お代は客が決める宿
「あのやや金属的なかん高い鳴き声は、1度耳にすると、なかなか消えないほど、神秘的な鳴き声です。湯谷温泉は、ブッポウソウ(コノハズク)で代表される鳳来寺山(ほうらいじさん)と一緒に発展してきた温泉といえます」
1425段の石段を登って鳳来寺山へ参詣(さんけい)し、下って湯谷温泉に泊まり、汗を流して帰る。〈信仰と湯治〉があわさって発展してきた温泉場だと、加藤浩章さん(はづ別館社長)は語る。
歴史は古いが、今日の温泉街が形成されたのは、大正時代に飯田線が敷設されてからという。それ以前は宿場町として栄えてきた。隣接する大野などには、秋葉街道の宿場としての名残をとどめる古い家並みが今日でも現存している。
湯谷には10軒ほどの宿がある。その一軒である「はづ別館」は木造3階建て、創業50余年。先代が幡豆郡の出身だったところからはづ別館の名がついた。しかし別館だからといって、本館があるわけではない。宇連(うれ)川の渓谷を前にした客室は14室。純和風の落ち着きのある部屋で、トイレに小さな床の間があったり、違い棚が付いていたりして、なかなか凝っている。茶席付きの部屋もあった。
狭い木の階段を下りると「鳳液泉」と「露天風呂・檜(ひのき)風呂」の浴場。「ナトリウム・カルシウム―塩化物泉」、52度の源泉があふれている。切り傷、やけど、皮膚病などに効果がある。この宿のユニークなところは、宿泊代は客が感じた宿の価値によって、自分できめて払ってくれということだ。渓谷をながめながら肌触りのいい湯にとっぷり浸って、「さていくら払えばいいか……」。
旅なれた者にとってもむずかしい設問であった。
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