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芋粥(いもがゆ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-13 7:51:21  点击:  切换到繁體中文



       ―――――――――――――――――

 それから、四五日たつた日の午前、加茂川の河原に沿つて、粟田口あはたぐちへ通ふ街道を、静に馬を進めてゆく二人の男があつた。一人は濃いはなだ狩衣かりぎぬに同じ色の袴をして、打出うちでの太刀をいた「鬚黒くびんぐきよき」男である。もう一人は、みすぼらしい青鈍あをにびの水干に、薄綿のきぬを二つばかり重ねて着た、四十恰好の侍で、これは、帯のむすび方のだらしのない容子ようすと云ひ、赤鼻でしかも穴のあたりが、はなにぬれてゐる容子と云ひ、身のまはり万端のみすぼらしい事おびただしい。尤も、馬は二人とも、前のは月毛つきげ、後のは蘆毛あしげの三歳駒で、道をゆく物売りや侍も、振向いて見る程の駿足である。その後から又二人、馬の歩みに遅れまいとしていて行くのは、調度掛と舎人とねりとに相違ない。――これが、利仁と五位との一行である事は、わざわざ、ここに断るまでもない話であらう。
 冬とは云ひながら、物静に晴れた日で、白けた河原の石の間、潺湲せんくわんたる水のほとりに立枯れてゐるよもぎの葉を、ゆする程の風もない。川に臨んだ背の低い柳は、葉のない枝にあめの如く滑かな日の光りをうけて、こずゑにゐる鶺鴒せきれいの尾を動かすのさへ、鮮かに、それと、影を街道に落してゐる。東山の暗い緑の上に、霜に焦げた天鵞絨びろうどのやうな肩を、丸々と出してゐるのは、大方、比叡ひえいの山であらう。二人はその中にくら螺鈿らでんを、まばゆく日にきらめかせながら鞭をも加へず悠々と、粟田口を指して行くのである。
「どこでござるかな、手前をつれて行つて、やらうと仰せられるのは。」五位が馴れない手に手綱をかいくりながら、云つた。
「すぐ、そこぢや。お案じになる程遠くはない。」
「すると、粟田口辺でござるかな。」
「まづ、さう思はれたがよろしからう。」
 利仁は今朝五位を誘ふのに、東山の近くに湯の湧いてゐる所があるから、そこへ行かうと云つて出て来たのである。赤鼻の五位は、それをにうけた。久しく湯にはいらないので、体中がこの間からむづがゆい。芋粥の馳走になつた上に、入湯が出来れば、願つてもない仕合せである。かう思つて、あらかじめ利仁が牽かせて来た、蘆毛の馬にまたがつた。所が、くつわを並べて此処まで来て見ると、どうも利仁はこの近所へ来るつもりではないらしい。現に、さうかうしてゐる中に、粟田口は通りすぎた。
「粟田口では、ござらぬのう。」
「いかにも、もそつと、あなたでな。」
 利仁は、微笑を含みながら、わざと、五位の顔を見ないやうにして、静に馬を歩ませてゐる。両側の人家は、次第に稀になつて、今は、広々とした冬田の上に、餌をあさるからすが見えるばかり、山の陰に消残つて、雪の色もほのかに青く煙つてゐる。晴れながら、とげとげしいはじの梢が、眼に痛く空を刺してゐるのさへ、何となく肌寒い。
「では、山科やましな辺ででもござるかな。」
「山科は、これぢや。もそつと、さきでござるよ。」
 成程、さう云ふ中に、山科も通りすぎた。それ所ではない。何かとする中に、関山も後にして、彼是かれこれひる少しすぎた時分には、とうとう三井寺の前へ来た。三井寺には、利仁の懇意にしてゐる僧がある。二人はその僧を訪ねて、午餐ひるげの馳走になつた。それがすむと、又、馬に乗つて、途を急ぐ。行手は今まで来た路に比べると遙に人煙が少ない。殊に当時は盗賊が四方に横行した、物騒な時代である。――五位は猫背を一層低くしながら、利仁の顔を見上げるやうにして訊ねた。
「まだ、さきでござるのう。」
 利仁は微笑した。悪戯いたづらをして、それを見つけられさうになつた子供が、年長者に向つてするやうな微笑である。鼻の先へよせたしわと、眼尻にたたへた筋肉のたるみとが、笑つてしまはうか、しまふまいかとためらつてゐるらしい。さうして、とうとう、かう云つた。
「実はな、敦賀つるがまで、お連れ申さうと思うたのぢや。」笑ひながら、利仁は鞭を挙げて遠くの空を指さした。その鞭の下には、※(「白+轢のつくり」、第3水準1-88-69)てきれきとして、午後の日を受けた近江あふみの湖が光つてゐる。
 五位は、狼狽らうばいした。
「敦賀と申すと、あの越前ゑちぜんの敦賀でござるかな。あの越前の――」
 利仁が、敦賀の人、藤原有仁ありひと女婿ぢよせいになつてから、多くは敦賀に住んでゐると云ふ事も、日頃から聞いてゐない事はない。が、その敦賀まで自分をつれて行く気だらうとは、今の今まで思はなかつた。第一、幾多の山河を隔ててゐる越前の国へ、この通り、僅二人の伴人ともびとをつれただけで、どうして無事に行かれよう。ましてこの頃は、往来ゆききの旅人が、盗賊の為に殺されたと云ふうはささへ、諸方にある。――五位は歎願するやうに、利仁の顔を見た。
