芥川龍之介全集6 |
ちくま文庫、筑摩書房 |
1987(昭和62)年3月24日 |
1993(平成5)年2月25日第6刷 |
筑摩全集類聚版芥川龍之介全集 |
筑摩書房 |
1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月 |
1
浅草の仁王門の中に吊った、火のともらない大提灯。提灯は次第に上へあがり、雑沓した仲店を見渡すようになる。ただし大提灯の下部だけは消え失せない。門の前に飛びかう無数の鳩。
2
雷門から縦に見た仲店。正面にはるかに仁王門が見える。樹木は皆枯れ木ばかり。
3
仲店の片側。外套を着た男が一人、十二三歳の少年と一しょにぶらぶら仲店を歩いている。少年は父親の手を離れ、時々玩具屋の前に立ち止まったりする。父親は勿論こう云う少年を時々叱ったりしないことはない。が、稀には彼自身も少年のいることを忘れたように帽子屋の飾り窓などを眺めている。
4
こう云う親子の上半身。父親はいかにも田舎者らしい、無精髭を伸ばした男。少年は可愛いと云うよりもむしろ可憐な顔をしている。彼等の後ろには雑沓した仲店。彼等はこちらへ歩いて来る。
5
斜めに見たある玩具屋の店。少年はこの店の前に佇んだまま、綱を上ったり下りたりする玩具の猿を眺めている。玩具屋の店の中には誰も見えない。少年の姿は膝の上まで。
6
綱を上ったり下りたりしている猿。猿は燕尾服の尾を垂れた上、シルク・ハットを仰向けにかぶっている。この綱や猿の後ろは深い暗のあるばかり。
7
この玩具屋のある仲店の片側。猿を見ていた少年は急に父親のいないことに気がつき、きょろきょろあたりを見まわしはじめる。それから向うに何か見つけ、その方へ一散に走って行く。
8
父親らしい男の後ろ姿。ただしこれも膝の上まで。少年はこの男に追いすがり、しっかりと外套の袖を捉える。驚いてふり返った男の顔は生憎田舎者らしい父親ではない。綺麗に口髭の手入れをした、都会人らしい紳士である。少年の顔に往来する失望や当惑に満ちた表情。紳士は少年を残したまま、さっさと向うへ行ってしまう。少年は遠い雷門を後ろにぼんやり一人佇んでいる。
9
もう一度父親らしい後ろ姿。ただし今度は上半身。少年はこの男に追いついて恐る恐るその顔を見上げる。彼等の向うには仁王門。
10[#「10」は縦中横]
この男の前を向いた顔。彼は、マスクに口を蔽った、人間よりも、動物に近い顔をしている。何か悪意の感ぜられる微笑。
11[#「11」は縦中横]
仲店の片側。少年はこの男を見送ったまま、途方に暮れたように佇んでいる。父親の姿はどちらを眺めても、生憎目にははいらないらしい。少年はちょっと考えた後、当どもなしに歩きはじめる。いずれも洋装をした少女が二人、彼をふり返ったのも知らないように。
12[#「12」は縦中横]
目金屋の店の飾り窓。近眼鏡、遠眼鏡、双眼鏡、廓大鏡、顕微鏡、塵除け目金などの並んだ中に西洋人の人形の首が一つ、目金をかけて頬笑んでいる。その窓の前に佇んだ少年の後姿。ただし斜めに後ろから見た上半身。人形の首はおのずから人間の首に変ってしまう。のみならずこう少年に話しかける。――
13[#「13」は縦中横]
「目金を買っておかけなさい。お父さんを見付るには目金をかけるのに限りますからね。」
「僕の目は病気ではないよ。」
14[#「14」は縦中横]
斜めに見た造花屋の飾り窓。造花は皆竹籠だの、瀬戸物の鉢だのの中に開いている。中でも一番大きいのは左にある鬼百合の花。飾り窓の板硝子は少年の上半身を映しはじめる。何か幽霊のようにぼんやりと。
15[#「15」は縦中横]
飾り窓の板硝子越しに造花を隔てた少年の上半身。少年は板硝子に手を当てている。そのうちに息の当るせいか、顔だけぼんやりと曇ってしまう。
16[#「16」は縦中横]
飾り窓の中の鬼百合の花。ただし後ろは暗である。鬼百合の花の下に垂れている莟もいつか次第に開きはじめる。
17[#「17」は縦中横]
「わたしの美しさを御覧なさい。」
「だってお前は造花じゃないか?」
18[#「18」は縦中横]
角から見た煙草屋の飾り窓。巻煙草の缶、葉巻の箱、パイプなどの並んだ中に斜めに札が一枚懸っている。この札に書いてあるのは、――「煙草の煙は天国の門です。」徐ろにパイプから立ち昇る煙。
19[#「19」は縦中横]
煙の満ち充ちた飾り窓の正面。少年はこの右に佇んでいる。ただしこれも膝の上まで。煙の中にはぼんやりと城が三つ浮かびはじめる。城は Three Castles の商標を立体にしたものに近い。
20[#「20」は縦中横]
それ等の城の一つ。この城の門には兵卒が一人銃を持って佇んでいる。そのまた鉄格子の門の向うには棕櫚が何本もそよいでいる。
21[#「21」は縦中横]
この城の門の上。そこには横にいつの間にかこう云う文句が浮かび始める。――
「この門に入るものは英雄となるべし。」
22[#「22」は縦中横]
こちらへ歩いて来る少年の姿。前の煙草屋の飾り窓は斜めに少年の後ろに立っている。少年はちょっとふり返って見た後、さっさとまた歩いて行ってしまう。
23[#「23」は縦中横]
吊り鐘だけ見える鐘楼の内部。撞木は誰かの手に綱を引かれ、徐ろに鐘を鳴らしはじめる。一度、二度、三度、――鐘楼の外は松の木ばかり。
24[#「24」は縦中横]
斜めに見た射撃屋の店。的は後ろに巻煙草の箱を積み、前に博多人形を並べている。手前に並んだ空気銃の一列。人形の一つはドレッスをつけ、扇を持った西洋人の女である。少年は怯ず怯ずこの店にはいり、空気銃を一つとり上げて全然無分別に的を狙う。射撃屋の店には誰もいない。少年の姿は膝の上まで。
25[#「25」は縦中横]
西洋人の女の人形。人形は静かに扇をひろげ、すっかり顔を隠してしまう。それからこの人形に中るコルクの弾丸。人形は勿論仰向けに倒れる。人形の後ろにも暗のあるばかり。
[1] [2] [3] 下一页 尾页