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影(かげ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-15 15:21:16  点击:  切换到繁體中文



 横浜。
 書記の今西いまにしは内隠しへ、房子の写真をかえしてしまうと、静に長椅子ながいすから立ち上った。そうして例の通り音もなく、まっ暗な次のへはいって行った。
 スウィッチをひねる音と共に、次のはすぐに明くなった。その部屋の卓上電燈の光は、いつのにそこへ坐ったか、タイプライタアに向っている今西の姿を照し出した。
 今西の指はたちまちの内に、目まぐるしい運動を続け出した。と同時にタイプライタアは、休みない響をきざみながら、何行かの文字もじが断続した一枚の紙を吐き始めた。
「拝啓、貴下の夫人が貞操を守られざるは、この上なおも申上ぐべき必要無き事と存じ候。されど貴下は溺愛の余り……」
 今西の顔はこの瞬間、憎悪ぞうおそのもののマスクであった。

 鎌倉。
 ちんの寝室の戸は破れていた。が、そのほかは寝台も、西洋※(「巾+厨」、第4水準2-8-91)せいようがやも、洗面台も、それから明るい電燈の光も、ことごとく一瞬間以前と同じであった。
 陳彩ちんさいは部屋の隅にたたずんだまま、寝台の前に伏しかさなった、二人の姿を眺めていた。その一人は房子ふさこであった。――と云うよりもむしろさっきまでは、房子だった「物」であった。この顔中紫にれ上った「物」は、半ば舌を吐いたまま、薄眼うすめに天井を見つめていた。もう一人は陳彩であった。部屋の隅にいる陳彩と、寸分も変らない陳彩であった。これは房子だった「物」に重なりながら、爪も見えないほど相手ののどに、両手の指をうずめていた。そうしてそのあらわな乳房ちぶさの上に、生死もわからない頭をもたせていた。
 何分かの沈黙が過ぎたのちゆかの上の陳彩は、まだ苦しそうにあえぎながら、おもむろふとった体を起した。が、やっと体を起したと思うと、すぐまた側にある椅子いすの上へ、倒れるように腰を下してしまった。
 その時部屋の隅にいる陳彩は、静に壁際を離れながら、房子だった「物」の側に歩み寄った。そうしてその紫に腫上はれあがった顔へ、限りなく悲しそうな眼を落した。
 椅子の上の陳彩は、彼以外の存在に気がつくが早いか、気違いのように椅子から立ち上った。彼の顔には、――血走った眼の中には、凄まじい殺意がひらめいていた。が、相手の姿を一目見るとその殺意は見る見る内に、云いようのない恐怖に変って行った。
「誰だ、お前は?」
 彼は椅子の前に立ちすくんだまま、息のつまりそうな声を出した。
「さっき松林の中を歩いていたのも、――裏門からそっと忍びこんだのも、――この窓際に立って外を見ていたのも、――おれの妻を、――房子を――」
 彼の言葉は一度途絶えてから、また荒々しいしわがれ声になった。
「お前だろう。誰だ、お前は?」
 もう一人の陳彩は、しかし何とも答えなかった。その代りに眼を挙げて、悲しそうに相手の陳彩を眺めた。すると椅子の前の陳彩は、この視線に射すくまされたように、無気味ぶきみなほど大きな眼をしながら、だんだん壁際の方へすさり始めた。が、その間も彼のくちびるは、「誰だ、お前は?」を繰返すように、時々声もなく動いていた。
 その内にもう一人の陳彩は、房子だった「物」の側にひざまずくと、そっとその細いくびへ手を廻した。それから頸に残っている、無残な指のあとに唇を当てた。
 明い電燈の光に満ちた、墓窖はかあなよりも静な寝室の中には、やがてかすかな泣き声が、途切とぎれ途切れに聞え出した。見るとここにいる二人の陳彩は、壁際に立った陳彩も、床に跪いた陳彩のように、両手に顔を埋めながら………

 東京。
 突然『影』の映画が消えた時、私は一人の女と一しょに、ある活動写真館のボックスの椅子に坐っていた。
「今の写真はもうすんだのかしら。」
 女は憂鬱な眼を私に向けた。それが私には『影』の中の房子の眼を思い出させた。
「どの写真?」
「今のさ。『影』と云うのだろう。」
 女は無言のまま、膝の上のプログラムを私に渡してくれた。が、それにはどこを探しても、『影』と云う標題は見当らなかった。
「するとおれは夢を見ていたのかな。それにしても眠った覚えのないのは妙じゃないか。おまけにその『影』と云うのが妙な写真でね。――」
 私は手短かに『影』の梗概こうがいを話した。
「その写真なら、私も見た事があるわ。」
 私が話し終った時、女は寂しい眼の底に微笑の色を動かしながら、ほとんど聞えないようにこう返事をした。
「お互に『影』なんぞは、気にしないようにしましょうね。」

(大正九年七月十四日)




 



底本:「芥川龍之介全集4」ちくま文庫、筑摩書房
   1987(昭和62)年1月27日第1刷発行
   1996(平成8)年7月15日第8刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:もりみつじゅんじ
1999年3月1日公開
2004年3月8日修正
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