57[#「57」は縦中横]
セセッション風に出来上った病院。少年はこちらから歩み寄り、石の階段を登って行く、しかし戸の中へはいったと思うと、すぐにまた階段を下って来る。少年の左へ行った後、病院は静かにこちらへ近づき、とうとう玄関だけになってしまう。その硝子戸を押しあけて外へ出て来る看護婦が一人。看護婦は玄関に佇んだまま、何か遠いものを眺めている。
58[#「58」は縦中横]
膝の上に組んだ看護婦の両手。前になった左の手には婚約の指環が一つはまっている。が、指環はおのずから急に下へ落ちてしまう。
59[#「59」は縦中横]
わずかに空を残したコンクリイトの塀。これもおのずから透明になり、鉄格子の中に群った何匹かの猿を現して見せる。それからまた塀全体は操り人形の舞台に変ってしまう。舞台はとにかく西洋じみた室内。そこに西洋人の人形が一つ怯ず怯ずあたりを窺っている。覆面をかけているのを見ると、この室へ忍びこんだ盗人らしい。室の隅には金庫が一つ。
60[#「60」は縦中横]
金庫をこじあけている西洋人の人形。ただしこの人形の手足についた、細い糸も何本かははっきりと見える。……
61[#「61」は縦中横]
斜めに見た前のコンクリイトの塀。塀はもう何も現していない。そこを通りすぎる少年の影。そのあとから今度は背むしの影。
62[#「62」は縦中横]
前から斜めに見おろした往来。往来の上には落ち葉が一枚風に吹かれてまわっている。そこへまた舞い下って来る前よりも小さい落葉が一枚。最後に雑誌の広告らしい紙も一枚翻って来る。紙は生憎引き裂かれているらしい。が、はっきりと見えるのは「生活、正月号」と云う初号活字である。
63[#「63」は縦中横]
大きい常磐木の下にあるベンチ。木々の向うに見えているのは前の池の一部らしい。少年はそこへ歩み寄り、がっかりしたように腰をかける。それから涙を拭いはじめる。すると前の背むしが一人やはりベンチへ来て腰をかける。時々風に揺れる後ろの常磐木。少年はふと背むしを見つめる。が、背むしはふり返りもしない。のみならず懐から焼き芋を出し、がつがつしているように食いはじめる。
64[#「64」は縦中横]
焼き芋を食っている背むしの顔。
65[#「65」は縦中横]
前の常磐木のかげにあるベンチ。背むしはやはり焼き芋を食っている。少年はやっと立ち上り、頭を垂れてどこかへ歩いて行く。
66[#「66」は縦中横]
斜めに上から見おろしたベンチ。板を透かしたベンチの上には蟇口が一つ残っている。すると誰かの手が一つそっとその蟇口をとり上げてしまう。
67[#「67」は縦中横]
前の常磐木のかげにあるベンチ。ただし今度は斜めになっている。ベンチの上には背むしが一人蟇口の中を検べている。そのうちにいつか背むしの左右に背むしが何人も現れはじめ、とうとうしまいにはベンチの上は背むしばかりになってしまう。しかも彼等は同じようにそれぞれ皆熱心に蟇口の中を検べている。互に何か話し合いながら。
68[#「68」は縦中横]
写真屋の飾り窓。男女の写真が何枚もそれぞれ額縁にはいって懸っている。が、それ等の男女の顔もいつか老人に変ってしまう。しかしその中にたった一枚、フロック・コオトに勲章をつけた、顋髭のある老人の半身だけは変らない。ただその顔はいつの間にか前の背むしの顔になっている。
69[#「69」は縦中横]
横から見た観音堂。少年はその下を歩いて行く。観音堂の上には三日月が一つ。
70[#「70」は縦中横]
観音堂の正面の一部。ただし扉はしまっている。その前に礼拝している何人かの人々。少年はそこへ歩みより、こちらへ後ろを見せたまま、ちょっと観音堂を仰いで見る。それから突然こちらを向き、さっさと斜めに歩いて行ってしまう。
71[#「71」は縦中横]
斜めに上から見おろした、大きい長方形の手水鉢。柄杓が何本も浮かんだ水には火かげもちらちら映っている。そこへまた映って来る、憔悴し切った少年の顔。
72[#「72」は縦中横]
大きい石燈籠の下部。少年はそこに腰をおろし、両手に顔を隠して泣きはじめる。
73[#「73」は縦中横]
前の石燈籠の下部の後ろ。男が一人佇んだまま、何かに耳を傾けている。
74[#「74」は縦中横]
この男の上半身。もっとも顔だけはこちらを向いていない。が、静かに振り返ったのを見ると、マスクをかけた前の男である。のみならずその顔もしばらくの後、少年の父親に変ってしまう。
75[#「75」は縦中横]
前の石燈籠の上部。石燈籠は柱を残したまま、おのずから炎になって燃え上ってしまう。炎の下火になった後、そこに開き始める菊の花が一輪。菊の花は石燈籠の笠よりも大きい。
76[#「76」は縦中横]
前の石燈籠の下部。少年は前と変りはない。そこへ帽を目深にかぶった巡査が一人歩みより、少年の肩へ手をかける。少年は驚いて立ち上り、何か巡査と話をする。それから巡査に手を引かれたまま、静かに向うへ歩いて行く。
77[#「77」は縦中横]
前の石燈籠の下部の後ろ。今度はもう誰もいない。
78[#「78」は縦中横]
前の仁王門の大提灯。大提灯は次第に上へあがり、前のように仲店を見渡すようになる。ただし大提灯の下部だけは消え失せない。
(昭和二年三月十四日)
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