何しろ国々の良材を御集めになった上に、高名な匠たちばかり御召しになって、莫大な黄金も御かまいなく、御造りになったものでございますから、御規模こそさのみ大きくなくっても、その荘厳を極めて居りました事は、ほぼ御推察が参るでございましょう。
別してその御堂供養の当日は、上達部殿上人は申すまでもなく、女房たちの参ったのも数限りないほどでございましたから、東西の廊に寄せてあるさまざまの車と申し、その廊廊の桟敷をめぐった、錦の縁のある御簾と申し、あるいはまた御簾際になまめかしくうち出した、萩、桔梗、女郎花などの褄や袖口の彩りと申し、うららかな日の光を浴びた、境内一面の美しさは、目のあたりに蓮華宝土の景色を見るようでございました。それから、廊に囲まれた御庭の池にはすきまもなく、紅蓮白蓮の造り花が簇々と咲きならんで、その間を竜舟が一艘、錦の平張りを打ちわたして、蛮絵を着た童部たちに画棹の水を切らせながら、微妙な楽の音を漂わせて、悠々と動いて居りましたのも、涙の出るほど尊げに拝まれたものでございます。
まして正面を眺めますと、御堂の犬防ぎが燦々と螺鈿を光らせている後には、名香の煙のたなびく中に、御本尊の如来を始め、勢至観音などの御姿が、紫磨黄金の御顔や玉の瓔珞を仄々と、御現しになっている難有さは、また一層でございました。その御仏の前の庭には、礼盤を中に挟みながら、見るも眩い宝蓋の下に、講師読師の高座がございましたが、供養の式に連っている何十人かの僧どもも、法衣や袈裟の青や赤がいかにも美々しく入り交って、経を読む声、鈴を振る音、あるいは栴檀沈水の香などが、その中から絶え間なく晴れ渡った秋の空へ、うらうらと昇って参ります。
するとその供養のまっ最中、四方の御門の外に群って、一目でも中の御容子を拝もうとしている人々が、俄に何事が起ったのか、見る見るどっとどよみ立って、まるで風の吹き出した海のように、押しつ押されつし始めました。
三十
この騒ぎを見た看督長は、早速そこへ駈けつけて、高々と弓をふりかざしながら、御門の中へ乱れ入った人々を、打ち鎮めようと致しました。が、その人波の中を分けて、異様な風俗の沙門が一人、姿を現したと思いますと、看督長はたちまち弓をすてて、往来の遮をするどころか、そのままそこへひれ伏しながら、まるで帝の御出ましを御拝み申す時のように、礼を致したではございませんか。外の騒動に気をとられて、一しきりざわめき立った御門の中が、急にひっそりと静まりますと、また「摩利信乃法師、摩利信乃法師」と云う囁き声が、丁度蘆の葉に渡る風のように、どこからともなく起ったのは、この時の事でございます。
摩利信乃法師は、今日も例の通り、墨染の法衣の肩へ長い髪を乱しながら、十文字の護符の黄金を胸のあたりに燦かせて、足さえ見るも寒そうな素跣足でございました。その後にはいつもの女菩薩の幢が、秋の日の光の中にいかめしく掲げられて居りましたが、これは誰か供のものが、さしかざしてでもいたのでございましょう。
「方々にもの申そう。これは天上皇帝の神勅を賜わって、わが日の本に摩利の教を布こうずる摩利信乃法師と申すものじゃ。」
あの沙門は悠々と看督長の拝に答えてから、砂を敷いた御庭の中へ、恐れげもなく進み出て、こう厳な声で申しました。それを聞くと御門の中は、またざわめきたちましたが、さすがに検非違使たちばかりは、思いもかけない椿事に驚きながらも、役目は忘れなかったのでございましょう。火長と見えるものが二三人、手に手を得物提げて、声高に狼藉を咎めながら、あの沙門へ走りかかりますと、矢庭に四方から飛びかかって、搦め取ろうと致しました。が、摩利信乃法師は憎さげに、火長たちを見やりながら、
「打たば打て。取らば取れ。但、天上皇帝の御罰は立ち所に下ろうぞよ。」と、嘲笑うような声を出しますと、その時胸に下っていた十文字の護符が日を受けて、眩くきらりと光ると同時に、なぜか相手は得物を捨てて、昼雷にでも打たれたかと思うばかり、あの沙門の足もとへ、転び倒れてしまいました。
