正月
正月とは1月のことですが、祝う期間はふつう最初の3日間または1週間で、日本人には最も大事な期間です。学校も会社も1~2週間休みとなり、家族と離れて暮らしている人の多くも、帰省して家族と一緒に過ごします。正月を迎えるにあたっては大掃除をし、門松やしめ飾り、鏡餅の準備をします。大晦日の夜には寺で除夜の鐘が鳴らされ、年越しそばを食べて新年を迎えるのです。和服を着ることも多く、元旦には寺社へ初詣に行って新年の健康と幸福を祈ります。届いた年賀状に目を通すことや、子どもにとってはお年玉をもらうことも、正月の楽しみの1つです。
おせち料理
おせち料理は、正月三が日に食べる特別な料理です。漆塗りの重箱には、口取り、焼き物、煮物、酢の物などが色とりどりに盛りつけられます。見た目が豪華である上、長持ちするのが特徴で、三が日くらいは主婦の家事が軽減されるようにという配慮もあって、現在のおせち料理ができあがったようです。地方によって多少の違いはありますが、おせちの中身はだいたい決まっています。そして鯛は「めでたい」、数の子は「子孫繁栄」、昆布巻は「よろこぶ」といったように、おせちの中身にはそれぞれ願いが込められているのです。
しめ飾り
正月に門戸に飾るもので、魔よけの意味があります。しめ縄は神を迎える清浄な場所を示すために張るものですが、そのしめ縄をもとに橙 やシダ、伊勢エビなどの縁起物を付けて作った飾りがしめ飾りです。橙は子孫の繁栄を意味するなど、縁起物はそれぞれ意味を持っています。正月が終わると門松などと一緒に神社へ持って行き、焼いてもらいます。
門松
門松は、松の枝を組み合わせて作った飾りに竹や梅が添えられたもので、正月の間、家の門前に一対置きます。日本では松竹梅は縁起がよいとされており、特に松は古来、長寿を意味するものとして尊ばれてきました。本来、門松は年神を迎えるためのものでしたが、最近は正月飾りの1つと認識されることが多いようです。
初夢
初夢とは、元旦の夜から2日の朝にかけて見る夢のことです。縁起のよい夢を見るとその年がよい年になるといわれ、「一富士、二鷹、三なすび」というように吉夢の順番があります。よい初夢が見られるようにと、七福神が金銀を積んだ宝船の絵を枕の下に敷いたり、悪い夢を食べてくれるようにと獏(夢を食べる動物)の絵を敷いたりする習慣もありましたが、今ではすたれたようです。
雑煮
雑煮は、餅や野菜を入れた汁で、新年を祝うために正月には欠かせない料理の1つです。関東地方の雑煮は四角い餅を入れたすまし汁仕立て、関西地方の雑煮は丸い餅を入れた味噌仕立てというのが一般的ですが、味付けや中に入れる具は、その地方や家庭によって違います。ほかに魚や鶏肉を入れたり、地方の特産物を入れたりと、郷土色が色濃く出るのが雑煮の特徴です。
鏡餅
鏡餅は、10~20センチくらいの大小2つの平たくて丸い餅を、台の上に重ねたものです。正月には床の間に飾り、神仏に供えます。日本には、正月には年神という尊い神が家々を訪れるという古い信仰があり、その年神に鏡餅をお供えしてまつるというのがもともとの意味でした。しかし最近ではそのようなことを意識する人は少なく、鏡餅も正月飾りの1つになってしまっているようです。
鏡開き
鏡開きとは、床の間に飾っておいた鏡餅を1月11日に下ろして、食べる行事です。元来は20日に行われていましたが、1651年1月20日に徳川幕府三代将軍家光が亡くなったため、11日に改められたといわれています。11日にもなると、鏡餅は固くひび割れてきますが、縁起物なので刃物で「切る」ことを避け、手か槌でたたいて割ります。餅が割れて開くから鏡「開き」といわれるのです。
七草がゆ
日本での米の調理法の1つに「かゆ」(米に水を多く入れて柔らかく煮る)があります。そして1月7日には、かゆにセリやナズナなどの「春の七草」を入れたかゆを食べるという習慣があります。この日にかゆを食べると、万病を遠ざけるといわれているからです。地方によっては、雑炊や雑煮にして食べたり、代わりに小豆を入れたかゆを作って食べたりするところもあります。
成人の日
1月15日は成人の日です。国民の祝日の1つで、1948年に制定されました。この日、全国の市町村では、20歳になった人たちを祝福して、成人式を催します。女性の多くは、華やかな振袖姿でこの式に臨みます。
日本では、20歳になると成人と認められます。20歳とは選挙権をはじめ、市民権を与えられる大切な節目なのです。飲酒や喫煙が許されるのも20歳からです。
節分
