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湖南の扇(こなんのおうぎ)

作者:佚名  来源:青空文库   更新:2006-8-16 7:08:07  点击:  切换到繁體中文


   * * * * *

 僕は翌々十八日の午後、折角の譚の勧めに従い、湘江を隔てた嶽麓がくろく麓山寺ろくざんじや愛晩亭を見物に出かけた。
 僕等を乗せたモオタア・ボオトは在留日本人の「中の島」と呼ぶ三角洲さんかくすを左にしながら、二時前後の湘江を走って行った。からりと晴れ上った五月の天気は両岸の風景を鮮かにしていた。僕等の右に連った長沙も白壁や瓦屋根の光っているだけにきのうほど憂鬱ゆううつには見えなかった。まして柑類かんるいの木の茂った、石垣の長い三角洲はところどころに小ぢんまりした西洋家屋をのぞかせたり、その又西洋家屋の間に綱にった洗濯ものをひらめかせたり、如何にもきと横たわっていた。
 たんは若い船頭に命令を与える必要上、ボオトのへさきに陣どっていた。が、命令を与えるよりものべつに僕に話しかけていた。
「あれが日本領事館だ。………このオペラ・グラスを使い給え。………その右にあるのは日清汽船会社。」
 僕は葉巻をくわえたまま、舟ばたの外へ片手を下ろし、時々僕の指先に当る湘江しょうこうの水勢を楽しんでいた。譚の言葉は僕の耳にただ一つづりの騒音だった。しかし彼の指さす通り、両岸の風景へ目をやるのは勿論もちろん僕にも不快ではなかった。
「この三角洲さんかくす橘洲きっしゅうと言ってね。………」
「ああ、とびが鳴いている。」
「鳶が?………うん、鳶も沢山いる。そら、いつか張継尭ちょうけいぎょう譚延※(「門<豈」、第3水準1-93-55)たんえんがいとの戦争があった時だね、あの時にゃ張の部下の死骸しがいがいくつもこの川へ流れて来たもんだ。すると又鳶が一人の死骸へ二羽も三羽も下りて来てね………」
 丁度譚のこう言いかけた時、僕等の乗っていたモオタア・ボオトはやはり一そうのモオタア・ボオトと五六間隔ててすれ違った。それは支那服の青年の外にも見事によそおった支那美人を二三人乗せたボオトだった。僕はこれ等の支那美人よりもむしろそのボオトの大辷おおすべりになみを越えるのを見守っていた。けれども譚は話半ばに彼等の姿を見るが早いか、ほとんかたきにでもったように倉皇そうこうと僕にオペラ・グラスを渡した。
「あの女を見給え。あのへさきすわっている女を。」
 僕は誰にでもっつかれると、一層何かとこだわり易い親譲りの片意地を持合せていた。のみならずそのボオトの残した浪はこちらの舟ばたを洗いながら、僕の手をカフスまでずぶれにしていた。
「なぜ?」
「まあ、なぜでも好いから、あの女を見給え。」
「美人かい?」
「ああ、美人だ。美人だ。」
 彼等を乗せたモオタア・ボオトはいつかもう十間ほど離れていた。僕はやっと体を※(「てへん+丑」、第4水準2-12-93)じまげ、オペラ・グラスの度を調節した。同時に又突然向うのボオトのぐいとあとずさりをする錯覚を感じた。「あの女」は円い風景の中にちょっと顔を横にしたまま、誰かの話を聞いていると見え、時々微笑をらしていた。あごの四角い彼女の顔は唯目の大きいと言う以外に格別美しいとは思われなかった。が、彼女の前髪や薄い黄色の夏衣裳なついしょうの川風に波を打っているのは遠目にも綺麗きれいに違いなかった。
「見えたか?」
「うん、睫毛まつげまで見える。しかしあんまり美人じゃないな。」
 僕は何か得意らしい譚ともう一度顔を向い合せた。
「あの女がどうかしたのかい?」
 譚はふだんのおしゃべりにも似ず、悠々と巻煙草まきたばこに火をつけてから、あべこべに僕に問い返した。
「きのう僕はそう言ったね、――あの桟橋の前の空き地で五人ばかり土匪どひの首をったって?」
「うん、それは覚えている。」
「その仲間の頭目はこう六一と言ってね。――ああ、そいつも斬られたんだ。――これが又右の手には小銃を持ち、左の手にはピストルを持って一時に二人射殺すと言う、湖南こなんでも評判の悪党だったんだがね。………」
 譚はたちまち黄六一の一生の悪業を話し出した。彼の話は大部分新聞記事の受け売りらしかった。しかし幸い血の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)においよりもロマンティックな色彩に富んだものだった。黄の平生密輸入者たちに黄老爺こうろうやと呼ばれていた話、又湘譚しょうたんの或商人あきんどから三千元を強奪した話、又ももに弾丸を受けた樊阿七はんあしちと言う副頭目を肩に蘆林譚ろりんたんを泳ぎ越した話、又岳州がくしゅうの或山道に十二人の歩兵を射倒した話、――譚は殆ど黄六一を崇拝しているのかと思う位、熱心にそんなことを話しつづけた。
「何しろ君、そいつは殺人※(「てへん+虜」、第3水準1-85-1)りょじん百十七件と言うんだからね。」
 彼は時々話の合い間にこう言う註釈も加えたりした。僕も勿論僕自身に何の損害も受けない限り、決して土匪は嫌いではなかった。が、いずれも大差のない武勇談ばかり聞かせられるのには多少の退屈を感じ出した。
「そこであの女はどうしたんだね?」
 譚はやっとにやにやしながら、内心僕の予想したのと余り変らない返事をした。
「あの女は黄の情婦だったんだよ。」
 僕は彼の註文通り、驚嘆するわけには行かなかった。けれども浮かない顔をしたまま、葉巻を銜えているのも気の毒だった。
「ふん、土匪も酒落しゃれたもんだね。」
「何、黄などは知れたものさ。何しろ前清の末年ばつねんにいた強盗蔡ごうとうさいなどと言うやつは月収一万元を越していたんだからね。こいつは上海シャンハイの租界の外に堂々たる洋館を構えていたもんだ。細君は勿論、めかけまでも、………」
「じゃあの女は芸者か何かかい?」
「うん、玉蘭ぎょくらんと言う芸者でね、あれでも黄の生きていた時には中々幅を利かしていたもんだよ。………」
 譚は何か思い出したように少時しばらく口をつぐんだまま、薄笑いばかり浮かべていた。が、やがて巻煙草を投げると、真面目まじめにこう言う相談をしかけた。
嶽麓がくろくには湘南工業学校と言う学校も一つあるんだがね、そいつをまっ先に参観しようじゃないか?」
「うん、見ても差支えない。」
 僕は煮え切らない返事をした。それはついきのうの朝、或女学校を参観に出かけ、存外はげしい排日的空気に不快を感じていた為だった。しかし僕等を乗せたボオトは僕の気もちなどには頓着とんちゃくせず、「中の島」の鼻を大まわりに不相変あいかわらず晴れやかな水の上をまっすぐに嶽麓へ近づいて行った。………

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