「如何に方々。天上皇帝の御威徳は、ただ今目のあたりに見られた如くじゃ。」
摩利信乃法師は胸の護符を外して、東西の廊へ代る代る、誇らしげにさしかざしながら、
「元よりかような霊験は不思議もない。そもそも天上皇帝とは、この天地を造らせ給うた、唯一不二の大御神じゃ。この大御神を知らねばこそ、方々はかくも信心の誠を尽して、阿弥陀如来なんぞと申す妖魔の類を事々しく、供養せらるるげに思われた。」
この暴言にたまり兼ねたのでございましょう。さっきから誦経を止めて、茫然と事の次第を眺めていた僧たちは、俄にどよめきを挙げながら、「打ち殺せ」とか「搦め取れ」とかしきりに罵り立てましたが、さて誰一人として席を離れて、摩利信乃法師を懲そうと致すものはございません。
三十一
すると摩利信乃法師は傲然と、その僧たちの方を睨めまわして、
「過てるを知って憚る事勿れとは、唐国の聖人も申された。一旦、仏菩薩の妖魔たる事を知られたら、
々摩利の教に帰依あって、天上皇帝の御威徳を讃え奉るに若くはない。またもし、摩利信乃法師の申し条に疑いあって、仏菩薩が妖魔か、天上皇帝が邪神か、決定致し兼ぬるとあるならば、いかようにも法力を較べ合せて、いずれが正法か弁別申そう。」と、声も荒らかに呼ばわりました。
が、何しろただ今も、検非違使たちが目のあたりに、気を失って倒れたのを見て居るのでございますから、御簾の内も御簾の外も、水を打ったように声を呑んで、僧俗ともに誰一人、進んであの沙門の法力を試みようと致すものは見えません。所詮は長尾の僧都は申すまでもなく、その日御見えになっていらしった山の座主や仁和寺の僧正も、現人神のような摩利信乃法師に、胆を御挫かれになったのでございましょう。供養の庭はしばらくの間、竜舟の音楽も声を絶って、造り花の蓮華にふる日の光の音さえ聞えたくらい、しんと静まり返ってしまいました。
沙門はそれにまた一層力を得たのでございましょう。例の十文字の護符をさしかざして、天狗のように嘲笑いますと、
「これはまた笑止千万な。南都北嶺とやらの聖僧たちも少からぬように見うけたが、一人としてこの摩利信乃法師と法力を較べようずものも現れぬは、さては天上皇帝を始め奉り、諸天童子の御神光に恐れをなして、貴賤老若の嫌いなく、吾が摩利の法門に帰依し奉ったものと見える。さらば此場において、先ず山の座主から一人一人灌頂の儀式を行うてとらせようか。」と、威丈高に罵りました。
所がその声がまだ終らない中に、西の廊からただ一人、悠然と庭へ御下りになった、尊げな御僧がございます。金襴の袈裟、水晶の念珠、それから白い双の眉毛――一目見ただけでも、天が下に功徳無量の名を轟かせた、横川の僧都だと申す事は疑おうようもございません。僧都は年こそとられましたが、たぶたぶと肥え太った体を徐に運びながら、摩利信乃法師の眼の前へ、おごそかに歩みを止めますと、
「こりゃ下郎。ただ今もその方が申す如く、この御堂供養の庭には、法界の竜象数を知らず並み居られるには相違ない。が、鼠に抛つにも器物を忌むの慣い、誰かその方如き下郎づれと、法力の高下を競わりょうぞ。さればその方は先ず己を恥じて、
々この宝前を退散す可き分際ながら、推して神通を較べようなどは、近頃以て奇怪至極じゃ。思うにその方は何処かにて金剛邪禅の法を修した外道の沙門と心得る。じゃによって一つは三宝の霊験を示さんため、一つはその方の魔縁に惹かれて、無間地獄に堕ちようず衆生を救うてとらさんため、老衲自らその方と法験を較べに罷り出た。たといその方の幻術がよく鬼神を駆り使うとも、護法の加護ある老衲には一指を触るる事すらよも出来まい。されば仏力の奇特を見て、その方こそ受戒致してよかろう。」と、大獅子孔を浴せかけ、たちまち印を結ばれました。
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