現代的センスが光る田舎
豊後富士とも呼ばれる由布岳の西南麓(ろく)の盆地に湧(わ)く由布院温泉。冷え込んできた早朝には、朝霧が由布院盆地をすっぽり包み、湖のような幻想的な光景が展開される。
年間400万人近くが訪れる由布院には、温泉街なら必ずあるネオンサインがない。けばけばしい看板がない。鉄筋の大型ホテルがない。ツアー客を乗せたバスが何台も横付けするデパートのような大規模なみやげ店もない。
田辺聖子はかつて、「ただ、田舎なのである。山に囲まれた盆地なのである。ところが、『ただの田舎、ひたすら田舎、野草の田舎』の裏側に、きりりと現代的センスが張りつめている」と適切に由布院を表現した。
確かに田辺聖子が訪れたころと比べ、由布院の観光客は数倍に増え、俗化度も進んでいるが、女性がひとりでも安心して来られる温泉地を目指して、30数年。お隣の別府や熱海が苦戦するなか、由布院は21世紀の日本の温泉地のあるべきひとつの姿を具現化してきたといっていいだろう。
名宿「由布院 玉の湯」に近い町営共同浴場「ゆのつぼ温泉」に浸(つ)かった。入浴料100円のこの風呂、実は江戸時代の文献にも出てくる由緒ある温泉なのである。
鉄平石と白木を組み合わせたなかなか風情のある風呂場で、洗い場にシャワーがないのが嬉(うれ)しい。シャワーはもともと西欧のもので、温泉は本来、体を洗う場ではないからだ。心の湯浴(あ)みを楽しむ場なのである。
(松田忠徳・札幌国際大教授) |