茅葺き残す山の湯治場
秋田と岩手の県境にそびえる乳頭(にゅうとう)連峰から、秋田県側に流下する先達(せんだつ)川に沿って、黒湯、孫六、蟹場、大釜、妙乃湯、少し離れて鶴の湯などの一軒宿の温泉が湧(わ)いている。これらの温泉群が乳頭温泉郷の名称でまとめられている。
休暇村田沢湖高原のバス停から、静かな林の中の道を先達川奥へたどると、道のどんづまりの駐車場下に黒湯温泉が望まれる。茅葺(かやぶ)き屋根を一部に残した山の湯宿だ。
乳頭温泉郷の中では、私は最も好きな宿の一つだ。なにがいいって、まず素朴そのものの山のいで湯の存在が守られていることだ。秘境ブームがあって、夏休みシーズンには、やたら見学客が訪れるが、それらを歓迎するわけでもなく、さりとてきらうわけでもない。いつも淡々と山の湯治場の存在を守っている。そんな素っ気なさが逆になんとなくいいのだ。
内湯から続く木造りの露天風呂、吹きっさらしの打たせ湯。夏に訪れたら、若い男の子があぐらをかいて、打たせ湯を肩に当てながら瞑想(めいそう)にふけっていた。一段下がったところには大きな浴舎があって、男女別の浴槽がある。囲いをつけた打たせ湯もあった。
徒歩10分の孫六温泉は、昔の姿のままの湯治場で、岩風呂の浴舎、渓流に面した露天風呂がある。新しくなった妙乃湯、褐色の湯があふれる大釜、混浴の露天風呂を持つ蟹場温泉など、一つ一つめぐり歩くなら2時間くらいみたい。
鶴の湯温泉は、鶴の湯入り口のバス停から4キロほど奥へ入った所にある。時代劇のセットを思わせる茅葺き屋根の宿があって、大露天風呂と、黒湯、白湯などの内湯がある。江戸時代から続くといわれる古い温泉である。
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