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邪宗門(じゃしゅうもん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-16 9:03:37  点击:  切换到繁體中文


        十七

 危くつき当りそうになった摩利信乃法師まりしのほうしは、咄嗟とっさに身をかわしましたが、なぜかそこに足を止めて、じっと平太夫へいだゆうの姿を見守りました。が、あの老爺おやじはとんとそれに頓着する容子ようすもなく、ただ、二三歩譲っただけで、相不変あいかわらずとぼとぼと寂しい歩みを運んで参ります。さてはさすがの摩利信乃法師も、平太夫の異様な風俗を、不審に思ったものと見えると、こう私の甥は考えましたが、やがてその側まで参りますと、まだ我を忘れたように、道祖さえの神のほこらうしろにして、たたずんでいる沙門のなざしが、いかに天狗の化身けしんとは申しながら、どうも唯事とは思われません。いや、かえってその眼なざしには、いつもの気味の悪い光がなくて、まるで涙ぐんででもいるような、もの優しい潤いが、漂っているのでございます。それが祠の屋根へ枝をのばした、椎の青葉の影を浴びて、あの女菩薩の旗竿をななめに肩へあてながら、しげしげ向うを見送っていた立ち姿の寂しさは、一生の中にたった一度、私の甥にもあの沙門を懐しく思わせたとか申す事でございました。
 が、その内に私の甥の足音に驚かされたのでございましょう。摩利信乃法師は夢のさめたように、慌しくこちらを振り向きますと、急に片手を高く挙げて、怪しい九字くじを切りながら、何か咒文じゅもんのようなものを口の内に繰返して、※(「均-土」、第3水準1-14-75)そうそう歩きはじめました。その時の咒文の中に、中御門なかみかどと云うようなことばが聞えたと申しますが、それは事によると私の甥の耳のせいだったかもわかりません。元よりその間も平太夫の方は、やはり花橘の枝を肩にして、側目わきめもふらず悄々しおしおと歩いて参ったのでございます。そこでまた私の甥も、見え隠れにその跡をつけて、とうとう西洞院にしのとういんの御屋形まで参ったそうでございますが、時にあの摩利信乃法師の不思議な振舞が気になって、若殿様の御文の事さえ、はては忘れそうになったくらい、落着かない心もちに苦しめられたとか申して居りました。
 しかしその御文はつつがなく、御姫様の御手もとまでとどいたものと見えまして、珍しくも今度に限って早速御返事がございました。これは私ども下々しもじもには、何とも確かな事は申し上げる訳に参りませんが、恐らくは御承知の通り御闊達な御姫様の事でございますから、平太夫からあの暗討やみうちの次第でも御聞きになって、若殿様の気象の人に優れていらっしゃるのを、始めて御会得ごえとくになったからででもございましょうか。それから二三度、御消息を御取りかわせになった後、とうとうある小雨こさめの降る夜、若殿様は私の甥を御供に召して、もう葉柳の陰に埋もれた、西洞院にしのとういんの御屋形へ忍んで御通いになる事になりました。こうまでなって見ますと、あの平太夫もさすがにが折れたのでございましょう。その夜も険しく眉をひそめて居りましたが、私の甥に向いましても、格別雑言ぞうごんなどを申す勢いはなかったそうでございます。

        十八

 その若殿様はほとんど夜毎に西洞院にしのとういんの御屋形へ御通いになりましたが、時には私のような年よりも御供に御召しになった事がございました。私が始めてあの御姫様の、眩しいような御美しさを拝む事が出来ましたのも、そう云う折ふしの事でございます。一度などは御二人で、私を御側近く御呼びよせなさりながら、今昔こんじゃくの移り変りを話せと申す御意もございました。確か、その時の事でございましょう。御簾みすのひまから見える御池の水に、さわやかな星の光が落ちて、まだ散り残ったふじ※(「均-土」、第3水準1-14-75)においがかすかに漂って来るような夜でございましたが、その涼しい夜気の中に、一人二人の女房を御侍おはべらせになって、もの静に御酒盛をなすっていらっしゃる御二方の美しさは、まるで倭絵やまとえの中からでも、抜け出していらしったようでございました。殊に白い単衣襲ひとえがさねに薄色のうちぎを召した御姫様の清らかさは、おさおさあの赫夜姫かぐやひめにも御劣りになりはしますまい。
 その内に御酒機嫌ごしゅきげんの若殿様が、ふと御姫様の方へ御向いなさりながら、
「今もじいの申した通り、この狭い洛中でさえ、桑海そうかいへん度々たびたびあった。世間一切の法はその通り絶えず生滅遷流せいめつせんりゅうして、刹那もじゅうすと申す事はない。されば無常経むじょうきょうにも『曾有一事不無常呑いまだかつていちじのむじょうにのまれざるはあらず』と説かせられた。恐らくはわれらが恋も、この掟ばかりは逃れられまい。ただいつ始まっていつ終るか、予が気がかりなのはそれだけじゃ。」と、冗談のように仰有おっしゃいますと、御姫様はとんとねたように、大殿油おおとのあぶらの明るい光をわざと御避けになりながら、
「まあ、憎らしい事ばかり仰有おっしゃいます。ではもう始めからわたくしを、御捨てになる御心算おつもりでございますか。」と、優しく若殿様を御睨おにらみなさいました。が、若殿様はますます御機嫌よく、御盃を御干しになって、
「いや、それよりも始めから、捨てられる心算つもりると申した方が、一層予の心もちにはふさわしいように思われる。」
「たんと御弄おなぶり遊ばしまし。」
 御姫様はこう仰有って、一度は愛くるしく御笑いになりましたが、急にまた御簾みすの外の夜色やしょくへ、うっとりと眼を御やりになって、
「一体世の中の恋と申すものは、皆そのようにはかないものでございましょうか。」と独りごとのように仰有いました。すると若殿様はいつもの通り、美しい歯を見せて、御笑いになりながら、
「さればはかなくないとも申されまいな。が、われら人間が万法ばんぽうの無常も忘れはてて、蓮華蔵れんげぞう世界の妙薬をしばらくしたりとも味わうのは、ただ、恋をしている間だけじゃ。いや、その間だけは恋の無常さえ忘れていると申してもよい。じゃによって予が眼からは恋慕三昧れんぼざんまいに日を送った業平なりひらこそ、天晴あっぱれ知識じゃ。われらも穢土えどの衆苦を去って、常寂光じょうじゃっこうの中にじゅうそうには伊勢物語をそのままの恋をするよりほかはあるまい。何と御身おみもそうは思われぬか。」と、横合いから御姫様の御顔を御覗きになりました。

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