文人たち 恋の逃避行
温泉郷の玄関口である大網温泉から箒(ほうき)川に沿って塩原十一湯が始まる。大網は硫酸塩泉、福渡、塩釜、塩の湯、畑下(はたおり)、門前は塩化物泉、温泉郷の中心である古町は単純温泉、中塩原、上塩原は塩化物泉、新湯と原生林に囲まれひっそりとした最奥の元湯温泉は硫黄泉。元湯は約1200年前に開湯された湯治場で、塩原温泉発祥の地といわれる。十一湯それぞれに風情がある温泉町である。露天の共同風呂がいくつも川沿いに湧(わ)き出している。
明治になり国道が開通して以来、多くの文化人が訪れる静養地として知られてきた。
門前の妙雲寺には「文学の森」があり尾崎紅葉、斎藤茂吉らの歌碑、句碑などがある。徳富蘆花の随筆、大岡昇平の作品にも塩原温泉が記述されている。古町の旅館では与謝野夫妻のおしどり歌を読むことができるなど温泉文化が豊富である。
畑下の宿「清琴楼」は、尾崎紅葉作「金色夜叉」の舞台になった。この作品は、読売新聞の明治30年1月1日から6年間にわたる連載小説のヒット作である。そのほか、国木田独歩の恋の逃避行であった古町温泉、森田草平の情死行であった門前温泉など、文人が逗留(とうりゅう)して文化財を残した温泉町であるとともに、秘密を持った男女の隠れ里としての温泉町は、さまざまな人生の哀感が漂う。
医師会の塩原温泉病院では、旅館に宿泊しての人間ドックが試みられている。
塩原自然研究路、塩原渓谷歩道は新緑、紅葉が美しい。
(植田理彦・医学博士) |