山の幸豊かな落人里
湯西川温泉は平家の落人里といわれているところだ。栗山村の北のはずれ、湯西川渓谷の奥まったところにあり、かつては交通の便もままならない秘境の地だったが、現在は道路も鉄道も整備され、手軽に行ける山のいで湯として人気を得ている。
湯西川には「伴久(ばんきゅう)」の名称のついた旅館が多い。先祖は平忠実といわれ、平氏の侍大将の1人であった。壇ノ浦の戦いに敗れた平氏一族の一部は、下野の国まで落ち延び、鬼怒川沿いの奥地、明神ヶ岳の裾(すそ)までたどり着いた。当時は隔絶された谷の奥地であったここに隠れ家を建てて住んだと言われる。
いく歳(とし)か年月を経たある時、馬の鞍(くら)や武具の数々が谷のほとりの雪の下から発見され、平家の落人里であることがわかった。温泉も見いだされた。その子孫は平の人との意味を含めて「■(ばん)」の姓を名乗った。「■」はのちに「伴」と改めたと伝えている。
湯西川温泉の草分けを語る「本家伴久萬久(ばんきゅうばんきゅう)旅館」は、湯西川の流れを前にした格調高い民芸調の建物で、屋根の側面に揚羽蝶(あげはちょう)の紋を掲げている。内部は昔のままの自然木を使った隠れ里らしい雰囲気の造りで、客室もそれぞれ趣を異にした特色を打ち出している。食事は対岸の「隠れ館」で、囲炉裏を囲んで、クマ、シカ肉やイワナ、ヤマドリなどの山の幸豊かな落人料理が楽しめる。
冬の楽しみは、露天風呂の対岸に築かれる氷の祭典だ。巨大な氷壁に舞台が設けられ、夜ともなると粉雪の舞う幻想的な世界を演出する。
*「■(ばん)」はにんべんに平
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