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好色(こうしょく)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-15 16:46:16  点击:  切换到繁體中文

底本: 現代日本文学大系 43 芥川龍之介集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1968(昭和43)年8月25日
入力に使用: 1968(昭和43)年8月25日初版第1刷

 

平中へいちゆうといふ色ごのみにて、宮仕人みやづかへびとはさらなり、人のむすめなど忍びて見
ぬはなかりけり。

宇治拾遺物語
いかでかこの人に不会あはでは止まむと思ひ迷ける程に、平中病付やみつきにけり。
しかうしなやみける程にしににけり。
今昔物語
色を好むといふは、かやうのふるまひなり。
十訓抄


     一 画姿

 泰平たいへいの時代にふさはしい、優美なきらめき烏帽子ゑぼしの下には、しもぶくれの顔がこちらを見てゐる。そのふつくりと肥つた頬に、鮮かな赤みがさしてゐるのは、何も臙脂えんじをぼかしたのではない。男には珍しい餅肌が、自然と血の色をかせたのである。ひげひんの好い鼻の下に、――と云ふよりも薄い唇の左右に、丁度薄墨をいたやうに、僅ばかりしか残つてゐない。しかしつややかなびんの上には、霞も立たない空の色さへ、ほんのりと青みを映してゐる。耳はそのびんのはづれに、ちよいとあがつた耳たぶだけ見える。それがはまぐりの貝のやうな、暖かい色をしてゐるのは、かすかな光の加減らしい。眼は人よりも細いうちに、絶えず微笑が漂つてゐる。ほとんどその瞳の底には、何時いつでも咲き匂つた桜の枝が、浮んでゐるのかと思ふ位、晴れ晴れした微笑が漂つてゐる。が、多少注意をすれば、其処そこには必しも幸福のみが住まつてゐない事がわかるかも知れない。これは遠い何物かに、※(「りっしんべん+淌のつくり」、第3水準1-84-54)※(「りっしんべん+兄」、第3水準1-84-45)しやうけいを持つた微笑である。同時に又手近い一切いつさいに、軽蔑を抱いた微笑である。くびは顔に比べると、むし華奢きやしやすぎると評しても好い。その頸には白い汗衫かざみの襟が、かすかに香を焚きしめた、菜の花色の水干すゐかんの襟と、細い一線をゑがいてゐる。顔の後にほのめいてゐるのは、鶴を織り出した几帳きちやうであらうか? それとものどかな山の裾に、女松めまつを描いた障子であらうか? 兎に角曇つた銀のやうな、薄白いあかるみが拡がつてゐる。……
 これが古い物語の中から、わたしの前に浮んで来た「あめした色好いろごのみ」たひら貞文さだぶみの似顔である。平の好風よしかぜに子が三人ある、丁度その次男に生まれたから、平中へいちゆう渾名あだなを呼ばれたと云ふ、わたしの Don Juan の似顔である。

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