「それは又、滅相な、東山ぢやと心得れば、山科。山科ぢやと心得れば、三井寺。揚句が越前の敦賀とは、一体どうしたと云ふ事でござる。始めから、さう仰せられうなら、下人共なりと、召つれようものを。――敦賀とは、滅相な。」
 五位は、殆どべそを掻かないばかりになつて、つぶやいた。もし「芋粥に飽かむ」事が、彼の勇気を鼓舞しなかつたとしたら、彼は恐らく、そこから別れて、京都へ独り帰つて来た事であらう。
「利仁が一人居るのは、千人ともお思ひなされ。路次の心配は、御無用ぢや。」
 五位の狼狽するのを見ると、利仁は、少し眉をしかめながら、嘲笑あざわらつた。さうして調度掛を呼寄せて、持たせて来た壺胡※(「竹かんむり/(「碌」の「石」に代えて「金」)」、第3水準1-89-79)つぼやなぐひを背に負ふと、やはり、その手から、黒漆こくしつ真弓まゆみをうけ取つて、それを鞍上に横へながら、先に立つて、馬を進めた。かうなる以上、意気地のない五位は、利仁の意志に盲従するより外に仕方がない。それで、彼は心細さうに、荒涼とした周囲の原野を眺めながら、うろ覚えの観音経くわんおんぎやうを口の中に念じ念じ、例の赤鼻を鞍の前輪にすりつけるやうにして、覚束ない馬の歩みを、不相変あひかはらずとぼとぼと進めて行つた。
 馬蹄の反響する野は、茫々たる黄茅くわうばうおほはれて、その所々にある行潦みづたまりも、つめたく、青空を映したまま、この冬の午後を、何時かそれなり凍つてしまふかと疑はれる。そのはてには、一帯の山脈が、日に背いてゐるせゐか、かがやく可き残雪の光もなく、紫がかつた暗い色を、長々となすつてゐるが、それさへ蕭条せうでうたる幾叢いくむら枯薄かれすすきさへぎられて、二人の従者の眼には、はいらない事が多い。――すると、利仁が、突然、五位の方をふりむいて、声をかけた。
「あれに、よい使者が参つた。敦賀への言づけを申さう。」
 五位は利仁の云ふ意味が、よくわからないので、怖々こはごはながら、その弓で指さす方を、眺めて見た。元より人の姿が見えるやうな所ではない。唯、野葡萄のぶだうか何かのつるが、灌木の一むらにからみついてゐる中を、一疋の狐が、暖かな毛の色を、傾きかけた日にさらしながら、のそりのそり歩いて行く。――と思ふ中に、狐は、あわただしく身を跳らせて、一散に、どこともなく走り出した。利仁が急に、鞭を鳴らせて、その方へ馬を飛ばし始めたからである。五位も、われを忘れて、利仁の後を、つた。従者も勿論、遅れてはゐられない。しばらくは、石を蹴る馬蹄の音が、戞々かつかつとして、曠野の静けさを破つてゐたが、やがて利仁が、馬を止めたのを見ると、何時、捕へたのか、もう狐の後足をつかんで、さかさまに、鞍の側へ、ぶら下げてゐる。狐が、走れなくなるまで、追ひつめた所で、それを馬の下に敷いて、手取りにしたものであらう。五位は、うすい髭にたまる汗を、慌しく拭きながら、やうやく、その傍へ馬を乗りつけた。
「これ、狐、よう聞けよ。」利仁は、狐を高く眼の前へつるし上げながら、わざと物々しい声を出してかう云つた。「其方、今夜の中に、敦賀の利仁がやかたへ参つて、かう申せ。『利仁は、唯今にはかに客人を具して下らうとする所ぢや。明日、巳時みのとき頃、高島の辺まで、男たちを迎ひにつかはし、それに、鞍置馬二疋、牽かせて参れ。』よいか忘れるなよ。」
 云ひをはると共に、利仁は、一ふり振つて狐を、遠くのくさむらの中へ、はふり出した。
「いや、走るわ。走るわ。」
 やつと、追ひついた二人の従者は、逃げてゆく狐の行方を眺めながら、手をつてはやし立てた。落葉のやうな色をしたその獣の背は、夕日の中を、まつしぐらに、木の根石くれの嫌ひなく、何処までも、走つて行く。それが一行の立つてゐる所から、手にとるやうによく見えた。狐を追つてゐる中に、何時か彼等は、曠野がゆるい斜面を作つて、水の涸れた川床と一つになる、その丁度上の所へ、出てゐたからである。
広量くわうりやうの御使でござるのう。」
 五位は、ナイイヴな尊敬と讃嘆とを洩らしながら、この狐さへ頤使いしする野育ちの武人の顔を、今更のやうに、仰いで見た。自分と利仁との間に、どれ程の懸隔があるか、そんな事は、考へる暇がない。唯、利仁の意志に、支配される範囲が広いだけに、その意志の中に包容される自分の意志も、それだけ自由が利くやうになつた事を、心強く感じるだけである。――阿諛あゆは、恐らく、かう云ふ時に、もつとも自然に生れて来るものであらう。読者は、今後、赤鼻の五位の態度に、幇間ほうかんのやうな何物かを見出しても、それだけでみだりにこの男の人格を、疑ふ可きではない。
 抛り出された狐は、なぞへの斜面を、転げるやうにして、駈け下りると、水の無い河床の石の間を、器用に、ぴよいぴよい、飛び越えて、今度は、向うの斜面へ、勢よく、すぢかひに駈け上つた。駈け上りながら、ふりかへつて見ると、自分を手捕りにした侍の一行は、まだ遠い傾斜の上に馬を並べて立つてゐる。それが皆、指を揃へた程に、小さく見えた。殊に入日を浴びた、月毛と蘆毛とが、霜を含んだ空気の中に、描いたよりもくつきりと、浮き上つてゐる。
 狐は、頭をめぐらすと、又枯薄の中を、風のやうに走り出した。

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