節分とは本来、「季節の分かれ目」を意味していましたが、現在では特に、立春の前日である2月3日ごろがこれに当たります。この日の夜、人々は炒った大豆を家の内外にまきながら、「鬼は外! 福は内!」と唱えます。その年の健康を祈るため、大豆を自分の年の数だけ食べるという習慣もあります。また、寺や神社でも大がかりな豆まきが実施されます。
建国記念の日
2月11日は建国記念の日で、国民の祝日の1つです。「建国」といっても、アメリカの独立記念日のように歴史的な日ではありません。初代天皇である神武天皇が即位したのは2月11日だという神話に基づき、その日を日本が始まった日と定めたのです。第2次世界大戦後に歴史的根拠がないためにいったん中止されましたが、1967年に復活しました。
針供養
供養とは仏教で、死者の霊に供え物をして冥福を祈ることですが、人間以外に対する供養も古くから行われています。例えば、かわいがっていた動物が死んだり、長い間使い続けてきた道具がその役目を終えたりしたときは、哀惜の情や感謝を込めて供養すべきだとする日本独自の考えから、それらのものへの供養も行われてきたのです。
今はややなじみが薄くなった感がありますが、2月8日または12月8日に行われる針供養は、その代表的なものです。1年間使ってきて折れたり曲がったりした針を供養するため、当日は裁縫を休んだり、折れた針を豆腐やこんにゃくに刺し、神社に納めたり土に埋めたりします。
春分の日
春分の日は、3月21日ごろ、太陽が春分点に達する日で、昼と夜の長さが等しくなります。日本では自然をたたえ、生物をいつくしむ日として、国民の祝日にも制定されています。春分の日をはさんで前後3日ずつの7日間を「春の彼岸」といいます。彼岸とは仏教で「あの世、極楽」を指し、仏教信者でなくてもこの期間には墓参りをします。墓をきれいに掃除して花や線香などを供え、故人の霊を弔うのです。
おはぎ
おはぎは日本の伝統的な菓子です。もち米にうるち米を混ぜて炊き、軽くつぶして丸めたものに、あん、またはきなこやごまなどをまぶして作ります。年2回、春と秋の彼岸には欠かせない食べ物で、元来は先祖の霊にお供えするために家庭で作っていたものですが、今では一般的な和菓子の1つとなりました。
彼岸
彼岸は年に2回あり、それぞれ春分の日と秋分の日を真ん中に挟んだ1週間をさします。彼岸とは仏教用語で「死者が渡る川の向こう側」を意味するもので、こちら側が生きた者の世界であるのに対し、向こう側は死者の世界というわけです。その向こう側にいる先祖の霊を慰めるため、彼岸には墓参りに行きます。なお、丁寧に「お」を付けて「お彼岸」と呼ぶのがふつうです。
ひな人形
ひなとは女の子が遊ぶ小さな人形で、平安時代(794-1185)からありましたが、江戸時代(1603-1867)に現在の形になりました。赤いもうせんを敷いた5段か7段のひな段の最上段に天皇・皇后を模した一対の「内裏びな」が並び、以下「右大臣・左大臣」「三人官女」「五人ばやし」などが各段を飾ります。しかし最近では簡略化して内裏びなだけを飾る家も増えています。
ひな祭り
ひな祭りは3月3日、女の子の成長や幸福を願う行事です。女の子のいる家庭の多くはひな人形を飾り、桃の花やひなあられ、菱餅、白酒などをひな人形に供えます。ひな祭りの起源は、身のけがれや災いを人形に移し、川に流して厄払いしたという古代中国の風習にあります。これが日本に伝わると女の子の人形遊びと結び付き、江戸時代(1603~1867)からはひな祭りとして行われるようになりました。
花見
美しく咲いた桜を観賞し、遊び楽しむため公園などに出かけることを花見といいます。日本では3、4月に桜の花が満開になると、家族や職場の仲間、友人たちと一緒に花見に出かける習慣があるのです。桜の花の下にござなどを敷いて酒を飲んだり、歌を歌ったりして春の到来を楽しみます。都会では特に夜桜見物に人気があります。春の夜空には、満開の桜の美しさがよけいに強調されます。
緑の日
4月29日は緑の日です。この日は亡くなられた昭和天皇の誕生日だったのですが、環境問題に関心の高かった天皇にちなみ、1989年から緑の日として新たに国民の祝日となりました。日本はこの日からゴールデンウィークに入ります。5月3日の憲法記念日、4日の国民の休日、5日の子供の日のほかに土・日曜日も入るため、正月休みと夏休み以外では、いちばん休日が多い週となるのです。
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